Side =ジャック=
第五十三層のダンジョンを霧を棚引かせながら走っていたのだが、ようやく誰かがこの階層に入ってきたかと思えば霧に触れた瞬間にそれがキリトであることが解った。
キリトもこの霧の原因がオレにあると思っているようで剣を引き抜いて《圏外》まで出てきてしまった。
これにはオレも引かざるを得なくなった。
今この霧の中ではポーションも結晶も作用しない。
それはオレに対してもモンスターに対しても例外なくだ。
その中で敵の姿も見えないままオレを追いかけ続けるのにはいくら頭の冴えわたった状態のキリトでも不可能だ。
さっさと帰らせることは簡単だ。
「アルゴと繋がってんなら、オレが現れてやりゃ簡単に釣れるだろうな」
《濃霧》を切ると、その場から真上に向かって大きく跳躍した。
あっという間に霧のあった区間を抜け、全身にリミッターを掛けると転移結晶を取り出し、恐らく最も多くのプレイヤーが集まっているであろう《アルゲード》へと飛んだ。
視界を光が包み、瞼が閉じる。
次に瞼を開けた時、視界を埋め尽くしたのは溢れんばかりの人。
その全員がオレを見た瞬間に時が止まったのように動かなくなった。
リミッターを掛けてなきゃ全員跳び越えて帰りたいところだが、どうにもそうはならないはずだ。
その証拠に、オレの方に向かって動き出せた連中は総じて同じマークの刻まれた装備をしている。
オレはその方向に向かってあえて歩を進めると、そんなことを露知らず聖竜連合の連中はオレを取り囲んだ。
確か《ボックス》とか言う非マナー行為だったが大衆の前でそんな事をやっても突き止めたかったのだろう。
オレとしてもキリトが来るまでの時間稼ぎにちょうど良かったので使わせてもらったが。
不敵な笑みを浮かべれば囲んでいるにもかかわらず奴らは半歩後ろに下がった。
予想通りの反応。
キリトも現れたようで、痺れを切らしたリーダー格の男が口を開いた。
「第五十一層と第五十二層を突破したのは貴様か」
適当にあしらってやろうかと考えていると、次に転移門から続々と姿を現した集団に再び観衆がざわめいた。
『神』様率いる血盟騎士団のお出ましだ。
奴も奴でオレの方を向きながら何か良からぬ事を考えているようで面倒だが一応話を聞く事にし、口を噤んだ。
険悪な雰囲気の続く中で三つ巴の対談が始まった訳だが、ヒースクリフも聖竜連合の奴を若干無視しつつ、オレの方を見た。
「君を、我が《血盟騎士団》に勧誘しに来た」
その一言は、この世界の『神』ですらその手を鎖によって操られていることに気付いていないと言ってるのことと同じだった。
今までと同じようにあしらおうと思っていたのだが、《神聖剣》を披露したため隠す必要が無くなったのかオレに対して決闘を挑んできやがった。
あれ程余裕を見せて来たということに《神聖剣》以外の何かの影がちらつき、そんな勝負にオレが打って出る訳無く、かといってこの大衆の前で弱腰を見せるわけにはいかねぇ。
「お前とは戦わねぇ。今のオレじゃテメェには勝てねぇから」
「逃げるのかい?《殺人鬼》ともあろう君が」
「あぁ、生憎負けることが判っている勝負を受ける程戦闘狂じゃねぇからな」
「やってみなければ判らないだろう?」
「やる前から相手と自分の実力すら見極められねぇんじゃこの世界じゃ《殺人鬼》として生きていける訳ねぇよ」
否定的な事を言っているのにも関わらずオレは狂気的な笑みを張り付け続けた。
明らかに嘘を言っている様な雰囲気を出しながら話すが、オレはこの世界で嘘をつかないと公言し続けている。
それが一年という長い時間で記憶の中に刷り込まれた所為で矛盾を引き起こし、真実を掴ませないようにする。
「本当にオレとヒースクリフが戦ったらどうなるんだろうなぁ」
これで止めだ。
オレからは真偽を口に出さず、大衆に問いかける事で全員を疑心暗鬼に陥らせた。
これで、ヒースクリフも十分解ったはずだ。
「オレにとっちゃ、それだけで十分だ」
プレイヤーたちが混乱するのを見て敏捷値全快で走り出した。
ブロックも無理矢理突破して路地裏に入ると記憶を辿って仮拠点の扉を開けた。
バタバタして出て行ったので若干汚れている部屋の鍛冶道具を全て元に直すと今最優先すべきことを行った。
倒れ込むようにベッドに乗っかり、意識を吹き飛ばすことだ。
――この十数時間、オレは白の事を考えたことは一度もなかった。
まだ、その火は消えていないのだから。
Side =グロリア=
「で、結局どうするの?」
第五十層ボス攻略が終了し、私のレべリングも終わったところでギルドホームに戻ってきたのだが、そこには普段いるはずのないオーカスがソファーに座りながら両手を組んでは顎を乗せていた。
巻き込まれるのも面倒だし他のメンバーも触れない様にしてるから私も無視を決め込んだのだが、私の普段いる場所はこのリビングであり新聞を読んでいる時も唸り声を上げるのにいい加減腹が立ってきた。
なので皆も見ていないことを利用して《弓月》を顔面に向けて放った。
文句なしの顔面直撃コース。
だったのだが、それを見越していたかのようにオーカスは旋棍を躱すと何事もなかったようにウィンドウを操作していた。
弄ばれたことに両頬に熱が籠り、もう一度殴りかかろうとしたところを突如背後から現れたロクオウに止められた。
「今回はグロリアの方に非があるからね」
「帰ってきてたんだ……」
手を離され、身長が二メートルの今ならちょうどいいのだろうと手で髪をくしゃっとされ、口を尖らせながらソファーに座りなおした。
流石ロクオウだ。
最近はいつもより増して父親感が出ているのが良く解る。
そのままオーカスに何かを耳打ちすると彼は納得したようにウィンドウに文字を打ち込むとこちらを振り返った。
「俺の眼に狂いは無かった!」
いや、なにが?
私の表情から考えていた事を読み取ったのか、オーカスはしたり顔で口を開いた。
「この前に話したあの少年の事だ」
「《暴飲暴食少年》だっけ?」
「その事だが、やはり諦めて正解だったようだ」
ソファーに深く座りながら小さく息を吐く。
前にも言った事があるがこの男の人を見る目に私はかなり信頼を置いている。
その男が一度判断を先延ばしにした奴だ。この事態も少しは予測が出来ていた。
「で、判断の理由は?」
「皆もこっちに耳を傾けてる様だし、一々集める必要もないから此処で言うぞ」
「《暴飲暴食少年》。名を《グーラ》。奴の正体は《悪食》だ」
「……その情報をロクオウが持ってきたの?」
驚きよりも確証が欲しかった私は元の姿に戻った彼の方を見た。
「そうだね、先ずグーラがオーカスを知っている様な事を言っていたんだ。それから尾行を続けて《笑う棺桶》のアジトと思われるところに辿り着いて確信できた」
「お手柄だねーロクオウ」
シグマがそう言いながらソファーに腰掛ける。
アシュレイとロムもこちらに集まってきていたのは、オーカスの次の指示を仰ぐためだ。
「そうだな……正直表に情報を流してもかまわないがここは俺達だけで奴らを狩るとしようか」
「そうなると、あたしたちも旗揚げってことになるわね」
すると、ウィンドウを操作して私達の眼の前に大量の紙束が出現した。
「と言う訳でロクオウには新たな依頼だ。これをアインクラッド全域の掲示板に張ってきて欲しい」
「解った」
「これが俺達の初仕事だ。笑う棺桶もオレンジの中でも最も大きな規模のギルド。それを殲滅してこそあの方に近づけると言うモノだろ」
立ち上がりながら言うオーカスに、意義を立てる者は居ない。
「各自戦闘の準備は怠らないでくれ……」
「旗揚げだ!!」
「んっ」「おう」「はーい」「ええ」「うん」
そうして夜は更けて往く。
次に目が覚めた時、私達は更にジャック様に惹かれることになろうとは夢にも思わなかったのだ。
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案の定、次の日のテンションは最高潮に達していた。
速達は八回は見たしオーカスに送らせた情報だって十回は見直した。
まだ確定した情報ではないが私の留まることのない鼓動の高まりからジャック様がやったこととしか思えないのだ。
「たった十数時間で階層を一つ突破する……うはっ!!」
この状況の私を止められる者などこの場には居なかった。
ロクオウだけが今アルゲードの街に向かっていて、オーカスは情報を整理しているため私のことなんか気にしていない。
マイペース姉妹は私のことなど気にかけずに自分の作業をしているし、ロムは来るべき時に向けて装備の新調を行っている。
よって私は兎に角騒ぎまわった。
おいてある家具などは【Immortal object】に設定されているのでテンションに身を任せていくら攻撃しようが壊れることは無い。
朝起きていつもの様に新聞を取ろうとするとそこには速達も入っていて見た途端に何が起こったのかを想像するのは容易だった。
私の声に半ば叩き起こされた連中に速達の内容を一字一句違えず伝えると、オーカスがすぐにロクオウへ指示を出した。
しかし、それをもっと早くに知れなかったことが悔やまれた。
情報によれば第五十二層は午前五時には解放されていたらしいのだ。
まあそれをいくら悔もうがジャック様がこれほどまで輝いていたことが何よりもうれしかったのだ。
「あっ」
その時、オーカスが初めて声を発し、ウィンドウを見ながら固まった。
私の方を一瞬見たときの顔がとても面倒臭そうだったのをしかと目に焼き付けていた私はオーカスの背後に回り込むと腕を動かしてウィンドウを無理矢理可視化させた。
すると、そこに映っていた文は……。
【今、第五十三層が解放された】
「 」
それを見た私が発した声は、後になっても思い出せない程人間的ではない奇声だった。
ここから十五分程の記憶が抜け落ちているのは、きっと本能がそれを思い出すなと警告している様だった。
一部始終を見ていたオーカスですらそれを語ろうとしないのだから、そうとうやってしまったと言うことだろう……。
と、取り敢えず、帰ってきたロクオウから様子を聞き、このタイミングでの旗揚げがちょうどいい頃合いになった。
なんてことを話して、ロクオウは紙を張りに夜の街へと繰り出した。
オーカスも居なくなり、私は暇になったシグマとアシュレイに向かってあることを問いかけた。
それは、朝新聞を読んで見つけた記事だ。
「ねえ、二人は《黄金》についてどれくらい詳しいの?」
「《黄金》?」
「シンディアちゃんのことだねー」
二人は一度顔を見合わせ、シグマが言った。
「あたし達攻略隊の方とは関わりが無いからシンディアちゃんとも顔を合わせたことは無いかなー」
「あたしも同じよ、そのそもあたし達の存在を知ってるも今まで偵察隊を経験したことのあるソロプレイヤーと聖竜連合と血盟騎士団の連中くらいだわ」
「まあ直に見たこと無いってわけじゃないよ?」
「そうね、攻略会議の時は攻略隊と偵察隊で別々の時間に集まるから入れ替わりの時姿くらいは見たことがあるわ」
それを聞いて、私は徐々に笑みを浮かべながら口を開く。
「今、《黄金》が戦意喪失していることは知ってるよね」
「うん」「ええ」
「普段通りの彼女なら私じゃ太刀打ちなんかできないけど、今の彼女は確実に『死』を恐れている」
「まさか、グロリア……」
私の意図を察したのか、二人は少し低いトーンで言った。
「あの《黄金》は嘗てジャック様に向かって宣戦布告をしたらしい……」
「ってことは、あの娘はジャック様の邪魔になっちゃうもんね」
私の纏った《殺意》に二人とも動じることは無かったが、その真っ直ぐさが伝わったのかシグマからも笑みが消えた。
その情報を掴んだ時からずっと考えていたことだ。
その前にもジャック様に盾突いて殺されたプレイヤーも居たが、ソイツとは違って未だにジャック様への反抗を見せたことは無い。
だが、人の心は実に変わりやすい。
嘘で塗り固めてもしないと保てなくなる者がいるのを私は知っている。
そして、戦場から逃げた者が辿る末路もそうだ。
――嘗ての私がそうであったように。
「でも、新聞に書いてあった様子じゃシンディアちゃんは家から出て来ないんじゃないの?」
「時間との勝負になるね、ずっと家に引きこもってる事なんて誰にも出来やしないんだから出て来たところを狙うさ」
「その後は?」
「死ぬのを怖がってるならその度合いにもよるけど確実に自分に向けられた武器を怖がるはずだよ。しかもそれなら自分が武装をするのも以ての外」
納得したように同じタイミングで二人が首を上下させた。
「なるほどね、同じ女性同士ならハラスメント警告も発生しにくいのも利用できるわ」
「でも、余り現をぬかしちゃ駄目だよー。もうすぐあのお方に会えるかもしれないんだからね」
そう言われ、浮かべたジャック様の顔に笑みが零れた。
それからは適当な話をして自室に戻った。
彼女達にはああいったが、実はずっと嘘に塗り固めていたことがある。
今も変わることなく続く違和感。
「どうして……ジャック様と《黄金》が被って見えるのっ!!」
頭を抱え、再び装甲を塗り固めると、意識を失った。
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はい、どーも竜尾です。
エイプリルフールには嘘吐き娘の物語を…。
ようやくジャック視点も終わりを迎えました。
お次は彼らの物語ですね。
JtRもいよいよ旗揚げ。五人には別々の反応をしてもらいました。
グロリアさんのこれはキャラ崩壊じゃないかな…。
グロリアさんの心のうちにあったシンディアへの殺意は予想出来た方もいたはずです。
究明編ではそう言ったそぶりはここまで殆ど見せていませんでしたから。
【次回予告】
――まあ、その時はきっちりと通過儀礼を払って貰うんだけどね。
――自分の前では全ての物質がプリンと同じだ。
「私達を《笑う棺桶》に入れてください」
「Welcome」
次回をお楽しみに!それでは。