作戦が思い付かないまま掃除をしていて、ふと思い出したことがある。というか本棚を掃除していたからこと思い出せたと言うべきか。
そういえば、アルフィアさんとザルドさんがどこかの国からかっぱらってきたとか何とか言っていたこの二冊の本は何なんだろうか。
「ベル、これについてアルフィアさん達から聞いてるか?」
「え? ……うーん、確か、必要になったら使えって言ってたような……?」
必要になったら使え、か。
「いつだって知識は必要だよな」
「うん。知識を知恵に変えろ、だもんね」
「と、いうことはだ」
「うん」
「「読もう!」」
掃除を一旦中止して、奇怪な模様の本を開く。タイトルは……『九つの王冠と八人の王』。九つなのに八人なのか……残り一つを奪い合うって感じなのか? というかこれ、あれなのか? 王様になるためにどうするのか的な、そういう本なのか?
『学がない人でも分かる! 魔法とは基礎第一』
全く違ったわ。どういう本なんだよこれは。
アルフィアさんとザルドさんのセンスを疑いそうになりながらも、グッと堪えて文字を追っていく。……ふむ、読み進めていってようやく理解したが、これは魔法の本のようだ。タイトル、章が全く違うことに凄く違和感があったが、中身はしっかりしている。魔法かぁ……俺の銃は血と魔力を込めないといけないが、魔力を込める割合が低いせいなのか、魔力が成長した試しがない。下手をすると、魔力を込めていると思い込んでいるだけで血液しか込めていないのでは、と思ってしまうくらいだ。
『魔法とは先天系、後天系の二つが存在する。先天系とはエルフなどの
……アルフィアさんは先天系なのだろうか? いやしかし、ベルが魔法を使えていなかったし、それはないか……?
ところで、一文一文の隙間に綴られているこの奇怪な羅列は何だ? 数式ではなさそうだが……まさか、神様達の言葉か?
『後天系とは、『
……ふむ。
『魔法とは、興味だ。後天系においてそれが最も大事な要素となる。何に関心を持ち、何を望み、何を願い────何を憂い、何を妬み、何を怒り、何を喰らい、何を欲し、何を
本の中に、ぼんやりと何かが現れた。
顔か? 顔だな。誰の顔だ? 八人いる。全員知らない顔だ。誰だお前ら。
『欲するなら望め、欲するなら問え。欲するなら砕け。欲するなら刮目せよ。欲するならば高らかに謳え。虚偽を許さぬ謁見の間はここに用意された』
マジで誰だお前らは。本当に誰だお前ら。こういうのって、俺の顔が現れてもう一人の自分と対話する感じじゃないのかよ。
『『始めるぜ』』
『始めるよ』
『『始めましょう』』
『『『始めるぞ』』』
待てや。
初対面のくせに名乗りも無しか。
自己紹介くらいしやがれ。
『お前にとって怒るべき時とは?』
そりゃ王様って夢を掲げてるわけだし、国民のためだろ。国民と、友達と、家族のために怒るべきだ。あと自分。自分のために怒れなくなったらもう人間ではないだろう。
『君は、何を好むべきだと思う?』
国民、友達、家族、自分。さっきと変わらない。
『あなたにとって、何を妬むべきだと思いますか?』
妬むってこと自体がダメってわけじゃないけどさ、良い妬み方ってのがあるんだと思う。他の人を見て、凄いと思ったら、自分も負けていられないって向上心に変換できるような、嫉妬の仕方。俺はそうでありたい。
『君は何を喰らう?』
食べ物。好き嫌いなく食べるのが肝要。たくさん食べて、たくさん動き、たくさん眠る。そうありたい。
『君は何を傲ぶ?』
すまん、遊ぶってニュアンスでいいのか? 遊ぶんなら、何を、何で……うん、皆で楽しく遊びたい。勉強とかも遊びがあると面白いよな。
『お主は何を怠ける?』
怠け……まぁ、休むことも大事だよな。ずっと働きっぱなしじゃ過労死? 待ったなしって聞くし。怠けるってわけじゃないけど、楽できるところはある程度楽していきたいな。
『あなたは何を憂いますか?』
うーん……憂いに含んでいいのかはちょっとあれだけど、俺はちゃんと夢に向かって進んでいるのかってふと不安になることがあるな。あと、後悔だけど……お祖母ちゃんやお姉様達に酷いことを言ってしまったこと。謝ったけど、やっぱり酷いことを言ってしまった。
『お前にとって理想の国とは?』
誰もが笑って過ごしている国。
誰も飢えることがなくて。
孤児なんかいなくて。
何かに怯えることがなくて。
誰もが自分のやりたいことを探して、それに向かって進んでいけるような、そんな場所。
『君にとって王様って?』
優しい王様。国民を安心させてあげられる王様。
強い王様。国民の誰よりも鮮烈に生きて、背中で語る王様。
見栄っ張りな王様。国民を守りたいから強がって、皆がそれを知っているから支えてくれる王様。
無慈悲な王様。国民には慈悲深いけど、国民を傷付けるような輩に対しては無慈悲な王様。
色々言ったけど、全部俺の憧れだ。
『あなたにとって力とは?』
誰かを守るもの。
誰かを傷付けるもの。
誰かを癒すもの。
誰かの涙を拭いてあげられるもの。
自分を貫き通せるもの。
弱さを消し去るような、でも弱さの中にあるもの。
『質問を変えよう。君にとって魔法はどんなものだ?』
いきなり変わるな、おい。
魔法はどんなもの、ねぇ……俺の親友曰く炎らしいが、俺は違う。
俺にとって魔法は魅せるものだ。魔法とは語るものだ。
昔から思ってたんだよな。昔の王様とか、英雄とかと話してみたいって。語らい、対話する。言葉の壁がなくなる。それが俺にとっての魔法だ。あとは、あれか? ディアーナお祖母ちゃんとか、お姉様達とか、アルフィアさんとかザルドさんみたいな魔法と見紛うような技術とか。
『君は魔法に何を望む?』
対話だって言ってんだろうが話聞いてねぇのか。
まぁ、あとはそうだなぁ……王様みたいな力が欲しいかな。
より強く、より優しく、より鮮烈で、より見栄っ張りで、より無慈悲で慈悲深い王様になりたい。
『それだけか?』
王様になりたい。
死んでしまった両親が、天界から指を差して、神様達に自慢できるような王様になりたい。理想の国を造って、皆と一緒にいたい。ベル、リリルカ、ヘスティア様、ディアーナお祖母ちゃんとお姉様達、アルフィアさん、ザルドさん、ディナ、ヴェナ……皆と一緒に、ずっといたいんだ。
『欲しがりだな』
それくらいが王様には丁度いいだろ。
『ああ、それこそが
本の中の顔は全員が笑みを浮かべていた。
そしてすぐに、俺は意識を虚空の彼方へと旅立たせた。
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「………………! …………ヴィジル!」
「あと365日くらい寝かせてくれ」
「一年!?」
目を開けると、いつもの地下室が俺の視界に映り込んだ。
「お互い、寝てたみたいだね……」
「二人揃ってソファの上で寝ていたよ。本を読んだみたいだけど……」
ベルとヘスティア様曰く、俺達は二人揃って本を顔に被せて眠っていたらしい。時刻は夜の七時。マジかよ。
「アルフィア君とザルド君が置いていった本だろ? 確か、魔法都市だかからかっぱらってきたとかいう」
「あ、はい。そうですね……」
「結局これは何だったんだ……」
これを読んだ時、何やら変なものを見たような気がする。確か……王様がどうとか、国がどうとか色々聞かれたような、聞かれていないような……うーむ、記憶が曖昧なのがちょっとあれだな。
「ディナ君とヴェナ君が遊びに来てなかったら空き巣が色々物色してるところだったよ」
「最近毎日来てないかあいつら」
「夕食も作っていったぜ?」
「ありがてぇけど何か、何だかなぁ……!!」
テーブルに置かれている質素でありながら凄く美味しそうな料理にありつき、故郷の村を思い出す。あいつら、いつの間に俺とベルの故郷の味付けを身に付けていやがった。ダメだ、凄く懐かしくて美味しい。これだ、この味なんだよやっぱり。
そんな懐かしの味に舌鼓を打った夕食を済ませ、ザルドさん主導での地下室大改造によるシャワールーム拡張によって作られた風呂に入った後、【ステイタス】の更新を行う。いやはや、久しぶりのステイタス更新だからどこまで伸びたか楽しみだなぁ!
「うーん、二人共もうそろそろSに到達するよ……」
「極めようぜ」
「極めたいね、ここまで来たら……」
「やれそうで怖いなぁ! って、んんんんんんんんんんんんんんんんんんん??????」
どうしたヘスティア様。そんな変な声を出して。
「魔法が発現してる。二人共」
「「ヴェッ!?」」
ヴィジル・ガロンゾ
Lv.1
力 :G255→A800
耐久:H101→B779
器用:F399→A890
敏捷:G255→B788
魔力:I0
《魔法》
【ナインクラウン】
・詠唱破棄可能魔法。
『それは遥か過去の国。それは遥か過去の王。憤怒は砂漠の楽園を、色欲は密林の楽園を、嫉妬は海の楽園を、暴食は飢え知らぬ楽園を、傲慢は自由な学びの楽園を、怠惰は疲れ知らぬ楽園を、強欲と憂鬱は魔と人を結ぶ楽園を。楽園を見た。誰も知らぬ楽園を。示せ、王道。魅せろ、楽園。高らかに叫べ、汝は何者か』
・虚飾の王の装束を呼ぶ。
・王となる。
・王を呼ぶ。
《スキル》
【】
……マジで、魔法が発現している。ベルも、ファイアボルト、なんて凄そうな魔法が発現している。速攻魔法、そんなの絶対強いやつじゃんか。
「二人の魔法について考察……したいところだけど、ちょっとあれだね。君達はきっと使って覚えるタイプだろうから、明日、ダンジョンで試しておいで」
「風呂入っちゃったもんなぁ……」
「そう、だね……」
「それに、魔法を使うサポーター君や、ディナ君とヴェナ君なんかもいた方が何かと融通が利くだろう?」
確かに、そうかもしれない。アルフィアさんやザルドさんがいたら話が変わったかもしれないが、魔法初心者の俺達では魔法が何なのか分からなくて困惑するだけかもしれないし。ふむ、ちょっと残念だが、ヘスティア様の言う通りだし、そうしよう。
「よし、じゃあ今日はもう寝てしまおう! ボクも明日早いしね」
「あ、分かりました。じゃあ、おやすみなさい」
「俺はちょっと銃の開発進めてから寝るよ。色欲の暗殺者、もう少しで完成しそうなんだ」
各々、大改造されたことで拡張された地下室の自室に入っていく。俺の部屋は奥の方────まぁ、ベルの部屋の隣だ。ガチャガチャとうるさくしないように細心の注意を払いながら弾薬を作ったりしている俺の部屋は、ちょっと火薬の臭いが強い。そろそろ消臭剤の効果が切れてきたなぁ。
「っし、やるか」
両方の頬を叩き、やる気を装填する。よし、今日である程度完成まで持っていこう。うん、そうしよう。