初めて会った時は可愛い男の子だなと、そう思った。
なんというか、カッコよくはないけど、守ってあげたくなるような。
小動物の様な男の子。
お父さんやお母さん、里の皆んなは
その子は毎日虐められていた。
同世代の子供達や年上の子供、酷い時には大人達にまで殴られていた。
なんで殴られているのか、なにか悪い事でもしたのかと聞いてみても肉がどうとか、生まれて来た事がどうとかって、難しい言葉しか返ってこなかった。
分からない、男の子も、大人たちも。
「……ぐすっ…痛い……痛いよぉ……」
「ね、ねぇ……大丈夫?……いっつも泣いてるよね?」
────分からなかったから、声を掛けてみる事にした。
「それでね!それでね!ポーションを造ろうと粉を入れたら、どっかーーん!!って爆発してね、フューレちゃんったら顔中ポーションまみれにしちゃったんだよ!!」
「あはははは!そんな面白いことやってるんだ、いいじゃん────」
声を掛けてみたら、楽しい子だった。
話を聞くのは上手いし、反対に話をするのはもっと上手い。
彼────
でっかい木が生えているとか、どんなキノコが採れるとか、アルヴの王森から出たことの無い私には新鮮な話ばかりだった。
特に気に入ったのは、モンスター退治の話だ。
「夜の森で真っ暗闇の中、数十匹のゴブリンや狼のモンスターに囲まれたんだ、あたりに明かりは無い、何も見えなかった、頼りになるのは自分の耳と感覚だけ!」
「えええーー!!それでそれで?どうやって切り抜けたの!?」
「それはだね────」
シア君の話は森を出た事の無い私にとって、まさに一番の娯楽だった。
どんなモンスターに出会っても、剣と勇気だけで勝っていく。
こちらを盛り上げるように語るシア君の話は────まさしく英雄譚の様で。
とても興奮したのを、よく覚えている。
きっと、きっと私は、シア君のことが────好きだったんだと思う。
ある日、シア君は一匹の魔物を逃した。
たかが一匹、だけどその一匹は強大なモンスターだった。
今まで見た事ないほど大きい狼のモンスター。
森林の大木すら薙ぎ倒して向かってくる、────エルフ達の住む、王森に────
沢山のエルフが死んだ。
噛み殺された、踏み潰された、叩きつけられて殺された、どんなふうに殺されたらこんな風になるのかと言いたくなるような、ぐちゃぐちゃな死体もあった。
その中には、見覚えのある顔も、だって、違う。そんな訳無い、だってお父さんは魔法だって使えるし、お母さんは怒ると怖いし、でもそれは、────
────確かに、
嗚呼、
「なんで……なんで速く来てくれなかったの……」
「……」
「なんで、なんで、逃したの……」
「ねぇ」
「なんで、倒してくれなかったの…………なんで
嗚呼、私は馬鹿だ、大馬鹿だ。
こんな小さな男の子が、あんな怪物を倒せる筈ない────分かっているのに────────────わかっていた、はずなのに。
「はぁぁぁ!!」
スパリと、勢いよくモンスターの首が跳ねた。
今倒した魔物はゴボルト。
オラリオのダンジョンでは上層に出現するモンスター、神の恩恵を受けた冒険者であれば充分に倒せる相手だ。
しかし、初心者の冒険者にとっては充分脅威になる存在であり、油断してあっさり命を落とすケースもある。
たった数日前に恩恵を授かったばかりの、それも子供にとってはまず強敵であろう。
「これでぇ……最後っ!!」
「ゴォ!?ギャ……」
「う〜ん……異常だよっ!!」
「どうしたんだ?……ハルティア様」
「だって可笑しいよ、シア君今日何時間行動してると思ってるの!?」
「………?考えたこと、なかった」
「13時間だよ!じゅーさんじかん!!神である私の身体はもうくたびれてヘトヘトだよ……」
(……というか、シア君はいったいなんなの?疲れた様子無さそうだし、なんか道先で出会うモンスター大体瞬殺しちゃうし……)
そう、異常である。
恩恵を授かったばかりであるのに、此処まで動ける筈がない。
13時間も行動しておいて尚且つモンスターを楽々倒している、恩恵を授かった者が幾ら強くなると言っても、こんなことはあり得ない筈だ。
もしかしたら、シア君の有する異端の力、その力が何かしらの影響を与えているのだろうか………
「あ、見えて来た、ハルティア様、ハルティア様ー?」
「え?ああ、うん、どうし────」
「オラリオ、見えましたよ、ハル────」
「よし行こうすぐ行こう飛ばして行こう、いざオラリオ!!」
(……調子いいなぁ……)
やったーおらりおまでもう少しだーわーい。
生まれたばかりのひよっこ女神の巡らせた考えは、オラリオという下界の中心の前には、塵の様に消えるのみであった────
ガヤガヤ────わいわい
「来たね、シア君」
「……ええ」
「着いたよ────オラリオに────!!」
世界の中心、オラリオ
未知と娯楽渦巻くダンジョンの街に一人のエルフと一柱の女神がその地に立った。
ギルド職員 エイナ・チュールにとって、その日は忙しい日であった。
なんせオラリオの外から神が訪れて、ファミリアを創立したい、この少年を冒険者にしたいと突然言って来たのだ。
住居の案内(その神も眷属も、まともな住居を借りれるほどの財産を所有していなかったので、消去法でボロ屋敷を案内した)住人票の登録やら、オラリオという街の事、ダンジョンについての簡単な説明などなど……
全てが終わった頃にはすっかり夜になっていた。
ギルド職員 エイナ ヘトヘトである。
「あ゛あ゛あ゛〜やっと終わっだー」
「お疲れ様〜エイナ♪」
話しかけて来た人物は、同じくギルド職員のミィシャ・フロット
「学区」の頃から付き合いのある親友である
「しっかし久しぶりだねー…外から神が移住して来るなんて、それもファミリア創立まで」
「うん……ほんと疲れちゃったよ」
「でもでも〜あの眷属のエルフ君♪中々イケメンじゃなかった?」
唐突に話がエルフの話となる。
仕事の話よりもイケメンの話、という事なのだろうか…
「なんかさ〜キリッとしたイケメンって訳じゃないけど可愛いというか、でも実力はありそうだったし、イケメンと可愛いの中間というか……」
「…まぁ……うん」
確かに今日────女神ハルティアと来た眷属、シア君という名前の新人冒険者は端正な顔立ちをしていた。
大きく、それでいてバランスの整った瞳。
自身よりも少し低い、幼さの残った身長。
エルフという事を加味しても、非常に綺麗なルックスだった。
(でも、あの子────)
────
エイナはハーフエルフという種族であることから、一部のエルフから見下されたり、侮蔑の目線を飛ばされることはあった、珍しいことではない、一部の冒険者から下卑た眼差しで見られたりすることなんて日常だ。
でも、彼は違う。
私を見て怯えるなんて、初めてのことだった。
本人は必死に平静を保とうとしていたのかもしれないが、直ぐに見破れるほどの動揺。
「……シア君…かぁ…」
どうして怯えるのだろう。
エイナは、ただただ疑問だった。