Side =グーラ=
第五十三層が解放されてから四日が経った。
世間は未だにその後始末に追われており、《殺人鬼》の影響は更に強いモノとなった。
昨日まで解放された二つの階層の捜索が行われており、自分達は自分の集めた情報を下に只管遊戯に浸っていた。
あまりの殺人成功率に攻略組も自分たちを無視せざるを得なくなるが、それを掻きまわしてくれたのが《殺人鬼》。
《黄金》は再起不能。
《神聖剣》と《殺人鬼》は無関心。
リンドは捜索に専念しているために部隊の統率が甘い。
今は全員が殺人を経験したと言う事で異様なまでに雰囲気が変わった自分たちだった。
だが、ここ最近何かの違和感を感じるのだ。
忘れていた記憶がある事を拍子にフッと蘇って来るような、言葉では言い表せないような不思議な感覚に襲われることがオーカスと出会ってから多くなったのだ。
勿論自分にオーカスと現実での関係は一切ない。
この世界に来た時点で知り合いなど誰一人居なかったからだ。
これが、胸騒ぎと言う奴なのだろうか。
居ても経っても居られなくなって頭に相談してみると頭自身違和感を感じていたらしい。
すぐ自分には新しいアジトの発見を頼まれた。
自分もそれに了承するのは簡単だったが、正直言って無理難題とも言えるモノだった。
元々都合の良いアジトが無かったからこっちの幹部格組と途中参加組の二つのアジトを作ったのだ。
つまりコレだけの大人数を隠しきれるほどの場所を見付けることが発足当時から出来ていなかった。
その上このまま自分達が目立ち続ければ新しく加入を希望する者も増えるかもしれない。
――まあ、その時はきっちりと通過儀礼を払って貰うんだけどね。
まだ笑う棺桶としては頭だけが特徴を攻略組に知られているだけだが、こうなってくると発見も早期に進めなくてはならない。
下手な場所は既に情報屋に嗅ぎ回られている可能性があった。
ここはそういう事が無いように厳選した場所だからまだしばらくは大丈夫たと思うが時間の問題だろう。
虱潰しにされてしまえば隠すことは不可能だ。
そこで翌日、自分が向かったのは解放されたばかりの第五十二層だった。
上手く攻略組の連中が第五十三層の攻略に向かっている時間だったので主街区には点々と情報屋と思しきプレイヤーがいるだけだった。
因みにこの場所に来るときはアジトから転移結晶を使ってきたので今何らかの違和感を感じていることは無い。
情報屋に見つからない様に路地裏を走り抜けると一目散に駆け出した。
何故この階層に来たのか、それは攻略組が調べ損ねた場所、もしくは新たに出現した小エリアを独占するためだ。
このエリアのダンジョンはほぼ全域が洞窟であることから横穴の様な場所があっても何らおかしくない。
それに最初から第五十二層に跳ぶプレイヤーは居ないと踏んでいた。
階層ごとの情報は探索終了時に《鼠》の手によってすぐ一冊の本へと変えられた。
当然、この五十二層よりも五十一層の方が完成は早かった。
つまり、まだ五十二層の方の情報は出回ってから時間が経っていない。
それならば流れに従って五十一層から攻略しようとする者が増えるのは自然の摂理だった。
そこを逆手に取ろうとする者など自分以外にだれがいようか。
ついでに自分はこの第五十二層をソロで探索する自身があった。
クルトゥエスを抜くと、《索敵》に引っ掛かったモンスター達が四体ほど出現した。
骸骨の姿をして円形盾とサーベルを持った《オーサ》は四角形に陣形を取りながらじわじわと接近してきた。
自分は囲まれる前にと先頭の一体に目掛けて走ると防御行動を取ろうと胴を守ったのを見てクルトゥエスを斜め下から骨に引っ掛かる様に突き出した。
黄緑色の光を生みながら身体を回転させ《オーサ》を振り回す。
他の三体がそれに近づけるはずもなく数秒回転させてから上空へと放り投げた。
そうはいっても洞窟の天井にぶつかって地面に落下するが、このダメージはかなり大きく、一撃とまではいかないが致命傷だ。
《鎌》スキル《リアスファーザ》。
こちとら伊達に殺人ギルド名乗って無いからね、ちゃんと狩りだってしてるんだよ。
そう言いながら帽子のつばを少し持ち上げてマスクとゴーグルをちょっとだけ直した。
これで陣形も無くなった《オーサ》達が自分に向かってくるが、既に自分は次の体勢に入っていた。
クルトゥエスの刃は地面につかせ、鎌を動かさずに身体だけ捻る。
その間鎌には延々と光が輝きを増していた。
それを身体を元に戻すと同時に渾身の力で振るった。
《鎌》スキル重斬撃技《テュダ》だ。
溜めに時間は居るが、広範囲高威力を発揮するこの技を受けた二体の内一体は直撃だったため一撃で葬るが、攻撃を上手く躱した残り一体がサーベルを振り被った。
光を発するサーベルによる綺麗な袈裟斬り。
でも……。
「武器がなきゃ意味ないでしょ」
自分の口の中にはその少し錆びれた金属片が入っていた。
その体制のまま首だけを動かして円形盾を喰らい、オーサの肋骨の一部も噛み砕いた。
――自分の前では全ての物質がプリンと同じだ。
しかも、オーサの肋骨だけを噛み砕いた筈が、その周辺の骨も僅かに欠けているのだ。
これは第五十層攻略後に突如現れたウィンドウに書いてあったことだ。
【移行条件の達成を確認。《牙》スキルに《有効範囲の拡大》を付与】
最初は突然の表示に焦ったが、種が割れたときは高揚感しか残らなかった。
この効果によって推定ではあるが歯の攻撃範囲が二センチほど拡大したのだ。
つまり、直に歯で噛まなくても物体が切断されるのだ。
それはシステムアシストによって口へと運ばれるというこの能力。
この様に戦闘では非常に便利になった。
今まで戦闘で《牙》を使うのは極力防御のみと決めていたがこうすることによって普段噛み切れないモノも噛み切れる様になったのだ。
と、言う訳で肋骨を砕かれバランスを崩したオーサに又下から鎌を滑り込ませる。
次に鎌を軸にして身体を浮かせるとかかと落としの要領で骸骨の首を斜め下に落として身体を強引に鎌に巻き付けた。
あとは光を奔らせる刃の部分を自分の方に向け、その刃先を一瞬だけ踏みつけると骸骨の身体がバラバラに砕け散った。
「まず、二体」
《鎌》スキル零距離専用技《クラックォ・アクシア》。
残るは瀕死の二体だけ。
比較的に自分の近くにいた骸骨に目一杯鎌を真上に突き上げると、オーサは盾を構えた。
が、これほどまでに溜めを要する重縦斬撃技《ヴィメル》にそんなモノは通用しない。
盾ごと真っ二つにし、最後の一体は再び《リアスファーザ》を喰らわせてやった。
回転させている途中に砕けてしまい身体は止まることなく相手も居ないのに最後まで剣技を発動させてしまったのは恥ずかしかったが、順調だ。
鎌を背中に戻すと買っておいたクッキーの入った紙箱を取り出して一つ一つ口に運びながら歩を進める。
それから一時間ほど歩いた気がする。
辿り着いたのは一つの十字路だった。
ただ、そこは来た道以外は全て行き止まりへの一本道となっている。
自分はここに最も目を付けていたのだ。
壁を触ったり鎌で叩きながら壁伝いに進んで往く。
数十分後、鎌が当たった場所に反応があった。
群青色をした岩の壁に突如大きな亀裂が走ったのだ。
これは良いモノを発見した。
一応人一人くらいなら通り抜けられそうな壁であり、この断裂面なら自然なモノとして処理されることだってある。
早速中に入ると視界に広がっていたのは巨大な空間に浮かぶ浮遊する足場だった。
「これはまた……」と呟きながらモンスターが出現しないのを確認するとさらに奥へと入って行った。
その先は枝分かれになっており、何もない広大なスペースが広がっていた。
ざっと推定しても八十人は暮らすことが出来るだろうとギャンブルで掻っ攫った《回廊結晶》のポイントを設定し、その場を後にした。
あまりにも期待通りのスペースが見つかったので自分の顔は終始緩みっぱなしだった。
それに気付き取り出したのは一枚のスカーフだ。
マスクの代わりとしてこの前作らせたその布で口元を隠す。
が、前面に描かれたギルドマークの口の部分が、どうしようもなく嘲笑に浸る自分を映しだしていた。
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その後はギルドに戻ると頭に目星がついたとだけ報告し、自分が占領する賭博場へと向かった。
扉を開けるとそこには過去に自分に敗北し、四肢のどこかを食いちぎられた経験を持つ情報提供者たちだ。
今日も有益な情報を片手に自分に挑んでくるのだが、勝とうが負けようが結局は自分が総取りして終わる。
いつか勝てるなんて希望は通用しない。
だと思っていたのだが、賭けごとの最中、いきなり入口のドアが開けられた。
一旦手を止め、そちらを見ていると、入ってきたのは赤黒く染まったフーデットケープを羽織ったプレイヤーだった。
自分たちの視線に気付いたのか、そのプレイヤーは真っ白な手袋を付けた右手を上げながら言った。
「あの、お気になさらず……」
その声色から雰囲気を何となく察したが、敵対するとかそう言った意志は見られなかったのでゲームを再開した。
警戒は解きたくなかったのでサクッとゲームを終わらせると椅子から立ち上がって自分はそのプレイヤーの前に出た。
「ここには何の御用で?」
一応自分が《悪食》だと言うことは明かさない。
周りのプレイヤーも固唾を呑んでこちらを見ている。
逆に、見世物気分で楽しんでる者もいるが、そいつらは総じて気が狂ったプレイヤーなので気にかけることもない。
目の前のプレイヤーはゆっくりと立ち上がると、身長の低い自分を見下ろしながらフードの奥の口を開いた。
「私達を《笑う棺桶》に入れてください」
刹那、自分は体勢を低くし棒立ちになっていた男の両足首を纏めて食いちぎった。
これが有効範囲拡大の恩恵だ。
こうやって返された時に予め用意していたモノだ。
体勢を崩す男の身体を捕まえて鎌を取り出すと《クラックォ・アクシア》の要領で鎌に巻き付けた。
「それをどこで聞いた?」
「なに、人海戦術ですよ」
にわかには信じがたいことだが、全く動揺せずに言葉を返して来た事に自分の方が驚いてしまった。
男を開放すると片手で身体を持ち上げ、自分が据わって椅子へと放り投げ、逃げられ無い様にした。
「自分のことが知られている以上、全部話してもらうことが条件だ。あとは加入理念がありゃいい」
「はい、自分達にはとても多くの仲間がいます。全員を各賭博場に分布させ、帰って来なかったところに更に人員を送り、それを繰り返して勝利を得られず帰って来れなかったところを割り出しました」
これには成る程と感心するしかなかった。
それに、態々身を犠牲にしてまで自分たちの事を突き止めたかった理由も気になってしまった。
「よし、自分を特定できたことに関しては納得出来た。でだ……お前、いやお前らは何故笑う棺桶に入ろうとするのか、理由を言え」
もしその理由が単純な殺人への欲求なら簡単だ。
圏外まで引っ張って適当に一人殺させりゃいい。
それで罪の意識が消えることは無くなるし無理なら自分の手で簡単に葬れるからだ。
だが、人海戦術まで使って自分を探し当てた奴らがそんな理由を持つだろうとは到底思えなかった。
視線を周りに向けると奴と同じ顔をしたプレイヤーがざっと五人。
――こりゃバレるわな。
僅かな沈黙の後で男はその言葉を発した。
「我々は、ジャック様の身体から神の魂を解放することが目的だ」
自分の近くで疑問符を浮かべて声を上げそうになっていた無関係のプレイヤーの顔を蹴り飛ばしてもう一度彼の顔を見た。
「ってことは、お前らは第二層の教会を根城にしてる集団の一人で良いんだな」
「はい」
この集団については第十九層での事件以来多数情報が入ってきていた。
恐らく、それが先の第五十二、三層解放した出来ごとに触発され過激派の連中が動き出したのだろう。
自分は別の椅子に深々と座ると煎餅を取り出してはバリバリと砕きながら言った。
「でも良いのか?お前の言ってるのは自分らの下につくってことだぜ?それが《殺人鬼》の冒涜にならないとでも思っているのか?」
「ですから、神の魂を解放した後で我々もその後を追います。それに、此処で断ったら私は原型が無くなるまで食いつくされてしまうでしょうから」
当たり前だ、それくらいの覚悟もねぇ奴に笑う棺桶のメンバーが務まるかよ。
「そりゃあ、メンバー全員の相違ってことで構わねぇな」
「はい」
「言っておくが、《殺人鬼》を殺すにはそれなりの時間がかかる。それまでは自分らの下で色々と働いてもらうぞ」
「承知しています」
即答された言葉にスカーフの下で笑うしかなかった。
此処まで影響力の高い存在だとは常日頃から思っていたが、まさかそれが自分たちに対して益になるとは想像もつかなかった。
自分は男に向かって手を刺し出すと、彼もその手を強く握った。
「それで、お仲間は全部で何人居るんだ?自分の通った事のある賭博場に居るのなら一緒に連れてくることもできるが」
「えっと、私を含めて全部で三十二人です」
「合格だ、全員纏めて招待しよう……」
「Welcome」
頭の発音を真似た流暢な英語で言いながら男のフードを掴むと手に握った笑う棺桶のギルドマークの彫られたスタンプを押しつけた。
「全員聞け!今回はお前らの用意した情報は要らん。《殺人鬼》様に盲目な連中をそこら中から探して来い!!」
そう言いながらスカーフを首元まで下げ、《牙》の影響で裂けた口を大きく開くとそれを見たほとんどが恐怖に顔を青褪めて賭博場の外へと出て行った。
「人間って、一つの事に集中しちまうと本当に単純だ」
そんな自分でさえ人が食べたくて笑う棺桶に入ったのだが、自分のことは棚に上げる主義だ。
誰も居なくなった場所で一人、大きく口を開けて大量の煎餅を流し込んだ。
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はい、どーも竜尾です。
笑う棺桶が完成形に近付いてきました。
そう言えば鎌スキルを余りだしていなかったなとこのくらい出しました。
これで鎌スキルの元ネタが分かる人いるんですかね?
でもって《牙》もちゃんと強化しておきました。
Welcome(某ゾンビゲーの武器商人のような発音で)
【次回予告】
「……昨日仕入れた情報だが、笑う棺桶がアジトを変えていた」
「この記事、グロリアはあの方の記事しか見てない様だがちゃんと載ってあるぞ」
――ロクオウマジお父さん。
「お前に、この《JtR》の広告塔になって貰う」
次回をお楽しみに!それでは。