仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第四十五話 殺人鬼の大虐殺

Side =ジャック=

 

白の反応が近くから消え、クラインの方を振り返ると青白い転移結晶使用の跡が残っていた。

生きて帰ったのかと半信半疑になっていた心を無理矢理《殺意》で塗りつぶす。

現実だったら手の皮が破け、血が出そうなほど強く《リッパー・ホッパー》を握りしめ、《死刀》を発動させる。

「ジャック君、済まない。ここは私にやらせてくれないか」

まだオレの理性が残っているうちにヒースクリフが制止したせいでそれも止まってしまったが。

ここで奴に逆らうのは得策ではなかった。

奴の眼にはシンディアの戦意喪失した姿を見て意気消沈する十数人のプレイヤーたちが映っていたのだ。

その姿が恐怖を植え付ける時のオレの姿に僅かながら似ていたのだ。

プレイヤー全員に聞こえる様に声を上げ、ウィンドウをタップする。

 

――「戦うぞ!!」

 

ああ、そうだ。

青白い光に包まれた『神』様の姿を見ながらオレが纏おうとしていたモノが別の方向へと意識を向けた。

白を殺した奴を殺すんじゃねぇ。

真正面から仏像へと向かい、十字の刻まれた盾でピタリと攻撃を受け止めた『神』から天井に向けてナイフを掲げた。

 

――白を殺したこの世界をぶっ殺してやりゃいいんだよ。

 

誰もがヒースクリフに意識を向けているいおかげでオレに気付く者は誰も居ない。

「全員ヒースクリフに続けえ!!」

リンドの声に反応して駆け出したプレイヤーたちがオレの横を通り過ぎて往く。

それからは目立つことも無く動き続け、何やら強化されたヒースクリフのミスを適当にカバーして最後はキリトにラストアタックを譲って戦いが終わった。

「終わったな……」

短剣をしまうことなく、状況を確認したプレイヤーたちが一様に落胆した姿を見てオレはヒースクリフの方を見た。

「んじゃ、説明タイムに入りますか」

オレの言葉に全員からの視線を受けたヒースクリフは待っていたかのように淡々と言った。

 

「あれはエクストラスキル《神聖剣》だ」

 

「しゅ、出現条件は?」

「判らない、気がついたらスキルスロットの中に入っていた」

まあ随分と都合のいい言葉だ。

「情報屋にもこのスキルが載っていないということはつまり、《ユニークスキル》。とでも言ったところだろう」

その言葉で、オレの持っているこの《濃霧》と言うスキルの存在を納得させるには十分だった。

だが、この力はあくまでもオレ自身を守るだけのモノだ。

この力を共に使えるとしたら、シンディアくらいしか……

いや、白の事を考えるのはやめておこう。

「それを今まで隠してたってか?」

今オレがやることはこいつの手の内を全部明かすことだ。

「すまない、私も人間だ。誰か一人しか持っていない特別な力を持っているなんて知れたら、どうなってしまうのか判らなかったのだ」

そう言われては、これ以上何があるかを探ることが出来なかったが、まだ何かを隠していることだけは解る。

じゃあ、一応宣戦布告くらいはしといてやろうか。

そっちも情報をくれたからな、こっちも情報をくれてやらなきゃ無粋ってもんだ。

 

「見殺しってのは殺人に入ると思うか?」

 

あと、ついでにキリトにも。

この世界に向けた《殺意》の中から一部をこの場にいる全プレイヤーに向けて放った。

 

「オレはそうは思わねぇな。テメェは殺人者じゃねぇと思うぜ」

 

そう言葉を残して次の階層への扉を開いた。

後ろからキリトの声が聞こえたが、今のオレには関係のないことだ。

誰も追って来ないのを《リッパー・ホッパー》を回転させながら確認して街へと一直線に駆け出した。

奇跡的に道中敵と接触することは無く、アクティベートを済ませるとアルゲードへと戻って周りの視線がオレに向く中、駆け足で宿泊している宿へと跳びこんだ。

そこにはオレが今まで使用してきた鍛冶台が設置されており、研磨機能のある台の前に立つとリッパー・ホッパーの刃を当て、二分ほどで耐久値を全快させた。

それが終わるとすぐに転移結晶を取り出して第五十一層へと飛ぶ。

まだオレ以外の人間は誰も来ていないようで安堵したと共に大きく深呼吸をした。

その時間で自分がこの数年でかけていたリミッターの数を全て把握した。

 

「《殺す》ってことがどういうことなのか。教えてやるよ、茅場晶彦」

 

音も無く、というか音も出さずに走り出す。

「《濃霧》」

ただ、足から延々と霧を棚引かせていた。

徐々に加速し、ダンジョンエリアである洞窟へと足を踏み入れる。

その間ずっとオレはリッパー・ホッパーの柄頭でこめかみを殴りつけるように振り続けた。

敵が追いかけている時も、待ち伏せをされようとも、攻撃をされようともオレは右手からリッパー・ホッパーを離すことは無かった。

時間が経つ毎に加速し、洞窟の中腹辺りで振り返るとオレを敵と認識した大量のモンスターが群れとなって押し寄せてきていた。

こめかみを打った回数は既に三ケタを超えているが、これでは半分にも満たしていない。

それでも世界を《殺す》と言った以上邪魔をする奴らは殺しておかなくちゃならねぇ。

《鎖》を両手足首に装着し、《死刀》で短剣を複製して鎖の先端にくっつけた。

両手首の短剣を地面に落とすと《固定》させ、鎖を伸ばしながら地面を削って自分の体から速度を失わせてゆく。

これでトラップも出来上がり、五、六十体のモンスター達が一気に流れ込んできた。

先ずは先制にと両手で手首から伸びる鎖を掴むと右足で地面を蹴ってその場で身体を浮かせながら回転させた。

これでオレに向かって真正面から突撃してきた奴らの殆どは締めあげられた鎖によって足止めを食らった。

更に回転しているのを利用して左足の鎖を右側の壁に向かって飛ばし、鎖を逃れたモンスター達が攻撃を開始したところで両手首の《固定》を解除。

逆に左足の鎖を《固定》させ、全ての鎖の長さを元に戻して攻撃を回避。

その途中で左足の鎖の《固定》も解除し、着地を決めるとこの場にいる全てのモンスターの意識がオレに向かってきているのが手に取る様に解った。

両手の鎖だけをしまうと落ちて来た二本のリッパー・ホッパーを握って狂気の笑みを浮かべる。

リッパー・ホッパーで両方のこめかみを強く押し付け、モンスター達に向かって駆けだした。

 

――例えば、そうだ。

 

もしもこの世界のモンスター達、つまりはカーディナルがプレイヤーたちの能力をその者のもつ装備と敏捷値だけで計算していたのだとすれば?

そうでなかったとしても今までの戦闘ログから有る程度の補正はかかるだろう。

それでも……だ。

 

「追いつけるわきゃねぇだろ。テメェらは殺される側なんだからよ」

 

四歩。

それだけで十分だった。

霧の中から襲い来る全て攻撃は莫大な力によって加速した速度で回避し、全員に八回以上の斬撃を与え切った。

オレが通り過ぎた後に両足の鎖が大きく波打ちながらオレが向いている方にある壁に突き刺さった。

瞬間、背後でシャンデリアでも落としたかのような破砕音が辺りに響いた。

生き残った数体のモンスターには《投短剣》スキルの一つでブーメランのように短剣の軌道を投げる《廻》で一撃のもとにモンスターを葬った。

そのまま鎖と死刀を解除することなく洞窟を駆け出しながらこめかみを殴る。

「まだ、殺すのには足りねぇなぁ」

歪む口元も、徐々に戻って往く力も、もはやオレが気にすることは無かった。

やることは一つだ。

 

「『嗤え』」

 

 

「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

==========

 

門を蹴り破り、ようやく空が見えたと思えばその色は黒紫に染まっていた。

星一つ見えない夜空と冷えた風が気にも留めなかった時間を言う概念を取り戻させた。

現在時刻は深夜の一時。

オレが今いるのは第五十二層だ。

十時間で一つの階層を突破。

一人で戦い続けるのは今までに経験したことのないことだからやけに時間がかかってしまった。

だが、こんなところじゃオレの《殺意》は微塵も揺らぎはしない。

あと七時間以内にもう一階層突破する。

そのための準備も、第五十一層ボス攻略前に済ませたからだ。

草原を駆けだすとあっという間に第五十二層主街区に到着し、アクティベートポイントの前で即席の研磨台を用意すると消耗しきったリッパー・ホッパーの耐久値を数分で元に戻した。

「やっぱ、武器なしで戦えたりゃいいんだがなぁ。《無刀》スキルっつったっけ」

適当な事をぼやきながら耐久値が回復すると研磨台をしまってアクティベートを完了させて街の外へと駆け出した。

恐らく攻略組の連中がこの事に気付くことは無い。

間抜けに第五十一層を攻略をしているんだろうと鼻で笑い飛ばした。

 

――それじゃあ、ここで何故オレがこめかみを殴り続けたか教えよう。

 

オレとシンディアは《異常》が故に心身が文字通り異常なレベルまで発達してしまっているのだ。

体格的な問題ではなく筋肉の鍛え具合と動かし方が人間の体の構造に最適化させてしまうということだ。

だからこそ、オレ達は意識的にも無意識的にもリミッターを付けることにした。

意識的に付けたリミッターは無意識的に付けたリミッターの上にかけたモノで正直言って力の振れ幅は少ない。

だが、それの基礎となる無意識下のリミッターはそうはいかない。

意識の変化で簡単に操れる意識的なリミッターとは違い、無意識の状態でも自分の身体をセーブするのがこれだ。

その解除の方法としてスイッチをこめかみにあると身体に設定させた訳だ。

制限を付け切るのに一年ほど費やしたのは良い記憶だ。

お陰で制限をかけるのに時間はほとんど必要ないし解除は一瞬だからいつでもオンオフできるだろうと高を括っていた。

しかし、解除は一回の解除行動につき一個だけで、その項目も全て記憶しておかなければならない。

所謂『行きはよいよい帰りはこわい』と言う奴だ。

その為、この形を完成させるために子供たちの世話の傍らでオレ達自身の研究をしたモノだ。

 

「人間の細胞の数は約三十七兆」

 

「人間の髪の毛の数は約十万」

 

「人間の関節の数は約二百六十」

 

「人間の骨の数は約二百」

 

「人間の心臓は一つ」

 

「オレが身体にかけたリミッターの数は千八百八十八」

 

その全ての解除が終わったんだよ、数年ぶりになぁ……。

ついでに言っとくとこのリミッターに関して身体が慣れるとか、そう言ったものは一切関与しない。

身体の使い方も記憶の中にある訳だからな。

でも、流石に柄頭でこめかみを殴るのはモラル的に良くなかっただろうか。

現実でやったら間違いなく流血モノだろうしな。

……じゃあ、行こうか。

 

==========

 

「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!」

大音量で嗤いながら短剣と鎖を振り回す。

この階層も洞窟のエリアなので《濃霧》が非常に役立ってくれている。

敵の視界を削ぐのに対してオレは解き放たれた五感を存分に使って敵を蹂躙し続けた。

その覚醒っぷりに、もはや第六感と呼べるものすら存在しているのではないかと思うが、生憎とオレはそういうモノは信じていない。

兎に角、五時間と先程よりかなり時間を短縮してボス部屋に辿り着くことが出来た。

何の躊躇もなく扉に向かって両手首の鎖を飛ばすと固定と伸縮を発動して両開きの扉を開いた。

浴びた空気に中の構造を認識、ついでに敵の体格も計算してジャラジャラと鎖を引き摺りながら歩を進めた。

部屋の中央まで来ると背後で大扉のしまる音と共に辺りが明るくなった。

足元は枯葉やら紅葉やらが落ちており、オレを取り囲むように十二本の柱が立っていた。

天井まで届いていないそれの上は平らになっており、体長はオレと同じくらいの白色の体毛をなびかせながらこちらを見ているのは猿型のモンスターだった。

 

《The Quando》

 

HPゲージの出現した瞬間に猿は立ち上がると顔を真っ赤にして背中に手を伸ばし、そのまま片足立ちになり振り被って何かを投げた。

霧が棚引いているが、その物体の形から何からを認識した。

オレに向かって来ているのは、そう。

ブーメランだ。

しかも端っこには棘が付いており、迂闊に触れるのは避けた。

しかし、霧を蹴散らしながら進むブーメランは半分囮だったようで背後から振り下ろされた棍棒を左手のリッパー・ホッパーで受け止めると左手首の鎖を棍棒に絡ませ、《撃挙》を発動し、右足でクアンドの腹部を蹴り、右手で《クア・ドルプレ》を発動し切り裂いた。

その威力を利用して猿の身体が地面から離れると身体を回転させながら左手首の鎖を伸ばして柱の一つに打ちつけた。

苦しみの声を上げるクアンドを気にかけず鎖を戻すと、猿は柱を上って今まで空中をずっと浮いていたブーメランを手に取った。

クアンドは高みの見物をする様にオレを見下ろすと柱を左周りに跳び始めた。

最初はブーメランを投げるものだと思っていたが、奴のHPゲージが僅かに回復したのが眼に見えた瞬間にオレは跳び出していた。

空中で右手以外の鎖を展開させ、逃げ場をなくしてから《クイン・トプリカタム》の体勢に入った。

クアンドはそんなオレを見ながら両眼を見開いていた。

そう言えば、この状態のオレが剣技を発動した時にどうなるのかを説明してなかった。

いくら剣技が行動を制限しようとも、短剣の剣技は自由度が非常に高いことに定評がある。

故に、五連撃になるこの技も一瞬だ。

そのまま剣のついた鎖を離すと光を纏わせながら拳を思う存分体重を乗せて振るった。

これも体術スキルの一つなのだが、力を込め過ぎたようでクアンドは反対側の柱まで吹っ飛んで行った。

一応説明しておくとこの十二本の柱は時計を表しており、それを時計反対周りに回る事で時を戻す、つまりHPの回復を行っていたのだ。

まあ、流石に柱まで一気に跳躍できるなんて事は想像できる訳もないだろう。

と、言う訳で地面に落ちた猿のHPゲージは高所からの落下ダメージも加わったことにより三本あったそれがのこり一本となっていた。

起き上がったクアンドは霧の中でブーメランを叩き折るとそれを棍棒の両端に取りつけ、もう片方の手を突き出すとそこに仮面が出現した。

木製の仮面を顔につけると途端に奴のHPゲージが回復し始め、咄嗟に飛びかかろうとした瞬間。

突如目の前に一枚のメッセージウィンドウが現れた。

それを見たオレは余りに都合の良い展開に口元を歪ませながら承認のボタンを押した。

 

【移行条件の達成を確認。《濃霧》スキルに《戦闘に無関係の武器・スキル及びアイテムの使用禁止》を付与】

 

クアンドのHP回復がせき止められ、そこからは言うまでもない。

圧倒的な力量差による蹂躙に次ぐ蹂躙。

第五十一層から被弾ゼロ。

所要時間十六時間で階層を二つ突破してやった。

だが、莫大な経験値と強力なアイテムを手に入れても、オレの気は治まることを知らなかった。

時刻はもうすぐで午前七時を回る。

第五十三層主街区《ネブラ》に到着すると第五十二層の時と同じようにリッパー・ホッパーの耐久値を戻してからアクティベートを行い、霧を棚引かせながら歩き始めた。

時間的にそろそろ攻略組の連中が気付く頃だろう。

 

「白……」

 

その声は、流れて往く無数の霧の粒の中へと消えて行った。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
ワールド戦も終了しました。

サブタイ通りの殺人劇の開始でした。
本文で人間の細胞の数が三十七兆個であることを始めて知りました。
多分六十兆の表現を別の話で使っているのでそこを見つける作業をしなくては…。

そして《濃霧》もレベルアップです。
今まではこの能力の描写をしていませんでしたからね。はい。

【次回予告】

――この十数時間、オレは白の事を考えたことは一度もなかった。

「《暴飲暴食少年》。名を《グーラ》。奴の正体は《悪食》だ」

「ねえ、二人は《黄金》についてどれくらい詳しいの?」

――嘗ての私がそうであったように。

次回をお楽しみに!それでは。
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