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なぜ男は「ゴム無し無責任射精」にとらわれてしまうのか?【藤澤千春×山下素童 射精責任対談】

セックスにおける人間関係的な視点は習わない

山下 『射精責任』は女性には反響があったという話でしたが、男性には届いてますか?

藤澤 男性はどうだろう。たまに読みましたって感想を貰ったり、知り合いの男性とかはちょくちょく買ってくれたりとかはしてる。でも圧倒的に女性読者が多い印象です。ちなみに、山下さんは読んでみてどうでした?

山下 基本的な生物学的な事実が多く書かれてますよね。射精オーガズムは妊娠と関係しているけど、女性のオーガズムは妊娠と関係してないみたいな。突飛なことを言ってるんじゃなくて、基本的な事実を言ってるだけなのに、でもよくよく考えてみればあまり耳にしない視点で、それにハッとさせられることが多かったですね。あと、保健体育とかの授業で習えばよかったけど、こういうこと習わなかったな、って思わされることが多かったですね。

藤澤 私、中高女子高だったので、男性がどういう性教育を受けてるのかとか全然知らなくて。女子高だと、私の学校の場合ですが、解剖図みたいなの見せられて、テストの時、それぞれの部位の名前とかをめっちゃ難しい漢字を書かなくちゃいけなくて辛かった。あと、授業で配られたコンドームとかを、中高生なんで、水入れて廊下で投げ合ったり。毎年の恒例行事だから先生とかも「はいはいはい」みたいな感じでした。そういう授業とか受けました?

山下 受けました。配られたコンドームを水風船にして遊ぶのは僕の学校でもありました。授業で習ったのは、「射精する」とか「夢精する」とか「精子と卵子がくっついたら受精する」とか、生物学的な体のつくりとか因果関係は習いましたが、快楽のためのオーガズムの話とか、セックスにおける人間関係的な視点については習わなかったですね。

藤澤 確かに。私もセックスにおけるコミュニケーションの話とかはしなかったですね。

山下 責任の問題も習わないですよね。

藤澤 同意とか。いま自分がしたくない時にどうやって伝えたらいいかとか、習ってないですね。言われてみれば。

山下 セックス≒射精オーガズム みたいな認識になってるのは、教育の問題も大きいと思うのですが、射精オーガズムが妊娠と結びついてるってことが大きな要因に思いました。妊娠と結びついているオーガズムの方が、おそらく義務教育の授業では扱いやすい。「どうして子どもが生まれるのか教育する」という国にも利益のある大義名分の下で教えることができるから。義務教育のカリキュラムに入れるためには、そうした大義名分が求められるのだと思います。

藤澤 確かに。妊娠するためのセックスっていうのは、セックスの中ではかなり狭い範囲のこと。実際の生活では生殖しないコミュニケーションとしてのセックスがほとんどなのに、その部分は全く習わないまま世に放り出されるみたいな感覚はありますね。

山下素童さん
山下素童さん

弱者男性はアイドルがセックスすることに耐えられない

山下 『射精責任』の解説で社会学者の齋藤圭介さんが「本書を手に取ることがない男性に、本書のメッセージを届けるためにはどうしたらよいか」って書いてます。そうした難しさは実際にありますか?

藤澤 本当に難しい問題だなって思います。先日、声優の黒沢ともよさんが『射精責任』を夫と読んだということを呟いたんですよ。なんか、それに対する引用リツイートとかが凄くて。まじで届かないんだ、ってなりました。

山下 そんなことがあったんですね。それはどういう引用リツイートだったのでしょう。

藤澤 まず、声優さんが夫を匂わせるのがまずNGみたいで。かつ、声優さんが夫と射精の話をしてるみたくなっちゃったんですよ。ダブルパンチというか。それで「プロ意識はないのか」とか「脳が破壊された」とか「もう忘れたい」みたいな引用リツイートがついて。深刻だなって思ったのは、弱者男性として自分をアイデンティファイしてる人たちは、自分のアイドルのような存在が他の男とセックスしてることを突き付けられるのは耐えがたいみたいな感じで、まとめサイトとかめっちゃつくられてて。『射精責任』の届かなさが突き付けられた気がしましたね。逆に女性のファンは「励まされた」とか「妻であり女性でありみたいな面も発信してほしい」という声もあったんですけど、なかなか男性に届けるっていうのは難しいなっていう。

黒沢ともよ official
いま絶賛お世話になってる編集の藤澤さん(@FUJISAWA0417)が担当された『射精責任』を拝読!原題は「責任を持って射精しろ」だったらしいです。意見の輪郭がくっきりしている分過激にも感じる言葉の数々ですが、夫と一緒に男女の意見を補い合いながらの読書はとても良い時間になりました(ともよ)
午後7:44 · 2023年7月30日

山下 今ツイート読みました。僕も長らく女性との関係を築くことに困難を感じていた人間なので、引用リツイートで自分の傷つきを表明してしまう人の辛さはなんとなくわかります。セックスしたいけど上手く関係が築けない人は、セックスできるかできないかってことが最重要問題です。『射精責任』を一緒に読み合いながら話せる夫婦関係というのは、自分からはあまりにも遠すぎる何歩も先の世界に思えて目が眩んでしまうのだと思います。

藤澤 ミソジニーが強くて尚且つモテてるタイプの男性に比べれば、むしろ弱者男性と自らを定義してる人の方が「なんで女性はこうなんだろう?」とか理解したいという気持ちがあるかもしれない。やっぱり早いんですよ反応が。本のタイトルを出しただけで反応してくるから、アンテナは立ちまくってるんです。

山下 アンテナが高いのはそうかもしれませんが、別に女性のことを考えてるわけではないと思うんですよね。単純に目の前にいる女性のことを考えることができる人だったら、黒沢ともよさんのツイートを見て「夫といい関係性だなぁ」って感じると思うんですよ。自分も近くにいる人とそういう関係を築けるといいな、って。でも、引用リツイートにあるものは、自分が夫に敗北したことの傷つきの呟きですよね。それは考え方があまりにも男社会の方に偏ってるというか。女性のことを考える余裕があるわけではないと思うんですよね。

藤澤 確かに。目の前の女性というよりかは、男社会の中の戦いに破れた弱者としての自分、っていうことですよね。そういう状態から目の前の現実の女性に興味が湧く瞬間ってのは、どういうときなんでしょうか。

山下 僕は、以前は今よりずっと男社会における戦いを内面化して生きていたんですけど。一回、彼女ができて2年間くらい同棲して、だいぶセックスとか、まぁセックスに限らず、いろいろダメ出しをされて。こういうとこよくないとか、こういう風に考えてとか、こういう言葉遣いやめてとか。すごい言ってくれる人で。それで2年間一緒に住んで、同棲が終わったら、気づいたら人が変わってましたね、以前ほど男社会のことを考えすぎず、目の前にいる人のことを考えよう、という感じにはなった気はします。

藤澤 「山下素童は変わってしまった」のAmazonレビューは正しかったんですね。

山下 (笑)。でもこういうのって、誰にでも再現可能なことではないから難しいですよね。人との出会いっていうのは、運要素も大きいですし。

藤澤 素人童貞だった時は、セックスはしてるけど、そういうことに興味がいくっていうのは難しい環境だったんですか。

山下 当時は気づいていなかったですが、今から考えてみると難しいことだったんだなって思います。風俗でも女性を一人の人として接するっていうのはもちろんできるとは思いますが、基本的に相手は商売なので、こちらはサービスされる側。互いの欲望の擦り合わせとかにはならないですよね。

藤澤 お客さんだから。

山下 はい。

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山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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