オラリオに来て早一ヵ月。
此方での生活は、森林にいた時とは比べ物にならないほど充実していた。
少しボロいけど雨風凌げて、モンスターの襲撃も警戒する必要がない。
なにより────ハルティア様がいる。
僕の力を見ても嫌わない初めての人、いや神様。
ハルティア様が居るから、ただの日常がこんなにも楽しい。
以前ならこんなこと考えられなかった。
あの場所で向けられる視線も、投げかけられる言葉も、全てが僕を傷付ける物だった。
でもハルティア様は違う。
僕を此処まで連れ出してくれた、神の恩恵もくれた────何も無い僕に何もかもを与えてくれたんだ。
だから、僕も頑張らなくちゃ。
今よりも、もっともっと強くなって、英雄に────
「行ってきます、ハルティア様」
「うん!行ってらっしゃい、シア君!!」
シア君はダンジョンへと向かっていった。
────
その迷宮に誰もが惹かれ、夢を、富を、強さを求め、今日も冒険者達が潜って行く。
だがダンジョンはモンスターの蔓延る危険な場所。
力を見誤った冒険者が全滅するなんて事は酷くありふれたこと、初心者の冒険者なら尚更だ。
「……シア君は命をかけてダンジョンに潜ってるんだ……なら私も」
幼き女神は、決意する。
「全力で仕事を探さなきゃ────!!」
求人広告を握りしめて、仕事をする事を────!!
「────よっと」
「ギャァアア!?」
目の前のモンスターの突進に合わせて、剣を振るう。
その剣筋は急所を捉えていた様で、モンスターは即死し、その場に紫色の魔石を残し塵となって消えた。
今さっき倒したモンスターはダンジョン・リザード。
壁や天井を這い回り奇襲を仕掛ける、ダンジョン上層では中々厄介な怪物の一種だ。
「……これで40個目」
回収した魔石の総量を数え、自らのバックパックに仕舞い込む。
(……エイナさんから聞いていたけど、聞いていた割には、という感じだ……)
そう、はっきり言って此処のモンスターは
確かに地上のモンスターよりは幾らか強いのだが、それだけだ。
何年もの間、一人でモンスターと戦い続けたシアにとって然程脅威ではなかったのだ。
実際に、シアはまだ一度もスキルが発動していない。
もう一つのスキルである【
する必要がなかったのだ。
「……また一匹」
「ガァァ!?」
背後から近づいてきたゴボルトを突き刺して殺す。
「41個」
「ギャギャ!」
「グキャ!」
「ギィィ!」
此方に全速力で向かって来るゴブリン達も、限界まで引き寄せてから。
「ほっ」
体勢を崩したところを狙い澄まし、一振りで首を跳ねる。
「………さて、」
モンスター達の襲撃が一通り落ち着いてからふと、下に続く道を見る。
下へ降りれば更に強いモンスターも沢山居るだろう。
そしてもし、倒す事ができたなら。
より良い魔石やドロップアイテムなども期待できるかもしれない……
「いい?シア君、ダンジョンに潜る上で一つだけ覚えておいて」
アドバイザーのエイナさん。
彼女の研修を一通り終えた後、一つの言葉を聞いた。
「冒険者は冒険しちゃいけない。」
彼女なりに、初心者の冒険者を気遣った言葉なのだろう。
その言葉にはこれまで受けてきた研修の、どんな言葉よりも重い意志が乗っていた。
「……やめておこう」
幾ら自分が死なないといっても、
あの言葉を、あの意志を無碍にしてまでこの先に進もうとは思わなかった。
ハーフとはいえ、エルフなのに自分の事を心配し、懇切丁寧にダンジョンの事を教えてくれた。
異端の────
今までの考えを撤回し、その場を去る。
────
「!!───ッ」
瞬間。
唐突に殺意を感じ、半歩体を逸らす。
────ピッ────
感じたのは頬の細かな痛み。
剣を構え直し、その視線を前に見据える。
真っ暗な影の様な体色、身長は160
その姿はよく覚えている、エイナさんに教えられた上層のモンスターの中でも、最も警戒すべき一体────
「……グゥゥゥゥ……」
ウォーシャドウ────またの名を"新米殺し"
何人もの新米冒険者を屠ってきた怪物が、その爪を怪しく光らせた。
「────グァァァ!!」
仕掛けたのは、ウォーシャドウ。
これまでの上層のモンスターとは比べ物にならない速度で攻撃を繰り出す。
その爪は鋭利、その体色は黒く見えづらく、ダンジョンの壁や影と同化して爪が空中から現れた様にも見えた。
(反撃のタイミングが見当たらない……!)
このウォーシャドウというモンスター。
此方に攻撃を与えれば、即座に離れる。
天井、壁、前方、後方、左右、違った方向からランダムに攻撃を与えてくる。
「しゃあああ!!」
無理に反撃しようにも、そこにウォーシャドウは
直ぐに位置を変えて避けてくるのだ。
「ガァァァァァ!!」
「ぐぅ……」
ついに攻撃を耐え切れず、傷を負う。
このままではウォーシャドウを倒せないどころか、戦闘音で集まって来た他のモンスター達とで混戦になる。
「……
身体を固め、その
ずっと、自分を助け、救って来た策。
それに賭ける。
………まだだ。
…まだ。
────今だ────。
そのウォーシャドウは強化種だった。
他のモンスターや同種との争いに勝ち、その魔石を食した。
────自身の身体に力が沸る感覚。
自身よりも弱い弱者をいたぶる快感。
その全てが、強くなったからの愉悦────勝者の特権だった。
特にお気に入りなのは、時たま降りてくる
「ひ、ぎゃああああ!!?」
「なんだ!?唯のウォーシャドウじゃねぇのかよ!?」
「たっ、助け────」
嗚呼、なんと楽しいことか────
人間の柔い肌、それを貫ける快感。
今日も
あの快感を、今日も味わえる!!
さぁ────泣け、喚け!!
「
……なんだ?
何故、この人間は平然としている?
自分の爪が────
「神様の言葉で言えば、
つ、爪が抜けない。
何故、なぜ!?
人間の肉が蠢いて────
「本当は、自分の力だけで倒したかった……こんな力に頼らずに…」
自分は……
自分が戦った相手は、人間じゃない
自分の頭に、剣が振り下ろされる。
それが、ウォーシャドウの最後の思考だった。
「いやーすっごいねぇ、彼!ねぇ────エイナ?」
「へ?……う、うん」
ダンジョンから帰って来た一人の冒険者、シアを見送りつつ、エイナは答える。
「ダンジョンに潜ってまだ数日でしょ?…それで大量のモンスターの魔石に、ウォーシャドウのドロップアイテムまで……私達が面倒見てるのって本当に新米?」
「……う、うん」
同僚のミィシャの声も聞き流してしまうほど、今のエイナは考えを巡らせていた。
今日帰って来た冒険者のシア君。
その服や装備はかなりボロボロになっている、モンスターの爪痕がくっきり残っている傷もあった。
────だというのに、本人であるシア君には
こんなことがあるのだろうか?どんなに優れた新米冒険者でも、生傷の一つや二つ負う物なのに────
「……分からないなぁ…」
新米冒険者、シア。
彼への謎は深まるばかりである。