Side =ジャック=
第四十四層主街区《イン・フィンディブルム》。
まだキリトの様子に変化は見られない。
もうじきこの世界に降り立って一年と言う時が経とうとしている。
先日オレの好奇心を刺激した一人のプレイヤーと出会ったが、今までの十七年を考えてみれば比較的マシな一年を過ごしていたと思う。
何よりも、オレ達の存在に気付いたアイツ。
シンディアと初めて出会った時の衝撃に比べれば心の動揺は無かったが、何が起きたかよりも誰と出会ったかが全てだ。
まあ、まだまだ楽しめる要素は残ってるってことだな。
攻略を終わらせ、主街区に戻ってきた時には時刻は午前三時を回って居た。
人気も無くなり、閑静な街を一人歩いていた。
ふと、路地裏で青白く光る炎を目にし、ふらりとその方に向かって歩を進めた。
路地裏をただ真っ直ぐに進んで往く。
睡眠はしっかりとらなければと解っていても、何げない好奇心の方が上回ってしまい、炎が消えたかと思うと目の前には一つの骸が壁に寄り掛かっていた。
近寄ると、半身は布によってかくされていたが、ちらりと見えたその部分は既に白骨化していた。
それを認識した瞬間、目の前にメッセージウィンドウが出現した。
【クエスト名《R.I.P》
目的 《A Ripper Hopper》一体の討伐】
「R.I.Pって事は、無念でも晴らせってことか」
すると、骸が横たわる壁に文字が浮かび上がった。
【私の無念をどうか晴らして下さい。あの化け物の持つ邪の作りし剣を、貴方の敵を倒すためにお使いください】
その表示に、オレはすぐさまクエストを了承した。
この世界がゲームである以上、いくらオレ達が他の人間と違っていようと世界の道理には縛られる。
例を上げるなら、ちょうどこのクエストの報酬である武器だ。
《殺人鬼》になろうと決めてから真っ先に取ったスキルは《鍛冶》だった。
孤独で居るからには必要な事は全て自分でできるようにしておかなければならない。
その上で武器の消耗を回復させる《鍛冶》スキルと言うモノは必須だ。
誰が好き好んで《殺人鬼》の武器を整備するのだろうか。
NPCに頼むのも一つの手かもしれないが、如何せんそちらは時間がかかってしまう。
加えて、《鍛冶》スキルを上げる事で新しい武器も作れるようになる。
しかし、武器や防具は《LGL》が存在するようにこうしたクエスト報酬の方が優秀なモノが多い。
第一層で手に入れられる《アニールブレード》なんかも良い例だろう。
だからこそ、オレはこのクエストを受注したと言う訳だ。
受注が完了したところで元の大通りに出て宿屋を目指した。
タイマーを午前八時にセットしてベッドに飛び込む。
瞼を閉じ、開くと窓からは日光が差し込んでいた。
疑似的な体の疲労も綺麗に抜け落ち、軽く体を解した。
睡眠と言うのは、体感的に一瞬だ。
寝るタイミングを操ることなんて出来ないし、意識が覚醒した時に寝相で身体が動いていたとしても一瞬の事に気付かない者もいる。
案外、瞼を閉じれば睡眠をとったと同義だと思うのだが、やはりそう簡単にはいかない。
なので、その辺の不要な時間はオレの意識から外すことになっている。
覚醒した身体を動かし、宿で十分な朝食をとる。
夥しい量の視線にはもう慣れた。
現実ではしたことの無い体験だったのが妙に新鮮で、正直悪い気はしていない。
それに、視線の殆どは未だに強い恐怖の感情が込められている。
食事を終え、席を立っただけで剣を握った者が数人、上々だ。
ここまで反応を見せられては嗤いたくもなるが、下手な刺激は不要だと嗤いをこらえ、ダンジョンへと向かった。
この第四十四層の街は高い建物が一つも存在しない。
主街区の規模も小さいし、NPCの数も少ない閑静な場所だ。
その雰囲気を醸し出すのは通常より低い気温とそこまで濃度の高くない霧だ。
おかげで《濃霧》を使おうが誰にも気づかれないので、一昨日この階層に到着した時にはかなりの熟練度を稼ぐことが出来た。
しかし、この能力。
一向にしてオレ以外のプレイヤーが入手したと言う情報は入って来ない。
ただ単にオレが情報に疎いだけかと最初は気にしていなかったが、シンディアからも情報が無いと見ると、いよいよオレだけのスキルと言う線が濃くなってきた。
熟練度を伸ばしたことにより霧の棚引く距離の拡張を自由に行ったり、街での使用も可能になった。
現在の熟練度は八百八十六。
まだこのスキルには何隠されているはずだ。
それに、オレが選ばれたのにも必ず理由がある。
――そして、あの時の声も。
「『よぉ、久しいな。ジャック=ガンドーラ』」
二つの似た声が、《濃霧》を出していないオレの耳に届いた。
驚きを隠せなかった。
常に周囲の索敵は五感で行っていたはずだ、声が届く距離まで気付かずに接近される訳がない。
声の聞こえた方向は真後ろ。
握っていた短剣に自然と力が籠った。
刺激を求めるのは良いが、余り強過ぎるのを欲しがるのも考えモノだ。
舌打ちを打ちたくなるが一瞬の隙も見せられない。
霧の中で、ほんのコンマ数秒だけ音が消えた。
刹那、足が動くよりも体を振り向かせるよりも先に腕と手頸を動かして短剣を投げ飛ばした。
すぐ短剣の飛んで行った先に目を向けたが、またもオレは驚愕させられた。
短剣が刺さっていたのはこの階層に生えている木だった。
間違いなく、奴は動いていなかったはずだ。
だがパニックになりかけた思考はこの世界で生まれた考えによって掻き消された。
「驚かせんなよ、そう言う仕様か」
現実で学び過ぎたオレ達には見破れないジョークほど通用する。
シンディアとの秘密会話の中でその事を懸念しておいて良かった。
それでも、あの時の声と似ているのはどういうことだ。
再び周りを見渡すと、眼前の霧が晴れると同時に黒いマントを羽織った男が姿を現した。
奴はその古ぼけたフードに手を掛けながら三日月形に口を大きく裂き、笑った。
「オマエ、次の、ヒョウテキダ」
フードとマントを取り払い、男の頭の上に敵を示すカーソルと名前が表示された。
その姿を見た瞬間に何故こいつがあの時と似て居た声だったのか、このクエストの意味。その全てを悟った。
金色の刺々しく鋭い髪。
シュッとした顔つきと若干痩せているもしなやかさを見せる身体。
両の眼の下には顔の中間を横切る様に継ぎ接ぎが通っている。
そして、とても色濃い深紅の色に染まった双眸がオレの姿をしかと捉えていた。
「……オレじゃねぇか」
《A Ripper Hopper》と表示された男は酷似とはいかなくてもどことなくオレと似ていた。
確かにリッパーと呼ばれるからには制作者のイメージした《殺人鬼》の姿がこれに映し出されているのだろう。
だとすれば、このクエストを作り上げた人間も、この《殺人鬼》を作り出した者も、その正体が頭の中で見る見る内に形作られて行った。
「だから、あの時……」
思えば、あの時の反応はこれを予見したとも言える。
だが、解せない。
あれには何か違う意味も込められていたはずだ。
思考に夢中で何の反応も示さないオレをリッパー・ホッパーが覗き込む。
その名と、オレと、あの声と……。
「なるほどな」
「何が、ナルホドナンダ?」
「いや、テメェが気にすることじゃねぇよ」
中々優秀な受け答えをするAIにオレも人間と応対するように話しかけたが、リッパー・ホッパーは再び笑みを浮かべると一際霧が棚引く場所に立った。
「そうか、ナニカハワカラナイガ、取り敢えず、オマエハ、殺す」
「いつでもかかってこいよ」
ホントは今その戦いを始めても良かったのだが、リッパー・ホッパーのカーソルの隣にはHP表示がされていない。
つまりは非戦闘状態のサインであり一種のイベント的なモノなのだろう。
もう一度身体全体を覆い隠す程の霧が過ぎ去った後には、奴の姿は完全に消えていた。
「《殺人鬼》が動く時間帯は、決まってんだよなぁ」
さて、どうやって時間を潰そうか。
その時のオレは、リッパー・ホッパー顔負けの笑みを浮かべていた。
==========
狩りを続ける訳でもなく、街に戻って時間が経つのを待った。
部屋に戻ってベットにダイブし、瞬きを一回。
はい、時刻は午後七時とちょうど良い時間帯だ。
寝起きであることに間違いは無いので、パンを一つ口に入れてダンジョンへと向かう。
奴がいるとすれば、唯でさえ夜と言う影によって視界を遮断された中で、発生する霧の中でそれが最も濃い場所。
思い通り、奴はそこに居た。
大きく上体を反り、霧の隙間から漏れる月光を全身で浴びながら顔だけをこちらに向けていた。
目があった瞬間に名前の表示と敵を示すカーソル、一本のHPバーが出現した。
「《濃霧》」
それを見て小さく呟くと服の中から白い霧が噴射した。
もうリッパー・ホッパーの姿は視認した。
足音も気配も把握した。
《濃霧》の発生音に紛れて両手足首に《鎖》も装着することは出来た。
残るは……
「「《死刀》」」
だと思っていた。
全く同じタイミングで短剣を四本に増殖させる。
流石に《鎖》は持っていないようだが、《死刀》を使うってことはエクストラスキルの《投短剣》を完全習得してるってことだ。
となれば、剣技のレパートリーはオレとほとんど同じ。
もしもこいつがカーディナルの制御で動いているのだとすれば、警戒などせずごり押し気味にでも倒して攻略に戻るだけなのだが……。
「やってくれるじゃねぇか……親父ぃ……」
最初に飛び出して来たのは奴の方だった。
手に握られたのはこれでもかと言う程の白い刀身の短剣。
月の光と霧の所為で保護色になってしまいそうだが、元々色などオレの眼には様々な色の画用紙をバラバラにちぎった様な物体のモザイクアートしか映っていない。
初撃は性格に首への水平斬。
それをいつもの手つきで白い短剣を弾こうとした。
短剣の下へと刀身を滑り込ませ、柄の部分を奴の短剣に引っ掛けると思い切り真上に向かって腕を振り上げる。
キィンと軽快な金属音。
だが、オレは振り上げた腕をすぐに胸辺りに戻した。
刹那、腕に強い衝撃。
態と身体を浮かせて受けたため、奴と距離が開く。
「今のを一回で見破るか」
「まだまだ、タノシモウヨ」
剣を弾く瞬間、奴は自ら短剣から手を離したのだ。
これが《流》の決定的な弱点。
この技は敵の武器ごと腕をそのまま移動させることに華がある。
だからこそ大きな隙を作り出せるし、リスクも大きく減らすことが出来る。
しかし、今の様に武器だけを打ち上げるだけでは無駄なのだ。
しかも、落ちてくる短剣の落下点を予想してそこをジャストタイミングでオレの方に蹴りやがった。
これほど強い奴はフロアボスですら存在していなかった。
「楽しめそうだ」
「ボクモ、だよ」
足を上げたままの体勢でリッパー・ホッパーは嗤う。
(しかし、何故足の裏に短剣がくっついたまま落ちないんだ?)
奴は足を下ろしたが、依然として足には短剣がくっついたままだ。
ってことは、そういう装備って訳だな。
リッパー・ホッパーは空いた右手にもう一本の短剣を移動させ、もう一本をもう片足の裏に嵌め込んだ。
それでも体勢が安定している姿は、まるでピエロの様だ。
奴はこれで準備完了と言った感じらしいが、オレが悠長にそんなのを待っている訳がない。
「生憎と、オレは御通合主義とか関係ねぇから」
実戦において生死を決めるのはコンマ零以下の世界。
両手の人差し指の付け根部分を軽く押す。
オレの身体が前へとグンと引っ張られた。
それにリッパー・ホッパーが気付くが、両手両足の《鎖》が全て稼働したと言うことは、張り巡らされた罠が最低四本あると言うことだ。
一本目は足元に輪っか状に敷かれた鎖。
二本目はその一本目のおとりとして張り巡らせた網目状の罠。
残り二本で身体を引っ張り、地面を蹴らずタイミング良く《鎖》の伸縮を停止することによって完全にノーモーションでの接近に成功した。
全ての《鎖》が巻き戻り、霧の中で黒い影が大きく傾いた。
左手で《投短剣》スキル《閃》、右手で《短剣》スキル《ディ・フェクティオ》を発動させる。
《ディ・フェクティオ》は斬った部分のみに《麻痺》を付与する剣技だ。
部分麻痺と言う特殊性もあるが、剣は縦波の軌道を描く特徴もある。
握られた三本の内二本が奴に向かって飛来、ドスっと倒れる影に短剣が突き刺さる音が耳に入った。
次いで右の短剣に光が籠ると同時に地面に足が付く。
霧ごと敵の影を裂く様に一直線に前へと突きぬけた。
だが、右手には手応えが全く無かった。
代わりに聞こえたのは、シュコッと言うこの場において起こり得るはずの無い奇妙な音。
《濃霧》を足元だけに振りまく。
振り返ると霧の中から影が姿を見せた。
ピエロの様にナイフを足場にしているのは変わらない。
変化があったのはそこではない。
膝の部分に、横に向かって大きな切れ込みが入っている。
そこからは血やなんかが出ている訳ではない。
奴は真っ直ぐ俺の方を向くとゆっくり視線を下ろし、片足を上げて器用にバランスを取る。
すると、上げられた足が徐々に腿の方へと沈んで往く。
そして、シュコッと音を立てて勢いよく足が飛び出した。
「オレ、りっぱー・ほっぱー」
ケタケタと嗤う案山子野郎に明らかな挑発の色を見た。
「舐め腐ってんじゃねぇぞ」
顔の表は苛立ちを浮かべていても、裏ではオレも嗤っていた。
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はい、どーも竜尾です。
ジャックパートを書くのがなんか難しくなってます。
さて、捜索編でも名前だけ登場したクエスト【R.I.P】です。
しかも、《リッパー・ホッパー》まで登場です。
ジャックの言動で何故《リッパー・ホッパー》の姿がジャックに似ていたのか、もしかすると予想出来る方がいるかもしれませんね。
【次回予告】
「なんて、思ってる訳じゃねぇよなぁ?」
――『殺し』に希望を持ってしまった。
「始まりの日……?」
「あげゃげゃげゃげゃげゃげぇげゃげゃげゃげゃげゃ!!!!!!!!!!!」
次回をお楽しみに!それでは。
※まだ、リクエストは受付中です。