広島生まれの中国人映画監督 撮影で気づいた「ふるさと」との縁
広島生まれで中国で育ち、日中両国で映画製作を学んだ女性が、広島を舞台に自らのアイデンティティーを探るドキュメンタリーを作った。念願だった広島での上映会がこの春実現し、「ふるさと」との縁に感謝の思いを口にした。
「ふるさとは単なる場所ではなく、人のつながりが大切。日本と中国の間にある『ぬくもり』を感じてもらえるとうれしい」
3月30日、広島市映像文化ライブラリー(中区)であった上映会に登壇した柴波(サイナミ)さん(33)=北京大学芸術学院=の表情は感慨深そうだった。
柴さんは地理学者の父が広島大で学んでいたときに生まれ、3歳まで広島市街地の基町アパートで暮らした。帰国後は北京に住み、2013年から中国の学校で、17年からは日本大大学院で映画製作を学んだ。
「自分はどこから来たのか」。抱き続けた思いを映像作品にしたのが、大学院当時に手がけた「異郷人」(45分)。自身が主演した劇映画で、父の故郷・中国甘粛省が舞台だった。それに続く作品が20年製作の「広島生まれ」(60分)だ。
柴さんとは家族ぐるみで親交が続く広島の居酒屋一家の日常を丁寧に追うドキュメンタリー。店を経営する老夫婦は、柴さんが生まれた頃から知っている。夫婦と子や孫たちとの会話、瀬戸内の風景や夏祭り、来日した父と訪問した基町アパート……。映像を撮りながら柴さんは生活の記憶を取り戻していく。夫婦が明かす人生や街の情景に、広島が背負った重い歴史が浮かび上がる。たくさんの縁を改めて知った柴さんは、作品の最後を中国語で「ありがとう広島」と結んだ。
製作から5年。広島での上映も人の巡り合わせから実現した。広島市映像文化ライブラリーで24年春から映像文化専門官として勤める森宗厚子さん(52)は昨秋、浜松市であった「多文化社会」をテーマにした映画の企画でこの作品を見て感銘を受け、来場していた柴さんに広島での上映を打診した。広島に暮らして日が浅い森宗さんは、スローガンのような「ヒロシマ」を強調するわけではない作品に「普遍的な価値としての平和を感じた。心のふるさととしての広島は誰にでも開かれている。多様な形での広島の発信という意味でも興味深い」と言う。
柴さんは製作前からタイトルは決めていたという。「私は広島で生まれ、この作品に登場するのは広島で生まれ育った人たち。そして、この映画は広島で生まれました」。上映会には出演した柴さんの家族や居酒屋一家、大学の恩師らも駆けつけて拍手を送った。
好評を受けて、広島市映像文化ライブラリーは夏にアンコール上映を調整している。【宇城昇】