仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第三十六話 豊衣足食

Side =グーラ=

 

「遂にこの時がやって来たな……」

 

本日西暦二千二十一年十一月六日。

朝七時と言うなんとも規則正しい時間に起きた自分は逸早く居間に下り、いつも寝転がっているソファーではなくテーブルに座って腕を組み、両手を鼻の少し上に持ってきてその状態のまま朝食に齧り付いていた。

徐々にメンバーが降りてきて、各々勝手な事を始める。

最初、自分の姿を見たときは何事かと思っていたらしいが、困惑気味に挨拶をされいつも通りに挨拶を返せば誰も気にかけることは無くなり、皆適当にくつろぎ始めた。

ザザもジョニーも頭ですら、食べる以外の挙動を一つも見せない自分に見向きもしなくなった。

そして、痺れを切らした自分がそう言い放つと、その場にいた大半の視線が自分に集まった。

余談であるが、この家に住んでいるのはこの集団の中で高い地位を持つ、つまり殆どがこの集団の古株と言うことになる。

こんな無法者の集団と言う事でまだ起きて来ない者も居るが、大体この家に住んでいるのが十人くらい。

他のメンバー、主に自分による指導を受けている奴らが大体二十人いるが、それは別の家に住んで貰っている。

時折自分が時間がある時に遊びに行くのだが、いやホント良く統率がとれている。

年代もバラバラで自分の方が年下にもかかわらず此処まで従順だとやり過ぎ感があるかもしれないが、もともとこういう集団だ。

やりすぎもへったくれも元から存在などしていない。

やったもん勝ちの世界に自分達は居ると言うことだ。

閑話休題。

そんな中、こちらを向いた者たちが目を見合わせ、内一人が立ち上がった。

「あー、グーラさん。急にどしたの?」

「いや、だから来たんだって」

皆一様に頭の上に「?」を浮かべている。

まあ、皆の対応の方が正しいんだけどね。

「いやいや……何が?」

困惑する者の前に自分は一枚の紙を差し出した。

それを手にとった男は他の者たちにそれを見せて回ると、途端に全員が呆れた顔でこちらを見て来た。

対して、自分は腕を組んだ体制のまま闘志を募らせていた。

 

「今日は、SAO開始一周年記念【NPC主催第一回大食い大会】なんだよ!!」

 

遂に腕の封印を解き、両手を思い切り机に叩き付けると立ち上がった。

自分のことを気にもかけなかった奴らは相変わらず無視を刊行しているが、そうでない奴らは皆唖然とした表情を浮かべていた。

誰が聞いていようがいまいがかまわない、兎に角今の自分のテンションは言うまでもなく最高潮に達していた。

「開催地は最前線第四十五層主街区《クリーナ》。参加は自由で優勝賞品は限定Sレア食材のフルセット。しかもNPCが主催だから料理を担当する全員が《料理》スキル完全習得の猛者!!」

徐々に全員に無視をされ始めたが、食事をしている時同じように自分の口は止まることは無かった。

べらべらと二分ほど語り続け、再び彼が言った。

「その優勝賞品も、食材の方は副賞で本命は限定インゴッドなんすよね?」

口を挟まれ、自分が口を閉じた所で「ようやくか……」と周りから数個の溜息が零れた。

「自分にとっちゃそっちの方が副賞だけどね」

また溜息を吐かれた。

でも、自分で言うのもなんだが彼らの反応の方が正しいに決まってる。

この優勝賞品等の大会情報は多数NPCによって流され、表だろうと裏だろうと周知の事実となっている。

無料で参加可能と言う事で既に二百を超える参加者が居るらしい。

当然自分もその中で名を連ねる一人だ。

優勝候補なんかも存在していて、オッズなんかも出され皆がこのイベントを楽しんでいると言う訳だ。

もう頭にも話はついているので大会会場の開く夜七時まで時間を潰さねばならないのだが、余りの興奮に何をしていいか解らずに取り敢えず語ってみた訳だが。

「うん、ちょっとくらいは時間を潰せたかな」

現在の時刻は午前八時。

散々騒いだ後に何事も無かったように外の街へと繰り出した。

取り敢えず最前線へ。

流石にいつもの格好だと目立ってしまうので、帽子とゴーグルはそのままに普通の白いマスクを付けた。

服は深緑色のチャックの付いたパーカーを着てベージュのズボンを履き、さほど目立たなくはなっただろう。

第四十五層主街区《クリーナ》は予想通り既にお祭り騒ぎになっていた。

街中に装飾が施されており、NPCの数が通常よりも多くなっている。

先ずは朝食をとるかと一つの店に足を踏み入れた。

階段を上がり、店の中に入ると窓側の席に座った。

上から見る事で、このバカ騒ぎに混じっている攻略組が何人いるか探せるのだ。

お祭りごとに感けてつい自分の甘い部分を見せてしまう奴らが……。

こんなことを言うと自分のことも言っているのではないのかと思うかもしれないが、元々自分の目的はこれの為にもある。

別に祭りが好きな訳ではない。

祭りに出る食べ物が好きなのだ。

血盟騎士団や聖竜連合、お忍びで来たのか周りを気にしながら屋台で買い物をするアインクラッド開放軍など、攻略に携わってきた連中も多数見られた。

朝食のサンドウィッチもどきは既に食べ終わっているので水を飲みながら流れる人ごみに目を向けていた。

すると、ある二人組に視線が吸い込まれた。

 

「《閃光》と《鼠》さんじゃないですか」

 

自然と語尾が上擦ってしまった。

《鼠》については情報が少なかったが、多大な情報のパーツを組み合わせて自分の中で顔を形作っていたのだが、かなり予想と似た顔つきをしていたのですぐに解った。

それに、《鼠》が《閃光》やあの《黄金》と繋がっているのが知っていたし、彼女らもこういった催しモノは嫌いではないのだろう。

目を凝らして見ていたが、その二人の近くにはいつまで経っても《黄金》が現れることは無かった。

それを確認できるまでは少し息苦しかった。

《黄金》は《殺人鬼》と同じだということは身に染みついてしまった。

意識の問題と言う簡単な問題ではない。

もっと自分では測れない領域に彼らは立っているのだ。

つい先日、自分はインテンディアが死んだ時に考えていた事を実行した。

下手な思考が通用しないとすれば、直情的に大胆不敵に仕掛けるしかないと思って第三十層の行きつけのカフェ先に席に座り、自分から《黄金》に向かって接触した。

かなり向こう側から質問をたくさんしてくれたお陰で一時間近く話すことになってしまったが、普通ならば嬉しい光景のハズなのに、会話中に息が休まることは無かった。

自分の心の奥底から這い上がってくる食欲と胸の内を目の前の《異常》者に悟られるように配慮することを徹底していたのだ。

それは見事に功を奏したようで、ファーストコンタクトは無事に終わった。

と、思ったのだが……

最後には間違いなく見破られていただろう、それでも《牙》の存在には気付かなかったようだが。

あの時の様な緊張感の無い空間であえて探りを入れてくるその姿が、脳裏に嫌な形で焼き付いてしまっていた。

次に会う時には何とかしておかないと思いつつも、《黄金》がいるかもしれないと解るとこの始末。

思わず爪を噛み締めた。

 

――すると、爪の先が何の抵抗も無く消滅した。

 

「おっと、危ない危ない」

こういうところが自分の悪い癖であり《牙》のちょっとした欠点だ。

気を取り直してまた適当な場所に目を向ける。

流れて往く人、《黄金》と出会ってしまうと何故かその全てが呆気なく見えてしまった。

それほどまでに《黄金》の影響が大きかったのもある。

こんなことを言うのもなんだが、これで《黄金》に畏怖の感情を抱いていなかったら、自分もきっと彼女の虜になっていただろう。

間近で見て解った。

《LGL》と言う極悪装備に底上げされた魅力が、彼女をより煌びやかな造形物として映し出す。

そんな事にかまっている暇が無かったからこそ後になって気付くが、本当に恐ろしいモノだ。

まるでその生に見合ったモノを全て持っている様な存在。

「ホント、どうやったら勝てるんだろうな……」

誰にも聞こえないような声を一つ。

時刻は午後六時を回った。

店の中の閑散として、窓の外で見えていたはずの者たちも視界の中で一際明るい場所へと集まり出しているのだろう。

代金を払って席を立つ。

店を出て、会場に向かうかと街灯の点滅する街を歩き出した。

ふと、違和感に足が止まる。

何者かの視線を感じた。

(《黄金》か《殺人鬼》?どちらにせよ、強者であることに間違いは無いな)

視線だけなのに伝わる覇気。

その方向を向くと、視線の先には街灯の光も差し込まない路地裏があった。

間違い無くその先に誰かがいる。

そう思っていたのだが、次の瞬間。

 

――身体の力がふっと消え、突然の立ち眩みが収まった後には疑問に思っていた事を全て忘れてしまった。

 

「なんだ、これ。あまりにも時間を潰すためにぼおっとしていたからか?」

兎に角、会場に向かうかと歩き出した。

だが、思考の中では何かが引っ掛かっていた。

前にも似たような出来事があった様な気がする。

けれど、それを思い出すことは到底叶わず、曖昧な思考のまま時刻は午後七時を回った。

 

==========

 

案の定、大会には優勝した。

あれが一体何なのか、疑問を抱きながらの戦いだったがなんてことは無かった。

 

――食欲は、嘘を吐かない。

 

全く無名の、しかも小柄な少年が立ち並ぶ屈強な男たちに並んで手を止めることなく只管食材を口の中に放り込んで往く姿に観客も選手も唖然としていた。

自分も手元に集中をしていなかったことも幸いして、気が付くと二位の選手の食べた量の1.3倍の量を食べ尽くしていた。

司会のタイムアップを告げる笛の音と共にどっと沸く歓声。

目に映る数百の人間の向けられる好奇の視線は、そう言った立場に立ったことのない自分には新し過ぎる体験で、帽子もゴーグルも外している今は照れ臭く頬を掻くだけで精一杯だった。

その後同じ参加者と適当に交流を取ったりしていると、次々と情報屋たちがインタビューに乗り出して来た。

大会が終わっても数時間興奮は覚めやらずに揉みくちゃにされた。

じっくりとインタビューを済ませていると、その中に《鼠》も居た。

自分の事は知られていないだろうけど、一応慎重に話を進めて往くうちに《鼠》が奇妙な事を言った。

 

「君は、《暴飲暴食少年》の正体なのカ?」

 

向かい合って座る《鼠》からその単語が飛び出した瞬間複数の情報屋がこちらを向いた。

その時の自分の表情は当然苦笑い。

そう呼ばれていることを知っているからだ。

こういう存在は所謂七不思議の一つにカウントされるらしいのだが、それが何故か。

そして、何故その情報が情報屋たちの間でしか知られていないか。

「そうだったら、何ですか?」

話は簡単だ。

つまりは皆が恐れていることをその《暴飲暴食少年》が仕出かしたから。

 

「あの《殺人鬼》に出会っても動揺一つ見せなかった話ダ」

 

直球を放り込んでくる所は流石アインクラッド屈指の情報屋だ。

あの時の会合でしでかしたことがここまで情報屋の中だけで回っていると聞いた時には迂闊に店を回ることが出来なくなったと酷く落ち込んだ。

まだ詰めが甘かったと言うことだ。

それにしても、《殺人鬼》の影響力はここまであるのか。

はぐらかして詮索されるのは良くない。

期待の集まる中、自分は口を開いた。

 

「そう呼ばれるのは不本意ですが。はい、自分がそうです」

 

その結果二つの意味で注目を浴びることになってしまったが、仕方のないことだ。

むしろ、此処ではぐらかしておいて後で騒がれる方が自分の名前が表に出される期間が長くなる。

なら、さっさとそう言う人間なんだと先入観を植え込んで自由に行動できるようにすれば行動は随分と楽になる。

それに、普段は帽子とゴーグルとマスクで顔を見られない様にしてるから騒ぎが収まれば自分の名前などすぐに人々の記憶から消え去るだろう。

当然その時の為の対策はしておいた。

中層の適当な場所に自分だけの家を一件購入してある。

このことを頭には既に伝えてある。

頭もこうなることをある程度予想していたようで軽く了承された。

結局その家に帰れたのは深夜で家に入る前に振り返ると数人の情報屋が確認できた。

よくよく考えてみると、《殺人鬼》や《黄金》はこの扱いをほぼ毎日受けていることになる。

「なるほどね……」

そう呟くしかなかった。

 

==========

 

翌朝、というか正午。

意識がようやく覚醒してきたところで自分は玄関にある扉とは違う扉の前に立った。

この家を選んだ最大の理由が、裏口があると言う利点だ

その先は入り組んだ路地裏となっておりこの家の購入者にとってちょっとした娯楽が楽しめるといったモノだ。

この地形は既にメモが取ってあるので迷うことなく、情報屋を回避して目的の場所に行けると言う訳だ。

と言う訳で、自分が向かったのは昨日手に入れた特別なインゴッド。

それを、自分の知る中で最も優秀な鍛冶屋に鍛えて貰おうと言うことだ。

向かったのは第二十層主街区《セペモ》。

さらに路地裏から入り組んだ道を進んで辿り着いた建物の扉を開くと正午帯しか開かないと言うなんとも迷惑な鍛冶屋の店主がカウンターの下に設置されている炉で何かを作っていた。

「ロムさん。聞こえてます?」

それが終わったタイミングで声をかける。

こうでもしないと彼は反応してくれないのだ。

なんとも客を大切にしない鍛冶家だ。

これで現時点での《鍛冶》スキルの熟練度完全習得者というのだから世界と言うモノは人に与えるモノをつくづく間違っている。

「あ?ふむ。なんだグーラか。今日は何の用だ」

夥しい数の髭を触りながら立ち上がる。

手にインゴッドを出現させ、突き出した。

それを見るなり、ロムの顔色が変わる。

「貴様にしては、なかなかいいモノを持ってくるじゃないか」

まだ自分の優勝を知らないのか、ぶつぶつと呟きながらインゴッドの説明書きを見ていた。

「まあ良いだろう。じゃあ、今回も鎌でいいのか?」

「ああ、最高のヤツにしてくれ」

それを持って、店の奥へと消えて往く。

「せめて、いつできるかくらい言って欲しいんだけどな……」

自分の呟きは、誰にも届くことは無かった。

二十分程して、大きな布に包まれた物体をロムが運んできた。

大きな音を立ててそれをカウンターに置いた所でロムがその包みを取った。

「インゴッドのレアリティから見ても文句なしの逸品だ。持ってきな」

目に映ったのは、全てが黒に染まった巨大な鎌。

正直、自分の体長より大きな鎌だと思うが、果たして筋力値は足りるのか。

 

「銘を《クルトゥエス》だ」

 

「《クルトゥエス》……」

黒の中には光一つ生まれない。

ただ降りかかる光を跳ね返して、いや、取りこんでいるのだろうか。

吸い込まれる様に鎌を握り、持ち上げた。

手に吸い付くようなずっしりとした感触。

金をカウンターに置いてそそくさと移動して自室に戻った。

何だろうこの感じは。

あの鎌を握ってみて解った。

こいつも、敵を喰らいたがっている。

まるで自分と同じじゃないか。

そう思いつつ、自分の手は自然とその刃をなぞっていた。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
捜索編第十四話『現れた死神』で張っておいた伏線の回収回でした。

またグーラ君の新しい二つ名が出ましたね。
今のところ彼が一番他のオリキャラ達と関わりを持っていますね。
ロクオウさんに目をつけられ、ロムとも関係を持っているグーラ君。

もしかしたら皆様にこの先の展開を予測できるかもしれませんね。

【次回予告】

「力で捩じ伏せるから、気を付けてねー」

――私が使ってる最大の『武器』も添えてね。

――私に速攻以外は似合わない!

――じゃあ、天邪鬼な私はそれを見定めることなんてしないよ。

次回をお楽しみに!それでは。


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