仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第四十九話 霧虚化

Side =ジャック=

 

第五十五層の最前線を駆け廻っていたオレの足を止めたのは一通の簡易メッセージの受信通知だった。

確か同じ階層にいることを条件にフレンドでなくても少ない字数でメッセージを送ることが出来るのだ。

あれから数日経つのだが、オレの《殺意》は留まる事を知らなかった。

だが、これ以上暴れるのも攻略組全体に大きな影響を及ぼしかねないと流石に剣を収めることにした。

そういうわけで戦闘を邪魔させるだけでも苛立ちを覚えるオレに一体何の用だと周りを見渡してからメッセージを開いた。

 

【始めまして、我々は貴方の剣となり、盾となるために存在するギルドです。この度《笑う棺桶》の情報を手に入れました。つきましては第四十四層でお待ちしております。】

 

やっと来たか。

最初の正直な感想だ。

笑う棺桶もそうだが、どの世界でも全員の思想が一致するなんてことは有り得ない。

しかもオレと言う《殺人鬼》の存在もある事で複数個そう言ったギルドが設立されることは予想が出来ていた。

オレが取る行動は一つ。

 

――シンディアの危害に為るかどうかを見極める事。

 

一応アイツはオレに挑発を吹っ掛けたことでも名が知られていたりする所為でオレを崇拝する奴らからは多少敵視されている傾向もある。

笑う棺桶と接触したことは無いが、その時に《黄金》に関する話題を出せばそれでどれだけ揺らぐかが見えれば良い。

そして、邪魔な方は消す。

そうでない方はオレが支配してやりゃいい。

短剣をしまうと走り出した。

それに、笑う棺桶もこのメッセージからも少し期待できそうな雰囲気を纏っているのだ。

頼むから、この溢れんばかりの《殺意》を暴走させないでくれよ?

 

==========

 

途中でキリトとアスナを引き連れて来たのは第四十四層主街区。

まあ此処を選んだのは街の雰囲気もあって人口密度が極端に低いからだろう。

ゴールドに匹敵するとも嘗てシンディアから聞いていた。

背後からこちらに向かう強い意志を察知すると声が聞こえた。

「お待ちしておりましたジャック様。それに《黒の剣士》と《閃光》までとは。背後から話しかけるなんて無礼な真似をお許しください」

振り返るとオレより頭一つ分小さな少女がいた。

ナーヴギアの対象年齢もギリギリだろうと察することが出来た。

茶色のサイドテールで仮面を付けた彼女は一瞬だけ不可思議な存在に思えてしまった。

何か、強固な外装をぶち破るほど強い本音が混じっているようだったのだ。

その肩に付けられた防具にはギルドマークが赤で描かれ、メッセージにも描かれていたマークと一致した。

《イナニス=グロリア》と名乗った彼女に連れられ、オレ達はカフェの外にある椅子に腰かけた。

アスナは明らかな警戒の意思を見せているがキリトは成り行きを見てから判断すると言った感じだ。

グロリアもオレの方だけを見ているので二人が会話に入ってくることは無いだろう。

それからこいつらが持ってきた情報を聞いていたが、オレにはそんな事はどうでもよかった。

実力がどうであれ、《異常》でない限りはまだ警戒すべき点は無い。

こちらに向けてくる眼。

その奥だけを、じっと見つめていた。

そして、気付いたのだ。

 

――この少女は外装を強力で分厚い嘘に守られているだけだと言うことが。

 

恐らく、最初はこの世界に対して恐怖の感情しかなかったのだろう。

それをオレが変えてしまった。

恐怖を押しつけて寧ろ力と変えてしまったのだ。

その所為で彼女の本音とやらを見ることは出来なかったが、流れゆく塗りつぶし、組み込まれた嘘の塊に目を通していると、遂にそれが流れて来た。

シンディアに対する、明確な殺意。

 

「はい、確定」

 

声には出さず、気配にも出さなかったが身体がそう言っていた。

グロリアに適当な指示を出してからその足音と腕の動かし方を五感に記憶させた。

どうせ今日のうちは第二十層のアジトに居るつもりなのだろうから、今日はその時じゃない。

キリトとアスナを置いてオレが向かったのは最前線かと思いきや第三十層主街区《ゴールド》。

あの日から依然として、シンディアが部屋から出てくることは無くなった。

攻略会議でも誰も話題に出さなかった程に、彼女の憔悴する姿が堪えたのだ。

よって、連日ファンや攻略組の連中が見舞いの品を持ってくるのだが、一向に彼女が出てくることは無かった。

まだ蓄えがあるのだろう。

それが尽きるまでは嫌でも出て来ないさ。

 

――オレ達は《自殺》と言う選択肢を絶対に選ぶことは無いのだから。

 

アルゴやアスナも来たらしいが無駄であったとも聞く。

ってことは、オレが来ても無駄だろう。

逆を言えばそれまでは安全と言うことでもある。

転移門から彼女の家は少々離れているが、街の殆どが金で出来ているこのエリアでは音が良く響く。

その場でシンディアに向かってメッセージを飛ばす。

実はこの時が初めて彼女の階層に降り立ったのだが、やはり今までこの場所に来る事を身体が拒んでいた。

だから、今度はちゃんと守るさ。

 

==========

 

二日後、最前線で狩りをしている時に数百メートル先から記憶した足音を両耳が捉えていた。

短剣を握り、歩を進めて往く。

先ずは手始めにグロリアから殺して、そうすればこいつの代わりを誰かが担う。その後も連鎖して殺して行けばいい。

ようやく、草原エリアに居る彼女を眼で捉えた。

初対面の時点では何の武器を使うかまだ分かっていなかったが、一眼で気付けた。

両腕に握られている二対の武器。

二の腕部分まで刃が伸びている旋棍と言ったところだが、その武器には明確な特徴があった。

持ち手の部分から垂直に伸びる刃とは別に、もう一枚の刃が横向きに伸びている。

十手の様な武器を握っている彼女に無表情で近づく。

森林エリアから出るとオレの姿に気付いたグロリアも自分から近付いてきた。

「お久しぶりですねジャック様。態々来てくれるなんてどんな御用事ですか?」

「……《濃霧》」

笑みを浮かべながら歩いてきた彼女が射程距離に入った瞬間短剣を引き抜くと同時に死刀で複製、鎖の装着と《濃霧》の発動を行い、右手を振り下ろした。

しかし、グロリアはそれを意図も簡単に片手の旋棍で受け止めた。

「解ってましたよ、ジャック様」

 

「私、嘘を見抜くことだけは得意なんです」

 

そう言いながらこちらを見上げた彼女の顔は確かに笑っていた。

その顔も棚引く霧によって塗りつぶされ、バックステップで後退すると全ての短剣を鎖に装着した。

「それにしても、その鎖に霧。流石です、本当にジャック様をお慕い続けて良かったです!」

上擦った声色には明らかな高揚、それと何かの自信を感じた。

生憎、こっちも嘘を見抜くのは得意なんだよ。

もう、見ぬけねぇなんてことは無いようにするためになぁ!!

右足を鞭のように振るってグロリアへと短剣を飛ばした。

だが、グロリアは攻撃される方向が解っていたかのように淡々と先端部の短剣だけを弾き返した。

つまり、あの仮面はただの飾りじゃないってことか……。

それでもこの《濃霧》の能力を考えると解除なんて選択肢は無い。

お返しにとグロリアが身体を捻りながら体勢を低くした。

踏み込んだ足で霧が僅かに巻き上がる。

旋棍の剣技だろうと予測を立てていると、次に彼女が現れたのはオレの懐だった。

見たことのねぇスキルだ。

攻略組じゃあそんな超至近距離で戦おうとする奴はごく少数。

さらに旋棍はオレの短剣よりも近距離で戦うと言うリスクがある。

グロリアの通った場所の霧が真っ二つに裂ける

完全に視界から外れたグロリアが腕を振り上げた。

 

「………」

 

オレの体は自然に動き、短剣が旋棍とぶつかり合い、大きな金属音を立てた。

「曖昧な《殺意》だな」

止められた右腕を無視して今度は左腕で顔面を狙われた。

旋棍の刃と手に握られた棒の部分の間に短剣を挟んで受け止めるが、空いた手で右手首を掴まれると胸元に蹴りを喰らい態と後退した。

足元には足首の鎖が二本固定されたまま残っており、一気に縮めてから固定を解除することで空中からグロリアへと接近した。

防御の体勢を取った両腕に向かって《シーティ・ビーティア》を放つ。

ジャック様と呼ぶほどだからオレの事は調べ尽くされているはずだが、悪いな。

光を纏う短剣の軌道が守りの体勢に入る旋棍を僅かに逸れ、左手の指を二本切り落とした。

グロリアに動揺の色が浮かぶ。

形振り構ってられねぇんだよ。

 

――半分もリミッターは掛けてらんねぇんだ。

 

彼女の背後に着地し、霧を裂きながら接近してくるグロリアはオレが振り返る間もなく剣技の体勢に入っていた。

オレもそれに合わせて《アスタンティス》の体勢に入る。

両腕に光が見えると言うことは連撃かと右手に握った短剣を回転させた。

攻撃を先に放ったのはグロリアだ。

オレはその動きに合わせて短剣を攻撃に当てて往く。

両手に光が宿っている彼女の方が攻撃速度が圧倒的に早いのだが、オレはそれを右手一本だけで全て捌いた。

右と左による八種類に渡るボクシングのパンチの様な技が終わり、まだオレに残っていた最後の一撃を彼女は身体を逸らしてギリギリで回避すると、飛び退いてから再びオレの方へと向かってきた。

その彼女の姿に焦りや動揺が見受けられていないのには無駄にオレの事を崇拝してねぇなと舌を巻いた。

せめてオレに襲われた事とか指をぶった切られた事で心が折れてくれりゃ楽だったんだが。

留まることなく引いては突き出されるスキルの発動していない旋棍を短剣で弾くが、何かを狙っているのは明白。

ここはオレの方から動き出すかと攻撃の隙を狙って左手の短剣を彼女に向かって投げる。

《剛》を見た彼女は右腕でそれを防ごうとしたが波打たせた鎖が綺麗に右腕を避け、顔を逸らしたグロリアの首筋を掠めた。

それだけで終わりじゃない。

左手を引っ張れば、背後からもう一度短剣が襲いかかった。

それは解って居たようで躱されたが、狙い目。

再度アスタンティスを発動させ、今度はオレの方から仕掛けた。

防御に回ったグロリアは身体を護ると言うよりも短剣に旋棍を当てると言う形を取った。

こちらは右腕一本だが、向こうが両腕だろうとこちらの方が早かった。

時折守る意思を見せずにこちらを攻撃する旋棍を避けながらグロリアの身体に短剣を突き立てた。

オレ達が動きまわる所為で徐々に霧が周りから消え、彼女の姿が見えて来た。

いや、違う。

その顔を見た瞬間、口元が歪んでいた事にこの瞬間を狙っていたのだと把握した。

それに、足元にすら霧が無いことはそう意図して動き続けない限りは起こり得ない。

アスタンティスによって動き出す身体は止められず、グロリアの顔から斬撃を受け損傷し顔から仮面がずり落ち、素顔が明らかになる。

盲目に、狂気に染まった幼い顔で霧に包まれる前に彼女は言葉を紡いだ。

 

「《解除》」

 

刹那。身体から急激に力が抜け落ち、アスタンティスを放っていた身体はピタリと止まった。

彼女はその言葉を紡いだころには剣技の体勢に入っており、愚直な程真っ直ぐに光を纏う旋棍をオレの腹部に向けて放った。

 

――だが。

 

「霧の中だからこそ解ったぜ?これを狙ってたのがよ」

 

鎖を縮めると、そこには四本の鎖が絡み合ってできた網が待ち構えていた。

二回のアスタンティスで手足を動かして身体を護るための防護壁を作って置いたのだ。

顔の方は回避される可能性が高いからな。と思いつつ腕が網にかかったので鎖を更に絡ませると左右に動かして足払いを決めて体勢を崩すと鎖を外して右手に短剣を握り、両腕を膝で抑えつけた。

「終わりだな」

《濃霧》の中、短剣をくるくるとまわしながらグロリアに言う。

その言葉に返事を返すこともなく、オレは彼女の首にリッパー・ホッパーを当てた。

「一応聞いておくが、テメェらの仲間の情報を話す気はねぇか」

「………」

沈黙。

仲間意識がしっかりあると言うことだろうか、もしくは指示役がそれなりの腕を持ってるのか。

まあいい、見たことのないスキルを扱われたことは多少は期待をしたし、僅かだが嘗て見たあの少年の様になれるかもしれないとは思っていたが、今のオレにはこいつを殺す選択肢しか浮かんでいない。

右手に力を込めた。

 

――その時だった。

 

《濃霧》で見えないはずのグロリアの顔がオレの視界に映った。

そして、オレを見据える顔は期待と予想と記憶を大きく裏切るモノだった。

 

――悲しみも、恐怖も浮かべていない。

 

オレは、この顔を知っている。

 

グロリアと顔なじみだった訳ではない。

現実世界で何度も見て来たんだ。

それを、オレが殺すのか?

実に一瞬の出来事だった。

もうグロリアの顔は見えていないし、後はこの右手を横に……移動させるだけなんだ。

だが、生まれて初めての感覚にオレは確実に動けなくなっていた。

 

――これが恐怖なのだと、後に知ることとなる。

 

この体勢のまま数分が経った。

今のままじゃ駄目だとオレは決断を丸ごとひっくり返した。

オレにとって、あの顔に価値を失くすと言うことはまた失うことになる。

そんなことを出来る訳が無かった。

オレは《濃霧》を解除し、先程と変わらぬ彼女の顔をもう一度見て、立ち上がった。

そこでようやくグロリアの顔に動揺が浮かぶ。

「ったく……。オレに攻撃されても指切られても殺されようとも何も反応しなかった奴が動揺してんじゃねぇよ」

手を伸ばして無理矢理彼女を立たせてから仮面を元の位置に戻した。

これ以上こいつの顔を見続けるのは危険だ。

「んじゃ、これから第二十層のお前らのホームへ向かう。お前がカギを開けろ」

転移結晶と回復結晶を投げ、未だ動揺で覚束ない動きをする彼女の肩に手を置くと、俯きながら回復結晶を使い、第二十層へと跳んだ。

 

「そりゃ、最初から死ぬ気で戦ってたんだっけな」

 

==========

 

「ってなわけで、よう。《Jesus to Rippers》の諸君」

 

まあ、当然返されたのは手厚い沈黙だった。

グロリアを連れ、こいつらのギルドホームに足を運んでから全員の視線が向いた瞬間にそう発したのだ。

「何固まってんだ。グロリアに聞いたところじゃ別にリーダーが居るみてぇだが……」

そう言いながら周りを見渡すと、ふと玄関のすぐ前に掛けられたタペストリーに目が止まった。

ついでにこいつらが余程オレを崇拝していたと言うことも理解できる。

さてさて、話題の一つでも提供しなくちゃ始まんねぇか。

「このタペストリー、オレか?」

その言葉に反応したのは二人の女性プレイヤーだった。

そっくりな顔立ちから双子であると容易に想像できるが、どちらも同じ表情で同時に立ちあがったのでなんか纏ってる雰囲気もごちゃごちゃになっている。

でも近付いて来ないのを見ると思わず息が漏れた。

すると、奥の扉がゆっくりと開き、大きな額をもったプレイヤーが現れた。

顔と額だけを扉から出し、手に持った額をひっくり返すと一本の短剣が眼に映った。

《鍛冶》スキルを習得しているからこそ解るのだが、額に丁寧に飾られていた短剣を作るのにどれだけの労力を使ったのかが想像できた。

見た所メンバーはこいつらとグロリアともう一人ソファーに座って両手をせわしなく動かしている奴の五人か?

だとすればこいつがリーダーかと思い近付いたのだが、オレの耳に違う足音を捉えた。

部屋から伸びる廊下へと目を向けると、姿を見せたのは三十台くらいのサラリーマンという雰囲気が似合う男性だった。

彼はオレの方を見て他の奴らと同じように固まり、期待の視線を向けてくるのだが、その裏に得も言われぬ力を感じた。

望んでたのは、これか?

こいつが……そうなのか。

沈黙の中をオレはソイツの前まで歩み出る。

 

「お前、オレと戦え」

 

そして、《殺人鬼》と《英雄》が出会う。

 

==========




タイトル名は「むきょか」です。
はい、どーも竜尾です。
投稿が遅くなってしまいすいませんでした。
五十話が時間通り投稿が出来るかはこの時点では分かっていないので、投稿が出来なければ活動報告でお知らせします。
私情なのにすいません。

さて、初のメインオリキャラ同士の戦闘です。
でもこの戦闘シーンには本当に苦労しました。
どちらも生き残る戦いにきっかけを作るのがですね…。

ちなみに《濃霧》に通用した仮面《プリウム・ウヌム》は《補助武器》のカテゴリーです。
逆にグーラのゴーグルや帽子はアクセサリーと言う立ち位置です。

いよいよジャックとJtRの対面。
次回、また凄く書きたかったシーンが出てきます。

是非是非。

【次回予告】

――無意識にかけていた千八百八十八個のリミッターが、全て吹き飛んだ。

――こんなもんか?《英雄》さんよ。

「もうサーベルなんか必要無い!!!!」

――そんなモノ、見飽きたんだよ。

――正直、敬意を表するぜ?

「来いよ!!ロク()オウ()!!!!」

次回をお楽しみに!それでは。
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