老中首座として江戸幕府を取り仕切る松平武元。将軍・家治から“西の丸の爺(じい)”と呼ばれ信頼される武元は、家治の長男・家基殺害の真相を探るよう命じられるが…。14年ぶりの大河ドラマ出演となる石坂さんに、共演者や作品への思いなどについて伺いました。
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歴史の抜け穴をねらった興味深い作品
大河ドラマの長い歴史の中でもちょっと異色だなと感じました。八代将軍の吉宗はこれまでもさまざまな作品に出てきて有名だけど、二代あとになると、大きな事件や将軍のイメージがあまりないんですよね。取り上げられることがなかった歴史の抜け穴の揺籃(ようらん)期で変換期、さらに混乱期であるこの時代に着目していることにとても感心しました。
経済的になんだか落ち着かなくて、何かのきっかけでめちゃくちゃに破綻してしまいそうなところまできている昨今ですが、私はこの「べらぼう」の時代にも同じ匂いを感じます。まず、徳川家がだいぶ金銭的に行き詰まっている。世間に気づかれないようにしているけれど、金貸しが流行し、さらには権力を持ち始めている。このままでは大変だと幕府が何とか食い止めようとしているあたりも、脚本家の森下(佳子)さんは実にうまく書かれていますね。今の日本を予見するような、ハラハラドキドキさせる感じがとてもいいなと思っています。
久々の大河ドラマで実感した“大河らしさ”
大河ドラマの出演は14年ぶり10作目らしいです。そこはあまり意識していないですが、伝統的で独特の雰囲気を懐かしみつつ、昔と変わらぬ熱気を感じています。やっぱり年を取りましたね。スタジオの中でも断然年上ですよ。若い役者さんたちを見ていると、立ち居振る舞いなど、従来の時代劇とはちょっと違って、それはそれでおもしろいけれど、まあ私は(渡辺)謙さんと共に責任を持って従来の時代劇の演技をしようとは思っています。
役作りについてもあまり考えてはいなかったです。初め、私の役を聞いたときは、絵師ではなく幕府側か…と少しがっかりしたのですが(笑)、あまり知られていない人物だったのでやりがいも感じました。さっそくいろいろと調べてみましたが、結局、芝居って、自分ができる範囲内でしかできないものです。もちろん、役に対してイメージを持つことは大事だけれど、ある程度知識を持ったうえでのイメージでなければ、うまく演じるところまではつながっていきません。だから事前に考えたのは、話すテンポや声のトーンくらいでしょうか。それと、保守的なところを表現するために、動きを抑えた演技を心がけたつもりです。まあそんな感じで工夫するしかないんですよね。
メーキャップについては、千利休(「江~姫たちの戦国」/2011年)のときと違って今回はかつらですが、8Kに対応した材料や技術の進歩を実感しています。白黒の時代から見てきましたからね、当然、機材や編集方法も全く違います。昔は、今のようにワンカットずつ撮影するのではなく、一連のシーンを続けて撮りました。リハーサルに2日かけて本番は一発勝負。ものすごい緊張感でしたが、それも今考えると、学びでした。今はリハーサルもなくなり効率がよくなったのはいいけれど、若い人にとっては勉強にならないような気がして少し残念です。あと、照明も落ち着いた色になったと思います。LEDなので暑くもならない。昔は、煮えくり返るような暑さだったんですよ。
よく話題にしていただいている白眉毛は、1日つけていても全く問題ないです。初めてつけたときはちょっと長すぎて視野も狭まるし、かゆくてしかたなかったですが、少しずつ切って調整しました。自分的にはさすがにこの大きな眉は大げさかなと思ったんですよ。実際、ちょっとやりすぎなんじゃないかという声もいただきました。でも、わかりやすくコテコテの老中首座!って感じも出したかった。演じるうちに自分の眉のように快適になりました。
武元と意次の応酬がおもしろい
私が演じる武元は、西の丸の親分だけど、半ば隅に追いやられているような、うるさい爺さんです。でも彼は、決して保身の人ではないと思うんです。ただ、これまでどおり変わらないことが一番だと信じているから、違うことを始める奴をたたき潰そうとするわけです。いつの世にもいますよね、進もうとする人に対して、進むと破綻するぞ!と引き留める古臭い人間。武元と田沼はまさにその関係性で、顔を合わせれば年中悪態をついている。武元が一方的かと思いきや、敵も負けてないです、反抗してきますから(笑)。田沼の人物像もそのあたりがすごくよく描かれているし、謙さんもうまくやってみせているので、2人の応酬は非常におもしろいです。のちに田沼のいわゆる金権政治、金本位制につながっていくので、このやりとりから、時代の流れの中で起きる価値観の違いみたいなものが出ればいいなと思いました。
2人のシーンは、パターン化して見えてしまうのはつまらないってことで、謙さんと、ここの言い方をちょっと変えてみようとか、こっちのほうがいいよねとか、そのつど相談しました。謙さんってね、声の使い方がお上手なんです。実際の声というのは、「坂の上の雲」のナレーションでもわかると思いますが、深くて優しさのある声。でもそれをうまくコントロールして、悪者に見えるような強い声を出すところなんかすごいですね。ちなみに、撮影の合間は、野球の話しかしていません(笑)。謙さんと私はものすごい阪神ファンなんです。でも、関西の方じゃないのに、なぜ阪神ファンになったのか、聞くのを忘れちゃって。聞けばよかったなあ。
“変わらないこと”に固執
武元は、人物としてはおもしろいと思うんですよ。僕自身に彼と重なる部分はないけれど、実際会うことができるのなら、おもしろそうだからいろいろと話は聞いてみたいです。彼はやはり徳川幕府のために生きてきたので、守りたい一心で“変わらないこと”に固執し、お世継ぎのことも誰よりも真剣に考えていた。だから、次期将軍と期待される家基がしっかりとした考えを持ったときは涙を流さんばかりに喜んだし、死んでしまったときはそうとうなショックを受けたに違いない。そして、次は誰を将軍にするか画策するはずだったけれど、その前に今度は自らが死んでしまう…。しかも、毒を盛られて。これは私の解釈ではありますが、おそらく抹殺されるという自覚があったので、それはもう苦しかったと思います。次期将軍についての計画にこそ彼の本質が表れていたはずですが、どうしようと思ったのか、知るすべはありません。永遠の謎ですね。
演じていて難しいと感じたのは、彼は結局、政治家なんです。しかも、今のような選挙制で選ばれて何百人の中で政治を動かすのではなくて、もっと密室で行っていく政治家。だから、着々とうまい具合に進めていく彼を見ていると、僕なんかは絶対そこに裏があるはずと勘ぐっちゃう。せりふを言うときにも、この言葉には別の本音があるのではないかと、つい疑問がよぎるものだから、それはコントロールしなければいけないと思いました。森下さんの脚本は一貫性がありながらも多様な視点で見せているので、役者としては出来上がりを見るまでは、その効果を感じ取るのが難しいところです。でも、自分ではわりとうまくいったのではないかと感じています。
蔦重の生み出す文化の展開に期待
僕、浮世絵好きなんです。江戸の本物の浮世絵は桁が3つくらい違うのでとても買えないですが、昭和浮世絵はかなり持っています。葛飾北斎が特に好きなので、本当は北斎役をやりたかったくらいです。時代的にズレがあるので今回はしかたないんですけどね。
当然、蔦重のことも知っていましたよ。鑑定の番組をやっていたので、ちょくちょく耳にしていた名前でした。蔦重ってとても発想のいい人ですよね。一種の浮世絵ブームまで作っちゃうわけだから、バブルの創生者だなと思います。もちろん、歴史的な結末はだいたいわかってはいるけれど、展開を想像するだけでワクワクする。庶民の新しい文化が始まるときに、そこに対して江戸幕閣、行政がどう対応していくのか、この点は非常に知りたい部分だったし、先々がとても楽しみです。
改めて思うのは、時代劇はやはり日本の宝です。特に大河ドラマというのは、役者の表現の場、学びの場としてもずっと無くならないでほしいと願っています。私の役者人生はもう先はあまりないですが、歴史上の人物はこれからもやりたいとつくづく思います。今に伝わっている歴史が本当だったのかという見直しも含め、武元のようなこれまであまり取り上げられてこなかった人物をやってみたいと、今回新たな意欲が出てきました。
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