仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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あとがきの最後に今後の更新についての報告があります。


第五十一話 黄金鑑定

Side =シンディア=

 

体内時計の規定によって開いた目の反応に従って身体を起こした。

着替えもすることなくキッチンに向かうと簡易的な料理を一つ作って最低限空腹感だけを満たすことにした。

こうしていれば、まだ三カ月は生きながらえることが出来るはずだ。

今のペースで攻略が続けられるならばあと一年位は必要だが、その前にヒースクリフの正体がばれるからそれでこのゲームは間違い無く破綻する。

初対面の時点で正体を見抜かれるようじゃ絶対にボロが出る。

いくらわたし達が《異常》だからって少しも隠そうとしてないし対処もしない。

だからジャックに操られ……操られていることも……

 

――身体が震え始めた。

 

ジャック=ガンドーラというこの世界において『死』を司る絶対的な存在に、身体が拒絶反応を示している。

だってジャックは……彼はあの世界の事を知っていて《殺人鬼》になったのか?

そんな疑問に疑問を重ね、浮かび上がった答えは結局「シニタクナイ」。

死ぬ直前と何も変わっていない。

それともあの光景はわたしにこの思いを断ち切らせないようにするために存在していたのだろうか。

そう考えると、《還魂の聖晶石》を組み込んだ茅場晶彦は、こうして蘇る者に何かのメッセージを送るために作り出した場所だとでもいうのか?

頭を掻きむしりながら、そこまで辿り着いたわたしはどうにも手詰まりでベッドにボスッと腰を落としてカーテンに手を掛けた。

この先には間違いなく人がいる。

それが攻略組か誰かなんてどうでもいい。

茅場晶彦も、彼らも本当に残念だよ。

 

――《異常》だから、彼らの描く筋書きにわたしは存在しない。

 

「じゃあ、そういうことで」

 

左手を顔の右側に回してこめかみを突く。

「わたしはいつだって玲と並行して生きてるんだよ」

ジャックではない、玲だ。

狭間での経験はわたしを変えた。

ゲーム序盤で味わったパニックの比なんかではない。

一つ、《異常》者の特徴を此処で確立させておく。

 

――二度、同じ過ちは起こさない。

 

玲は生まれつき、わたしも気がついたら持っていた研究気質。

わたしが今引きこもっているのは恐怖からの逃げではない。

身体が震えたのはこれ以上ない研究テーマを見付けたからだ。

それでも『死』を恐れたことは確かだが……。

髪を纏めて後ろで一括りにする。

誰が弱々しく落ち込むものか、そんなモノの無意味さはあのパニックの時に痛い程学んだよ。

そして、わたしに残されたもう一つの課題。

それを考えるとため息しか出て来なかった。

家に引き籠ってすぐにそれについて考えたのだが、どうにもわたしらしくない答えばかりで納得がいっていない難題だ。

玲にも解くことが出来ない難題の正体……。

 

「わたしの生きる意味……か……」

 

それはわたしたちの考える人間の行動原理の終着点だ。

性格や行動はそれの為だけに反映される。

けど、わたしはそれを持たずにあろうことか玲にもわたし自身にバレない様に隠し続けた。

その結果が『死』を招いた。

逆を言えば学ぶことが出来たとも取れるんだけどね。

でも同じ出来事が起こる可能性は極限まで消さなければ気が済まない。

そう思って考え始めたのだが、どうにもうまくいかない。

玲の生きる意味はわたしと……だとすれば生きる意味って言うのはそうだ。

 

「人の為に生きるってことなのかなぁ……」

 

だが、この思考には早い段階で辿り着いていた。

でもそれをわたしはどうしても許せない。

大抵の人間はその『人』の部分に自分を当て嵌める。

まあ生きる意味なんて聞かれたら「自分の為」と答えるのが基本だ。

故に解せない。

玲の生きる意味は結果的に「自分の為」と言うことだ。

複数の人間を助けるなんてことは傲慢過ぎる。

それを「人の為」と認める訳にはいかない。

わたしたちが、そんな『普通』と同列に留まることもだ。

けれど、玲はそれに関して気付いていない訳がない。

だとすれば、何故玲はそのままで居ることが出来るのか。

わたしの様に無意識のうちに自分の奥底に気持ちを隠していたと言うのは考え難いし、そこにわたしとの相違点も無かった。

確かにわたしと玲の《異常》は違うモノだけど同じ場所には立っているんだ。

「玲に気付けてわたしに気付けていないモノ……ってことだよね」

腕を大きく広げて前を向いたまま後ろに倒れてベッドに体を預ける。

玲が暴れたこともあって現在の最上層は第五十五層だ。

第五十層から全く鍛えてないわたしが今からでも攻略組に復帰できない訳ではないが、行くなら今しかない。

ちょっと表に出ようか。でもって彼に会いに往きたい。

それによってわたしの生きる意味も見つかるかもしれない。

ベッドから跳び起きると玄関へと向かった。

扉の隣には黄金色の鎧が一式、こちらを向いて佇んでいた。

思わず喉をゴクリと鳴らす。

普段は装備しているから気付くことが無かったが、こうして見ると《LGL》の武具が放つ《魅力》は異様なモノだ。

わたしの眼から見れば不気味な雰囲気も、それが人を惹き付ける証拠であることに間違いは無い。

鎧の中から人を見れば、誰でもそれが解るだろう。

なんて悪態をつきながら鎧の横に立てられたランスを取ろうと手を伸ばした。

 

――目的に向かって揺れ動く右手を伸ばし続けた。

 

ああは言ったけど、やっぱり意識的に自分の感情を押し殺すことは出来ないかな……。

この装備を纏って戦い続けることはわたしの死亡率を格段に上げることになる。

例え同じ過ちを犯さないとしてもだ。

 

――全ての世界に、絶対と確実は存在しない。

 

人はそれを奇跡と呼ぶ。

そして、わたしは嘗て目にしていたのだ。

もしもあんなことがわたしに起こってしまえば、誰だって『死』からは逃れられない。

その時は、また狭間の景色を目に映すことになる。

指と金の間に生まれた亀裂は縮まることなく柱時計の短針が一つ動いた。

刹那。

わたしの元に石をブーツで規則的に叩く音が聞こえた。

「あっ……」

すぐに音は止んだが、気がつくとわたしは槍を手に握っていた。

 

『ガ……ン……ド……ー……ラ』

 

その言葉の意味を知っているのは二人だけ。

わたしと……その名を背負った彼だけだ。

すぐに行動を始めた。

ブーツに足を入れて腕、胸、脚の装備を同時に装着すると両手で兜を被せてから扉を開いた。

そこにはわたしの事をずっと待っていてくれた者達がいた。

だが、わたしはその者達の視線を無視して転移門へと歩き始める。

メッセージウィンドウを覗くとちょうどアルゴからのメッセージが届いてきていた。

それも、わたしが今一番知りたかった情報をだ。

全く……

 

「『頑張れ』って言われちゃあ、行かない訳にはいかないよね」

 

==========

 

第五十四層の迷宮区は情報によれば火山エリアとの事で、モンスターの強さと言うよりも地形の有利不利が大きく出る。

つまり通気性能抜群のこの装備に暑さは通用せず、モンスターも大したレベルではないので槍で一振り突き進んだ。

なんでもこの先でかなり高難度のクエストを受けているギルドがあるだとか。

彼も彼でその重圧を背負っていたんだ。

『普通』の癖に、『普通』っぽい事をしてるよ……本当に。

背中から溶岩と岩石を撒き散らすゼリー状のモンスターを槍で掬いあげてから《トラビス》で捩じ伏せる。

途中で横穴を見付けると、この先に彼らが進んで行ったのだと迷いなしに跳びこんだ。

そう言えば、此処に来る途中にも大量のプレイヤーに呼びとめられたが、今更気にするほどでもない。

わたしは、わたしの為に進むのみ!

数分戦闘を交えながら駆け抜けると、目の前には曖昧な視界の中でさらに壁の色と保護色になって見えにくくなっている赤と黒の集団があった。

玉座も目に映ったと言うことはあそこがこのクエストの最終地点で間違いない。

彼らよりも巨大な点に見えるあれがクエストボス。

やや太り気味の体型と、岩のような背中、褐色の肌、少しだけ鉄製の防具を纏うその戦いは膠着していた。

さっさと参戦するべきところなのだが、わたしの眼にすらそれくらいの大きさにしか見えていないと言うことはまだまだ距離が遠く離れている。

かといってのろのろとしては居られなかった。

足の裏は金属越しに僅かな地面の揺れを察知していたのだ。

反響する音で脳内で作り出した地形にはいくつか炎の噴き出す穴が点在しているため、そこから出てくるつもりだろう。

つまり今クラインたちが受けているのはクエストボスの二体同時攻略だと予測できるが、予想以上に褐色巨人に手古摺っている様子だ。

それもその筈だ、距離が縮むにつれ確信が出来る程に。

 

――()()()()の動きが悪い。

 

誰が言うまでもなく、それはわたしの責任だ。

わたしからしてみればそんな精神状態で良く持ったと言える。

《異常》は常に万全を期すための準備は欠かさない。

特に行動原理を制御する精神に異常をきたすなんてことは以ての外。

「だったのにね……」

揺れが強くなってきた。

わたしと風林火山のメンバーとの距離はまだあるが、周りに敵も居ない。

ようやく、索敵値の高いプレイヤーが危機を察知し、仲間たちにそれを告げるも、クラインの動きが鈍い。

幸いなことに地面から迫ってくるソレが向かっているのはクラインの背後にある穴の一つだ。

そこから噴き出た炎が消えた瞬間。

クラインが巨人に穴の方へと押し出された瞬間。

地面から噴煙を巻き上げながら青銅の面と碧眼を露出させたモノが口を開いた瞬間。

敵二体がクラインに目を向ける中、彼だけが接近する黄金の陰に気付いていた。

だからこそ、わたしはその三つが一直線上に並ぶこの瞬間を狙っていたんだ。

クラインが首を動かした時、その直線は折れ曲がり、反応の遅れた奴らはようやく自らの立場を悟るのだ。

 

――槍から放たれた光が灼熱の色を帯びる化け物の後頭部へ炸裂した。

 

そのまま流れるように巨人に化け物ごと槍を突き立てる。

回避したは良いもののわたしの姿を見て今度こそ驚愕の色を顔に浮かべたクラインの肩を叩く。

「巨人は任せる」

二回肩を叩くと彼らとは全く別方向に向かって走り出した。

風林火山の面々は突如わたしが瞬間移動の様に表れたことや復帰したことや勝手に一人で敵を引き付けた事に疑問を感じる間もなく、わたしへと向かってくる巨人を止めるために再び構えなおした。

これで炎の化け物と巨人の分断が出来た。

つくづく《LGL》の装備は便利だ。

もう、これからわたしがこの装備を手放すことは無いだろう。

わたし渾身の《ディア・ピカーティ》の直撃を受けた化け物が空中を浮遊しながらわたしを見下ろしていた。

こうしてみると、その姿は緋緋色の龍だ。

奴はわたしに向かって降下すると同時に口の端から炎垣間見せる。

そんなもの、お前より巨大な奴から一度受けてるんだよ。

槍を大きく振り被って《ヤーク・ラティオン》の体勢に入る。

 

――この装備には、《魔法》がかかってるんだよね。

 

==========

 

十数分で戦闘は終局を迎えた。

勢い付いた風林火山は着実に巨人を追いつめ撃破。

途中からタイミングを見計らって参戦。無事勝利を収めることが出来た。

「し、シンディアさん有難う御座いました!!」

多少上擦った声でクラインが頭を綺麗に直角に下げるとそれを見た仲間たちも続々とわたしにお礼を言い始めた。

「いえ、わたしも……それよりもクエスト報酬を確認する方が先なんじゃないですか」

そういうとクラインは開けた祭壇への道を一瞥してから頭を掻きながら視線をこちらに向けた。

彼の意思を察することが出来ないわけがない。

「わたしはあの化け物のLAボーナスだけで良いですよ。それにここで手に入れられるのは《刀》ですよね」

「あ、あはは……」

有無を言わせないわたしのいい分にクラインは落胆しながら一人祭壇へと向かった。

そんな彼の姿を兜の奥で見ていたのだが、この沈黙をメンバーの一人が破った瞬間にマシンガンさながらの質問の雨が飛び交った。

まあどれもこれも予想していたモノばかりだったので当たり障りのない答えを返しつつ、再びクラインが帰って来たのを合図にまた沈黙が場を包んだ。

「報酬は、《名刀・吉光》でしたね。おめでとうございます」

わたしから声を掛けたが、彼はそちらをちらりと見るだけで、依然として視線は下がったままだ。

居た堪れなくなったメンバーがわたしに口を開こうとしたのに被せるように言う。

「貴方の行動は、結果的には間違っていなかったです。攻略組全体としても褒められた行動でしたし、自惚れする訳ではありませんが戦力の低下は防げました」

その言葉は客観的にみた彼の行動に対する率直な評価だ。

当然彼がこれに反論しようとする。

しかし、わたしはまた言葉を重ねた。

「けれど、わたしを傷つけた。そういうことですよね」

図星なことを解りやすく表情に出す姿はやはり『普通』のモノだ。

悪いけど、わたしも必死だから。

 

――今はわたしの独壇場。

 

探したいんだ

「もう心配は要りません。心の整理もつきました」

偽りのない笑顔を見せると数人はほっとした顔を見せる。

「クラインさん。貴方が責任を感じることもないんです。寧ろさっきみたいにそれで死なれてはわたしが困ります」

「本当に……良いんですか……」

小さな声で拳を小刻みに震わせながら言葉を紡いだ彼に即答した。

「はい」

その肯定の言葉に彼は待ちわびた許しを得たのだ。

仲間たちはそんな彼の背中を叩いている。

玲の下で幾度となく見て来た子供たちの顔にそっくりで、つい笑いそうになってしまった。

さて、本題はここからだ。

「それで、わたしがここに来た理由は貴方にこの言葉を伝えるだけじゃありません」

「えっ!?」

全員が一斉にわたしの方へと振り向き、またも緊張した空気が流れた。

「いや、それ程畏まる話じゃありませんよ」

わたしは兜に両手を掛け、鎧の中から伸びきった白銀の髪を表に曝し、クラインの眼を見て言った。

 

「わたしを、《風林火山》に入れてください」

 

「「「「「………え?」」」」」

彼らの反応は当然と言えば当然。その一方で声色に期待も込められていた。

まあ、リーダーであるクラインが大事にしていたレアアイテムを使わせたのだからとその恩返しにギルドに加入する。

わたしにしてはなんとも安っぽいシナリオだが、悪い気分ではなかった。

だって、わたしの提案に対して唯一苦い顔を居ている人がいるんだから……。

「シンディアさん……」

 

「すいません、その御誘いは受け取れないです」

 

クラインから放たれた衝撃の一言に仲間たちは挙って彼の方を見る。

中には大きな怒気のこめられたモノがあり、その心理を垣間見た。

それは、本来仲間に使うはずだったモノなのにと問いかける。

『普通』らしい素直な見解だ。

けれど彼らもゲーム開始から自分達を導いてきてくれた彼に強く当たることもできない。

逆に疑問を感じると言った様な感じだ。

「確かに、シンディアさんからギルドに入ってくれるなんて嬉しいんです……」

こういうのを、人は《優しさ》と呼ぶのだろうか。

「でも、シンディアさんが今までソロでいたことには理由があるんだと思います」

 

「俺には、それを邪魔することはできません」

 

その声はしっかりと耳の中を貫いて脳幹を直撃した。

キリトやジャックとの出会いが、彼を此処まで変えたのか。

何にしても、わたしが今しようとしていることは《異常》の踏み込んではならない領域だ。

それがソロを貫き続けた理由であり、本能だったんだ。

これからは、本心で話そう。

もしそれでだめなら……どうしようか。

「クラインさんそうじゃないんです」

 

――わたしは……

 

 

「わたしに、生きる意味を探させて下さい」

 

 

==========




はい、どーも竜尾です。
お久しぶりですね。
シンディアさん回です。

今回は前回とは違って錯乱ではなく弱弱しい部分を出しました。
それに伴って《異常》やジャックとの過去についても触れて往きます。

まあ湿っぽいのを一話分続ける気はないので復活。

でも火山での戦闘はなかなか難しかったです。
技やなんかを作り過ぎた結果です、はい。

いよいよシンディアさん加入かと思えばそう簡単には行きません。
きっと原作でも女性から加入の申し込みがあれば断っていたと思います。
やっぱりこういうキャラはこのように動かしてこそですよ。

【次回予告】

「《嘘》じゃ……無いんですよね……?」

「また、必ず再戦をオレの方から申し込む」

「随分と、賑やかになったんじゃねぇの?」

――鎌だけど……。

次回をお楽しみに!それでは。


それで更新状況なのですが新学期と言うことでさらに多忙になってしまい、投稿は二日に一回から「三日に一回」にしようと思います。

やっぱり週に二日書けない日があるときついっす。
許して下さい。

では、これからも【仮想世界に棚引く霧】をよろしくお願いします。
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