「今日見た夢」というアメブロネタだけれど…「決めた夢」というところか。

 

 

 

半年間の寮母生活に、幕を下ろそうと思っている。

まだ会社には伝えていないけれど。

 

 

明日、電話をすると驚かれるだろうなあ。

とても評価の高い寮長・寮母だから。

 

 

 

それだけ頑張ったので達成感はある。だから、もういいかなという感想。

 

 

 

会社の経費を考えて、食材の在庫を調べながら発注したし…

(とても頭を使う作業だった…ギャンブル性があって楽しかったけれど(笑))

 

 

 

休日の見学者対応も、親切に対応しているし…

(急な変更にもちょっとは対応したけれど、そのうち自己犠牲は虚しくなった(;'∀'))

 

 

 

まず「寮生優先」を徹底して、温かい食事提供のために工夫しているし…

(古い寮だからすべてがアナログで保温器すらないのに、だ(◎_◎;))

 

 

 

パートさんたちの有給休暇を洗い出して、対応したし…

(有給休暇を取りたくても言い出せない職場環境があったみたい(^^;))

 

 

 

ゴミ庫へ一日のうち何度も行って、清潔を保っているし…

(着任した時は黒いゴキブリがうじゃうじゃいた(-_-;))

 

 

 

 

仕事なんだから当然とも言えるけれど…

 

 

 

まあ、これだけ徹底して仕事をしたから評価は良くて当たり前、誰かがどこかで見ているものだ。

 

 

 

人間関係にも恵まれた。特に現在のパートさんたちは本当によく働いてくれる。

 

 

 

着任当時には、厨房でアイスクリームを食べるルール違反しょっちゅうの”おばあちゃん”がいた。新しく改革することにも不満ばかりを言う。年齢を重ねると、新しいものを受け入れがたくなるものだ。新時代についていけるわけがない。

 

 

静かに辞めていただいた。

 

 

いい人だけれど出勤する曜日や時間を、しばしば間違える”おばあちゃん”もいた。認知症が疑われた。いつの間にか来なくなり”家庭訪問”をすると、もう辞めたつもりでいたらしい。ひと言連絡をくれたらいいのに、と言うと、電話番号も知らないという。責任感のまったく感じられない人だった。

 

 

まあ、いろんな人がいる。

 

 

今度、スタッフ全員参加の衛生講習会をするので、朝パートと夜パートが一堂に会する。

 

それぞれに勤務時間の違う職場であるから、お互いの顔を知っている方がコミュニケーションは取りやすくなるだろう。

 

 

 

こんなふうに、経済的にも人間関係においてもすべてがスムーズにいっているのに、なぜ私は辞めるのだろうか。

 

 

 

理由はひとつではない。

 

 

 

きっかけは?と聞かれると答えられる。

両手首と右親指の痛みである。

筋がおかしいから重いものを運びたくない。この仕事に就いてから発症したように思う。朝4時に起床する生活スタイルも、年齢を考えると今後は無理のないものにしたい。

 

 

もっともな理由は、ポジティブ心理学で著名なセリグマン博士の唱えた「学習性無力感」かもしれない。

 

 

 

叶えられない思いが重なると、人間はいくら疲弊したとしても…不満を抱いていても…「そこから離れる」行動をしなくなる。

 

 

 

「またか…」が重なって「どうでもいい」になる。

 

 

 

諦めることや人生に妥協するのは嫌だ。

その前に行動したくなった。

 

 

これから、残された命を何に使うか(使命)と考えると、今の生活はちょっと違う、と思ったのである。

 

 

 

だから理由のひとつひとつはたいしたことのないこと。

 

 

例えば、ゴミ庫からゴミステーションへ出すのは私たちだ。

それを理解している寮生は、段ボールをきちんと紐で結んでくれるし、指定の場所へ置いてくれる。

 

でもそうではない寮生は、週2回収集に来る生ゴミの日、すでに空となったゴミ庫にポーンと大きな袋を放り投げていく。目の前のステーションに出せばいいだけなのに。二度手間になることを気遣えない人がいることに、耐えられなかった。

 

 

それは挨拶ひとつとってもそう。

 

 

最初は、私も熱心だった。

彼らのために一生懸命だった。

 

 

でもね、挨拶をしてもしても返してくれない何人かの寮生と接しているうち、どうして”こんな子たちのために食事を作らなくてはいけないのか?”という無力感に苛まれた。言葉ではうまく表現できないけれど、虚無感に近いかな。

 

 

仕事なんだからすべきことだけしていればいいと割り切ることもできず、しだいに”どうでもよく”なっていく。

 

 

そんな自分が嫌だった。

 

 

そして、本社に対して何度も何度も改めるよう依頼したことも、改善されることなく時間ばかりが過ぎていく。誰が悪いなどと特定できない。組織という化け物への不満だ。

 

 

極めつけが、時間にだらだらとこちらの事情に配慮せずくだらない話で居座る担当者。私の宝物は時間だ。

 

 

そして、こう言ったのだ。

 

 

「あ~もう嫌になってしまう。土曜日も日曜日も仕事だったのに」と。

 

 

おいおい、休日がほとんどない私たちの目の前でそれを言うのか。。。。。

 

 

プツンと何かの糸が切れた。

 

 

 

あれ?私、命の使い道を間違えていない?

 

 

気づくと夫に辞意を表明していた。

 

 

でも、私はこれでいい。

 

 

あとは、夫の老後だ。

「~したい」のない夫だから、こちらが役割を与えないと。

 

 

 

 

人間は、楽しむために生きている。

 

 

 

私はこれから文章を書くために生きる。

 

 

自分のために時間とエネルギーを使いながら、結果として誰かの役に立つならそれもいい。

 

 

辞める理由を尋ねられるけれど、なかなか「これ!」と断言できるものはない。

結婚や離婚の理由も同じかもしれない。

 

 

 

 

 

そう決めたから、が理由だ(笑)

 

 

 

 

 

 

2025年2月24日

これから千駄木で家族ランチする直前に。

 

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