仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

82 / 123
第三十九話 笑う棺桶

Side =ジャック=

 

最初からアイツには行き場を失った殺意しか残っていなかった。

怒りは全て自分に向き、オレの一言で浮かんだ殺意を引き寄せてやっただけだ。

今のキリトは純粋な殺意を纏う人間だ。

視界にはキリトだけに解る何かが見え、思考は単調になる。

それが、望まれるべき『殺し』の形。

オレ達はその中でも複雑な思考の制御が可能だが、流石にその段階に辿り着くのは不可能だった訳だ。

先ずは手始めにと《死刀》を発動させ、単調思考が故に甘くなる防御をすり抜けて短剣がキリトを切り裂いて往く。

《戦闘時回復》スキルも付けているみてぇだが、それだけで《リッパー・ホッパー》の斬撃の傷は癒えない。

それに気付き、第一ステージを突破したキリトは思考する。

身を引き、構えを取ると剣に光が走る。

獣の様な形相でこちらを睨みつけながら雪を蹴った。

筋肉の動き、身体の運び方から何のスキルを使うかを予測。

身体で必死に体勢を覆い隠すが、剣技は《バーチカル・スクエア》だとすぐに解った。

それはキリトにとってギリギリの距離で放たれた。

「やっぱ《バーチカル・スクエア》かっ!」

オレを殺すことだけを念頭に置かれた斬撃を《流》や攻撃予測で回避。

そして、四撃目。

奴はその中でオレの予測していた速度を大きく上回る速度で剣を振るった。

 

――身体が、《殺意》に見合うまでに追いついてきた。

 

速さだけで言えば十分なレベルまで到達している訳か。

「チッ……早過ぎだな。腕を動かすタイミングがずれたなぁ……」

じゃあ、第二ステージの開始だ。

これは、あくまでもオレの実験だ。

そこに殺意は関与していないし、もし本当に殺す気でいるなら《鎖》と《濃霧》も遠慮なく発動しているはずだ。

例えクライン達がいたとしてもそれは変わらない。

それに、見せたくないなら事前に追っ払っている。

自分にこれ以上ない殺意を向けられているのに殺意を向け返す時まで自分の保身に走るのはオレらのやることじゃねぇ。

ただ、常に全力では戦うさ。

《バーチカル・スクエア》により左手人差し指が切断され、《死刀》で複製した短剣も全て消滅した。

そのまま無防備な状態となったキリトに、《アスタンティス》を発動させた。

スキル後の硬直もあり、順調なスタートを切ると思われた《アスタンティス》は、一撃だけ直撃打を出し、あとは一回掠る程度だった。

やはり殺す気のあるように見せかけてるだけじゃ上手くいくモノではない。

その隙を付かれてオレの額にはキリトによって水平方向に一本傷を刻まれていた。

「ギリギリ、避けきれなかったか……。ま、十分だ」

それでもまだHP差はあり、キリトは第三ステージへと移行する。

 

「ジャック!!」

 

そこまで行けりゃ声も出るってモノだ。

互いに一直線に走り、剣を交える。

キリトにとっては、たった一人でフロアボスに挑んでいるような感覚だろう。

オレにとっても、この状況は《リッパー・ホッパー》と戦った時と少しだけ雰囲気が似ていた。

徐々に、キリトがある事に気付き始めた。

凛と咲く花が、その一生を終えようとしていた。

それは、『死』と《殺意》の本当の強さ。

痺れを切らしたキリトが走り出す。

最後の一撃とでも言う様に剣を強く握っていた。

 

――そうだな。生憎と、オレは死ねねぇんだよ。

 

《短剣》スキル最上位剣技を放とうとした瞬間だった。

キリトの身体から、一つのクリスタルが飛び出したのだ。

オレは何とか踏みとどまることが出来たが、キリトは中途半端な体勢のままクリスタルを取ろうとして顔面から地面に落下。

剣も手放したようで飛んで行った方向を見ると近くの木に深々と突き刺さっていた。

そんな訳でオレですら予測の出来ていなかった状態に空気が死んだ。

取り敢えず、オレだけが武器を持っていて優位なのには変わりないし、花も死ぬかと思えばギリギリで耐えきっているので興味の湧いたオレはキリトを持ち上げた。

「ほら、早くそれタップして再生しろよ」

オレの行動に解りやすく疑問符を浮かべるキリトに記録結晶を再生するように促すと、その中に入っていたのはあの時に出会った黒猫団の少女の声だった。

 

『――ありがとう。さよなら。』

 

その声と同時に、数分間音を鳴らし続けた記録結晶は音も無く輝きを失い、キリトの手に収まった。

こういう湿っぽいのはどうにも苦手だ。

人の感情を引きだすことは得意でも、引きだされた感情を自分の思い通りにするには今後の事を考えるとしない方がいいだろう。

だが、花は死んだ。

 

――次の生命への《種》を残して。

 

これは本当に考えもしなかった事態だ。

その始終を目に収めてなければ、パニックに陥っていたであろうこの状況。

「……うっ、あぁああ……」

嗚咽するキリトを余所目にオレは一人。これからの事を考えていた。

今になってようやくこいつらが現れてくれた。

一通り泣き終えたキリトにポーションを弾く。

その意図を理解したキリトは確認するように口を開いた。

「殺さないのか……」

「ああ」

「俺を殺すんじゃなかったのか」

「今更死にたくなったか?」

その言葉に、キリトは目を見開いた。

「テメェが生きることを自分勝手だと思うなら、自殺でもしとけ。生憎、邪魔じゃねぇ奴は殺しても意味ねぇからな……せいぜいオレの役に立ってから死ねってんだ」

一応、これくらいで良いだろう。

キリトが指を動かし、降参が選択されたところでデュエルの勝利表示が眼に映った。

後は、軽く一言挑発でもしとけばすぐに復活するだろう。

そのまま振り返ることなく、夜闇に浮かぶ銀色の世界を一人歩いて行った。

 

Side =グーラ=

 

それは、狂気に染まったクリスマスなどと言う行事を終えた次の次の日の事。

「よし、お前ら聞け」

酒の飲み過ぎで未だに二日酔いの感覚に襲われている仲間を叩き起こした頭が言う。

因みにこの時には自分の名前も人々の記憶から薄れて行き、ここまで戻ってくることが出来た。

クリスマスの時はゲームの中なので遠慮せず自分も酒を呑んでいたが、まだ味覚が発達していないのかどの酒も口に合わなかった。

おかげでこうして歯を見せて脅しながら酔い潰れ組を叩き起こす羽目になったのだが。

「聞かなくて良いのか、お前らが望んでいたあの日が来たんだぞ?」

それを聞いた一人が覚束ない口調で言う。

「それって、前にリーダーが言ってた《X-Day》のことっすか?」

次いで、茶化す様に言葉を続ける。

「それに、あれって本来はクリスマスにやる予定だったのに何かのイベントに《殺人鬼》が動いてるって情報があったから出来なかったじゃないですか~」

大の字に寝転がる仲間を一瞥し、頭は自分の方を見て「Suck…」と舌打ちをしながら手を開いたり閉じたりした。

そのサインを汲み取った自分は無防備な男の右手を無造作に食い千切った。

「ガァッ!?」

突然の奇襲と今までに感じたことのない、無くなった腕の違和感に男はのた打ち回った。

「グ、グーラ……さん……何を……」

「おいおい、ここはただ日々を楽しく過ごすところじゃない」

男を無視して指から順番に右手を食べる自分の代わりに頭が答えた。

 

「人を騙して」

 

「人を弄んで」

 

「人を操って」

 

「人を壊して」

 

「最後には俺達がその上で楽しむところだろ?ここはさ……」

 

誰も何も発することは出来なかった。

いや、自分の咀嚼音は止まなかったが、正直皆にとってはそれで十分だった。

やがて残響が消えると、全員が立ち上がった。

右手を失くした彼も、その部分をもう気にしていないかのような素振りで狂気に満ち溢れていた。

先ず、此処にいる自分以外全員を動かして楽しんでるのは頭とザザとジョニーくらいだけどね。

「Gula」

妙に流暢な発音で名前を呼ばれ、頼まれていた通りの情報データを全員に送信した。

「今回の《X-Day》は《New Year's Eve》。今度酔い潰れやがったらグーラに両腕を持ってかれると思っとけ」

頭はそう言うと、自室へと戻って行った。

残された連中は兎に角情報を読み耽り、右手を食べ終えた自分は後ろから肩を叩かれ、振り返るとジョニーがいた。

「グーラよお、標的の人数を見ると俺達の人数とは釣り合わねぇが、得物は早い者勝ちで良いんだよな?」

「問題ない」

親指を立て即答するとジョニーは満足したようでお気に入りの毒入りダガー六本を器用にジャグリングしながら頭を追って自室へと戻って行った。

自分もこんな頭に浸透しきった連中しかいない部屋にいるのも耐えがたいのでもう一つの建物の方へ行こうと思ったのだが、入口の前にあるソファーの背もたれの上に座っているザザが向けて来た視線に足を止めた。

「グーラ」

「自分の情報に何か不満でもあった?」

本来、彼の聞きたかったことはそこではないと解っていながら自分はそう言った。

「違う、俺が欲しいのは、《殺人鬼》の、情報だ」

エストックを強く握り締めながら、ザザは自分の方を睨みつける。

「自分だけの情報で《殺人鬼》をザザだけで殺せる算段がたつなら、もうとっくに《殺人鬼》は誰かに殺されてるだろうね」

「最初からそればかり言っている。本当に、奴を殺す算段を立てているのか」

「疑うならそれはそれで構わないけど、そうやって自分の事を信じられないなら本当にその時が来てもザザに《殺人鬼》は殺せないよ」

自分がそう言うと、ザザは壁に思い切り蹴りを入れてから街へと歩き出した。

何故、彼が此処まで《殺人鬼》に対して固執するようになったのか。

それはこのギルドの四人目の加入者、ジョニーが加入するよりも早くザザと共にこのギルドの中核に位置していた女性プレイヤー《オクルス》が関係している。

彼女はザザと似た比較的寡黙な分類に入る少女だった。

しかし、独特の喋り方で話すザザの感情を読み取り、こちら側に正確に伝えてくるザザの通訳係の様な娘だったりもする。

表に感情を出さない分、声色に感情がよく出ていたことを自分は記憶していた。

そんな彼女だったが、実は自分とは仲が良くなかった。

と言うよりかは、自分の方が一方的に彼女を避けていたのだ。

その原因は、後にオクルスの首を絞めることになったが……。

 

――彼女は、人間の歯に強く倒錯していたのだ。

 

理由を聞くと、彼女にとって共に行動している無口なザザが口を開いた時に垣間見せた歯に一目惚れをしてから始まったとのこと。

そこから発展して、歯並びや一つ一つの形の興味を持つようになり、嗜好となってしまったのだ。

お陰で突然「気に入りました」とか言われては食事中にじろじろ見られるようになりザザも止めないから本当に迷惑を被っていたのだ。

そんな彼女が、自分以上に気に入ってしまった歯の持ち主が現れたのだ。

この時ばかりはやっと自分の肩の荷が下りると安堵したのだが、それが誰なのかを聞いた自分とザザは戦慄することになる。

 

「《殺人鬼》の見せたあの芸術の様な歯!これ以上のモノを持つ人間はいないわ!」

 

今まで見せたことのない程の機嫌と口調で話す彼女に、自分は何も言えなかった。

ザザも止めようとしたが、恋は盲目と言う様な彼女に何を言おうが無駄だった。

勿論頭にも進言しておいたが、頭もそれを面白がっていたのでもはやそれは時間の問題だった。

 

「じゃあ、いってくるね」

 

そう言いだしたのはそれから数日後のこと。

全員の視線が集まり、息を呑む。

頭はゆっくりと立ち上がると、オクルスの前に立った。

 

「Drop it」

 

英語で告げられた言葉の意味は、言わなくても理解は出来た。

面白がっては居ても、頭にとってオクルスは必要な立ち位置らしい。

彼女は俯くと、部屋へと駆け出した。

結局、そのまま夜は明けたのだが、翌日……。

彼女の姿はこの家のどこにもなかった。

唯一彼女とフレンド登録をしているザザが調べたが、結果は彼女の姿が無くなっていた時点で予想は出来た。

その後、自分だけで《生命の碑》を見に行くと死因に《プレイヤーによる殺害》と書かれ、《殺人鬼》に殺されたことを裏付けた。

それを報告すると、皆血相を変えていた。

そして、頭は告げた。

「オクルスの事は仕方のないことだが……」

 

「これで解っただろう。下手に逆らえば、お前らもああなるぞ?」

 

それは、オクルスの死を利用した自分の力の誇大化。

まさかこれを予測して態とオクルスにあの言葉を言ったのではないかと思う程に自然な頭の言葉。

それからは、誰も頭には逆らわ無くなった。

インテンディアでさえもそう、死にたくない心を操って、一集団を手中に収めた。

それから、ザザは変わった。

オクルスとの関係性は今でも判らずじまいだが、彼には彼女に深い思い入れがあったのだ。

努力をしたのか、口調が少し矯正され一人だけでの会話を可能にした。

だが、同時に《殺人鬼》への殺意も膨らむようになっていた。

その手伝いをさせられているのだが、正直ザザが一人で《殺人鬼》に勝てるとは微塵も思っていない。

それでも、彼の事を調べればいざとなった時の保身に走れるので反対はしていない。

しかし、せめて自分と一緒なら殺すことも僅かに可能性があるかもしれないが、《殺人鬼》の手の内が探りきれない限りは現状維持が得策だ。

そう思いながら、遂に大晦日の日がやってきた。

まあ、先ずはこっから始まるのだ。

「それで、ギルド名は決まったんすか。リーダー」

結構前の夜、誰かがそう言った。

「ああ、こいつだ」

頭は旗印も取り出し、ギルドマークの刻まれた右手の手袋を見せながら言った。

 

「俺達は《Laughing(笑う) Coffin(棺桶)》だ」

 

==========




はい、どーも竜尾です。
最近視点がコロコロ変わるせいでサブタイ決めに苦労しています。

ジャック対キリトですが是非探索編十五話も照らし合わせて読んで欲しいですね。
こっちはかなり端折りましたが…。

ここで探索編にてザザがジャックを狙った理由の回収です。
正直ラフコフメンバーだったのでこんな闇落ち主人公のようなかんじにするのはどうかなと思っていたのですが、インテンディア君を六番目と言いましたので普通に作りました。

ついにラフコフが動き出しましたね。

【次回予告】

「明けましておめでとう……なんて言ってる場合じゃない!!」

――私だからこそ、気付いた。

――まるで、『死』ですらも恐れていない様な……。

――わたし、押し倒されてます。

次回をお楽しみに!それでは。


※リクエストはもうすぐ閉め切ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。