才禍の怪物を救いたい


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作:あんころもっち
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第二話 相棒


 

夢を見た。

 

少年は広大な戦場に立っていた。風が血と鉄の匂いを運び、遠くで戦いの叫びが響く。目の前には、一人の騎士がいた。金色の髪を束ね、蒼い瞳に揺るぎない決意を宿した女性。彼女の手に握られた剣は、まるで星の光を閉じ込めたように輝き、その姿は気高く、孤高だった。彼女は騎士たちの王として、領土を守るため幾多の戦場を駆け抜け、運命に抗い続けた。だが、その瞳の奥には、届かなかった理想と、数多の後悔が沈んでいた。

 

彼女の視線が少年と交錯した瞬間、夢は鮮やかに息づいた。円卓の騎士たちの誓い、裏切りの騎士、湖の乙女の囁き――彼女の物語が、少年の胸に流れ込む。聖剣を掲げ、民を導いた栄光の日々。だが、同時に、王として孤独に耐え、誰もが求める「完璧な王」であり続けた痛み。少年は、彼女の心の奥に宿る葛藤を感じ取った。夢は運命の重さで脈打ち、まるでその物語が単なる記憶ではなく、少年に突きつけられた挑戦、答えを待つ問いであるかのようだった。

 

少年は眠りの中で身じろぎし、小さな体を借り物の毛布にさらにくるんだ。彼の名はアルトリア。だが、その名はまだ新しい衣のように、体に馴染んでいない感覚があった。夢の残響が、彼の心に小さな火を灯していた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

とある小さな宿の一室。朝陽が窓から差し込み、木の床に暖かな光を投げかけていた。部屋の隅には、ふかふかのベッドに埋もれるように眠る金髪の少女――いや、女神がいた。アフロディーテ、美と純愛を司る三大美神の一柱だ。

 

「神様〜、起きてください。美容に悪いですよ?」

 

アルトリアの声が、優しく部屋に響く。彼にとっては毎朝の日課だ。小柄な女神を起こすのは、どこか微笑ましい時間だった。

 

「…んぅ、はっ! アル! 美の神は意識せずとも肌はつやつやなのよ!!」

 

アフロディーテは慌てて起き上がり、寝ぼけた目で少年を見つめた。だが、すぐに得意げな笑みを浮かべる。すべての神が持つ特権だろうが、彼女はその美貌を誇るのが大好きだ。アルトリアは内心で苦笑した。数日一緒に過ごしただけで、彼女の扱い方がわかってきた。褒めすぎると調子に乗るので、ここは敢えて静かに微笑むだけに留める。

 

「アフロディーテ様、今日から本格的にダンジョンに潜ります。帰りが遅くなるかもしれませんが、安心して待っていてください。」

 

そう言って、アルトリアは扉に向かった。だが、その背中に小さな手が伸び、彼の手をぎゅっと握り止める。アフロディーテの瞳が、真剣な光を帯びていた。

 

「――アルトリア、貴方はダンジョンに何を求めるの?」

 

その問いに、アルトリアは一瞬言葉を失った。まだ、彼女が求めるような答えを持っていないかもしれない。だが、毎夜見る夢――彼女の物語が、彼の心に火を灯していた。あの王がどんな道を歩み、どんな試練を乗り越えたのか。そして、自分にはどんな道が開けるのか。それを知りたいという衝動が、彼を突き動かしていた。

 

「…俺は、自分の未知を知りたい。」

 

その言葉に、アフロディーテの顔に柔らかな笑みが広がった。彼女は少年の手をそっと離し、満足そうに頷いた。

 

「いってらっしゃい、私の伴侶(アドニス)。」

 

 

 

◆◇◆

 

ダンジョンの入り口は、まるで市場のような喧騒に満ちていた。重厚な鎧を鳴らす歴戦の冒険者、期待と不安が入り混じる目で仲間と語らう駆け出しの者、ローブに身を包んだ魔法使い、戦斧を担ぐ巨漢――それぞれが迷宮都市オラリオの物語を紡ぐ一員だ。アルトリアは、自分がファンタジーの世界に放り込まれたことを改めて実感し、そっと腰に差した剣に触れた。アフロディーテから授かった神の恩恵(ファルナ)が、彼に未知の力を宿している。その力の片鱗を、今日、初めて試すのだ。

 

「行くか。」

 

静かに息を吐き、彼はダンジョンの門をくぐった。

 

地下へと続く階段を降りると、空気が一変した。湿った土と鉱物の匂いが鼻をつき、薄青色の結晶が埋め込まれた壁が、ほのかな光を放ちながら果てしなく続く。まるで巨大な生き物の体内に迷い込んだかのような、脈動する静けさ。第一階層だ。

 

ギルドの情報によれば、第一階層は初心者向けとされる。モンスターは弱く、死者はほぼ出ない。ただし、「イレギュラー」と呼ばれる予測不能な事態を除けば、の話だ。アルトリアは警戒を緩めず、剣の柄に指を添えて進んだ。地面は平坦で歩きやすく、足音だけが静かに反響する。

 

他の冒険者の姿がまばらになり、やがて完全に途絶えた。静寂が迷宮を支配し、まるで世界に自分一人だけが残されたかのようだった。

 

 『グギャッ!』

 

突如、甲高い叫び声が静寂を切り裂いた。薄暗い通路の先から、小柄な影が飛び出してきた。緑がかった肌、尖った耳、鋭い牙――ゴブリンだ。片手に錆びた短剣を握り、赤い目でアルトリアを睨みつける。ダンジョンでも最弱とされるモンスターだが、その動きは素早い。

 

「初戦、か。」

 

アルトリアは剣を抜き、静かに構えた。ゴブリンが短剣を振り上げ、突進してくる。その一撃を軽くかわし、剣を横に薙ぐ。刃がゴブリンの首を捉え、鮮血が石畳に飛び散る。だが、すぐにその亡骸は灰と化し、地面に小さな紫色の結晶――魔石がコツンと落ちた。

 

「…思ったより簡単だ。」

 

魔石を拾い、掌でその淡い輝きを見つめる。モンスターの魔力が凝縮した結晶は、ギルドで換金すれば冒険者の糧となる。この世界の経済を支える重要な資源だ。さらに、モンスターが落とす「ドロップアイテム」は、武器や防具の素材として価値が高い。今のアルトリアには、そんな知識よりも戦いの感覚が重要だった。

 

剣を握り直し、彼は迷宮を進んだ。ゴブリン、コボルト――次々に現れるモンスターを、まるで体に刻まれた記憶が導くように斬り伏せる。剣を振るうたび、動きが洗練され、まるで自分が戦士として生まれ変わっていくような感覚があった。

 

第六階層は、それまでの階層とは明らかに空気が違っていた。気温がやや下がり、空間の密度が違っていた。壁に埋め込まれた青い結晶の光も、どこか冷たく鈍い。そんな中、アルトリアは一体のモンスターと対峙していた。

 

フロッグ・シューター。

全身が粘液に覆われたカエル型モンスター。体長は大型犬ほど。ぬらぬらとした黄緑色の皮膚の中心には、一つだけ巨大な目があり、じっとアルトリアを捉えていた。

 

「……フロッグ・シューターか」

 

ギルドの資料で見たことがあった。

厄介なのはその「間合い」。突進するだけでなく、舌をムチのように振るって中距離から奇襲をかけてくる。

 

「試すなら、今しかないか」

 

アルトリアは腰の剣に手をかけながら、深く息を吸った。

 

宝具。

アフロディーテによると、この下界には宝具と呼ばれる能力を持つ者は存在しないという。彼女はそれを「私と同じ、究極の特別な存在!」と喜び、目を輝かせていたのは記憶に新しい。しかしアルトリアにとって、それが何なのか、自分自身にもわからない。名前も、発動の方法も。ただ、確かなのは、彼だけが持つ力が存在するということだ。

 

「……感じろ。言葉でも、感覚でも、なんでもいい。俺にしかない、力の兆しを」

 

カエルのモンスターが低く鳴いた瞬間、舌が鋭く伸びてきた。

 

「ッ!」

 

咄嗟に身体をひねってかわす。直後、フロッグ・シューターが跳躍し、体当たりを仕掛けてきた。

アルトリアは受け流すように剣で滑らせ、横へ跳ぶ。しかし、動きは重い。慣れない洗練された動きは確実に疲労を蓄積していた。

 

「……まずいな」

 

宝具は発動しなかった。言葉も、感覚も、何一つ浮かばない。だが、それでも反射的に剣を振るい、跳びかかってきたモンスターの横腹を斬り裂いた。悲鳴と共に、フロッグ・シューターは灰となって崩れ落ちた。

 

その場にしゃがみこみ、肩で息をする。

 

「……何も起こらなかった」

 

思ったより疲労が深い。剣を持つ手に力が入らない。

その時だった。

 

──何かが、確かに「近づいてくる」気配。

空気の流れが変わった。音はない。けれど、存在だけがじわりと染み出すように、通路の先から迫ってくる。

 

視線を向けた先、通路の闇から、まるで浮かび上がるように現れたのは――黒。

全身がくまなく闇に覆われた存在。人型だが、顔には表情も肉もない。ただ、十字の形をした真っ黒な仮面。その中央に、一枚の小さな丸鏡がはめ込まれている。

 

ウォーシャドウ。

別名《新米殺し》

身の丈はアルトリアと変わらないほど。それが、左右から計三体、静かに、だが確実に近づいてくる。

 

「……っ、マズい」

 

息を整える間もなく、黒い影たちは一気に距離を詰めてきた。

 

一体が右から回り込む。もう一体は左から牽制し、三体目が正面から――跳びかかった。

アルトリアは剣を振るい、正面の一体を押し返すが、同時に背後から爪が迫る。

 

「く……!」

 

転がるように身を投げ出し、攻撃を回避する。だが、体力も気力も限界だった。視界が揺れ、剣を持つ腕がしびれたように感覚を失っていく。

 

(……こんなところで、終わるのか)

 

背中を壁に預け、じりじりと追い詰められる。ウォーシャドウは音を立てずに動く。影が影を呼ぶように、迫る殺意。

 

(いや、まだ……)

 

 

その時だった。

 

 

 

 「────福音(ゴスペル)

 

 

 

 

空間そのものが震えるような重低音が、第六階層に響き渡った。音は目に見えず、だが確かに「形」を持っていた。それは鋭利な槍のように一直線に走り、空気を裂いて迫るウォーシャドウたちを貫いた。

 

二体が弾け飛び、影の霧のように散り、残った一体も爆音に気圧されて後退。そこに、さらに一撃。音の刃が見えない弧を描き、最後のウォーシャドウも灰へと還った。

 

「……っ!」

 

アルトリアは、崩れかけた体を支えながら顔を上げた。全身の力が抜けていた。戦いの疲労、焦り、恐怖――すべてが混ざって、膝に残った力すら奪っていた。

 

そんな彼の前に、足音をほとんど立てずに誰かが近づいてくる。

 

「……ふん。まだ息はあるようだな」

 

鋭い声が、耳元で響いた。

そこにいたのは、漆黒のロングドレスを纏い、灰色の髪を肩に流す少女だった。右目は翡翠のような緑、左目は淡く濁った銀――オッドアイがじっとこちらを見据えている。

 

「……君が、助けてくれたのか?」

 

「助けた、というよりも通りかかっただけだ。見過ごすには少々目障りだった。」

 

彼女は無感情な口調でそう言い、壁に背を預けるようにして腕を組んだ。

 

アルトリアはふらつきながら立ち上がる。剣を鞘に戻し、深く頭を下げた。

 

「それでも、助けてくれたことに変わりはない。ありがとう。命を救われた。何か礼をしたい。できることがあれば、何でも」

 

その真摯な言葉に、少女は少しだけ目を細めた。

 

「……何でも、か」

 

彼女の視線が、アルトリアの全身を一瞬だけ値踏みするように流れる。血に汚れ、埃まみれになった少年の姿。だが、その目に宿るまっすぐな意志が、何かを引き寄せたのかもしれない。

 

「なら、一つ提案だ」

 

少女はふっと息を吐き、やや視線を逸らした。

 

「貴様、私とパーティを組め」

「……え?」

 

その言葉に、アルトリアは目を丸くした。彼女の雰囲気から、一匹狼のような印象を受けていた。それに、その立ち振る舞いから察するに、彼女は決して弱い冒険者ではない。なぜ、自分のような新人と組もうとするのか?

 

だが、考えれば考えるほど、その提案は合理的だった。ダンジョン攻略には役割が必要だ。前衛、中衛、後衛、サポーター――パーティを組むことで、生存率も効率も上がる。アルトリア自身、これから先、単独では限界が来ることを理解していた。

 

そして、何より、彼女の瞳に宿る何か――孤独とも、期待ともつかない光が、アルトリアの心を揺さぶった。

 

「アルトリア。アフロディーテ・ファミリアのアルトリアだ」

 

そう言って、彼は右手を差し出す。

 

少女はその手を見下ろし、少しの間だけ黙っていた。だが、やがて小さく笑う。ごくわずかに、唇の端が持ち上がった。

 

「……フン、妙な奴だ。アルフィアだ。」

 

差し出した手が、しっかりと握り返された。

 

その瞬間、迷宮の冷たい空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。どこか似た孤独を抱えた二人が出会い、初めての絆を結ぶ。たったそれだけのことが、確かに新しい冒険の幕開けを告げていた。

 

 

 

 

 

 






みなさんコメント沢山ありがとうございます。
オーズはフレイヤの夫のことであって、全体的な伴侶という意味ではないのですね!知らなかったです。


執筆中に原作主人公のヤバさには毎度気付かされます。それは次話で!

皆様の好きなアルトリア顔キャラ

  • アルトリア
  • ジャンヌ
  • 沖田
  • ネロ
  • グレイ
  • モルガン
  • キャストリア
  • セイバーリリィ
  • 謎のヒロインX
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