Side =ジャック=
第五十層ボス攻略戦。
先日シンディアが《LGL》を全部揃えて来た効果もあって沈みかけていた雰囲気は通常に戻りつつあった。
順調に力を蓄え、それでも決して慢心はしない彼女の姿に一瞬だけキリトの方を見てから集まった攻略組の面々を見ていた。
今はヒースクリフの野郎が意志を高めるためになんか話しているが裏の知れているオレには胡散臭くてしょうがなかった。
次いで、顔すら見えなくなったシンディアが一言発してオレの番が来た。
なんでこんな場所にオレを立たせやがったのか。
まあ、それがオレの役割だから仕方がねぇけどな。
「ま、オレ一人で戦っても多分勝てねぇ、せいぜい死ぬまで戦いやがれ」
オレの存在は、こいつらにとっては半分反面教師、半分学ぶべき相手とでも言ったところだ。
果たしてそれが出来るのがこいつらの中にいるのかねぇ……。
「それなら一人で戦うの?ガンドーラ」
「それで、もしオレが倒しちまったらこいつら攻略なんてしなくなるだろ」
即座にシンディアにそう返され、同じように言い返しながら兜の中を覗いた。
――あぁ、問題はねぇな。
シンディアが場をある程度和ませたところでそれを丸ごとひっくり返す様にリンドも含めたオレ達四人で同時に号令をかけた。
「「いくぞ」」「いきましょう」「いくぜぇ」
「全員突撃!陣形を取れ!!」
扉が開き、慎重に中に入ると、灯りが付く前に肌に触れた巨大な物体の気配に短剣を一回転させた。
灯りが灯ったところで姿を表した黒光りする巨大な仏像の頭の上にその名は……。
《The World》
(ちょうど半分だから世界ってか?)
準備させておいた《リッパー・ホッパー》とは違う投擲用の短剣《グラディウム》を振り被った。
プレイヤーの殆どが奴に視線を奪われ、オレの姿を見ていたのはほんの数人。
集団の中から、一筋の白い光が飛来した。
高速で飛び去ったそれは仏像の顔の横を掠めた。
《投短剣》スキル《閃》。
(景気づけなら、こんくらいはしねぇとなぁ)
こちらを見ながら顔を青くする奴らには見向きもせずにオレの顔は狂気に歪んだ。
『行けよ《殺人鬼》。オレらは殺す側だろ?』
Side =シンディア=
基本的にボス戦におけるわたしの役割は壁だ。
それはいくら《LGL》を積み重ねようとわたしが女性だろうと変わることは無かった。
彼らの外壁と内壁の殆どは自らを守るために作用する。
どれだけ欲求に揺らごうとも生存原理にはしたがってしまうモノだ。
当然それを理解していたわたしは断るようなことは一度だってしなかった。
壁と言っても単に守るだけの役職ではない。
わたしのように攻撃も可能な役は近距離だからこそ見極められる敵の隙を突いての反撃も各戸の意思で許可されている。
まあ、守る一点張りの方が安全だからあまり攻撃に手を出す人は少ないんだけどね。
隣でわたしと共に壁を護るヒースクリフと軽く目配せをして前にでる。
横でワールドの斬撃を一人が受けてしまった。
その方を一瞥し、聴覚で聞き取った風を切る音のする方向に盾を向ければ身体に襲った衝撃を往なす。
動きの速さに取り残されたプレイヤーを逆の手に握られたサーベルが襲うが、その方向には壁の後ろから跳び出した《殺人鬼》が待ち構えていた。
地面へとサーベルを綺麗に受け流してその間を縫う様に《殺人鬼》を信頼していた《黒の剣士》が強力な光を纏った剣を思い切り振るう。
称賛程度に小さく口笛を鳴らしてキリトの下へと駆け出した。
良くそんな軽装備でボスに向かって無防備で居られるモノだ。
――こりゃ、わたしも信頼されてるのかな?
全く、ジャックはちょっとやりすぎじゃないかな。
無意識的に《異常》を利用されるのはあんまり気分が良いとは言えない……ねっ!!
キリトを追いかける様に放たれたサーベルの前にわたしは身体ごと飛び込んだ。
「《黒ずくめ》スイッチだよ!」
盾でサーベルを受け流し、球体の部分を軽く引っ掛けてワールドの体勢を崩させた。
「全員突撃!!」
「総攻撃だ!!」
瞬時に放たれた言葉に全員が動き出す。
各個人が流れる様に剣技を発動させ、一本目のHPバーが消滅した。
瞬間、烈火のごとく怒りに燃えた顔で立ち上がったワールドはわたしたちの攻撃を諸共せず背中辺りから瘤が浮き出た。
肉を張り裂け跳びだしてきたそれに、必然的に視線は吸い込まれる。
――四対八本の腕だ。
その全てに武器が握られており、この至近距離ではマズイと思った瞬間に、二度目の白い光が頭の上を抜けた。
だが、その光は甲高い金属音を立てて世界に弾き返された。
「腕増やせば強くなるってかぁ?」
そうジャックが吐き捨てたのを皮切りに十本の腕がブンブンと振り回され始めた。
慌てて全員が距離を取ったが、仏像は比較的人口の多い場所に向かって走り出す。
その異様な光景に、狙われた者たちは一瞬たじろぐがそこは腐っても攻略組。
聖竜連合の壁役隊が間に入り、猛攻の中に飛び込んだ。
わたしはそれを遠目に見てワールドの腕を見ていた。
だって、さっきちゃんと足音で伝わってきたからね。
――『三発目、直撃』ってさ。
無造作に振り回される十本の腕の隙間を通り抜けた閃光が仏像の頭を揺らした。
「おー、当たった当たった」
そう無邪気な声で言うジャックに称賛をおくって短剣を抜くために一本の手を攻撃から引いた瞬間に九本の腕の攻撃パターンを目に焼き付けた。
しかし、腕が九本になろうとその連撃は続き、さらに勢いを増した。
退避にバラバラになるプレイヤーを的確に追いかけ、その前に壁役が幾度となく立ちはだかる。
わたしとヒースクリフはそれに追われ手が出せなくなっていた時だった。
連撃に壁役たちの動きが誘導され、それに気付いたリンドの声に反応した者たちが間に投げ込まれた槍を折り曲げたが、それですらもワールドによる誘導だったのだ。
仏像は動きの止まった壁を跳び越えると手に握ったハンマーを水平に放り投げた。
その直線上に残されたプレイヤーは各自判断して巨大ハンマーを潜ったり跳び越えて躱そうとした。
だが、仏像は待っていたかのように跳んだプレイヤーの腹部に曲刀が突き刺した。
そのまま悲鳴を上げることなく、曲刀が壁に突き刺さるのと同時にプレイヤーは四散した。
驚愕に染まったプレイヤーやさらに闘志を燃やしたプレイヤーを置き去りに、ジャックが一気に仏像との距離を縮めた。
得物を手放した三本で仏像独特の構えを取り、残りの七本を振り回し始める。
当然足を緩めないジャックを見てリンドが声を上げた。
「全員立て!、ジャックが動くぞ!!」
(あらら、完全にのまれてるねコレ……)
兜の奥で苦笑いを浮かべながら先程焼き付けた光景に七本の動きを照らし合わせて攻撃をパターン化させた。
七本の武器による攻撃を全て避けきり、最後の一撃を利用して跳躍すると左肩に乗って呑気に仏像の頭に手を置いた。
確かに、あそこなら腕の位置的に攻撃は当たらないけど……
「やっぱ体の構造は現実の人間と同じものか、どの腕も関節も同じ」
「ホント、刃さんの息子だよ。玲はさ……」
そうジャックだけに聞こえる様に呟いて彼を振り落とそうとワールドが身体を大きく揺らした瞬間をねらって《クイン・トプリカタム》を決めたジャックに襲いかかる刃をわたし達で止めながら攻撃を加え、総攻撃が始まった。
数分で二本目のHPバーを削り切ると、ワールドは得物を全て地面に捨て、初期位置の台座に戻った。
「何をするつもりだ……」
ヒースクリフが放った声に反応するようにワールドの首の後ろから腰にかけていたるところに夥しい量の腕が生えた。
しかも、その全てに武器が握られているのだ。
「腕増やせばいいもんじゃねぇだろ」
呆れながら放たれたジャックの言葉に攻略組の全員が心の中で頷いた。
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数人の犠牲を出しながらも、ジャックとキリトの活躍によってワールドの三本目のHPゲージも消滅した。
百程あった手の九割が身体の中に再び沈み込み、残された手の配置はちょうどどの位置も攻撃できるようになっていた。
先のジャックにやられた様な醜態はさらさないとでも言っている様だ。
その顔も無表情なモノから哀しみを帯びたモノへと変貌し、ジャックたちのいる台座から階段ごと飛び越えた着地したため、奴は今プレイヤーたちの中間にいる。
中でもワールドに一番近い位置にいたジャック目掛けて今までより段違いの速さで肉薄したのだ。
HPゲージ二本目の姿とは違いスムーズに動く腕からの攻撃を身体全体を動かしながら一歩で回避を続け、六回目のそれを躱わしてから短剣を回してポーションを放り込む。
舌打ちをするジャックの元へとわたしも含めアタッカー達が次々と台座のあった場所から下りて往く。
「六連撃、上手く誘導されてたな」
すかさずヒースクリフが指示を出すとわたしたちは俯いたまま停止した仏像を見ながら陣形を作りつつ集合しようとしていた。
刹那、仏像の顔から滴が一つ零れ落ち、腕をカクカクと動かしながらワールドが走り出した。
わたしたちとは距離を離れたジャックたちのいる場所に二本の腕が伸ばされる。
そこにキリトも居るので一応安心はしつつわたしは持ち場をヒースクリフとリンドに任せて彼らの下へと駆け出した。
ワールドの腕を弾き、一回飛び退いてから再び攻撃を開始した仏像の狙いは真横から見ていたわたしには一目瞭然。
その姿に恐れを成して僅かに群れから離れた者を狙う。
(まあ、狩りの基本だよね)
そんな事を考えつつ仏像とプレイヤーたちの間に正面から跳び込み、盾を構えた。
盾で受け流し、槍で弾いて十本の手から繰り出された雨の様な攻撃を全て捌き切り、無防備になった奴の腹部に黄金の光を乗せた一撃を放った。
《ネクエ・アースタ》の絶大な破壊力にフロアボスであろうと直撃には耐えきれず、その巨体を大きく後ろへと飛ばされた。
「大丈夫?攻撃は逸らせたと思うけど当たってない……かな?」
なんてワザとらしくあざといのだと自分自身で呆れていた。
これがわたしの性分だからしょうがない所もあるかもしれないんだけどね……。
すると、吹き飛ばした間を狙って隊を立て直したヒースクリフ率いる血盟騎士団の面々が前に出た。
これも、《LGL》の性だ。
今の一撃でワールドに付けられたわたしに対するヘイトは他の者すら気にならない程に昂ぶっている。
わたしの前に連なる人の群れを見て「けど一か八かじゃない?」と言えども皆がそれを理解しているためそれ以上何もいうことは無かった。
「下手に攻撃を食らうよりはマシじゃねぇの?こいつが攻撃される距離にさえいなければ……な」
なんて笑いながら一瞥するジャックに目線だけを向けていた。
――その時だった。
盾を付けていた左手の人差し指がピクリと動いたのだ。
完全な無意識化の中での出来事にわたしはそれに気付くことは無かった。
――そう、気付くことは無かったのだ。
Side =ジャック=
「さーて……やんぞ」
身を翻して伸びをする。
目の前では接近してくる泣き顔の仏像に対して虚勢を張り上げながら突進に巻き込まれないよう着実にダメージを与えて往くプレイヤーたちがいた。
「削り行くぞ」
壁役と囮のシンディアを置いてオレとキリトがワールドに向かって走り出す。
避け続けながらの攻撃には大したダメージは無いと考えていたオレは後に続いたキリトへと前を向いたまま後ろに跳び、叫んだ。
「キリト、肩借りんぞ!!」
肩も小突いていたこともあり、一瞬で察したキリトはオレの両足に両肩を合わせて綺麗にジャンプ台を作り出し、遠慮なく両足を踏み締めて仏像の頭の上へと跳んだ。
体勢を崩しそうになりながらも何とか持ち堪えてキリトもワールドへと向かう。
だが、オレに残っていた僅かなヘイトが仏像の腕を動かし、一本の手がオレを襲った。
それも、筋肉の動きが見えていた以上予測していたことだ。
「やっぱオレにもヘイトが溜まってたか!」なんて言いながらも確実に武器を弾き返して剣技を発動させる。
――その時だった。
ふと視界に移った黄金色の鎧の中身へと視線が吸い込まれたのだ。
中身の人間と目が合うことは無かったが、オレの眼にはまた別のモノが映っていた。
震えた様に、彼女の左手の人差し指が小刻みに動いていたのだ。
何かの暗号なのかと考えるも記憶から解読することは出来なかった。
ならば、新しい暗号なのかと思索するも言語に代えられる様なパターンは存在していない。
その思考時間はすぐに浮遊する身体の感覚に有耶無耶にされた。
お陰で、咄嗟に構えた剣技は《シーティ・ビーティア》。
なんとか二度の攻撃を当てることが出来たが本来なら《クア・ドルプレ》を放つはずだったのだが……。
しかも変な体勢で打ったがために背中から落下。
周りには称賛こそされ、誰もオレが剣技に失敗したとは思っていなかったことは幸いだった。
だが、オレの心は徐々に同様に蝕まれていた。
「みんな、ありがとう!!」
――何なんだその言葉は……。
残るシンディアと壁役たちと交錯する巨大な仏像。
壁役たちが一撃目を受けると、彼女は単身でその前へと乗り出した。
「後は、まかせて!」
その言葉は、シンディアのモノではなかった。
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はい、どーも竜尾です。
ついにやってまいりました第五十層ボス攻略戦。
今回はジャックとシンディア視点を交互にお送りしましたね。
どちらかと言えばシンディア視点が多かったですが…。
彼女に突如訪れた変化。
探索編第十八話でのジャックの行動についても明かしました。
気付きましたかね、シーティ・ビーティアを打ったことについての疑問に。
次回に続きます。
【次回予告】
――何を?
――懸命だよ、さすが玲だね。
『動き出せなかったくせにか?』
「ごめん……なさい……転移、《ゴールド》」
次回をお楽しみに!それでは。