Side =グロリア=
ロクオウとジャック様の戦いの後、あまりの激戦に興奮冷めやらぬ私は幾つかの記憶を欠如させ、目が覚めたときには自室のベッドの上にいた。
毛布も掛けられているところを見ると私を此処まで運んでくれたのはアシュレイだろう。
何となく記憶に彼女の様なクリーム色の髪の毛が残っているし。
そんなことを考えながら夜更かしをしてしまったなとあくびをかみ殺しリビングに出たのだが、視界の端に窓の中から差し込む光を反射する黄金の髪の毛に驚愕する。
「えっ!?」
そこには、もういないモノだと思っていた彼の姿があったのだ。
「よう、グロリア」
「あ、お、お早う御座います」
彼は退屈しているのかソファーの背もたれに寄り掛かりながらギィーギィーを音を立て、何気なく視線を《Jesus to Robber》に向けている。
何と声をかけて良いか解らず取り敢えず新聞を取り出し、テーブルにそっと置いて覚めてしまった顔を洗う必要は無いのでキッチンへと向かった。
ジャック様のことを考えながら料理を作っていたその時、ようやく頭も冴え始めたようで彼のいる理由が解った。
昨日の戦い、白熱した空間で放たれた最後の一撃。
あれによって第四十四層から使ってきたジャック様の愛刀である《リッパー・ホッパー》が耐久値全損。破砕してしまったのだ。
確かそれに関して昨日話をしていたはず。
ジャック様も《鍛冶》スキルを完全習得しているからロムと共同で短剣じゃない何かも製作すると言っていたし、そりゃあボス攻略でもない限りはジャック様も此処に留まるつもりだろう。
でも、その時間は無限と言う訳ではない。
何食わぬ顔で現れたアシュレイに「どうだった?」と綻んだ顔で言われ、余計に恥ずかしくなった。
互いに黙々と七人分の料理に取りかかり、それを運ぼうとしたところで未だにロクオウとシグマの姿が見えない事に気がついた。
ロクオウは昨日の疲労を考えればまだしも天真爛漫なシグマは昨日の様子から今どうしているのかは予想がついた。
「シグマはまだ寝てるの?」
「寝たフリね」
要するに、ジャック様の前だと緊張してしまって駄目だと言うことだ。
尚、この環境に最も早く順応したのはロムで有ることは、上記の出来事から何となくわかっただろう。
こんなことなら私も《鍛冶》スキルを取っておけばよかった。
なんて冗談も心の中で言える程に精神も落ち着きを取り戻したが、ジャック様への料理はアシュレイに運んでもらった。
それから半開きになった扉の隙間から料理を床に置く。
こうしておけばあとは匂いにつられたロムが勝手に持っていく。
後は籠りっ放しの二人に料理を届け、私達はつい癖でジャック様の前に料理を並べてしまい、二人でジャック様の前に並んで黙々と食べ物を口に運んでいた。
緊張はした、でもこの沈黙は決して悪いモノではなかった。
先に食べ終わったジャック様が新聞を手にとってソファーに身体を預けた所で扉が開く。
「ああ、もう朝食を取っていましたか」
「早くしないと耐久値無くなるよ」
軽く相槌を打ちつつ卵サンドを手に取ると口に放り込みながら私の対面に座った。
「それで、今後の方針ですが……」
「昨日話した通りだ。オレ達の目的を《笑う棺桶》一つに絞る。降りかかる火の粉は振り払うに越したことはねぇが、不要な戦闘は極力避けろ」
「了解です」
実質的にはロクオウがリーダーなのだが、今はあの状況と言う事でこういった話はオーカスが全て受け切っているモノだと思っていたが、こんなところまで話が発展していたのは意外だった。
戦いにしてもロクオウが勝利する結果となったが元々ロクオウの目的は達成されていたことや彼自身の要望で私達の全権はジャック様に委ねられた。
異論は無い。
ただそれでは《黄金》はどうしようかと思ったが、そんなモノ今ここにジャック様がいる事で私は十分だった。
それにロムと作業もあるとのことでしばらくは此処で食事を共にすることもできる。
オーカスとの会議が終わった様でジャック様は目を瞑って眠る様にソファーに寄り掛かっていた。
私はただその姿に惚けた表情を浮かべていたのだが、オーカスが自室へと戻ったのを見てアシュレイは私の肩を杖代わりに立ちあがってウインクを一つ私に向けるとシグマの居る部屋へと向かって行った。
と、言うことは今此処に居るのは二人だけ。
動悸が早くなるのが感覚的に理解できる。
別にジャック様に恋慕の感情を抱いている訳ではない。
前提条件として同じ世界にいると考えたことが無いからだ。
それでも『普通』とは違う特別な感情は抱いている事に間違いは無い。
――それを、明確にすることは悪いことなのだろうか。
口に出さずに眼で訴えかけようにもジャック様は何も言ってくれない。
いや、気付いているのだろう。
それなら……
音を立てない様にクッション性の高いソファーに手を置いてゆっくりと立ち上がる。
無音の空間。
朝方の外の雑音も何一つ入らない世界。
その中にいる全てを支配してしまった《殺人鬼》の前に私は立っていた。
――その世界を、破壊する。
「ジャック様」
「……どうした」
眉一つ、口すら動いていなかったと思う。
それでも、声は届いていたし聞こえてもいた。
「聞い……聞いてもいいですか」
彼は、沈黙を続けた。
是也。そう言っていた。
「一つ……それだけ教えてください……」
嗚咽交じりになりながらも私は、それを言い切った。
「貴方は」
「あ……貴方は……」
「《嘘》じゃ……無いんですよね……?」
双眸が開かれ、金色の瞳が私を見つめた。
そんな私の視線は瞳から開いた口へと吸い込まれ、そして……
「ああ……《本物》だ」
ずっと、その言葉が聞きたかったんだ。
膝の力が抜けおち、無様にも両手で顔を覆ってこみ上げる感情で沈黙の世界を塗りつぶす。
その時にジャック様がどんな顔をしていたかはこれからも知ることは無い。
きっと、それを見てしまえば私は彼の知ってはならない部分に踏み込みそうだったから。
生温かい雨が降っていた。
Side =ジャック=
数日間《JtR》のギルドホームに引きこもったお陰でメンバー全員の底が知れて来たところでボス攻略会議の情報が入り、タイミングのいい事にロムが出発二時間前にそれを完成させた。
「如何の程でしょうか」
「非の付けどころがねぇよ」
即答で率直な感想を零す。
オレの手に握られた短剣の柄は最初にこいつと出会った時に見た《ジャック・ナイフ》の柄と全く同じ形状をしたモノだ。
素材は全てオレが提供したこともあって随分と趣向を凝らしたのが見て取れる。
そこから伸びる《リッパー・ホッパー》とは対照的な、漆黒に煌めく刀身がまたこの武器の魅力を引き立てていた。
こちらの方は最初の工程をオレが、仕上げをロムが行ったが、やはりその道を極める者の中には《異常》であっても目を見張るモノを持っている。
その肯定の反復も四桁を超えた頃にはオレ自身も慣れた手つきで作業に没頭するようになった。
妥協などしたこともないが、二人が納得がいくまで作業は進められ、ようやっと完成した刀身の後に柄へと取りかかったロムの姿に父親と近しい部分を感じたこともあった。
そんな訳で手に入ったのが、新たな相棒。
「《カオス・ネグリッド》」
それにロムが柄に夢中になっている間に制作した新作のブーツも装着され、二時間で十分な程に練習できた。
その練習台となったのは当然ロクオウだ。
デュエルをする訳でもなく
こいつとは、また戦うことになる。
その旨はロクオウに敗北したその夜に告げていた。
「また、必ず再戦をオレの方から申し込む」
笑顔を浮かべて承諾してくれたが、これは骨が折れそうだ。
仮にも男であれば一度手にした最強の名を簡単に手放すことは出来ない。
まあ、オレ達の掲げる最強の定義から言えばもう一度争う必要もないのだが……。
あとは……グロリアの事だ。
今更オレが気にかけることはもう無い。
あの時、オレは真実だけを口にした。
それがどう影響を及ぼしたのかも手に取るように分かる。
だからこそ、と言ったところだ。
「現実に……戻んねぇとな……」
==========
それから攻略会議というか、やったことと言えばシンディアの復活報告とギルド《風林火山》の加入報告。
次いでオレが《JtR》を完全に掌握した事を告げた。
シンディアに関してはメッセージを送った時に彼女が探していたモノを、その内側を久しぶりに垣間見た。
気付いたのはその時だ。
本来犯してはならないはずの《異常》の禁忌。
オレもその領域に踏み込み、思い知らされた。
だからこそシンディアにも知らせていた。
それでも彼女が求めるのならば、止めやしないさ。
――その背中を押すための《
珍しく会議中にシンディアと目が合い、誰にも気づかれない様に笑みを浮かべた。
後は下手くそに勘ぐる奴らを適度に挑発して操る。
オレが彼女にしてやれるのは後方支援だけだ。
前に進むのは……言わずもがなだろう。
今、《
背後から《
天井の『
オレの腕には《
それらを傍観する《普通》の餓鬼も居やがる。
「随分と、賑やかになったんじゃねぇの?」
Side =グーラ=
拠点を完全に移し、皆がここの生活に慣れ始めていた。
それにしても最近になって表にしゃしゃり出てきやがった《JtR》の連中……。
ここに来るはずだった《殺人鬼》に御執心な連中のうち十数人は消息を絶った。
調べてみれば《JtR》の仕業と言うことはすぐに判明した。
内半数が牢獄、半数が死亡しているのだ。
その期間ははっきりと分かれ、気味の悪い感覚が巻きついて離れない。
《殺人鬼》が《JtR》を掌握してから奴らは情報を聞くだけ聞いて殺害する様になった。
おまけにメンバーのほぼ全員と共有ストレージを作り必ず記録結晶を持たせているのだが、何故か数個回収できなかった結晶も存在していたのだ。
記録結晶を隠すにしたってそれで《殺人鬼》の眼を誤魔化せるはずがない。
だとすれば《殺人鬼》に気づいていないのを前提に、他の何かの手が加わっていると言うこと。
丸焼きにした魚を丸ごと口の中に放り込んで不貞腐れた様に座っていた椅子に深く座りなおし、後頭部を背もたれの上に付けて溜息を吐く。
更に《ユニークスキル》まで出てきやがったのがより厄介だ。
だがそんなモノ《牙》を解明できただけで何の利点もない。
寧ろ自分たち幹部格の誰かが《ユニークスキル》を持っているのではないかと話題に上がったこともあったが、食事中以外スカーフを外さない自分はさほど疑われることは無かった。
そもそも誰が好き好んで人間の腕に噛み付き、千切ろうなどと考えるのか。
兎に角、《神聖剣》は実力未知数、《JtR》には《殺人鬼》のバックアップ。
徐々に、自分達の包囲網が出来上がってきているではないか。
生憎とこんな危機感すら楽しんでしまうのが頭たちだ。
もうそれも解っていて、苛立ちも覚えながら同時に快楽として受け止めている。
自分が喰らった木偶共がどこまで役に立ってくれるか。
一度湧き出た不安はそう簡単には消えてくれない。
にしてもよく自分は捕まらなかったのだと改めて思う。
今も奴らがどうやって複数のメンバーを拉致したのかは解っていないが、それ程の力があったのなら自分のことを既に知っていて何度かそのチャンスもあったのではないか。
世間に出ている《JtR》の情報は全て広告塔となった《イナニス=グロリア》と言う仮面のプレイヤーのみだが、グロリアとオーカスが繋がっていることは情報で掴んでいたため、必然的にオーカスが《JtR》の参謀と言うことになる。
そこから導き出した答えは更に《ロム》とも繋がっていたと言うことだ。
良く考えてみればタイミングが良すぎていたんだ。あの時の対面の時自分には得物が無かった。
それがどうだ。いつも気まぐれに自分を待たせるロムのヤツがオーカスとの会話が終わった途端に武器を持ってきやがった。
だから自分はあれからロムの元には一度も足を運んでいない。
だが、このクルトゥエスの出来はやはり流石だ。
素材もアインクラッド一の大喰らいが受け取るモノだけあって最上級品だ。
更にそれを作り上げたのがロムならば第八十層までは使うことのできる魔剣と言っても過言ではない。
――鎌だけど……。
何を言っているのだと今度は俯きながら息を吐いてその場を見渡す。
一応ここは自分に用意した洞窟の中の個室なので此処にいるのは自分だけだ。
殺風景な場所だが、そんなモノは食事には関係ないし案外自分はこういう場所も悪くは無いと思っていた。
刹那。
通信部隊の一人から音声通信が送られてくる。
また何か起こったのかと今度はどんな侵入者が来たのかと軽い気持ちで回線を開いた。
流石に此処もダンジョンの一角の行き止まりのエリアの為、偶に訪れるのだ。
――食ry……いや、獲物が。
そう言う奴は例外無く殺しているのだが、そう言うのは自分が対処すると言うよりは頭たちがおもちゃにするのではないか。
ちょうどさっき帰ってきたみたいだったし、何故今更自分にそんな報告が回ってきたのか……。
この時自分は少し認識を緩めていたのだ。
彼らから完全に隔離したように見えて、奴は俺の方を捉えて覚えていたのだ。
「……マジかよ」
苦笑いすら浮かばない、本物の動揺が浮かぶのが解った。
「来たのは《殺人鬼》と……《イナニス=グロリア》です。見張りの奴ら三人はは逃げる暇も無く殺されました」
そこまでは想定内。
元々想定なんて必要ないと思っていたけどな《異常》がぁ……
「兎に角、《殺人鬼》至上主義の連中は部屋に押し込めておけ、言うことを聞かないのなら自分が直接出る」
「了解です」
通信が切られ、すぐに掛けられたゴーグルと帽子とスカーフを装着した。
最後に送られてきた画像を展開する。
そこには今最上級に見たくなかった金色とまるで自分を見透かしているかのような狂気の笑みが写真にはっきりと映っていた。
==========
はい、どーも竜尾です。
意外と三日に一回が辛い…。
グロリアさんですがJtRではアシュレイとの仲が一番いいですね。
って感じを出してみました。
グロリア大号泣シーン…。
信じていた者が偽りではないとようやく知ることが出来たのです。
ついにジャック、グロリア、グーラの三人が同じ空間に!
僕としてもようやくって感じがしてきました。
【次回予告】
――その棺桶の蓋。テメェらが開ける前に開いてやるよ。
「この程度で止まる様な奴じゃねぇことだけは認めてやる」
――浅い。
――『普通』に『異常』と呼ばれる連中をな。
次回をお楽しみに!それでは。
8/4 カオス・ネグリッドの設定が捜索編と違っていたので書き直しました