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論文を読む『氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察』後編

――中国では自己命名権について明文化されており、「姓名決定権」「姓名変更権」「姓名使用権」などが認識されている――

自己命名権に関連する論文を読んでいきます。今回は後編――
長友昭. "氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察―日本の実務と中国の指導案例 89 号 「北雁雲依」 事件, 中国民法典の人格権規定から―." 拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 23.2 (2021): 1-21.

後編では中国での「命名権」についての記載を見ていきます。日本では明記されていなかった名前についての権利が、他国では明文化されているという内容です。

まず、中国の民法典の解説書にはこのように書かれているといいます。

 姓名権,名称権は姓名,名称などの主体的な外在的な標識を内容とする人格権であるため,標準的な人格権ともいう。第一に,姓名権は,自然人が有する決定,変更,使用する権利である。姓名には戸籍簿に登録された正式な姓名と芸名,ペンネームなどの非公式な姓名が含まれている。まず,姓名権の主体は自然人だけで,法人は姓名権を持たない。自然人の人格の文字だけが姓名と呼ばれるので,自然人が姓名を持つ。法人の人格の文字記号は名称であり,名称権を有するのである。第二に,名称権の客体は自然人が自分の人格についての文字表示の専有権である。姓名権の核心問題は姓名についての専有権であり,他人が有し,不法使用してはならず,権利者自身が有し,使用することしかできない。固有の客体は,自然人の人格の文字の標識であり,正式な登録姓名だけでなく,筆名,芸名,別名なども含まれている。最後に,姓名権による基本義務は, 他人の姓名を不正に干渉して使用してはならないというものである。姓名権は絶対権,対世権であり,姓名権を持つ本人を除いては,いかなる人も義務主体であり,その姓名権を侵害してはな らない義務がある。
 第二に,名称権とは,自然人以外の法人又は不法人組織が享有する決定,変更,使用,譲渡する権利をいう。(後略)

(39) 中国審判理論研究会民事審判理論専業委員会編著『民法典人格権編条文理解與私法活用』法律出版社,2020年,157頁以下参照。

長友昭. "氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察"

中国では「姓名権」があり、人が自分の人格について文字で表示する専有権であること、他人に使用されないことがはっきりと認識されています。

 姓名権を明文で定める民法典の規定は 1012条である。第 1012条は「自然人は,姓名権[姓名権]を有し,法により自己の姓名を決定,使用,変更または他人が使用することを許可する権利を有するが,ただし,公序良俗に反してはならない。」と規定している。
 本条は,自然人の姓名権に関する規定であるとされる。この条文については,以下のように解される。姓名権は自然人が法によりその姓名を決定,使用,変更,または他人に自己の姓名の使用を許可することができる権利である。姓名権は自然人が法によりその姓名について有する権利である。

長友昭. "氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察"

中国の民法第1012条で、「姓名権」というものがあること、姓名を決定・使用・変更する権利があるということが明記されています。日本の法律体系でそのような権利の存在すらうやむやになっているのは問題と言わざるを得ません。

従来の学説の概要
 姓名について,王澤鑑は「人を区別する言語上の標識で,人を個別化し,外的に表現されてその人の同一性を確定することに用いられる。同一性と個別化は姓名の 2つの主要な機能であり, 法律の保護すべき利益のために,権利者にその名前を使用させる権利は他人が論争,否定,不正使用をすることで同一性と帰属上の混淆が生じることがないようにする(40)」と述べる。また, 姓名権は,人格権の形成とその具体化の発展の過程において,重要な地位にあるとされる。この点,姓名は,姓と名からなっているが,自然人の社会においては他者との違いを示すものとして認識され,姓と名の組み合わせは,社会団体や血縁家族,個人の帰属等を表すものとされる。姓名権の性質は絶対権であるとされる。姓名権の主体は自然人であることが法的特徴であり, 法人,非法人組織は名称権を有しているが,姓名権の主体ではないとされる。他方で,自然人がその姓名を法人,非法人組織等の名称として使用する場合,その姓名は同時に名称権の保護を受けることができる。そして,姓名権の客体は姓名であるが,中国は多民族国家であるので,姓と名の構成も民族によって様々であるものの,すべての人が他人の記号と区別されるように,姓名は文字で表現しなければならないとされている。さらに,姓名権の内容は精神的利益と財産利益を含むもので,姓名権は人格権であるとされる。特に,人格権の中の財産性は日増しに社会にお いて重要視されていて,姓名権の商業化利用が拡大するにつれて,姓名権の中の経済的価値は日増しに明らかになってきており,特に有名人の姓名権はこの面の価値がいっそう際立っている(41)とされる。

(40) 王澤鑑『人格権法』北京大学出版社,2013年,116頁。
(41) 王利明『人格権法研究』中国人民大学出版社,2018年,364頁。

長友昭. "氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察"

重要ポイントを改めて抜き出すと、

  • 同一性と個別化は姓名の 2つの主要な機能

  • 姓名権は,人格権の形成とその具体化の発展の過程において,重要な地位にある

  • 姓と名の組み合わせは,社会団体や血縁家族,個人の帰属等を表す

  • 姓名権の性質は絶対権

  • 姓名は文字で表現しなければならない

  • 姓名権の内容は精神的利益と財産利益を含むもの

  • 姓名権は人格権である

ということが述べられています。このように見てくると、名前についての規定が日本の法律に存在しない理由がまったくわかりません。
ただし、生命権の本質については学説上の争いがあるようです。

もっとも,姓名権の本質には学説上の争いがあるとされる。第一に,姓名権の所有権を主張するものである。この説は,ドイツ法を参考に,姓名権は所有権と同様に,第三者に対抗でき,自由に行使できる権利であるとする。この説は,姓名権が絶対権であるという認識と親和的であるが,姓名権の客体が姓名という人格的特徴を持つ客体であること,姓名権には財産的な利益も含まれているが所有権のように譲渡と放棄ができないことから批判がある。第二に,姓名権を身分権とするものである。この説では,具体的な姓名は具体的な身分であり,具体的な姓名は身分関係上の具体的な権利義務を意味すると考えている(42)。中国の伝統的な世代観は,姓名の現す血縁関係としても,依然として今日でも認識されている。しかし,身分から契約へという動きもあり,平等な社会では平等な姓名権が必要になる。この点から見れば,姓名権も親族権ではないといえる。第三に,姓名権は人格権であるというものである。この説によれば「姓名権の人文的価値は人と姓名が同一であり,人と姓名が一体であることを意味する。同じ姓名は,同じ性別の価 値,感情の意味,深遠な寓意,集団的道徳等を追求することを含んでいる。これらの追求は姓名の中に含まれている人の価値追求と精神的内面であり,人格の尊厳の構成部分と本質を構成している。したがって,姓名の権利を侵害することは,姓名に含まれる人格の尊厳を侵害し,人格の利益を踏みにじるものなのである(43)」。このような観点は現代の文明平等社会の特徴に合致しており,中国の法律のために採用されていると解されている。

(42) 袁雪石「姓名権本質変革論」法律科学 2005年第 2期,45頁。
(43) 王歌雅「姓名権的価値内蘊與法律規制」法学雑誌,2009年第 1期,33頁。

長友昭. "氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察"

姓名権については3つの考え方が紹介されています。

  1. 所有権と同様に第三者に対抗でき、自由に行使できる権利 説
    ➡譲渡や放棄ができないので批判がある

  2. 身分権
    ➡血縁関係や身分を表してきたが、平等な社会には合わない

  3. 人格権
    ➡姓名には人の価値と精神的内面の追求が含まれ、人格の尊厳につながる

この3説では、人格権説が現代的なものとみなされているようです。さて、続いて姓名権の内容が4つ挙げられています。

また,姓名権の内容としては,第一に,姓名決定権がある。姓名決定権は命名権ともいい,自然人が文字を選んで姓名をつける権利である。すべての自然人には正式な姓名があるとされ,これは公安戸籍登録部門に登録された姓名であると解されている。自然人が持っている身分証に記載されている姓名ということである。自然人は自分の正式な姓名を決定する権利があるが,これと同時に,自分の芸名,ペンネーム,仮名を決定する権利もあるとされる。第二に,姓名の変更権がある。姓名変更権は,自然人が自分の姓名を変更する権利であり,中でも,正式な姓名を変更する場合は,後述のように,相応の法律,法規を遵守しなければならない。自然人の姓名変更権は権利である以上,その変更は他の人に尊重されなければならない。自然人の姓名を尊重することは,姓名権者の人格を尊重することである。そこで他人が悪意をもって侮辱的な表現をすることを禁止している。例えば,野良猫や野良犬などを姓名にすること等が挙げられる。また,未成年者が姓名を変更する場合は,未成年者の意思を考慮しなければならない。未成年者は民事行為無能力者または制限民事行為能力者を含むが,そのうち16歳以上18歳未満で,なおかつ自分の労働収入を主な生活源とすることができる場合を除き,未成年者が姓名の変更を主張して直接変更することはできない。第三に,姓名の使用権である。姓名の使用権とは,自然人が自分の必要を満たすために,自分の姓名を使って各種の社会活動に参加できる権利をいう。ある面では,自然人は身分証に記載されている正式な姓名しか使えないが,場合によっては,正式な姓名を使ってもいいし,芸名,仮名,ペンネームなどを使ってもいいとされる。第四に,他人に使用権を許諾するものである。姓名権は強い一身専属性を持つ一方で,個人の人格と尊厳と結びついている。一方で,姓名権の経済価値がビジネスにおいてますます明らかになるにつれて,自然人は自分の姓名を使って民事活動に従事することもできるし,法律に基づいて他人に自分の姓名を使わせて民事活動に従事させることも許される。実際,有名人の姓名を使って広告をする場合がよくあるが,そこで求められる効果は,商品のプロモーションやブランドの確立に有益であるとされる。なお,民法典第1012条の条文は,自然人が,公序良俗に反しないという前提の下で,姓名権を有するものであり,法により自分の姓名を決定,使用,変更する,または他人に使用させる権利があることを明確に規定するものとされる。

長友昭. "氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察"

姓名権の内容は4つ。

  1. 姓名決定権(命名権):正式な姓名のほかに芸名、ペンネーム、仮名も決定できる権利。

  2. 姓名変更権:自分の姓名を変えられる権利。ただし未成年者には別途規定あり。

  3. 姓名使用権:場面によって、正式名、もしくは芸名・仮名・ペンネームなどを使って社会的活動に参加する権利。

  4. 他人に使用権を許諾する:有名人の姓名を使ってプロモーションする場合など。

この[なまえる]プロジェクトで「自己命名権」という言葉を使っていますが、それを厳密に述べるなら主に1~3の権利について述べているということになるでしょう。つまり、「姓名決定権」「姓名変更権」「姓名使用権」を自分で行使できる権利が「自己命名権」ということになるかと思われます。

このように中国の民法体系では姓名に関する権利が明記されていますが、これについては日本でもやはり明記する必要があるだろうと思われます。

Ⅳ むすび
 本稿では,日本法における氏名権の現状を法制度および関連裁判例の紹介によって明らかにした。ここでは,日本における氏名権が,いわば当然のものとして扱われていることにより,民法等の実体法レベルではほとんど規定がないことを確認した。その一方で,氏名権に関する紛争は現実に生じており,特に命名権の制限の基準については,「悪魔」ちゃん事件では権利濫用禁止の法理が用いられたが,氏名権の性質からすれば,ケースごとに公共の福祉の保護ないし公序良俗違反の視点を適切に検討すべきことを指摘した。また,中国については,姓名権が1986年の民法通則や婚姻法において認められていたものの,それらを司法や立法のレベルでより詳しく解釈する規定が出され,今般の民法典の中で人格権編の中で規定が置かれることになった。その過程で生じた「北雁雲依」事件や「趙C」事件では,それぞれ公序良俗違反の視点や公共の利益の視点で判決が出されており,この点では日本法と中国法の共通点が見出された。そして,中国民法典では,公序良俗違反の視点を取り入れた立法がなされたところ,日本法ではそのような規定がないので,立法論的にも中国民法典は日本民法改正の参考になりうるものと思われる。そして,この点は,中国民法典制定の中でも注目すべき実質的な改正点ではないかと指摘した。その一方で,残された課題も少なくない。本稿では,日本法の氏名権と中国法の姓名権について,特に概念的な断りも無く比較して論じてきたが,両概念の異同をより明確に定義すべきかどうかについては,更に検討を要する問題であろう。また,氏名権・姓名権については,各国の固有法を含む歴史的・文化的な背景も大いに関係してくるため,そのような方向からの先行研究も多数ある(50)ところ,筆者の能力不足および本稿での問題設定から,本稿では論究できなかった。また,戸籍制度については,日本および中国において,それぞれに詳細な先行研究(51)と課題もある。この点は認識しつつ,今後の課題としたい。


(50)中国については,子への命名について,「幼名」と成人についての「輩名」に分けて検討されている。幼名については永尾龍造『支那民俗誌』支那民俗誌刊行會,1942年(同書の復刊は大空社,2002年),輩名については中生勝美「中国の命名法と輩行制」上野和男 森謙二編『名前と社会名づけの家族史』早稲田大学出版部,1999年,郭明昆『中国の家族制度及び言語の研究』東方学会,1962年,仁井田陞『旧中国社会の「仲間」主義と家族団体的所有の問題をも合わせて』日本法社会学会編『家族制度の研究下』有斐閣,1957年,上田信『伝統中国盆地宗族にみる明清時代』講談社,1995年等がある。
(51)中国について,さしあたり王峰『中国戸籍制度改革研究』中国政法大学出版社,2018年参照。

長友昭. "氏名権, 親の命名権をめぐる比較法的考察"

このようにまとめられていますが、日本でも名前についての規定を明文化する必要があること、そして自己命名権というのは決しておかしな考え方ではないということが確認できたかと思います。

わたしたちは自己命名権をきちんとした規定として手に入れる必要があります。そのための議論を進めていきましょう。

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