前回に引き続いて
福島県白河市表郷にある
「建鉾山祭祀遺跡(たてほこやまさいしいせき)」
について書きます。
大子町について、これで⑨で
けっこう長くなりました。
しかも投稿できなくて、前・後編に分けます。
月は深すぎて、なかなかまとめきれませんね。
前回の更新から少し間があいてしまいました。
民俗学者、吉野裕子先生の本を読んでいたら、あっという間に、時間がたってしまいました。
吉野先生は、「性」と「易・五行」をテーマに
日本の古代について、たくさんの本を書かれました。
(とくに「蛇 日本人の蛇信仰」は、お気に入りです。)
とくに性は、今では信じられませんが
当時の民俗学界において
タブーだったようです。
たいへんなご苦労をされたようです。
じつは今回、その性について書くことに
吉野裕子先生の本を読ませて頂いておきながら
恥ずかながら、悩んでしまいました。
でもやはり、あらためて吉野先生の本を読んで
元気づけられました。
自分の考えや思ったことを書きますね。
お付き合い頂ければ、幸いです。
吉野裕子先生の著書
「扇 性と古代信仰」からです。
「神のみあれは人の生誕になぞらえられた。
人の生誕は複雑である。
男女両性と新生児の三者が関係する。
そこには男女のいとなみがあり、胎児の
こもりがあり、母の生みの苦しみがある。
この三者のそのときどきの営み、苦しみを巫女が代行し、神をこの世に迎えようとするから
巫女は大へんなのである。
神を顕現させること、つまり祭りを果たすことは巫女のつとめであるが、その務めは
生やさしいものではない。」
つまり、本質的に祭祀は女性がおこなうもので
その真ん中に、神の誕生、性が関係するのは
当然の道理と書かれています。
古代も現在も、女性は偉大です。
さてさて、前回は縄文の「月神」と「蛇神」について
両神とも、「不死の神」として、深く信仰されたと書きました。
今回あらためて、福島県にある
「建鉾山祭祀遺跡(たてほこやまさいしいせき)」に
もどりますね。
建鉾山祭祀遺跡の
・月信仰の痕跡と
・月神の謎
「月」について、私が考えていることを
もう少し書きたいと思います。
長いですが、お付き合い頂ければ幸いです。
月と女性がテーマです。
私は月と女性は、縄文の古代において
切っても切れない、深い関係にあったと
にらんでいます。
現在の月の神、月読命(つくよみのみこと・つきよみのみこと)には
まだすごい秘密が、隠されていると
思っています。
建鉾山祭祀遺跡のそばに
まさに、月に関係するのでは?と考えられる聖地があります。
そのものずばり!
・「月夜見桜(つきよみのさくら)」
と呼ばれる、「槻(つき)の木」がある場所です。
(住所、「福島県白河市表郷三森字月桜」)
この「槻の木」とは、要するに「欅(けやき)」のことで
「けやき」なのに何故、「月夜見桜(つきよみのさくら)」…
「桜」という、名称がつくのかというと
この地の案内板に
「月夜見桜は、一種の聖地として考えられ、伝承の存在や特別な地として認識されている。月夜見桜の名称の起源は、ヤマトタケルノミコトが東征に際して夜この地を通過した時に、樹木の梢が月映えてあたかも満開の桜を見るようであったことや、藤原鎌足がこの樹木を詠じた和歌をつくったとも伝えられている。」
とあります。
要するに、日本武尊(やまとたけるみこと)が
月明かりの中で、欅(けやき)を見たら
枝が月光に映えて、桜のように見えた
そんな日本武尊、もしくは藤原鎌足の伝説ということですね。
この大子町一帯には、日本武尊伝説がほかにもあり
・「都々古別(和氣)神社(つつこわけじんじゃ)」
・「八溝山(やみぞさん)」
・「八溝嶺神社(やみぞみねじんじゃ)」
など…
日本武尊伝承が散見されます。
これらは、以前に触れたので繰り返しません。
(興味のある方は、過去ログをご参照下さいね。)
大子町には、縄文時代の遺跡が数多くあり
大和王権の支配以前(日本武尊の東征以前)に
相当古くから、縄文の人々が住んでいたことが
わかっています。
縄文の人々は、「蛇」と「月」をとても強く信仰し
(縄文土器には、蛇紋がたっぷりと造形されていますね。)
建鉾山が「蛇」を意味する「都々古山(つつこやま)」の旧名を持ち
(「筒」が「蛇」を意味することも以前にふれました。)
その建鉾山のそばに「月」の名前のつく、聖地と考えられてきた場所があり
しかもその場所にある、木の名前は
・「月夜見桜(つきよみのさくら)」です。
(画像、「白河市ホームページ」より引用)
万葉集で、若返りの霊薬「おちみず」を持つとされた、月神は
・「月夜見(つきよみ・つくよみ)」です。
この「月夜見」の漢字表記の一致も、この木が月神と無関係とは思われません。
また「欅(けやき)」の古名は「つき」で
「槻」の字は宛字(あてじ)です。
古くは、「つきの木」といいました。
私は「槻」と「月」は、関係するのではないかと、思っています。
例えば
・岐阜県にある「槻本神社(つきもとじんじゃ)」は
(岐阜県高山市丹生川町山口字月本145)
字(あざ)、月本に鎮座します。
・また大阪の高槻市(たかつきし)は、市のホームページによると
「古(いにしえ)は高月と書す。地名を野身郷高月邑(むら)といふ。
乱国の時ここに大木の槻(つきのき)あり。
本陣と定められしより槻の字に改む。」
とあり
もともとは、「高月」と書いたそうです。
「槻の木」とは、ようするに「月の木」ではないのか?
そう思えてきます。
ところで、
けやきは、大きく成長し
枝は『扇形』に広がります。
樹齢が多いものは、幹がうろこ状になります。
ご神木となることも多く
古代、神聖な木、「斎槻(ゆつき・いつき・いわいつき)」
とも言われました。
・用明天皇の宮は池辺双槻宮(いけのへのなみつきのみや)といい
・斉明天皇の宮は「両槻宮(ふたつきのみや)」といいました。
とくに後者は
名前の通り、二本の槻(つき)・けやきが、宮を象徴する木であったことがわかります。
なんと、けやきは天皇の宮の名称に使われるほどの聖なる木でした。
これは、とてつもないことです。
いったいぜんたい、この「つき」の名前を持つ木のあり得ない「神性」は、どこから来るのでしょう?
私は、前述した、つきの木の枝が
扇型に広がる樹形が関係している
のでは、と思っています。
次回に続きます。