インディアナ大学ブルーミントン校(IU)の著名なデータプライバシー専門の教授、ワン・シャオフェンが3月下旬、終身雇用職から突然解雇され、姿を消した。この解雇と同じ日、連邦捜査局(FBI)が夫妻の自宅2軒を捜索していた。 ワンの妻であるマー・ニアンリは4月14日、彼女の家族が米国政府によって不当に標的にされ、「学術上の不正行為という的外れな告発」の被害者になったと語った。
「わたしたち家族は、自分たちのためだけではなく、この種の(根拠なき)告発が放置された場合に影響を受けるであろう、より広範にわたる研究者コミュニティのためにも闘う決意です」
マーが公の場で発言するのは、3月下旬にFBIの捜索を受けて以来、今回が初めてである。マーは、アジア系アメリカ人学者の権利と認知を擁護するために2021年に結成された非営利団体、アジア系アメリカ人学者フォーラム(AASF)が4月14日に開催したウェビナーに登場し、そこで発言した。
インディアナ大学の学生新聞『The Indiana Daily Student』によると、マーはFBIが夫妻の自宅2軒を捜索する数日前に、大学から突然解雇されるまで、インディアナ大学の図書館アナリストとして勤務していた。
「わたしたちが20年もの人生を捧げてきた大学が、なぜこのような仕打ちをするのか理解できません。理由も告げず、正当な手続きも踏まずに、特に夫に対して、なぜこのような扱いをするのかわかりません」とマーは語った。「体重が減って、眠れなくなってしまいました。常に不安と悲しみに囚われている気分です」
「チャイナ・イニシアチブ」復活への懸念
ワンの事例は、「チャイナ・イニシアチブ(China Initiative)」と呼ばれる米国司法省が一旦は閉鎖したプログラムが、新たなトランプ政権の下で復活しているのではないかという懸念を学者たちの間で引き起こしている。
このキャンペーンは、トランプ大統領の最初の任期中に経済スパイ活動と戦うという目標のもとに開始されたが、批評家たちからは中国生まれの研究者や他のアジア系移民およびアジア系アメリカ人の学術コミュニティを不当に標的にしていると非難された。司法省はバイデン政権下で、関連する多くの事例で敗訴あるいは訴えを取り下げた後、このプログラムを放棄した。
なかでも最も注目を集めたのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のチェン・ガンにまつわる事件だ。チェンは、助成金申請で複数の中国研究機関とのつながりを開示しなかったとして、チャイナ・イニシアチブのもと2021年に起訴された。しかし、そのような開示が連邦政府によって要求されていなかったことが判明した翌年、告訴は取り下げられた。
チェンも14日のAASFのウェビナーで話した。
「マー・ニアンリの身に降りかかった事件には、胸が張り裂ける思いがします。ニアンリとワン・シャオフェン教授の自宅を、FBIが家宅捜索している画像を見て、背筋に戦慄が走りました」。そしてマーに直接語りかけるように、「チャイナ・イニシアチブの下で、わたしの家族やほかの多くの人が経験した恐怖が蘇ってきます。あなたがたに関する報道を読むと、チャイナ・イニシアチブが実際に復活したのではないかと疑問に思わずにはいられません」と話した。
AASFの法律諮問委員会のメンバーであるブライアン・サンも同イベントで、「ワン・シャオフェンのケースには、違法な技術移転や、チャイナ・イニシアチブ設立のきっかけとなった懸念を示唆するような、いかなる証拠」も現時点では見当たりません、と語った。
同ウェビナーで基調講演を行ったニューヨーク州選出のグレース・メン米下院議員は、現政権がチャイナ・イニシアチブを復活しようとしていることへの懸念を表明した。チャイナ・イニシアチブは、「国家安全保障上の懸念に真摯に取り組むどころか、研究や科学技術革新に深刻な萎縮効果をもたらし、虚偽の告発を受けた人々の生活や人生を台無しにしたのです」
FBIの広報官であるクリス・バベンダーはコメントを控えた。インディアナ大学はコメント要請に、すぐには応じなかった。同校は『The Indiana Daily Student』の取材に対し、「FBIの指示により、インディアナ大学は本捜査に関するいかなる公式コメントも発表しません。インディアナ大学の慣例に従い、インディアナ大学は、この人物(ワン)の状況に関しても、いかなる公式コメントも発表しません」と答えている。
匿名文書の内容、中国人研究者らへの影響
『WIRED』は、ワンが中国から研究資金を受け取って、それを報告していなかったかどうかについて、インディアナ大学が数カ月にわたる調査を続けていることを報じた。『WIRED』が入手した無記名の文書によると、同大学は昨年12月にワンに連絡をとり、2017〜2018年に中国からの助成金を受領した研究者リストのなかにワンの名が掲載されている件について、問いただしたという。この文書はワンの長年の研究者仲間である、インディアナ州のパデュー大学で教授を務めるリー・ニンフイが書いたものと思われる。
同文書には、ワンが大学に対して(中国からの)資金提供について適切に開示しておらず、米国連邦政府の研究助成金の申請書にも記載していなかったことを、大学は懸念しているようだと書かれている。またワンは、最近シンガポールの大学からの職を受け入れたようだとも記されている。
インディアナ大学はワンの解雇を3月28日に、電子メールで伝えた。メールの差出人は、学部長のラフル・シュリヴァスタフだった。このメールを『WIRED』は入手しているが、『The Indiana Daily Student』が本件を最初に報じた。同メールには、ワンが最近シンガポールの大学からの職(の内定)を承諾したらしいとも書かれていた。
ワンは、プライバシーやデータセキュリティ、生体認証プライバシーの分野で最も著名な研究者のひとりである。『WIRED』がワンの学術論文を調べたところ、長年にわたりワンが、米国立科学財団(NSF)、米国立衛生研究所(NIH)、米国防高等研究計画局(DARPA)、米陸軍研究局(ARO)など、さまざまな連邦政府機関から資金提供を受けてきたことがわかった。
MITの教授であるチェンは、ワンの身に起きたことは、学術研究コミュニティに広範な影響を及ぼしており、学者たちが今後、国際的な研究者と連携して共同研究に取り組むことを阻む可能性があるとも語っている。「このような出来事が、法律や敵対的なレトリックと相まって、才能ある人材を米国から追い出し、(研究者の)訪米を躊躇させ、米国の競争力と国家安全保障に害を及ぼしていることは明らかです」とチェンは語った。
(Originally published on wired.com, translated by Miki Anzai, edited by Mamiko Nakano)
※『WIRED』によるドナルド・トランプの関連記事はこちら。
雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」
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