ダンジョンに英雄志望と王様志望がやってきた!


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作:エヴォルヴ
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福音は蹴り上げることで謳われる


こいつらこんなことするのにスキル全く変容してないってマジ?


「なぜ粘れる……」

 

 倉庫の窓から戦闘を眺めていた【ソーマ・ファミリア】団長ザニスが冷や汗混じりに呟いた。

神酒(ソーマ)』を貯蔵する酒蔵で繰り広げられている戦闘。中心には襲撃して来た三人の姿があり、彼らが動くたびに【ソーマ・ファミリア】の団員が吹き飛んでいく。団員のほとんどが大鉈を振り回している少女────サポーターだったはずのリリルカ・アーデによる攻撃で吹き飛んでいる。

 

 襲撃者が現れたと報告された際、三人程度に何を恐れる必要があると考えていたザニスは、今下で繰り広げられる光景が想像できなかった。もはや夢を見ているのではないかというのがザニスの心境だ。現実はこの通りなのだが。

 

 当初嗜虐的な笑みを湛えて戦況を見守っていたザニスであったが、彼の顔色は青を通り越して白になりつつある。こんな時に限ってチャンドラは酒を飲みに行くと火蜂亭に向かっており、あの中に混ざっていたザニスに従うLv.2も気付いた時には薙ぎ倒されていた。神々が言うところのナレ死というやつを遂げている。

 

「やつらはLv.1だぞ……! なぜ圧し潰せない!?」

 

 そう叫ぶ間にも【ソーマ・ファミリア】の者達が次々に倒されていく。たった三人だけの襲撃が止まらない。止められない。

 一人、また一人と倒されていき────遂には外にいた【ソーマ・ファミリア】の団員が全て叩き潰され、気絶した状態で山を作り上げていた。襲撃からおよそ十数分といったところか。これをアルフィアやザルドならば数分もかからず行えるというのだから、彼らの異常さが際立つ。

 

 蒼白になりかけていたザニスが殲滅された【ソーマ・ファミリア】の団員を見て呆然としていると、不意に夜の中でもギラギラと燃え盛るような意志を宿した瞳と目が合った。合ってしまった。銀髪の少年は夜目が利くのか、日が落ちた中であってもザニスの姿を捕捉していた。

 

「いたぞ! あの窓の向こうに誰かがいやがる!」

 

「それがきっとザニス様です!」

 

「よし、行こう!」

 

「逃がさねぇぞオラァ!!」

 

 相手はただのLv.1のはずなのに、ザニスは逃走を選択した。ここにあの三人が来るのに数分もかからないだろう。現に中に入って叫んでいるのが聞える。下に逃げれば絶対にかち合い、数の暴力によって敗北を喫するのが想像できる。

 ならば、上へ。上へと逃げて、どうにか時間を稼ごう。幸い、チャンドラを含めた何名かの上級冒険者はこの場所以外にいる。襲撃があったと聞けば、酒蔵に戻ってくるはずだ。そうすれば、おかしなやつらであっても叩き潰すことができるはず。叩き潰して、首輪をつけて、隷属させてやる。

 

 捕らぬ狸の皮算用をしながら、みっともなく上へ、上へと階段を駆け上がるザニス。後ろからは死神の足音にすら聞こえる三人の足音。追い付かれていないのは、ザニスの方がまだレベルという点で優っているから。だが、追い付かれる。気付けば三階────最上階に到達していたザニスは、三階にある主神の間に転がり込むようにして飛び込んだ。

 

「…………」

 

 そこに、ソーマはいた。

 広いバルコニーが備え付けられた部屋の奥、作業台があるそこで、何種類かの植物を乳鉢を用いてゴリゴリと潰し、混和させていた。

 外で戦闘が行われていたことも、ザニスが飛び込んできたことも、全く見向きもせず、全てどうでもいいと言わんばかりの無感情、無関心で、酒造りに勤しんでいる。

 

「ソーマ様! ソーマ様っ! 襲撃です!」

 

 恥も外聞もかなぐり捨てるように叫んだことで、ようやくザニスに気付いたらしいソーマは、煩わしそうに振り向いて睨みながら言う。

 

「やかましいぞ、ザニス。雑事は全てお前に任せている」

 

「しゅ、襲撃が────ゲベェッ!?」

 

 ザニスが進言しようとした直後、ザニスの脳天に大鉈が叩き込まれた。ベルとヴィジルによって投げられたリリルカの縦回転が加えられた一撃により、ザニスはにべもなく気絶した。もしリリルカが【ヘスティア・ファミリア】に改宗していたのなら、ザニスの顔面は変形していただろう。

 

「……ソーマ様、お久しぶりです」

 

「…………」

 

 ザニスを下敷きにした状態のリリルカが口を開くと、誰だったかと記憶を探るような表情を浮かべるソーマ。億劫そうにリリルカを、追いついてきたベルとヴィジルを睥睨する。

 

「挨拶はそこそこにして、要件を聞いていただけますか」

 

「…………」

 

(ベル、あれ話聞いてると思うか?)

 

(どうだろう……なんだか、聞いているような気がしない……)

 

 アイコンタクトで会話するベルとヴィジル。

 数秒の沈黙の後、ソーマが緩慢に動きながら口を開く。

 

「簡単に、酒に溺れる子供達の話を聞くことに、何の意味がある?」

 

 起伏の少ない声に乗せられた、絶望や失望に三人は少しだけ気圧された。

 背筋が凍る程の、神の視点で告げられた言葉に、三人はソーマの心情を悟る。子供達に自分が知る最も旨い酒を振舞った結果、溺れてしまった子供達を見て、失望してしまったのだと。

 

【ソーマ・ファミリア】が壊れてしまった原因、ソーマが振舞った神酒(ソーマ)。派閥の起爆剤になればとソーマが良かれと振舞った酒が、人を文字通り溺れさせてしまった。人は溺れた。我先にと奪い合うようになり、醜い蹴落とし合いすら始めてしまった。

 

 ソーマは自分が最も旨い酒を振舞っただけだというのに、人はそれに飲まれ、愚かな行動を繰り返し、醜態を晒し続ける。ソーマはその姿に、幻滅してしまったのだろう。

 

(悪意は、ない……)

 

(害意も全くない……これは)

 

(((────無関心)))

 

 愚かな下界の人々に見切りをつけたソーマは、『神酒』を求め続ける醜い人の子を利用するだけになった。人の子に絶望したソーマは、ただひたすらに無関心になってしまった。

 

「酒に溺れる子供達の言葉は、薄っぺらい」

 

 長い髪の向こうから向けられる黒い瞳には、リリルカも、ベルも、ヴィジルも見えていない。見ていない。人の形をした失望の塊があるだけだと思っている。

 醒めた目をしているソーマに何も言えずにいた三人が見ていたソーマがゆっくりと動き出し、棚に置かれていた白い酒瓶を取り出す。

 その場に立っているだけの三人に近付き、杯を手渡したソーマは言った。

 

「これを飲んで、まともでいられるのなら、耳を貸そう」

 

 リリルカの呼吸が文字通り止まり、ベルとヴィジルの表情が酒の香りで歪む。

 杯に注がれていく、眩暈がするほどに涼しい芳香を放つ、凄まじい魔力を持つ『神酒』。この酒の魔力に取り憑かれ、おかしくなってしまった時のことを思い出したリリルカの体が震え、思わず杯を落としそうになる。

 

「ッッ……!」

 

「おー……なんかヤバそう」

 

「うん……なんか、普通のお酒とは違うって分かる」

 

 リリルカが息を乱しながら杯に口を近づけていくのに合わせて、ベルとヴィジルも杯に顔を近づけていく。

 ほぼ同時に────一息に、三人は杯に注がれた神酒を飲み干した。

 

「「「────────」」」

 

 次の瞬間、三人の視界がぐにゃりと歪んだ。

 やってくる果てしない陶酔感と感動の絶頂。これが神酒、確かに溺れてしまう人間がいることも、頷ける素晴らしい酒。

 頬が上気し、視点も定まらない中で、リリルカは────

 

「……こんなものッ!!」

 

 杯を叩きつけて、ソーマを睨んだ。

 

「がぁはっ強!?」

 

「うあぇっ辛!?」

 

「「強すぎて眩暈がする!」」

 

 そしてベルとヴィジルはその酒の度数の強さに悶絶して、水を求めるように喉を押さえている。

 

「…………!!!」

 

 ソーマの目の前にいる、三人。ちっぽけな三人が、神酒の魔力を、呪縛を、払い除けている。

 万人を虜にし、数えきれない人々を溺れさせた神の美酒にこの三人は打ち勝ったのだ。器の昇華を経ていない、ちっぽけな人間がだ。

 

「こんなお酒より、ベル様とヴィジル様と食べたシチューの方が美味しかった!」

 

「ゲホッ……正直美味しいけどジュースの方が美味しい」

 

「んんっ、お酒苦手だよね、僕達……」

 

 しかも神酒よりもシチューやジュースの方が美味しいと言い切った。そんな人間をソーマは初めて見た。神酒を飲んだ者は酒の亡者と化していたというのに。

 

「話を、聞いてくれますね!」

 

 酒の魔力を振り払い叫んだリリルカと、水をがぶ飲みしているベルとヴィジルの姿を見て、ソーマは立ち尽くしていた。

 苦悩も、成長もない神にとって、下界の住人に失望して諦めてしまったソーマが見ることがなかった光景。己の酒が敗北した瞬間にソーマの心は強く動かされていた。

 

「リリ、ここからは一人でも大丈夫?」

 

「はい。お二人は────」

 

「こいつを縛り上げて大会を始める準備だ」

 

 リリルカから聞いていた情報が正しければ、ザニスは自分が行ってきたことに対して落とし前を付ける必要があるだろう。ファミリアを私物化し、神酒を勝手に流して金儲けをしていたとなれば、ベルやヴィジル、リリルカも知らない被害者も多くいるだろう。そして、【ソーマ・ファミリア】の団員がオラリオの人々にカツアゲを行ったりしていることも含めて、ザニスには落とし前を付けてもらう必要があるとヴィジルは判断している。

 

「ソーマ様の落とし前は……まぁ、リリルカとヘスティア様にでも任せるよ。ベル、行くぞ」

 

「うん。どこでやる?」

 

「そりゃあお前、大衆の面前よ」

 

「じゃあ大通りまで引っ張る感じになるね」

 

 ミシミシと体が軋む勢いでザニスを縛り上げた二人は、まるで樽を担ぐかのように気絶したザニスを担ぎ上げ、主神の間を出る。

 

「ベル君、ヴィジル君」

 

 妙に長い通路を歩いていると、呆れた表情を浮かべたヘスティアとエンカウント。彼女の後ろにはゴミを見るような目をしている灰色ロングヘアーの女性が立っていた。

 

「あ、ヘスティア様。すいません、カチコミかけてました」

 

「ああうん、もうそこは気にしてないよ。そのうちやらかすだろうなぁって思ってたし」

 

「じゃ、じゃあ、どうしてそんな表情を……?」

 

「ヘルン君から色々と話を聞いたからだよ……」

 

「「ちょっとよく分からないですね」」

 

「分からないって何だい!?」

 

 何をやらかしたっけ、と顔を見合わせるベルとヴィジル。ヘスティアを連れてきたであろうヘルンに自分達は何をしたのだろうか。何かに付き合えとも言われておらず、言われていたとしても【フレイヤ・ファミリア】で唯一交流があるエルフとの授業への苦言くらいである。

 

「いやだってヘルンさんと話す機会ってマジで少なくてですね……」

 

「週に一回会うかどうかですし……」

 

「その期間の間に話したことは何か思い出すんだ」

 

「「…………お師匠達と作ったオラリオ食べ歩きマップについて?」」

 

「それだよ!?」

 

「「えっ」」

 

 ヘスティア曰く、ダイエット中だったヘルンにオラリオ食べ歩きマップというものを布教したり、ヘルンと話している時にアルフィアや輝夜など女性の話をしたのが悪かったようだ。ベルもヴィジルも女の機微というものに疎い。アルフィアに知られたのなら、教育が始まるだろうが────きっと変わらないだろう。そのままでいいと言われる可能性すらある。

 

「君達結構そういうのに疎い所があるよね……」

 

(正直細すぎる人多いよね、オラリオ)

 

(もっと食った方がいいだろって言うべきか?)

 

「……不埒な考えをする淫獣が二匹……」

 

「「言い方酷くないですか?」」

 

 開口一番罵倒が飛ぶ。それでへこたれる二人ではないが、女性に罵倒されるとダメージが大きい。

 ベルとヴィジルをジト目で見ていたヘスティアは、小さく溜め息を溢してから、リリルカとソーマだけがいる部屋に目をやる。

 

「サポーター君はあそこに?」

 

「はい。あとはリリと神様にと」

 

「うん、任せておくれ。……で、その簀巻きの子はどうするんだい?」

 

「「落とし前で福音を謳ってもらおうと思いまして」」

 

(うーん、やっぱりヘラとアルテミスの孫だなぁ、この二人……)

 

 漆黒の意志を滲ませる二人の眷族からヘラとアルテミスの片鱗を感じ取ったヘスティアは、大会の準備に少しだけそわそわしている二人にあまりやりすぎないように、と注意だけしてリリルカとソーマがいる主神の間へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザニスの目が覚めた時、彼の目の前には準備運動なのか屈伸を高速で繰り返すベルと、反復横跳びを繰り返すヴィジルと【ミアハ・ファミリア】所属のポーションメイカー、ナァーザの手を借りてストレッチを行うリリルカの姿があった。

 

「貴様ら……!」

 

「おー、目が覚めたかザニスとやら」

 

 三人を睨みつけるザニスに、【ヘスティア・ファミリア】暴力担当副団長ヴィジル・ガロンゾが反応する。彼の体から漆黒の意志が滲み出ているのだが、憎悪に染まっているザニスには感じ取れないようである。

 

「こんなことをして、許されるとでも思っているのか……!? ギルドも黙ってないぞ……!」

 

「根回しは前々からやってたし、大丈夫だろ。あと、【ソーマ・ファミリア】には今ガサ入れ入ってるぞ。【アストレア・ファミリア】主導で」

 

 脚を開いた状態で縛り付けられているザニスはモゾモゾともがくが、拘束が解けることはない。今回は荒縄ではなく奮発して購入したミスリル製の鎖。なぜ鎖を購入しているのかなど、この最強の大会を開くため以外に何かあるのだろうか。魔法を使おうものなら爆発待ったなしである。

 

「ファミリアの私物化、神酒密売による横領……ツーアウトってとこか?」

 

「私物化、密売、横領でスリーアウトだと思うよ?」

 

 ベルと共にまるで工業機械のように交互に高速屈伸とスクワットを行うヴィジル。もはや煽り行為に見えなくもないが、ただ準備運動をしているだけである。煽り行為に見えるのであれば、ザニスはきっと心が汚れているのだろう。

 

「まぁ、その辺りはソーマ様も色々とやってくみたいだし? 俺達はお前に落とし前を付けてもらって終わりよ」

 

「落とし前だと……?」

 

「おう。色んな連中の尊厳って名のタマを奪ったお前らには、落とし前として────」

 

 暗黒微笑を浮かべて、ヴィジルは言った。

 

「お前のタマを30分間蹴り上げ、最も大きな声を出させたやつが優勝っていう大会を開く」

 

「……………………は?」

 

「説明終わり。先駆けは俺だ。行くぞ」

 

「おい、待て……待て待て待て待────────」

 

 ザニスの股に電流奔る。

 堪えることなどできない、叫んでも消えることのない痛みが、ザニスの全身を駆け巡った。

 

「アぎゃああああああああああああああああああああッッ!!!??」

 

「ちなみに優勝者には飲食店で使える商品券がもらえるぞ。まぁ、今回の参加者は俺達三人だけなんだが」

 

「次は僕だね。────フッ!!」

 

「ほぎゅああああああああああああああああッッ!!?」

 

 痛みが引かないうちに叩き込まれた二発目の衝撃。鎖で縛り付けられ、柱に固定されたザニスはのたうち回って痛みを緩和することすら許されない。

 ベルの蹴りに悶絶していると、続いてリリルカの蹴りが入る。その次にヴィジルの蹴り、ベルの蹴り、リリルカの蹴り、と三周ほど終わった頃……ザニスの脳裏に、大事なものが潰れた感覚が訪れ────口に捻じ込まれたポーションによって玉が復活したことを悟る。

 

「黒い神様よりも早く潰れたな」

 

「やっぱり頑丈過ぎないかな、神様って」

 

「まぁ、不変の存在ですしねぇ」

 

 ポーションによって傷が癒えるがゆえに、痛みと喪失感で狂うことも気絶することも許されず、ザニスは絶叫し続ける。

 

 何度も、何度も玉を蹴られ、潰され、治され続けたザニスは30分後、ようやく解放されたことを感じ取り、泡を吹いたまま気絶した。どこか救われたような表情を浮かべていたのはきっと、祝福の音色が聞えたからだろう。素晴らしきかな福音。素晴らしきかなヘラとアルテミスによって教えられた最強の大会(ハレルヤ)

 

 こんな漆黒の意志を宿していながらも透明な魂は全く変わっておらず、宝石箱の魂は輝きを放ち、黒曜の魂は解き放たれたことで透明度を増した。本質は全く変わっていないのである。

 

 ちなみに優勝者はポーション供給係だったはずのナァーザ。商品券はミアハとの食事に使うとのこと。ダークホースこと逸材の登場に【ヘスティア・ファミリア】は少しだけ感動を覚えたのは蛇足のため省略する。

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