───多数の幸福や安寧の為なら、少数の犠牲はやむを得ないものである。
私は人の上に立つ者として個より多を優先順位として付けていた。
おそらく殆どの人が私の思想を聞けば『その考え方は間違っている』と私に非難の矢を向けてくるだろう。
実際、多くの人は私の考え方に賛同できず、多方面から様々な反発を受けてきた。それに、私の考え方が世間一般的に見れば過激な方なのだろうということも自覚しているわ。
でも、私の考え方も間違っているとは思えないわ。ほんの少数の為に全体を犠牲にするなんてあまりにも不合理すぎる。そんな思考に陥った時点で人を導く者として───為政者として失格の烙印を押されるわ。
何より───
『調月さん、俺はどんな犠牲を払ってでもみんなに未来を残してやりたいんだ』
───世界でたったひとりの理解者が、私を肯定してくれたのだから。
◆
彼はいつも遠い目をしている。
その透き通るような碧眼は何を捉え、何を感じているのだろう。
私───生塩ノアは応接間にて彼の対応をしていた。
このキヴォトスで『彼』と付く人はただ1人だろう。そう、連邦生徒会副会長の明日見トワさんだ。
今日はリオ会長にご用事があると聞いていますが、いまだにお通し出来ないのは
彼とは机を挟んでの対面であるから少しだけ距離がある。私にはその距離感が妙に気になってしまうけど、どうやら目の前にいる彼はそうでもないみたいだ。
「…………」
「…………」
彼は寡黙な人だ。私から話しかければ返答してくれますが、彼から話しかけることは滅多にない。
ほら、今だって応接間に備えられている窓からミレニアムを───ひいてはキヴォトス全土を熱心に見渡しているように思える。それはまるで何かに取り憑かれているようだと喩えられる程にピクリとも動かずに。
彼は今、何を感じ、何を思い、何を見ているのだろう。
嗚呼、きっと誰にも分かりはしない。彼がどれだけキヴォトスを───生徒たちを想い、どれほどの慈しみの心を持って優しく包み込んでくれているのかなんて。傷ついて、傷の上にさらに傷をつけながらも、それでもあまねく全てを救う為に歩んできた彼の心映えなんて、誰にも推し量れはしない。
ただ言えることは、彼から見える景色と私から見える景色には大きな隔たりがある───そう思わざるを得ないのです。
それがどうしようもなく擬かしく、悲しかった。
………これは我儘だと分かっている。彼の想いは彼だけのもの。他の誰にも干渉を赦してはならない聖域そのもの。
そう理解していながらも私は知りたいと願ってしまう。あなたが見ている景色を、あなたが抱いている想いを、あなたが隠す痛みや辛さも、その全てを記憶に残したい。あなたの全てを理解したいと、そう思っているのに……
「……トワさん、何を見ているのですか?」
「───あぁいや、相変わらずここからの景色は眺めがいいと思ってね。君たちが守り続けている街がよく見えるよ」
「……そう、ですか。ふふっ、ありがとうございます。かの連邦生徒会副会長に褒められるとは鼻が高いです」
───あぁ、また隠し事。
いや、今の言葉には紛れもなく本心が大半を占めているのだろう。目尻を下げ、朗らかに笑う彼の表情がそれを物語っている。
ただ、彼は隠し事をする時は
───私
もっと色んな表情を見せて欲しい。
もっと色んな仕草が見たい。
あなたは決して人前で弱さを曝け出す人ではない。常に副会長として、都市を支える英傑として、あなたは英雄然たらんとする。
だからこそ尚更見たいのです。他の人にはしないような表情を、私だけに。
「生塩さんもセミナーの仕事で大変だろうに……俺のことなんて構わずに戻ってもらって構わないぞ?」
「いえ、トワさんをおひとりでお待たせさせるなんて、そんな御無礼が出来るほど恥知らずではありませんよ。それに……」
それに───
「───いえ、今はまだ告げないでおこうと思います。また今度お伺いしに来てくださいね」
「なるほど、最近のキヴォトスでは隠し事が流行っているらしい。女性とは皆隠し事をしたがるものなのか?」
「えぇ、そうですよ。女の子はみんな心に隠し事をしているんです。大切に温めて、温め続けて、それでようやくその秘め事を相手に伝えることが出来るんです。トワさんも私から秘密を引き出せられるようにして下さいね♪」
彼はほんの少し目を瞬かせた後、自嘲にも似た笑みをした。
「……それまで俺が生きていたらの話だけどな」
「───え?」
彼は今なんて───
───ガチャリ
「お待たせしてごめんなさい、此方の準備は終わったわ」
問いただそうと思い詰め寄ろうとしたその時、タイミング悪く会長がやって来てしまった。
そして、会長の入室と共に霧散する異様な雰囲気。まるで全て何もなかったかの様に消えた不穏さに、私は何処か危機感を覚える。
「いや、大丈夫。元々ちょっと早めに来た俺が悪いだけで、実際に調月さんが来たのは約束の時間ピッタリだ。だから気にしないでほしい。………それと生塩さん。さっきの話は冗談だ。副会長ジョークってな」
「……?何を話していたの?」
「何でもないよ。単なるジョークだから」
「…………」
ほんの少し薄く笑う彼を見て、ようやく彼なりの冗談だと理解出来た。
冗談……冗談ですか。……あなたが言うと冗談には聞こえませんが。
「トワさん」
「ん?なんだ────ヒュッ」
「この埋め合わせ……早めにした方がいいですよ?」
「…………ハイ」
彼にお詫びという名のデートの約束を取り付け、会長と並んで研究室に向かう彼の背中を笑顔で見送った。
彼が忙しいのは十分理解している。でも、その中でも私を考えてくれる時間が出来たことが幸せだと思えた。
───それでもまだ、嫌な寒気が取れることはない。
◆
うわぁぁぁぁぁぁぁん!!怖かったよ〜〜〜!!!
何でや!ちょっと曇り顔見たいと思っただけじゃん!!なのにどうしてこんな怖い思いせにゃならんの……。あんなの曇り顔じゃなくてガチギレ顔だよ。
今回で反省した。次はもっと表現をまろやかにした言葉で君を曇らせるね。(反省0)
それにしても、外を見ているところを指摘された時は本当にビックリしたよ。
あん時は『あ〜、この高層ビルから飛び降りたら流石に死ねるかな〜』みたいな、自分の身体の限界値を脳内で計算してたんよね。
例えばエリドゥで繰り広げられたトキとネルの銃撃戦を思い浮かべて欲しい。
あんな感じで急降下しながら死んでいったらカッコ良いよなぁ。それにプラスしてビル飛び降りる前に遺言とか吐いとけば曇ってくれそう。
でもなんか普通に生還している図が浮かんでくるんですよねチクショー!!
「ん?これは……」
そんなこんなでリオの研究室に入ったらあらビックリ、前回は鎮座していなかった筈の
「ふふっ、懐かしいわね。あなたとの親睦を深める為に作った一番最初のアバンギャルド君────通称“原初のアバンギャルド君”よ。せっかくだし地下倉庫からここに連れてきたの」
「………あぁ、懐かしいな」
いや、ほんと懐かしいな。ぶっちゃけもう二度と見たくないが為に地下倉庫に封印していたんだけどな。
あん時は2人揃って深夜テンションだったんだ。テンションがぶち上がっていたんだ。ほぼ意識がないまま作って、朝意識が回復したら鎮座していたんだ……
嗚呼、あの日ほど反省した夜はなかったよ。まさか俺がこのクソダサロボットの製造の一端を担わされるなんて思ってもいなかった。リオには悪いけど、やっぱりクソダサだと思ってる。製作者の1人が言うんだから間違いない。
まぁ、リオはご覧の通り愛着があるらしいから声を大にして言えないけどな。
「それで?何もアバンギャルド君の話をする為に呼んだわけではないのだろう?」
もし違ったらこの高層ビルから飛び降りるぞ、マジで。
「えぇ、その通り。今日は
「完成……?まさか───」
「流石に予想が付くわね。そう───要塞都市エリドゥがようやく完成したわ」
その報告内容を聞いて内心ほくそ笑む。
……そうか、とうとう完成したのか。
まぁ、確かに時期で言えばそろそろだろうとは思っていたが……
「おめでとう、調月さん。ひとまず完成まで行けたんだな」
「……そうね。あとは問題なく機能するかどうかだけど……」
「それは大丈夫だろう。なんせ君が作ったんだから」
「ッ、トワ……」
エリドゥの建設───原作では調月リオの転落ストーリーの原因となった横領都市だったな。
だが、ここで俺の梃子入れが入って連邦生徒会からの支援金という形で援助した為、この世界では一応手を真っ黒に染めてはいない。
フッフッフ、ここまで精力的に支援したんだ。あとは……分かるよね?俺が死んだらそれはもう盛大に曇ってくれよ?な?な?
「このアバンギャルド君を作ったあの日から今日まで……あなたは私の唯一無二の理解者で居てくれたわね。ずっと私を信じて、そして支えてくれた。感謝してもしきれないわ。もしあなたがいなかったら……私は───」
「たらればの話はよそう。今は君の努力を讃えるべきだ。……よく頑張ったな、リオ」
「ッ」
う〜〜ん、あとはそのエリドゥで俺が殺される展開なんかもいいと思うんだが、流石に難しいかな〜。
まぁ、そこはアリス───ひいてはケイさんに託してみるか。あの子なら遠慮なしに俺を殺してくれるだろうし。
エリドゥの見学後、リンから連絡が来た。どうやら先生をシャーレにまで無事に送り届けることが出来たらしい。
そうそう、因みに言っていなかったんだが、今日はとうとう主人公である先生がやって来る日だったのよ。
いやはや、無事に就任することが決定した時はホッとしたよ。ワンチャン先生が来ない可能性もあったかもしれないし。いよいよ俺の御役目御免が目に見えてきたってわけだ。
さて、今日は物語のプロローグ───つまりチュートリアルが行われたと思うが、無事に送り届けたということは、現在の先生は無敵バリアこと【シッテムの箱】を手にすることが出来たんだな。
いや〜、何気に心配してたから良かったよ〜。結構あそこ詰むポイント多かったわけだしね。
まぁ、とにかく無事に終わって良かった良かった。後で俺から挨拶に伺うか。
あ、そうだ。先生はどんな容姿だったか聞こうかな。
俺の予想だが、おそらく優しい系のイケメンと見た。そりゃあんなにも見目麗しい生徒たちのハーレム築いているわけだし、相対的にイケメンなんじゃないかって俺は思う。
まぁ、漏れなく全員曇らせ対象だけどな!!先生だけ仲間外れにはしない。ぜひ俺の死に様を見て曇ってくれよ!
さて、返信が──────は?『
いや待て、可笑しい。何かが可笑しい。何だその褒め言葉。その言い方的にまさか────
オイオイ、なんだ?乱数か?乱数が発生したか?まさか、そんな……
先生───女性ってマ……???