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音楽で感情と動きを演出する。「映画音楽」の専門家にその奥深さを聞いてみた

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映画音楽には、どんな仕掛けがあるのか?映画で思わず涙したり、ゾッとしたりする理由は、旋律の裏にある緻密な演出にありました。映画音楽の歴史や理論から、ディズニー作品の革新性まで映画音楽研究の第一人者・谷口昭弘先生に聞く、知られざる音楽演出の世界。(※解説の一部に、映画作品の内容に言及している箇所があります)


お話を聞いた人:谷口昭弘さん

フェリス女学院大学グローバル教養学部心理コミュニケーション学科教授。富山県出身。東京学芸大学大学院にて修士号(教育)を取得後、2003年フロリダ州立大学にて博士号(音楽学) を取得。専門はアメリカのクラシック音楽で、博士論文のテーマは1930年代、アメリカのネットワーク・ラジオ放送によって委嘱された音楽作品。東京都交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団の演奏会プログラム冊子にアメリカ音楽の楽曲解説やコラム・エッセイを書いている。2016年4月から国立音楽大学非常勤講師。

フェリス女学院大学Webページ

谷口昭弘先生(取材はオンラインで実施しました)

──まずは先生ご自身のことについて伺いたいのですが、映画音楽の研究に進まれたきっかけは何だったのでしょうか?

谷口昭弘先生(以下、谷口):もともと中学生の頃、アニメの音だけをラジカセで録音して聞いていたんです。当時はアニメブームで、アニソンのレコードもたくさん出始めた時代でした。映像がなくても音で作品を楽しむような感覚があって、自然と音楽に興味を持つようになりましたね。

──かなり早い段階から“耳”で作品を楽しんでいたんですね。研究の出発点はどこだったのでしょう?

谷口:実は最初は「アメリカのクラシック音楽」が専門だったんです。でもその分野は日本ではあまり知られていなくて、本を出そうとしても「マニアックすぎる」と断られてしまって。

そんな時、たまたま出版社の方が「ディズニー映画の音楽を書ける人いませんか」と言ってもらって、それに乗ってみたのが始まりでした。当時は地方に住んでいたんですが、ディズニー作品は手に入りやすく、調べやすかったのもあって、そこから本格的に取り組むようになりました。

またアメリカに留学していた頃、テレビでディズニーアニメを見たり、友人と『ターザン』を観に行って「面白いなぁ」と感じたことも大きいですかね。いろんな偶然が重なって、今の研究につながっていると思います。

映画音楽の役割とは?——感情と動きの“演出装置”

──ここからは映画音楽の役割について伺っていきたいと思います。物語や登場人物の感情に寄り添ったり、映像だけでは伝わらないものを補ったり、さまざまな効果があると思うのですが。

谷口:そうですね。映画音楽には本当にたくさんの役割があります。一番わかりやすいのは「感情の演出」でしょうか。例えば、緊張感を高めたり、逆にゆるめたりといった調整が、音楽によって巧みに行われています。

わかりやすい例を挙げるとすれば『ジョーズ』ですね。あの有名な“ダーダン、ダーダン……”という低音が流れてくると、それだけで「何かが起こる!」という予感がしますよね。実際、サメはすぐには登場しないんですが、あの音楽によって、観客はすでに緊張してしまうんです。あれは非常に巧みな音の演出です。

──あの音を聞くだけで、条件反射的に怖くなります。

谷口:そうなんです。音楽理論的に言うと、不協和音や低音を使うことで、不安や恐怖を呼び起こすような仕掛けになっています。逆に、緊張感を緩める例もあって、例えばホラー映画『キャリー』*1のラストシーンがそうです。超能力で復讐を果たした後、一度すごく穏やかなフルートの音楽が流れるんですね。「ああ、終わったんだ」と観客が油断した瞬間に、最後にバーン!と驚かせる。音楽で緩めてから落とすという、演出の巧妙さが光る場面です。

──音楽が、観客の心理的な緩急をコントロールしているんですね。

谷口:そうなんです。一方で、登場人物の内面を音楽で描くという手法もあります。例えば『ある日どこかで』*2という作品では、年配の女性が若者の部屋でレコードをかけるシーンがあるんですが、セリフは一切ない。でも、その音楽を聴く彼女の表情から「過去に思い出があるのかな?」といった感情が読み取れるんです。音楽が語るんですね。

──セリフより雄弁な場合もあると。

谷口:まさにそうですね。観客が想像力を働かせられる余地があるのも、映画音楽の面白さです。

そのほか、登場人物の動きと音がシンクロする「ミッキーマウジング」も、印象的な技法です。実写映画はもちろん、アニメ映画でもよく使われていますね。例えば『トムとジェリー』のような作品だと、キャラクターが転んだり、ものをぶつけたりしたタイミングで、「ポンポンポーン」といった効果音が鳴るんですよね。これはただの効果音というより、オーケストラの音楽と一体になって、動きを強調する演出です。名前の由来は、初期のミッキーマウスの短編映画でこの“動きと音のシンクロ”が初めて使われたことにあります。

『ベン・ハー』*3という映画では、奴隷が船を漕ぐシーンで、漕ぐスピードが上がるのと連動して音楽も加速していく。音の緊張感と動きが一致して、ものすごく臨場感が出るんですよ。

──映像と音楽の呼吸が合っていると、観ている側も自然に引き込まれますね。

谷口:ほかにも、神々しい存在が登場するときに無言のコーラスが流れると、それだけで「神聖だ」とか「宗教的だ」といった印象を持たせることができます。そのシーンに神聖なものが登場せずとも、音楽がそう感じさせてしまう。これはまさに“音の魔法”ですよね。

ほかにも実際にメキシコで撮影してなくても、メキシコっぽい音楽を流せば「あ、舞台はメキシコかな」と感じさせられる。音楽が舞台設定の説得力を補うこともできるんです。ある意味、“観客をうまく騙す”というテクニックとも言えます(笑)。

映画音楽のはじまりとは?オペラとの関係と“ライトモチーフ”

──ここまで映画音楽のさまざまな効果について伺ってきましたが、そもそも現在の映画音楽のスタイルはどこからきているのでしょうか?

谷口:大きく影響しているのは、19世紀のオペラですね。特にドイツの作曲家、リヒャルト・ワーグナーがオペラを発展させた“楽劇”は、映画音楽の原型といえる要素を多く含んでいます。

ワーグナーは、音楽・演技・舞台芸術を一体化させた総合芸術を目指し、その中で「ライトモチーフ」という技法を発展させました。登場人物や感情、場所などに特定の旋律や和音を対応させて、それを作品の中で繰り返し使うんです。

──まさに映画音楽にぴったりな手法ですね。

谷口:そうなんです。例えば『スター・ウォーズ』でダース・ベイダーが登場する場面に流れる“帝国のマーチ”は、その代表例です。キャラクターと音楽が結びついていて、音だけで観客は「来たな」と感じるわけです。

“フォースのテーマ”も重要なライトモチーフの一つです。登場人物であるルーク・スカイウォーカーがジェダイとしての運命に関わっていく場面で、象徴的に使われます。面白いのは、物語のなかでベイダーとルークが対峙する場面でモチーフが交互に、時に重なりながら登場します。音楽で物語の伏線を張っているんですね。

──音楽で情報を“匂わせる”ってすごいですね。

谷口:まさにそうです。こういった手法は、もともとオペラの演出から来ているものですし、ハリウッド初期の作曲家たちがクラシック音楽の訓練を受けていたからこそ、自然と受け継がれてきたんです。

──ライトモチーフはアレンジの妙も面白いですよね。

谷口:はい。例えば『風と共に去りぬ』*4の“タラのテーマ”は、同じ旋律を使いながら、場面によってアレンジされて登場します。悲しいときは静かに、希望の場面では華やかに。同じテーマでも感情や状況によって色を変えることで、作品全体に統一感を持たせることができるんです。

ディズニー映画の音楽演出——“歌”で心を動かす物語の技法

──ここからは、谷口先生のご専門でもあるディズニー映画について伺っていきたいと思います。ディズニー映画の音楽には、他の作品にはない特徴がありますよね。

谷口:一番大きな特徴は、やはり「歌」が非常に重視されている点だと思います。1937年の『白雪姫』の時点で、ミュージカル的な構成が意識されていました。当時はハリウッドでミュージカルが流行していたという背景もあります。

──ディズニー映画って、ただ歌が入っているだけじゃなくて、登場人物の気持ちや物語の流れに合っている印象がありますね。

谷口:登場人物の気持ちや物語の流れに即したタイミングで、自然に歌が入ってくる。それによって、キャラクターの感情がより深く伝わるようになっています。しかも、ただ歌うだけじゃなくて、歌詞の中にもしっかり意味が込められているんですね。

その典型的な例としては『リトル・マーメイド』の「パート・オブ・ユア・ワールド」でしょう。あの歌は、主人公アリエルが「人間の世界に行きたい」という願いを歌に託す場面で歌われます。これはミュージカルでいう“I want song(アイ・ウォント・ソング)”と呼ばれる形式で、主人公の望みや目標が明確になる重要な曲なんです。

しかも、あの歌はリプライズ(繰り返し)としてもう一度登場します。2回目では、彼女の願いが“人間の世界”から“エリック王子のいる世界”へと変化しているんです。歌詞の「ユア・ワールド」も、最初は人間たち全体の世界、後半では王子個人の世界というふうに意味が変わっていく。こうした微妙な変化も、非常によくできた演出ですね。

──歌の中にキャラクターの成長や心の移り変わりが表現されているんですね。

谷口:そして、それがきちんと物語と連動している。例えば『美女と野獣』では、ベルが絵本の中の王子様に憧れる場面で歌う旋律が、物語が進んでビーストと心を通わせていく場面で、今度は背景音楽として再登場するんです。

観客は無意識のうちに「この人がベルの運命の人なのかな?」と感じるようになっていく。まさに“サブリミナル効果”のような使い方ですね。また、同作の主題歌「Beauty and the Beast」も、歌としてだけでなく、劇中のさまざまな場面で旋律が繰り返されていて、全体を通して物語に統一感を与えています。

歌の旋律が、背景音楽にも自然に溶け込んでいく。これはディズニー映画の非常に特徴的な点だと思います。

──近年の作品では『アナと雪の女王』が印象的です。「Let It Go」はまさに象徴的な曲でした。

谷口:あの作品はちょっと特殊で、もともとエルサというキャラクターは“悪役”として構想されていたようなんです。でも、「Let It Go」という曲ができて、彼女の内面や苦悩が描かれるようになった。そこから、ストーリー全体が大きく変わったと聞いています。

──歌が先にできて、それに合わせて物語が変わったんですね。

谷口:しかも、アニメーションの制作順序としても、歌は先に録音するんですね。歌のテンポやタイミングに合わせて絵を描いたほうが制作がしやすいという理由があるそうです。セリフだけなら後で録音して当てることもできますが、歌の場合はそうはいかない。だから、歌が作品全体の構成にも影響を与えるというのは、ディズニー映画ではよくあることだと思います。

ただ良いメロディであればいいというわけではありません。どんなに良い歌でも、物語に合っていなければ使わないという方針もあるそうです。『白雪姫』のときも、24曲のうち使われたのは8曲だけだったという話もあります。

──厳選されているんですね。だからこそ、観客の記憶に残る。

谷口:作品としての必要性があって、場面にぴったり合っていて、しかも印象に残る。だからこそ、ディズニー映画の音楽は、長く愛されているのだと思います。

社会とともに変化する映画音楽とこれから

──ここまで映画音楽の仕組みや歴史を伺ってきましたが、今の社会や文化とも密接につながっているように思います。

谷口:そうですね。時代が変わってくると、「ロマンチックな音楽だけでいいのか?」っていう問いが出てきます。つまり、現実から逃れる“エスケーピズム”が本当にいい映画なのか?っていうことですよね。映画の世界観や監督の思いが、音楽にそのまま反映されることはよくあります。

──作曲家には、幅広いスタイルへの対応が求められるわけですね。

谷口:そうです。国や時代によって世界観は変わりますから、それに合わせて音楽を表現できることが理想だと思います。歴史を振り返ると、例えば戦後のアメリカでは、黒人差別や公民権運動が社会に影響を与えていた。そんな中でブルースやジャズをどう使うか?それを差別的に見せないようにする、という配慮が求められるようになりました。

──ディズニー作品でも、過去の描写が問題視されることがありますよね。

谷口:『アラジン』の初期バージョンでは「気に入らなければ首をはねられる」みたいな歌詞があって、抗議を受けてDVD版では書き換えられました。『ピーター・パン』でもネイティブ・アメリカンの描写が批判されたり。現在でも人種やLGBTQなどをはじめ、社会の変化に映画の世界が対応しないといけない時代なんだと思います。音楽も当然、その流れの中にある。例えば、民族音楽を安易に使っていいのか?ネイティブ・アメリカンやアラブ圏の音楽をどう扱うか、慎重に考える必要があります。

──一方で、技術的な進化もすごいスピードで進んでいます。

谷口:録音もパソコン中心の時代になりましたし、生音かシンセかもわからないくらい高精度のサンプリングも可能です。マルチトラックを使って録音しておいて、あとから足したり消したりも自由にできる。映画スタジオで録るというより、作曲家のスタジオで完結することも増えました。

──AI作曲なども注目されていますね。

谷口:そうですね。ただ、作曲家の中には「自分の色をなくしたくない」と考えている人も多くて、AIに任せることに抵抗感を持っている人もいると思います。でも、最終的には人間がどんな風にAIに教え込むかがカギになります。道具としてどう使うか、そこに人間のクリエイティビティが問われる時代です。

──物語の本質が変わらない限り、音楽の役割も変わらないのかもしれませんね。

谷口:人間そのものはそんなに変わらないですからね。もちろん、iPhoneがなかった時代と今では社会の状況は違うけど、人間ドラマの本質っていうのは変わらない。だから、映画音楽も根本的な部分では変わらないと思います。

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*1:1976年に公開されたホラー映画。スティーヴン・キングの同名小説を映画化した作品で製作・監督はブライアン・デ・パルマ

*2:1980年に公開されたSF作家リチャード・マシスンの同名小説を映画化したタイムトラベル・ファンタジー作品

*3:1959年に公開されたルー・ウォーレスによる同名ベストセラー小説が原作の映画(3度映画化されている)。イエス・キリストの生涯と絡ませて描いた歴史スペクタクル大作

*4:マーガレット・ミッチェルの同名ベストセラーを映画化し、1940年・第12回アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演女優賞など10部門に輝いた。南北戦争前後のアメリカ南部を舞台に、主人公スカーレット・オハラの激動の半生を描いた作品