魔法の制御、と言われたが出力をどうやって調整するか。それが問題だ。
下手をせずとも爆弾と化した俺の魔法は、ベルの魔法やリリルカの魔法、ディース姉妹の魔法、アルフィアさんの魔法など、俺が見てきた中で一番ピーキーな魔法だ。他にもピーキーな魔法というのはありそうだが、それらを押し退けるくらいには難しい魔法な気がしてならない。
「出力の調整……使い続けて感覚を掴むしかないか……? ……【ナインクラウン】」
市壁の上で胡坐をかきながら魔法を発動する。ダンジョンで見た時と同じ、王冠とマントが装備された状態で、自分の内側を見据えるように目を閉じる。瞑想というやつだ。魔法と向き合う、というのがどういうことかは分からないが、今はこうして瞑想を行い続けるのが最善手だと判断した。
肉体と装備の限界を引き出す魔法。理性を消し飛ばすとか、そういうわけではないが、使い物になるレベルにしなければ今後も魔法スロットを埋めているだけのガラクタになってしまうだろう。
「……っ、もう来たか」
ジリジリと内側から何かが吸い取られるこの感覚は、俺の中にある魔力を吸い上げているから感じるものだ。体感時間的には、大体二分弱で魔力が枯渇し始める。とても短い。ヘスティア様曰く、魔力が伸びれば発動時間も伸びるらしいが……どのくらい伸びるかだよな。んでもって、伸びたとしても制御できなければ意味がない。
「……フンッ!」
おもむろに拳を突き出してみる。……何も起きない。攻撃として放ったわけではないからだろう。瞑想が最善手と言った矢先にやるのもちょっとおかしな話だが、立ち上がっていつものように蹴りを放つと────ボッ!! という音と共に、バキッ、と俺の内側で音が聞えた。
「ッガァッ……! 折れた……!」
ひしゃげてはいないが、綺麗に折れてる感じがする。その証拠に、ぷらんぷらんと右足が舟を漕いでいるので、さっさとポーションをぶっかけて治療を施す。こりゃあ文字通り骨が折れる特訓の始まりかもなぁ……
「しかも魔力も持っていかれたのか……」
あの時程ではないが、魔力を持っていかれた感じがする。
「ねぇ」
「んぇ?」
再度瞑想をしようとした矢先、声をかけられた。市壁の上に来るなんて物好きな人、俺達の他にいたのか。
「………………あーっと……どちら様?」
振り向いた先にいたのは、アマゾネスの女性。アマゾネス特有の凄まじい露出度の服に身を包み、全身から朗らかさが溢れ出ている彼女は、どこか不思議そうに、そしてどこか見定めるかのような視線を俺に向けていた。
「前に花のモンスターと戦ってた人だよね、君?」
「花……ああ、あのモンスターの……」
うーん、アマゾネス……アマゾネスの知り合い……ディアーナお祖母ちゃんのとこにいる人と、【アストレア・ファミリア】所属の人ぐらいしか知らないのだが……
俺がこの女性について考えていると、パッ、と眩しいくらいの笑顔を浮かべて俺に近付いてきた。おっと、離れたまえ?
「やっぱり! 髪の色とか、その剣とかを見てもしかしてって思ったんだ!」
「近い近い近い。距離感大事にしていきましょう?」
俺が関わったことがある女性は大体距離感が狂っている。そういう人にしか会えないような星の下に生まれているのかと思う程だ。*1
「あ、私、ティオナ・ヒリュテ! 君は?」
ティオナ……ああ、そういえばガネーシャ様の眷族のアーディさんが何か話していた気がする。英雄譚が好きな女の子が【ロキ・ファミリア】にいるとか何とか。俺は英雄譚をあまり読んだことがないからとやかく言えないが、面白いのだろうか、英雄譚。
「ヴィジル・ガロンゾです」
「クロッゾ?」
「ガロンゾです」
初対面の人にいつもこんな返しをしている気がしてならない。本当に有名なんだな、クロッゾって……ヴェルフ・クロッゾさんがどうかは知らないが、とんでもない魔剣を作れた人達の名前だから当然と言えば当然なんだろうけど。
「ごめんごめん。それで、君はどうしてここにいるの?」
「あー……んん……まぁ、ちょっと魔法の制御について色々と考えてまして」
「魔法? 君、魔法使えるの?」
「この王冠とマントが一応魔法らしいです」
首をかしげるティオナさんに対して、問題がない程度の情報を引き出して話をする。魔法の出力調整ができていないせいで自壊することとか、その制御をどうすればいいのか悩んでいるとか、そういうことを話すと、ティオナさんは少しだけ考えるような素振りを見せた後、ポン、と手を合わせた。
「じゃあ、それができるようになるまで戦えばいいんだよ!」
「どうしてその選択を選んだのか聞いてもよろしいですか」
「だって、制御したいのに戦いで使わないんじゃいつまで経っても制御できないでしょ?」
ごもっとも。となると今からダンジョンに潜るべきか? でも今日はダンジョン禁止デーで、ベルとリリルカはどっかに行ってるし、ヘスティア様はバイトだし……うーん、アストレア様のところに行ってみるか? もしかしたらディース姉妹がいて、色々教えてくれるかもだし。
「というわけでやろうか!」
「ああ、そういう感じですか!」
「それ以外に何かあると思ったの?」
まさかそっちが戦いを挑んでくるとは思ってなかったので、ええ。というかこの人のレベルはいくつなのだろうか? 間違いなく格上な感じはするんだけど……
「あ、手加減はするけど、君は全力で来てね? 私、Lv.5だから」
「ははッ、じゃあ遠慮はいらねぇっすねぇ!」
あの時の感覚で攻撃したら間違いなく俺が自壊して終わりだろうが、意識をこの魔法の制御に向けながら攻撃を────
「それはダメだよ」
「あっぶ!?」
「お、凄いね! 避けられるとは思わなかったよ!」
マジかこの人。的確に顎を狙って蹴りを放ってきたぞ!? アルフィアさんでももっと優し────いや、そんなことはねぇな。あの人顎蹴った後に鳩尾を蹴り上げるくらいはするわ。マジでスパルタだぜアルフィアさん!
「魔法にだけ意識を向けちゃダメだよ。それが通用するのは君より格下だけ。花のモンスターと戦ってた時みたいに、色々考えながら動こう!」
「はい……!」
反撃、というわけではないが、鞘に納められたままの
「恐怖は隠し味程度!!」
「何それ?」
「俺の先生が言っていた格言です!」
恐怖は感じてもいい。臆病になってもいい。しかし、それに呑まれてはいけない。その恐怖を料理で言うところの隠し味にできるくらいになれ。恐怖というものを感じて、それでも前に進めるようになれと、俺は教えてもらった。ザルドさんは俺の両親に会ったことがあるらしいが、俺の両親もそうだったらしい。恐怖を噛み締めて、前に進んでいける、強い人だったらしい。それでも怖いのなら、どうすればいいのか。ディアーナお祖母ちゃんは言った。
「『怖いなら、笑え。見栄を張れ、前を向け、泣いてもいい。けど、最後に笑え。笑ってるやつは、一番強い!』」
「!」
脇腹を狙っていた剣を無理矢理止めて、逆回転するように振り抜くが、弾かれる。が、それは想定内。どうせ弾かれる。だからそこまで力も込めていない。だからなのか、俺の腕は壊れていない。壊れていたとしても骨に罅が入っている程度だろう。
「『笑って、自分の道を行け。精霊だろうが、神々だろうが、俺の道は、俺が決める!』」
勇気を出す魔法の言葉。王様になるための道を進むための、魔法の言葉。見栄を張って、突き進め。
「胸を貸してもらいます、ティオナさん!!」
「うん、どこから来てもいいよ!」
弾かれた拍子に引き抜かれた漆黒の刀身が、日差しを受けて光る。虚飾の王も構えて、こちらはフル装備だが、向こうは徒手空拳。それでも勝てるイメージは浮かばないのだから、本当に強いんだよな、第一級冒険者というのは。それを超える実力を持っているアルフィアさんとザルドさんとは一体……
「フッ!」
「うん、良くなってるけど狙いが雑だよ!」
「ごるぱっ!?」
剣の腹を殴られて弾かれたと思ったら、即座に反撃の腹パンが飛んできた。滅茶苦茶痛い。
「お? 気絶するかなって思ったけど、凄いね!」
おごごごご……アルフィアさんの
「……これはどうですかね!?」
「わっ!?」
早撃ちで放たれる銃弾がティオナさんの頬を掠めるが、それだけで終わってしまった。今のを避けるのかよ……! 弾速とか、間違いなくいつもの虚飾の王じゃねぇんだぞ……!?
「びっくりしたぁ! それ、前も使ってたよね? 魔剣?」
「魔剣じゃないです、銃です」
まぁ、魔剣と同じように当たらなければ意味がないというのは同じではあるんだけどな。
「ところで動ける?」
「動け、ますっ!」
右手が銃のせいでボロボロだから正直ポーションを使いたいところだが、それを許してくれるとは思えない。右手は……あと一発撃てるか否かというくらいだ。ザルドさん曰く、ポーションを使う癖を付けると、それに頼ってしまうことが多いらしい。負傷してもポーションがあるから大丈夫、すぐに治せると考えてしまう冒険者は少なくないという。回復のタイミングは必要だが、ボロボロの状態でも問題なく動けるようにするべきだそうだ。黒竜なるものに挑んで、生き延びたのも、それができたから……だそうだが、黒竜とは何ぞや。
「えいさーっ!」
「ッ!!」
迫り来る拳に体が反応する。手加減されているとはいえ、何度も喰らったらこっちの身が持たない。回避しようにも、間違いなく回避を狩られる────ので。
「勇気の前方回避からのォ────!」
「おっ?」
ティオナさんの伸び切った腕を掴み、足払いを仕掛ける。昔、【アストレア・ファミリア】の副団長ゴジョウノ・輝夜さんから教えてもらった柔道なる武術の投げ技を実践しようとするが、ゾワリと俺の体が危険信号を発し始めた。
「ほいっ」
「アガッ!?」
その警鐘は正しかったようで、投げ返されてしまった。とんでもなく痛いし、視界の端に星が瞬いているのが見える。というかこの人、対人戦に慣れ過ぎじゃないか……!? 凄く自然に投げ技を返されたんだけど!?
「ううん……技の引き出しはいっぱいありそうなんだけど、もしかして駆け引きが苦手?」
「う、ううん……どう、なんですかね?」
軋む体を起こして、立ち上がる。一旦休憩だということで、ポーションで砕けた右手を治療する。魔力は結構持っていかれている感じがするが、まだ動ける。それでもゴリゴリ削られている感じがするけれども。
「魔法は解ける?」
「あ、はい。【ナインクラウン】」
魔法をもう一度口にすると、王冠とマントが霧となって消えた。
「ちょっとやり合って思ったんだけど、君、痛みに慣れ過ぎじゃない?」
「うちの先生はスパルタなもんで……それに、こいつの開発で爆発したりしてましたし……」
最近は爆発しなくなったが、昔はマジで爆発していたからな……虚飾の王を完成させるまでに、何度村の小屋を破壊したことやら……
「へー……あ、それでね、君はそこまでそういう感じはなかったんだけど……冒険者って、【ステイタス】に振り回されている人が結構多いんだよね」
「【ステイタス】に、振り回される?」
「うん。恩恵を貰っただけでもモンスターは倒せちゃうでしょ?」
確かに。昔、村に現れたゴブリンに対して俺とベルは罠を仕掛けて倒すしかできなかったが、冒険者に────ヘスティア様に恩恵を貰ってからは、ゴブリン程度簡単に倒せてしまっている。それだけ、神様から与えられる恩恵というのは凄いもの、なのだろうが……それがあるからと技を身に付けようとしない冒険者は多くいるらしい。
「技も、駆け引きも、モンスターを相手にするだけじゃなくて、人を相手にする時に使える」
「……」
「私は魔法を持ってないから魔法については色々言えないけど……技と駆け引き! この二つを教える中で掴めるものがあると思うよ!」
受け身の取り方も上手いし、と屈託のない笑顔で話すティオナさんは膝をついている俺に向けて手を伸ばす。
「続けられそう? ポーションとか、まだ在庫ある?」
「
「あ! それ前に【ディアンケヒト・ファミリア】で売ってたの見たことある! 効果が効果だから分かるけど、それ高くない?」
「発売元で買ってるので、そこまでは。割引もしてもらってますし」
「へ~!」
そういえば【ロキ・ファミリア】も含めて大体の冒険者が【ディアンケヒト・ファミリア】でポーションなどを購入するんだったか。ナァーザさんが前に愚痴っていた記憶がある。
「ポイントカードもあるんで、便利ですよ、【ミアハ・ファミリア】。団員が少ないんで、大量発注とかは難しそうですけど」
「ポイントカードも気になるけど、今はこっちに集中しよっか!」
「っと、すみません。じゃあ、もう少しお願いします!」
「うん! どんどん行こうか!」
格上の人が相手をしてくれる貴重な時間だ。無駄にするなんて勿体ないことをできるわけがない。
己を奮い立たせて、回復した魔力を枯渇させる勢いで俺は拳を構えるティオナさんと向き合い続けた。