Side =グーラ=
「向こう側も動き出したな……」
新年を迎え、ついでに初めての殺人を終えた自分達は盛大に宴会を行ったのだが……。
その途中で入ってきた知らせのせいで思考に耽ることになった。
宴会前に向かわせた三人が死亡していたのだ。
死因はどれも【切断系武器によるHP全損】。
徐々に集まって行く情報には《殺人鬼》の影は無い。
だとすれば、犯人は別に居ると考えるのが妥当だろう。
尚且つ短時間での殺害を可能にし、形跡を残さずに姿まで消されていた。
つまり、可能性としてあげるのは複数人による犯行のみ。
攻略組の実力者の名前が出て来ないと言うことはそうと見て間違いはない。
まだそんなプレイヤー集団が残っていた事に爪を食いちぎりそうになったのを何とか食い止め、ひっそりと調べて居た一つのデータに目を通した。
「情報屋、《オーカス》。こいつらが……」
数カ月かけて手に入れられたのは奴の名前だけ。
奴は情報交換する人物を緻密に計算し、自分の賭博場に通う可能性のない者だけを選び抜いていた。
こちらとしてはその一人が釣れた偶然に安堵するしかなかったが。
逆にこちらの情報は何一つ向こうは知らない以上自分の方にアドバンテージがある。
だが、自分の名前も相手には当然知られているだろう。
仮にもこちらは数回ほど新聞の一面を飾った人物だ。
こちらから接触するにしても難がある。
宴会そっちのけで自分の世界を展開する自分を置いて、時は進んで往く。
確か、近々第五十層攻略も行われるだとか。
そう思いながら視界に広がる酔い潰れ共の骸を見て溜息を零した。
「こっちはこっちで楽じゃないよなあ……」
Side =グロリア=
「あー、『死』にそう……」
目を覚まして一言。
昨日は久しぶりに夜更かしをした所為で七時に起きるのが辛く、いつもよりも濁声のままそう発した。
この時間に起きているのは基本的に私だけだ。
ドアに備え付けられたポストから新聞を引き抜くと、それをテーブルに放り投げてから顔を洗いに洗面台へ。
どうにもこういった部分は現実味があって眠気を取るにはちょうどいい。
目が覚めたところで新聞を手にとってソファーに腰掛けた。
そうしている間にも、扉の隙間から金属のぶつかる甲高い音が少しだけ漏れてくる。
外に出ないあいつにとって昼夜など関係のないのだろう。
壁を改良したお陰で私室にその音が届くことは無くなったが、音の無いこのリビングには少しだけ音が届くのだが、もう慣れてしまった。
三十分程して、アシュレイが部屋から出て来た。
本来ならシグマも一緒に部屋から出てくるのだが、彼女は第五十層ボス攻略の偵察戦でそちらの方に行っているので二日程姿を見ていない。
「おはよう、グロリア」
「ん、おはよう」
そう返すとアシュレイの後を追って立ち上がった。
オーカスは基本的に昼夜逆転した生活をしているのでまだ帰ってくる気配は無い。
なので、互いに《料理》スキルを持っている私達で朝ご飯を作るのだ。
一応ロムの分も。
そんなことを考えつつキッチンでアシュレイと適当に言葉を交わしながら料理を作って往く。
彼女も彼女で九時にはお店に戻らなければならないので大変だ。
それほどまでに表での生活に魅力があるかと疑問に思った事があるのだが、寧ろ私達の方がそれを問われるべきだと自己完結をして空しくなった。
――ジャック様に出会わなければ、こんな思考などすることも無かったんだ。
私達が料理を手に戻ってくるとそこにはロクオウが新聞を読みながら私達を待っていた。
「お早う御座います。お二人とも」
「おはよう」
「おはよう、ロクオウ」
その前に料理を並べながら返事をする。
彼のおいた新聞を引っ手繰る様に手に取り、片手で新聞を開いた。
いつも楽しみにしているジャック様の記事を二回読み返していると、アシュレイは仕事場へと赴き、ロムが作業場から出て来たかと思うと朝食を手にとって何かをぶつぶつと呟きながら元の場所へと戻って行った。
そうして私達二人だけが残るのも、もはやいつもの光景だ。
しかし、それも長くは続かない。
ロクオウにはロクオウでオーカスから頼まれた《悪食》捜索の命があるし、私も攻略組のいない時間帯はレべリングをしに行くのが日課なので各々ゆっくりと準備を済ませて別々の階層へと向かって歩き出した。
正月だと言うのに、初夢など見ることは無かった。
というか、此処に来てから私は夢と言うモノをみたことが無い。
疑問を抱くことは無かったし、夢を見るよりは今この場にある現実だけを見ていたかったのもある。
そう思っているうちにあることを思い出す。
自然に旋棍を持つ手に力が籠り、口元が緩んだ。
「私、昨日人を殺したんだっけ」
==========
時刻は夕暮れ。
ダンジョンから戻ってくるとリビングには全員が戻ってきていた。
「グロリア、お疲れー」
ブンブンと手を振るシグマに手を振り返すと武装を解除してソファーに腰掛けた。
この時間帯になっても全員が一つの場所に集まっていると言うことはオーカスがまた何か掴んできたのだろう。
「それじゃあグロリアも戻ってきたところで……昨日の三人と犯人の正体だけど、犯人連中から大々的な発表があった」
「ふーん」
足をバタバタさせながらシグマが言う。
「そいつらは殺人行為に関して一切の躊躇をしないと宣言するとともにオレンジとは違うレッドギルドを掲げたとのことだ」
「まるで我らの様だな。主の事を崇拝していること以外は」
「知れ渡った奴らのギルド名は《笑う棺桶》」
「笑う棺桶、ね。趣味が良いんだか悪いんだか」
こちらに向けて可視化されたデータを見てアシュレイが呟いた。
「ギルドの規模はまだ解っていない。恐らく、件の《悪食》が強力な情報統制を行っているとみて間違いない」
そう言われて一番反応を示したのはロクオウだった。
「一刻も早く見つけなくちゃね」
「それで、俺達も間もなく動き出す訳だが、最後の勧誘を行おうと思う」
「珍しいな、オーカスからそれを言いだすなんて」
「グロリアも勝手にロクオウを連れて来ただろうに……」
「まあまあ」
皮肉っぽく言った私に呆れながら返すオーカスをロクオウが宥める。
なんだかんだで完成しつつあるこの流れのなかで再びオーカスが情報を可視化してこちらに見せた。
「彼は《暴飲暴食少年》と呼ばれた少年だ」
「それって、確か……」
その名前にピンときた私は思わず声を上げた。
「そう、ゲーム開始から一周年を記念して行われた大食い大会の優勝者だ」
「どうしてその子を?」
「情報によれば彼はあの方に近づかれても一つの動揺も見せなかったプレイヤー。だと言うことだ」
その時の記事を読んでいたアシュレイがその事が書かれた記事の部分を指でなぞりながら納得したように言う。
「なるほどね……」
「でも、記事によればこの少年は普段は変装もしてるし現れる店も何の周期もないって話じゃ」
「それがね、彼は一カ月に一回ほど必ず訪れている場所があるんだ」
妙にしたり顔で受け答えをするオーカスがそう言った時、今までの数倍以上の面倒な雰囲気を纏って男が立ち上がった。
「それが、我の工場だッ!!!」
「あっ、そう」
私がそう言い放つと一気に視線はオーカスへと戻った。
「そう言う訳でこれから俺はロムの工場に居る事にする。ほかは各自で動き続けてくれ。グロリアも攻略組がボス攻略に入るからレべリングをしておけよ」
「無視か……?」
「はいはい、解りましたよ」
「おい……」
「これで話は終了だ。飯にしようか」
「……」
私とアシュレイがキッチンに足を運ぶ中、ソファーで寝転がるシグマ、ウィンドウを見つめて何かの作業をするオーカス。
呆然と立ち尽くしたロムの肩に優しく手を置いて慰めるロクオウの姿は、もはや定着した私達の関係で、「ロクオウのお父さんポジションが板についてきた」と隣でアシュレイに言われて吹き出してしまう私なのであった。
Side =グーラ=
今日は世間でも騒がれている第五十層攻略の日。
そのおかげで手薄になった表の街を思う存分うろつき、情報を集めて回った。
自分から逃げたいがために裏から逃げるヤツがいるらしいが、そう言う奴に限って仲間をこちら側に残してしまうモノだ。
「詰めが甘い」
嘲笑うように一つ。
用事が終わり、色々と昼食を済ませて向かったのは第二十層の鍛冶屋だ。
こうして大々的に帽子とゴーグルをつけながら歩くのは注目されがちではないかと思うが、ギルド内でもこの格好をしている自分にはそれが日常として定着してしまっていた。
故に、自分の素顔を知るのは頭だけと言うことになるが。
――あっ、大食い大会で顔は知られてるんだっけ。
失態に気付いて落ち込むも数分。
そんな訳でこうして表を堂々と歩くのは気分がいいモノだ。
なんて思っているとすぐに路地裏へと足を運んで入り組んだ道を進む。
薄暗い扉を開けば、また金属音の響く部屋でカウンターの下に備え付けられている鍛冶道具で何かを作っているんだろうなとか思っていると、予想通りの彼の姿があった。
それに、今回は運のいい事に鍛冶が終了したところで扉の開いた音に反応してロムはこちらを向いた。
「こんにちわ」
「……貴様か」
軽く笑みを浮かべて《クルトゥエス》を渡す。
最近人の肉を喰らって調子のいい我が愛鎌を手に取ったロムはその刃をなぞりながら作業場へと消えて往く。
相変わらず武器を見ている間は何も言わないんだなと溜息を零し、持参した木製の椅子に座っていると突然背後のドアノブが動いた。
流石にほかの客も来るかと帽子を深く被りながら椅子を壁際に寄せてこちらからも干渉しない様にしていた。
しかし、ロムがいないのを確認した彼は自分の方を見ると驚いた様に固まったのだ。
「あの、何k……」
「まさか、《暴飲暴食少年》……?」
思わず「うわ……」と零れそうになるのを堪える。
それでも嫌悪感に歪んでしまった顔は帽子とゴーグルで見られることは無かっただろう。
態々自分の言葉を遮られてまで言われた言葉がそれだったことで、自分は何の反応もせず、ただ重力に従って首を縦に振った。
「やっぱり、そうだったんですね!」
微妙に嬉々を含んだ声に、仕方がないと彼の方を向いた。
髪も目も服も黒に染まっており、爽やかな笑みを浮かべた彼は言った。
「俺、《オーカス》って言います!!」
が、思いもよらぬ言葉に再び言葉が詰まった。
まさか、こいつが自分の探していた人物で、こちらは『名前』に対して反応を示してしまったのだ。
いくら帽子とゴーグルで防御しても口元は隠せていない。
帽子のつばでそれが見えたかは解らないが、こいつは見る目のある情報屋だ。
おまけに自分はそれに気付けたかを見られていない。
ここで下手を打てば今まで自分に傾いていたアドバンテージが相手に傾いてしまう。
ちょうど得物もないし、さてどうする。
――ロムが戻ってくるまで時間を稼ぐか?
だが、奴が戻ってくるまで十五分はかかるはずだ。
それまでボロを出さず、自分だけが緊張した空間で言葉を紡がなければいけないのか……。
――でも、やるしかない。
そう自分に言い聞かせて少し顔を上げる。
入ってきた彼の顔は先程とは変わっておらず、嬉々としていた。
その裏で自分の事に気付いてにやついているのだろうかと不安に駆られそうになるのを無理矢理断ち切った。
「貴方も、此処の鍛冶屋にはよく来るんですか?」
「あ、はい。ここの職人は腕が立ちますからね」
「それにしても、良く自分の事を覚えていましたね。もう記憶からは消えてしまったのかと思っていましたが……」
「いやいや、あの時の衝撃は忘れられたくても忘れられませんよ」
「それはどうも」
今のところは何の問題もないはずだ。
自分から出せる話題はこれくらいしかないし、時間が自分の動揺を掻き消してくれたことも幸いした。
あとはオーカスの方から話題を提示してくれると内面が探れるのだが……。
「それに、貴方はあの《殺人鬼》と出会っても動揺すらしなかったらしいじゃないですか」
ほら、簡単に尻尾は掴ませてはくれないか……。
その疑問は大会後に散々騒がれ、自分自身も何度も問い詰められたことだ。
余りにも騒がれるもんで《殺人鬼》が直接自分の下に発破でもかけに来るとでも思えばそうではなかったし、情報屋たちはこぞって《殺人鬼》を恐れた所為でその真相が彼の口から語られることは無かった。
「そんな話しもありましたね」
「理由をお聞きしても?」
「前々から何度も新聞で言っている通り、『食の方に集中していたから』ですよ」
「ですが、その後に《殺人鬼》と同じタイミングで店を出ようとしましたよね?」
すぐにそう返され、無反応でいられたのは本当に助かった。
何故そんな事を聞いたのか、そこまで踏み込む必要があったのか。
「それなら、その理由じゃ通用しないんじゃないでしょうか?」
「いや、確かにそうですけどあの時は次のお店のことも考えていましたし……」
咄嗟に捻り出した答えはあくまでもはぐらかすと言う選択肢。
これで、もっと奥に踏み込んでくれれば、確実に喉元を食いちぎることが出来る。
「そうですか……俺は情報屋なんですが、それが気になっただけなんで、有難う御座いました。困ったことがありましたら力になりますので、いつでも」
彼がそう言うと、タイミングを測った様にロムが工場から出て来た。
流石に一枚岩にはいかないかと思いつつクルトゥエスを受け取り、軽く試し切りをしてストレージへと戻した。
「それじゃあ、また」
「はい」
自分の言葉に、また薄く笑みを浮かべたのを最後に、扉が閉まった。
帰路につきながら再び思考する。
結局奴が自分の事を怪しんでいたかは最後まで解らなかった。
あの追求の理由に関しても正直いつもの質問に被せられた言葉だった為に反応が遅れ、しっかりとオーカスの顔を見ていなかったこともある。
しかし……。
「アドバンテージは俺に有るな」
誰も居なくなったところで小さく笑いながらそう言った。
兎に角、これで奴らの情報を集めやすくなった。
それに、顔も割れた以上その難易度もかなり落ちる。
次々と浮かんでくる勝利の余韻に浸りながら、自分は歩を進めて行った。
年相応に、無邪気な一面を前面に出しながら。
だが、先程気付いたはずだったんだ。
――この集団は、一枚岩じゃない事に……。
「家に帰るまでが遠足だよ、《暴飲暴食少年》さん」
その声が、自分に届くことは無かった。
==========
はい、どーも竜尾です。
今回は、《JtR》メンバーの日常を描きました。
彼らの立ち位置的にこんな感じが一番いい感じですね。
とくにグロリアとアシュレイが料理するところとか。
でもってグーラとオーカスの邂逅シーンです。
こういうところを書くのは結構好きですね。
腹の探り合いは悪食にはぴったりですからね、意味合い的にも。
【次回予告】
――あぁ、問題はねぇな。
『行けよ《殺人鬼》。オレらは殺す側だろ?』
「ホント、刃さんの息子だよ。玲はさ……」
――そう、気付くことは無かったのだ。
次回をお楽しみに!それでは。