Side =グロリア=
「いやー、まさか自分に対して《解除》を使うなんてねー」
「私も試したこと無かったから、不安だったけどね」
勝負が終わり、リビングに戻ってきたところで私とシグマはソファーに向かいあう様に座った。
「だってシグマ相手に嘘って通用しなさそうなんだもん」
「あたしってマイペースみたいだからねー。グロリアに嘘を吐かれても吐かれたとは考えないと思う」
予想通り可愛げのあるシグマの表情に、私も微笑み返した。
「でもやっぱり切り裂かれるのは嫌な感じだったなー、胸にまだ違和感が残ってるよー」
そう言ってシグマは自分の胸を持ち上げる。
「いや、《新月》を打った私に間違いは無かった」
「え、グロリア何か言った?」
「ううん、何も」
絶対わかっているだろうが、私も認めない。
確信犯だ、間違い無く。
うん、本当に《新月》を打っておいて正解だった。
ここで《弓月》とかだったら一撃で終わっちゃうもんね。
《旋棍》スキル大技《裏紫電閃・新月》。
零距離もしくは超近距離でのみ真価を発揮するこのスキル。
目の前の障害物を避ける様に腕を伸ばし、敵に旋棍が刺さったところで真上に向かって切り上げる技だ。
最大の特徴は自分がどんな状態にあろうとも技が発動すると言うこと。
これにより紫電閃を《解除》で無理矢理捻じ曲げてノーモーションでの連撃が出来ると言うことだ。
確かに、自分に嘘は吐けないのだと思った。
――でも、嘘を吐くからには最初から自分に嘘をついていることと同義。
考えるまでもないことだったのだ。
「それじゃ、そろそろこっちの話に戻るよ二人とも」
アシュレイに呼ばれ、私達はオーカスの方を向いた。
「そう言う訳で《JtR》のサブリーダーはグロリアってことで」
「異議なーし」
「シグマが負けたならあたしにも勝てそうにないわ」
「あれ程の実力があったとはな」
「よろしくね、グロリアさん」
四者四様の反応を示して今宵の会議はお開きとなった。
各自作業に戻るのを、何もやることの無い私はソファーに寝転がりながら眺め終わるとシィ・サリカとロカ・ルーハを見つめていた。
「私達だけだね、何もやることが無いのは」
ぽつりと、残ったロクオウに呟いた。
「そうですね、私達は戦闘が役割ですから」
至極単純な受け答えをされ、二人の間を沈黙が包む。
私はただ旋棍を弄り、時間が経つのを待っていた。
まだ戦闘の余波が残っているのか、時刻は夜だと言うのに睡眠欲も無く、手持無沙汰になった結果がこれだ。
「そういえば、いつ旗揚げをするとかオーカス君は言ってなかったね」
「あ、でもオーカスの事だから抜かりないんじゃない」
そう言うと、彼は頬笑みを浮かべながら私の方を見た。
「信頼してるんだね、オーカス君の事」
「じゃなきゃ、ここまで来れなかったということもあるから」
「そう……グロリアさん。ちょっと話を聞いてもいいかな?」
それは、彼がこの雰囲気が継続するのを嫌ったからか。
「話せる範囲なら、どうぞ」
どちらにせよ私も退屈を被るのは宜しくないのでこう返した
「私の《英雄》と君の《解除》。どうして発現したのか、考えてみたことはある?」
「勿論、見当すら付かなかったけどね」
「厚かましいことかもしれないけど、グロリアさんが《解除》を手にした事。私にはなんとなくわかるような気がしたんだ」
思わぬ言葉に「えっ?」とやや声を荒げて身体を起こした。
「出会って数時間しか経ってない私が言うのは本当に無礼な事だけど……」
「いや、是非聞かせて欲しい。私の考え付かなかった部分があったかもしれないし」
「じゃあ、私が感じたことだけどね」
小さく息を呑んだ。
何か、今まで固め続けていた虚構の装甲の破裂点を見極められたように口が開かれる。
「君の《解除》は、君の言う『嘘』を実現する為に発現した技じゃないかな」
「……えっ?」
一瞬何を言っているのか解らない『フリ』をした。
その一言は恐ろしいまでに私に解りやすい言葉だった。
思い返してみればそう。
《解除》を別の言葉に置き換えてみれば何もかも噛み合ってくる。
「《
本来起こり得えない事を言うのが嘘だとすれば、《解除》と言うモノはそれをたった一度だけ叶えてくれる装置だ。
「君は、このゲームが始まってからどれだけの嘘を吐いたのかな?」
覚束ない口調で、浮かない表情を浮かべるロクオウにそう返す。
彼も私にとってこれを答えるのが苦行であることを理解しているのだ。
でも、解かなければならない。
「それは、もう沢山。知っての通り私は《ジル》だったから。嘘なんて数え切れないほど吐いてるよ」
「これは夢物語に過ぎないけど、それをこのゲームを維持している何者かが汲み取ったんじゃないかな」
「じゃあ、救済措置の様に私達には固有の能力が与えられたってこと?」
それは、つまり……。
「そうして、用意された舞台の上のコマとして私達を動かしているのかもしれない」
「茅場晶彦からの……」「茅場晶彦が……」
私達の認識は一致する。
Side =ジャック=
白い吐息が空中で雪を溶かす。
いよいよこの季節がやってきたということだ。
案の定オレが回した情報はアルゴによって拡散され、大きな反響を呼んだ。
仲間を失った者を生き返らせようと躍起になる者。
いつか自分が死んだ時の為の保険をかけておこうと画策する者。
攻略会議でもその事について話しているプレイヤーがいたときはそれはもう期待通りの展開にこの日が来るのをずっと楽しみにしていた。
アルゴもアルゴで最近はこの案件だけを追っているとシンディアから回ってきた。
キリトはこの状況に後悔と期待を混合させ、意志が出来ていない。
その所為でオレにはその精神のブレから来る戦闘のブレが目に見えて解った。
キリトもそれに気付いているが、アイツに出来ることは何もない。
出来ることは、来るべきその時まで生き続ける事。
オレが奴に対して何の反応も示さないまま随分と時間も経った。
今ではキリトはそれを小さな恐怖として認識している。
オレに殺される恐怖を抱え込みながら、果たしてどうなるのか。
第三十五層でオレは闇に紛れてキリトの向かった森の方を見ていた。
次いで現れたのは赤髪の刀使いクラインだ。
あの様子だと、キリトの後をつけていたところか。
オレが遠目で見ていることに気付くことも無く、仲間たちと二、三会話をした後に森へと入って行った。
「甘ぇな、クライン」
奴の顔と目を見ていると、キリトへの心配の様子が非常に解り易く表れている。
ただ、オレたちだからこそ解ることであって、キリトには微塵も理解されてねぇがな。
甘いと言ったのは、キリトに情をかけていることじゃない。
寧ろあの情報が出回れば仲間を失っているクラインも釣れることは予想が出来ていた。
それに、お前らみたいなのがこの程度で周りが見えなくなる程に動きまわるのは現実世界でも散々見てきたことだ。
そう言うことに目が眩んじまうってのが、なぁ。
路地裏で鎧を纏った者が何やらメッセージを飛ばしている。
次の瞬間、転移門に複数のプレイヤー達が出現した。
全員同じ模様の鎧を付け、一際目立った形の兜をつけている者の号令で十数人のプレイヤーが森の中へと走って行った。
それを一人、この階層の一番高い建物の天井の上から見ていたオレは、手に入れた短剣《リッパー・ホッパー》を取り出し、回転させて一つ。
「聖夜へようこそ」
==========
足音を抑え、衣服の擦れる音も最小限に、《隠蔽》スキルを最大限発揮できる舞台を作り聖竜連合の軍団から距離を取りながら尾行を続ける。
聖竜連合の足音の必要な部分だけを探ってクラインたちとの距離を計り、奴らが視認できる限界の距離まで来たところで近くの木の上に登った。
しばらく様子を見ていると、クラインたちがキリトを庇って聖竜連合と交渉の元リーダー同士での一騎打ちを行うことになった。
それにしてもほぼ独断でキリトを送り出し、聖竜連合と戦うのも一人で決め、とんだ大博打に足を踏み込んだものだ。
それに乗る聖竜連合も大概だ。
攻略組での付き合い云々を考える必要はないだろうが。
所詮は自分たちで張り付けたイメージを纏っているだけのごっこ遊び。
だから、テメェらはオレに臆するしかねぇんだよ。
勝負が決まったようだ。
オレに見られてるとも知らず近くを通りながら帰って往く聖竜連合の面々。
負けた奴はどうなる事やら。
まあ、オレの知った事ではない。
へたり込むクラインたちに目をやり、胡坐を掻いて頬杖を付いて消えたキリトを待っていた。
因みに、オレ自身蘇生アイテムなるモノは存在していると確信している。
やはりそう言った救済措置はあってもおかしくないと考えることも不自然ではないし、オレですらいつ死ぬか解らない命を背負っているのだ。
ただ、その確率が極端に低いだけだが……。
ならば、何故下手を打てば《種》が枯れてしまうような可能性があったのにも関わらず情報を流したか。
確かに救済措置はあるさ……。
――過去じゃなくて、未来にな。
それでも《種》が枯れる可能性があるならば、それでも満足をしてしまうと言うこと。
その時は、もうオレらが気にかける対象じゃない。
運が良ければ生き残るし、良くなければ死ぬ。
キリトが戻ってきた。
その落胆した様子から結果は一目瞭然。
手に持った月明かりに反射する宝石をクラインの方に投げた。
聞くと、効力はそのプレイヤーが死亡してから数十秒間だけの猶予に使える最終手段。
予想通りの展開に、時間が来たと木から下りてキリト達の下へと向かう。
呆然自失と言った様子で空を見上げ、足音に気付いてこちらに視線を向けたキリト達にオレは嗤いながら言う。
「さーて、《聖竜連合》の奴らが戻ってきてたってことはもう戦いは終わったのか?クラインもずいぶんと強くなったじゃねぇか」
それにしても、直に見るとキリトの心に張り付いた異物の状態が良く解った。
今にも息絶えそうな程に萎んでいる。
栄養を与えられているのに、花開くことをキリトによって抑えつけられているからだ。
じゃあ、始めるか。
「まともに話すのは半年ぶりだな、キリト」
「ジャック……」
「んで、イベント報酬は手に入ったのか?」
「……ああ」
「その顔を見る限りじゃ、テメェが描いてた物とは違ったらしいな」
「クラインが持ってんのがソレってことか?」
オレがそう言ったところでクラインはオレの方に向かって宝石を放り投げた。
一応確認の為にテキストを読んでからクラインに投げ返した。
「《殺人鬼》が《蘇生アイテム》なんて皮肉かっつの」
「じゃあ、なんでこんなところに来たんだ……」
その声には、オレとも関わりたく無いと言う色が前面に出ていた。
そりゃそうだ。
折角『死』から離れられると思った矢先にその象徴となってるオレが現れたんだからな。
そこで、まずその意識から別の意識を浮上させる。
「ま、既に死んだ奴が生き返るなんてやっぱり無理だったな」
「どういうことだ……。やっぱり、ってまるで知っていたみたいな言葉じゃないか……」
「当たり前だ、《蘇生アイテム》の情報の元手はオレだからな」
絶句する奴らを余所に、オレは第四十四層での『R.I.P』について話した。
この結末が解っていたのを気付いたクラインが声を荒げる。
その声に見向きもせずに、オレはキリトに《完全決着モード》でのデュエルを申し込んだ。
今のキリトはまたしてもオレに転がされていた事、後悔と喪失感からオレの存在を逃げ道だと錯覚し、迷い無く承諾のボタンを押す。
――駄目だ、まだ嗤うな。
「そういや、《月夜の黒猫団》だったか」
ピクリと肩が揺れたのを確認してまだキリトの意識が生きていることを確認する。
「なんであいつらが死んだか、オレが答えてやろうか?」
キリトが勢いよく顔を向けて来たところで最高級の笑顔を見せつける。
「慢心だ」
それは、キリトが否定し、自分に背負わせた十字架の正体。
「違う、あれは俺のせいだ」
「あのとき、何でオレがお前のことを何も言わずに去ったか解るか?」
人間ってのは自分の深層心理を理解された時にする反応は同じなんだよ。
オレも、シンディアも、『
「あいつらに自分たちが強いと錯覚させるためだぜ?まだ気付いてねぇのかキリト」
そうやって逃げようとしたところをオレの方へと導いてやる。
「ただでさえオレは《殺人鬼》。人を褒めることなんてお前が見たあの一回きりだ。故に『《殺人鬼》にすら俺達は認められている』って過信する。ま、誰一人かけずに安全に狩りをしてれば『死』に関わりなんてねぇしな、だから余裕が生まれる」
クライマックスだ。
「テメェは五人を自分で殺したと思ってるらしいが。殺すことがどういうことか」
――蕾に熱が籠る。
「贖罪のつもりだろうが、無駄だったなぁ!!」
――今まで花弁を抑えつけていた萼は、もう限界だった。
「あいつらを殺したのはやっぱり《殺人鬼》のオレって訳だなぁ!」
キリトが剣を握った瞬間、ドス黒くそれでいて酷く鮮やかな花が開いた。
それだ、それを待っていたんだ。
「ジャああアアああアあぁァぁぁァぁああアアぁァぁぁああアアああアああアック!!!!!!!!」
これでテメェも晴れてアイツと同じ《普通》の仲間入りだ!
オレの実験は成功以外の何物でもない結果を残した!
経過も見ておかねぇとな。
こちらは相対する純白の短剣を引き抜いて腰に手を当てると目も口も大きく開いて高々と嗤う。
今なら、あの笑い声さえも心地よかった。
「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!!!」
その時始めて、ジャックが、《殺人鬼》が、再び産声を上げた。
==========
はい、どーも竜尾です。
嘘を吐くということはまず最初に自分に対して嘘を吐くということなんです。
そんなわけで《解除》さん大活躍です。
グロリアさんとロクオウの会話シーン。二人とも一人称が同じで分かり辛いですね。
敬語の方がロクオウです。年上なのに…。
さあ、ついに捜索編第十四、五話のあのシーンが来ました。
この第五十層辺りから捜索編ではグーラとグロリアが動き出します。
もはや前哨戦ですね、これ。
【次回予告】
――そうだな。生憎と、オレは死ねねぇんだよ。
「最後には俺達がその上で楽しむところだろ?ここはさ……」
「じゃあ、いってくるね」
「Drop it」
次回をお楽しみに!それでは。
※リクエストはもう少しで閉め切ります。