迷宮都市オラリオ。神々の眷族たちがダンジョンの深淵に挑むこの街は、今日も冒険者達の熱気で満ちていた。石畳の路地を駆ける若者たちの足音、酒場から漏れる笑い声、そしてギルドの掲示板に貼られた新たな依頼──すべてが、この都市の鼓動そのものだ。
そんな風に、今まで通りに過ごしていくと思っていた冒険者たちの目を覚まさせる出来事が起こる。──【ロキ・ファミリア】の壊滅。【フレイヤ・ファミリア】無き今、名実ともに都市最強派閥である彼らの壊滅。この日の都市はいつもより、荒れていた。
「っ嘘だ!」
「嘘じゃない!アイズさん達は負けました!完膚なきまでに!」
オラリオの中心であるバベルの白い塔。夕陽を反射し、広場を赤く染めていた。その直下にある広場で1人の白髪の
「じゃあ、なんであなた達はここにいるんですか!?あの人達が負けたのなら、無事では済まないはずなのに!」
少年は叫ぶ、髪を揺らし、瞳を滲ませて、まるで現実から逃げるように。
「無事じゃありません!憧憬を、仲間を、物資を!多くを見捨てて、何とかここまで帰ってきたんです!」
妖精は叫ぶ、杖を握りしめ、己の無力さを呪うように。
「っ!じゃあ⋯じゃあなんで⋯そんな平気な顔してるんですか⋯。」
少年は地面を見つめ、震える声で泣いていた。想いが溢れて、零れて、頬を伝い、石畳に落ちる。いくら彼が強くとも、まだ未熟な子どもであることに変わりないのだから、この反応は当然とも言える。それを見た妖精は、慰めるでもなく、軽蔑するでもなく、
「じゃあ、あなたは諦めるんですか!自分たちのせいで、たくさんの人達を死なせてしまったのにも関わらず!罪悪感を持ちながら、ただあの人たちが死ぬのを待てと言うんですか!?」
叫んで、泣いていた。自分のせいであの人たちは危機に陥っているという現状と、自身への不甲斐なさに、怒っていた。
「っ」
「あの人たちは負けたんです!なら、次は私が、私たちが!あの人たちを助けないといけない!」
決意を叫んだ妖精は、目の前の
「あの人たちを、助けに行きましょう。私たちが助けられたように。今度はあの人たちを。」
その夜、ギルドの鐘がオラリオ中に響き渡り、招集が掛けられた。そして、多くのファミリアの代表がギルドの一室に集められた。
「では、これより方針を決める。」
元【フレイヤ・ファミリア】所属、
「方針と言っても、救助に向かわない手はない。」
【ガネーシャ・ファミリア】所属、
「問題は、誰を連れて行くか、かな。」
【海上学術機関特区】通称【学区】所属、ナイト・オブ・ナイト レオン・ヴァーデンベルク
「まずは、敵の情報を僕が知っている限り伝えます。」
【ロキ・ファミリア】所属、
「⋯⋯⋯」
【ヘスティア・ファミリア】所属、
主にこの5名が中心となり、対策会議が、幕を開ける。
「まず、敵の主戦力は、精霊本体、寄生された
その言葉に、この場の全員の目が見開かれる。
「どういうことだ?あの人形姫は怪物に取り込まれたとでも?」
それを代表するように、ヘディンが疑問をぶつける。
「自分らには、よく分かりません。ただ、アイズさんが敵の
何人かの息を呑む音が響いた。
「⋯なかなか手強そうな布陣だな⋯。被害状況は?」
「未だ帰還できていない人達は主に、フィンさん、リヴェリアさん、ガレスさん、ベートさん、ティオネさん、ティオナさん、アイズさん、ヘグニさん、椿さん、アミッドさんたちです。」
「
「ただ、ティオネさん、ティオナさん達は、分身体のアイズさんにより、相当な重症に追い込まれています。もしあの人たちが目覚めても、あの階層から動けるかどうか⋯」
「となると、どのみち精霊の討伐は必須か。」
「あの戦馬鹿はどうした。」
「オッタルさんなら、今頃バロールを討伐してる頃だと思います。もし消耗が少なければ、合流することも視野に入れた方がいいかもしれません。」
「⋯⋯⋯」
「おい、愚兎。さっきから黙っていないで参加しろ。貴様が助けるべき相手だろう。」
「⋯⋯⋯」
「はぁ⋯」
相変わらず返答がないベルにため息をつくベティン。
「これは、連れていかない方がいいかもしれないな。未到達領域に行くのに、足手まといになられては困る。」
そのシャクティの言葉に多くの者が同意し、ベルの不参加が決定しそうな時、
「いや、彼は同行させる。終末に挑ませる為に、経験は積んで欲しい。私が何とか立ち直らせよう。」
レオンの声が響いた。何か宛があるのか、それとも教師をやっていた者としての自負か。有無をいわせず、参加が決定した。
「じゃあ、次は⋯」
こうして会議は続き、出発は翌日の朝に決まった。
「ベル、怖いか。」
2人で話をするために、レオンとベルはギルドから少し離れた場所にいた。
「⋯⋯⋯」
それでも、ベルは何も答えない。
「そうやっていても、何も変わらないぞ。」
「⋯⋯⋯」
それでも、ベルは何も答えない。
「⋯これは、呼んで正解だったかな。」
言ったと同時、ドタドタと、誰かが迫ってくる音が聞こえる。その方向を向いてみると、見覚えのある影がベルに近づいてきていた。
「べぇええるくぅううん!!!」
「ゴハッ」
その神物に突撃されたベルを見ながら、
「──やっぱりこういう時は、保護者をつれてこないとな。」
と、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「かみ、さま」
目の前に現れた神物に、僕は驚きを隠せずにいた。そして、僕の心の中で湧いた疑問を感じたように、
「
と、答えてくれた。
「何て顔をしてるんだよ、ベルくん。」
「かみさま⋯ぼくは、どうしたらいいですか⋯?」
「何に迷っているんだよ。君の憧憬を、このままにしておくつもりかい?」
「⋯僕は、不安です。全力のアイズさん達でも勝てなかったのに、みんなどうしてそんなに前向きになれるのか、分からないんです。」
レフィーヤさんから話を聞いた時に湧いた感情。それは恐怖だった。レオンと『冒険』に行く前、アイズさんの全力を見せてもらったけれど、僕なんかはアイズさんにまだ遠く及んでいない。それなのに、助けられるのか。そうやって悩んでいると、神様が曇りのない瞳で、僕のことを真っ直ぐ見据えていることに気がついた。
「⋯ベルくん。君はいつからそんな卑屈なやつになったんだよ?ちょっと前だったら運命の出会いとな馬鹿なことを言って、平気でダンジョンの奥へ潜って言ったじゃないか。あの時の脳天気な君は、目標を見つけて絶対に強くなるって誓っていた君は、一体どこへ行ったんだい?」
「⋯え?」
肩を上げながら、さも軽い調子で続ける神様に、僕は呆然としていた。だってそれは、あの時の⋯
「ボクは君のことを信じてるぜ?こんなの『冒険』のうちにも入らない。だってそうだろう?ヴァレン何某とかいう化物みたいな女を目標にしている、冒険者ベル・クラネルなら、あんなモンスターちょちょいのちょいさ。」
「追いつくんだろ?並びたいんだろ?勝ちたいんだろ?それなら、こんなところで立ち止まってるんじゃない。」
「でも、僕なんかじゃ⋯」
アイズさん達を助けるには⋯
「ベルくん。君が今考えるべきことは、そこじゃない。助けに行きたいのか、行きたくないのかだ。」
そんなの決まってる。
「助けに行きたいです。」
「そうか。それなら、行動はひとつだね?」
すると神様は僕を後ろから抱きしめてくれた。安心させるように、宥めるように。
「ボクが君を勝たせてやる。勝たせてみせる。」
「⋯。」
「今、君は自分のことを信じてやれないかもしれない。なら代わりに、君を信じているボクを、信用してやってくれないかい?」
抱きしめられているから、神様は今どんな顔をしているか分からない。けどきっと、あのときと同じ顔をしてる。なら、僕にできることはきっとひとつだ。
「はいっ」
「よし!もう大丈夫だね。あとはレオンくんに任せるよ。」
バシッと背中を押すように叩いてくれた神様は、そう言ってくれた。
「はい、感謝いたします。神ヘスティア」
「いいよいいよ。こちらこそ、どうかお願いね。」
そう言ってこっちに手を振りながら、神様はホームの方へ去っていく。
「それじゃあベル、会議での内容を共有するぞ。」
「はい、わかりました。」
翌日の朝、バベルの塔の前の広場には、見渡す限りの上級冒険者達が集まっていた。【ロキ・ファミリア】は都市最大派閥。当然、助けられたもの、憧れたものが大勢いる。オラリオが、学区が。彼らのために一致団結した。そんな中、中央に佇む青色の髪を持つ女性 シャクティ・ヴァルマ。都市の憲兵たる彼女は、1番信頼が大きいであろうことを理由に、派閥連合の代表者に選ばれた。
「今一度作戦の概要を伝える。」
彼女の声は、この広場でよく響いた。