Side =シンディア=
部屋の中は蝋燭が一本だけ立てられ、そこから少し離れたソファーにいるわたしに見える景色は薄暗く、こんなことを言うのもなんだが悪いムードではなかった。
いや、わたしノーマルだからね!?
アルゴとかアスナとかとよく一緒にいるけど男性と一緒にいるとそれはそれで変な噂を立てられかねないし、その矢先にこんなイベントって無いよ……。
身体が山折りになり、胸の位置よりも腕の位置が大分低いのでサラさんの両膝に抑えつけられた腕は動きもしない。
サラさんは艶やかな笑みと共にその両手をゆっくりとわたしの首にかけた。
その動作一つ一つに得も言われぬ色っぽさがあり、正直女じゃなかったら色々と危なかっただろう。
こんな状態でもリミッター全解除で死に物狂いの力を込めれば脱出できないこともないが、これがもし即死イベントだったらジャックが暴れるだけだし、と『死』に対して一切の緊張感を感じることなく、ただただサラさんの方を見ていた。
その時だった。
突然サラさんが鼻を抑えたかと思うとわたしの上に馬乗りになっていた体勢から床に転げ落ちた。
「ぐっ……なんで……それが……」
端正な顔立ちも両手で隠され、わたしが近付こうとすると更に距離を取られた。
ついに来たかと視線を落とすと、お香から出た煙がサラさんの方向に向かって伸び、彼女を取り囲んでいた。
どうりでわたしは何も感じない訳だ。
もがき苦しむサラさんをしばらく見ていると、彼女の身体がぐったりと床に伏せた。
途端に彼女が身につけていた黄金のペンダントが浮かびあがった。
それは、小屋の壁を突き抜けて外へと飛び出した。
わたしはサラさんの体を起こすとソファーに身体を移し、黒い影を引きながら浮遊するペンダントを追いかける。
数十秒ほど走ったところで森林エリアにある山岳草原地帯へと出た。
突如浮遊していたペンダントは地面に落ち、黒煙も消えた。
辺りが静寂に包まれ、わたしは警戒しながらシールドランスでペンダントを拾い上げた。
上に向かってペンダントを飛ばして、落下するペンダントは輪投げの様にピッタリとわたしの首に収まった。
瞬間、ペンダントは形を変え、わたしの頭部を覆う兜へと姿を変えた。
これが、最後の黄金。
《ルクスリア・ゴールド・ルナヘッド》。
「名前だけは本当に安直なんだから」
「お前か、忌々しい匂いなど嗅がせおって……」
どこからともなく声が聞こえる。
風が靡いた。
黒い塊が黒煙と影を巻き上げながら形作られる。
それに比例するように、《LGL》が輝いた。
「その輝きも、我が『罪』の結晶だったはずだ。それを勝手に封じ込めたお前らを許しはせん!!」
そうして、姿を現したのは巨大で凶悪な悪魔の姿。
中には、酷く見覚えのあるモノも含まれていた。
体長は大凡四メートル。
《アンサ》と呼ばれたガチョウの姿をしたモンスターの足。
尻尾には《カプト・アングイス》が顔を出している。
引きしまった筋肉質の体の上には左右それぞれ《ミノトリウス》、《オーヴェム》の顔が付けられ、その中心に激怒に染まり、口から火を吹く悪魔の顔がこちらを見ていた。
その頭上に《Triginta duorum th rex》と文字列か浮かび、すぐさま文字は移り変わった。
「我が名は……」
「《The Asmodeus》」
名前の表示と共にHPバーが三本出現する。
定冠詞付きと言うモンスターは今まで発見例はボスモンスター以外は無い。
つまり、それに相当する敵だと言うこと。
《LGL》コンプリートによりさらなる力も追加されたと思うが、お陰で慢心出来ないなとより気が引き締まった。
アスモデウスはわたしを見ながら片足で地面を強く踏みつけた。
刹那、強い地震がわたしを襲った。
体勢を崩さないように槍を地面について何とか耐えきったが、それだけで終わりではなかった。
わたし達を取り囲むように、地面が裂けた。
視線を向けると、奈落と思われたその先にはこれまた展開的にも素晴らしい溶岩がボコボコと音を立てていた。
「さあ、お前の罪を浄化しよう」
アスモデウスが両手を突き出すと、両手の薬指に付けられていた指輪が光で繋がり、新たな形へと姿を変えた。
姿を現したのは円錐形のランスとは正反対の禍々しく歪んだ歯先と大量の刃の埋め込まれた槍。
「行くぞ、人間!!」
顔の両脇にある動物の頭が雄叫びを上げる中、悪魔は大きな音を立てて駆けだした。
わたしも敵向かって駆けだしながら左手の盾を前面に構えた。
槍の長さと悪魔のでかさを計算に入れてもわたしの今出せる速度限界ではアスモデウスの攻撃は一、二発は受けることになる。
兎に角、距離を詰めようと飛び出したが目の前で槍ではなく息を大きく吸い込むアスモデウスの姿を見て溜息を吐いた。
――次の瞬間、わたしに大火力の炎が浴びせられた。
熱いし、視界の端では体力が着実に減っている。
だが、わたしの足は止まることはない。
視界の悪くなる中でウィンドウを操作し、ポーションを選択すると兜の口の部分だけを開けて瓶ごと口の中に放り込んだ。
それを、口の中で器用に中身と蓋と瓶を分けて蓋と瓶だけを吐きだした。
足を止めなかったのは、止める必要が無かったから。
そもそも《LGL》は通気性もいいし今は全身に鎧があるのだから炎が降りかかろうがわたし自身に問題はない。
炎の中から斜めに向かって高さ三メートル半の跳躍をする。
わたしが姿を見せたのはちょうどアスモデウスの顔の左横。
流し眼でこちらを見る本体は行動に移ろうとするがもう遅い。
《コントゥリーティオ》も、準備万端だ。
空中で、シールドランスの打撃がアスモデウスを襲う……ハズだった。
わたしの槍は、動いたオーヴェムの頭の角によって綺麗に弾かれたのだ。
「我が僕の礼を可愛がってくれた礼もしていなかったな」
ニヤニヤと下品な笑いを浮かべるオーヴェムの顔が映ったかと思えば、わたしの体を強い衝撃が襲った。
アスモデウスの槍に身体を引っ掛けられ、地面に叩きつけられる。
目まぐるしくなる視界の中で半分予想出来ていた事態に吐きだされた空気をすぐに吸い込んで体勢を整えた。
「簡単には殺さんぞ」
「……上等」
自分のHPを一瞥して再び駆け出した。
攻撃パターンは恐らく槍と炎と尻尾の蛇。
防御の時はそれにあの羊と牛の顔も増えると考えると一人で戦うのは相当に厄介だ。
とか思いつつ伸びて来た蛇の頭を蹴って移動する。
カプトの全長は戦った時にも測りきることが出来なかった。
後を追うカプトを引き連れながら頭上から降ってくる槍を躱して足元に潜り込むとカプトが戻って来るよりも早く《コニュンジェーレ》を放つ。
これで《脱力》でも起これと思ったが、やはり五十層クラスまでくると一回打ち込んだ程度じゃ状態異常は発生しない。
舌打ちをしつつ掃除機のコードの様に急速に元の位置に戻りながらわたしへと毒牙を伸ばすカプトを回避してアスモデウスの背後を取る。
振り返った悪魔に向かって素早く飛び出して更に加速し《スビータ》を打ちこむ。
そのまま腹部に二発打撃を与えて空中で再び構えを取る。
振り下ろされた槍に向かって《ネクエ・アースタ》を放った。
槍と槍が交錯し円錐形のわたしのモノにアスモデウスのゆがみが絡みつく。
競り勝ったのはわたしだった。
奴の肩が自身の肉へと押し込まれて往く。
槍の位置を返させず悪魔の体を持ち上げる様に力を込め、押し上げた。
「ぬおっ!?」
一瞬だけ浮かびあがり、バランスを崩しかけたアスモデウスに向かって真正面からわたしは跳んだ。
――槍の弱点は、わたしも理解してるんでね。
この至近距離ならば、奴の槍が届くよりも早くわたしの攻撃が炸裂する。
だから、奴が取る次の行動は……。
息を吸い込む音が耳に届く。
咄嗟の行動で焦っている様子だ。
だが、お前はさっきも見たはずだ。
「そんなんじゃ、わたしは止まらないよ?」
炎を吹かれようが《LGL》によってわたしは押し返されることも無く奴の眼前へと到達する。
全身の鎧が妖艶に輝いた。
その輝きが槍の一点へと収束し、誰のものでもないこの槍だけの光を放った。
炎を裂きながら、悪魔の眉間に槍が吸い込まれて往く。
槍が突き刺さった瞬間、傷口から、槍先から、金色の光が漏れだし、拡散した。
《槍》スキル最高位剣技《ディア・ピカーティ》。
悪魔のHPゲージを丸ごと一つを消滅させ、その圧倒的威力にアスモデウスは大きく後退した。
その巨体が止まったところで、足元の足場が少しだけ崩れた。
もう少しで溶岩へと落とせたのだが、威力足らず。
スキル硬直で動けなくなった体は地面へと叩きつけられ、右半身を強打した。
「小娘ェ!!!」
激情に身を任せ、アスモデウスは槍先に向かって炎を吹くと渦となって巻き上がる炎が槍を包んだ。
悪魔は、それを振り被ると槍が光を纏った。
行動の意図を理解し、槍が手から放たれる瞬間に硬直の解けた身体を片腕一本で元の体制まで浮かびあがらせた。
「《ヤーク・rrラティオン》!!」
若干巻き舌で発せられた声と共に槍が一直線にわたしを襲った。
冷静に軌道を見極め、流れに従って盾で自分から槍を逸らす。
炎が付加されていたせいで巻き上がった炎にHPが削られるが、安いモノだ。
それよりも、今はこちらに来たアスモデウスをどう対処するかだ。
あの槍は、わたしの視線を槍に移させるだけに放たれたのだ。
「確か、コンマ零秒以下の世界に生きてんだっけ、わたしたち」
掬いあげる様に振るわれた右手を躱し、槍を背中に収めて回避に専念した。
向かってくる手に槍を突き刺しても奴のHPから考えればそれを利用されるのは目に見えている。
かといってこのまま避けるだけに徹底する訳にもいかない。
奴にはまだ武器が二つほど残っているのだから。
そう思った直後、背後に大きく跳んだわたしの居た場所にはカプトが口を閉じていた。
(狙うなら、ここっ!)
《コリュージ・オン》で怯ませてからの《グラヴィス》で鼻先を突き刺した。
急速に元の位置へと戻っていくカプトを見て、アスモデウスは真っ黒な顔を赤く染める。
比例するように、口の端から漏れる炎が流動性を帯び始めた。
気づくより早く、五感で感じるよりも早く本能が警鐘を鳴らした。
《スビータ》を使うまでもなく自分の速力だけでその場を離れると、アスモデウスの口から炎を纏った球が発射された。
着弾した瞬間にその部分に赤黒い何かが煙を上げながら地面へと広がった。
「溶岩まで出すってあり?」
それを何事もない様に溶岩を踏みつけたアスモデウスはしたり顔で返す。
「アリだ」
その言葉に、わたしは指でこめかみ辺りを突くと小さい音を鳴らした。
「有りだね」
足に力を込め、駆け出した。
先程とは目を疑うような速度で、二歩。
それだけで、離れていたわたし達の距離を物理的に縮めるのは十分だ。
錆びたロボットの様にゆっくりとこちらに顔を向ける悪魔に、わたしは笑顔で告げる。
「牛の眼、二つ」
槍の先には赤いポリゴン片が大量に付着され、アスモデウスも後から来た痛烈な何かに右側の顔を大きく歪ませた。
怯んだ一瞬を見逃さず右から背中にかけて槍先で切り裂きながら着地を決めると、風を切る音。
右側から強い衝撃を受け、左腕を回して何とか防御したものの、身体を大きく飛ばされた。
後ろのめりになりそうになる体を持ち堪え、再び地面が抉れるほどの脚力を駆使して駆け出した。
一歩で奴に向かって跳び出し、真正面からアスモデウスに向かった。
奴はそんなわたしを小蠅でも叩き落とすかのように両手で潰そうと手を伸ばす。
両手が閉じる瞬間、わたしは左手をつっぱり、そこに奴の右手が触れた瞬間左手の剄に神経を集中させ、迫りくる腕を弾き返した。
凄まじい音を立てて悪魔の右手が反対側に折れ曲がった。
何が起こっているのか理解に追いついていないアスモデウスの残った左手を掴むと肩に向けて一気に駆け出し、《トラビス》を発動。
羊の双眸をたこ焼きを突くピックの様に抉り、舌にシールドランスを突き刺して背中の方から地面へ落下。
空中で《コントゥリーティオ》を放ってカプトの顔面を強打しておいた。
これで残るHPも一本の半分。
開けた視界を少しだけ阻害していた兜を脱ぎ棄てると、白銀の髪が宙を舞った。
振り返りながらその姿を見たアスモデウスの動きが、止まった。
「小娘ェ……その美貌は……」
「悪いけど、殺し合いの最中に無駄な会話はしない方がいいと思うよ?」
腹部を軽く盾で小突いてから、右手に握った槍が再び大きな光を拡散させた。
「《ディア・ピカーティ》。……終わりだね」
悪魔の両腕が力なく垂れ下がり、羊と牛と蛇の部分は本体よりも先に消滅した。
瞬間、消えていくはずの硝子片が地面を繋ぎ、溶岩を再び地中深くへと還して往く。
槍を引き抜き、兜も回収してアスモデウスを見ていたが、奴は徐々に青白くなっていく身体を少しずつ動かし、わたしの前に立ちはだかった。
死に際の彼の眼に、一体わたしはどのように映っているのか。
伸ばす手が、徐々に崩れて往く。
わたしの頬を掠めた人差し指が、悪魔のものとは思えない柔らかさを持っていた事をわたしは忘れないだろう。
パキパキと音を立てながら彼の姿はもう首しか残っていなかった。
「その槍、その武具。お前にピッタリだ」
「そう……」
兜を被ると鎧全体から光が生まれ、黄金の騎士が鎮座した。
「ソナタの《色欲》は、ソナタだけのモノだ」
そう残し、辺りに甲高い破砕音が響き渡った。
わたしは自らの光を頼りに黄金の道を歩く。
兜の上からこめかみのある部分を小突いて、わたしは元のわたしに戻って行った。
==========
はい、どーも竜尾です。
お久しぶりですね。
風邪をひいて治ったと思ったら扁桃炎として再発し高熱を出してそれが治ったと思ったら左目にヘルペスが出来ました。
死屍累々です。
ですがこれで風邪のシーンとかすっごく鮮明に書けますね。
SAOなので風邪をひくことはまだないですが……
閑話休題。
ついにLGLコンプリートです!
そんでもって登場したのはご存じ色欲の悪魔アスモデウスさんです。
LGLのクエストのネタとか全てwikipediaから引用したものでしたし、この展開を予測できた人もいるんじゃないでしょうか。
結構熱い展開にしようと頑張りました。
一対一?は良いモノですからね!
【次回予告】
「こっちはこっちで楽じゃないよなあ……」
「私、昨日人を殺したんだっけ」
「それが、我の工場だッ!!!」
「アドバンテージは俺に有るな」
次回をお楽しみに!それでは。