闘技場にシルさんはいなかった。うーむ、目玉である闘技場での演目を見に来ていると思っていたが、それは間違いだったか……
「……?」
「これは……」
「悲鳴?」
チリッ、と肌を焦がすような変な感覚。ダンジョンに潜っている時、イレギュラーが起こる直前に感じ取る俺の直感のようなものが何かを囁いている。何か良くないものがやってくるぞと、警告しているような────
「モ、モンスターだぁあああああああああああああああっ!!?」
その悲鳴にも似た叫び声が聞こえた途端に、大通りの空気が凍り付く。叫び声がした方向、闘技場の方を見ると、明らかに人ではないフォルムの異形が三体、こちらに向かって走っているのが見えた。
「……あ゛?」
「モンスターッ……!? 【ガネーシャ・ファミリア】は何をしてるんですか!?」
というかあのモンスター、何やら興奮してないか? 地上に連れてこられた鬱憤を晴らすって感じではなく、まるで求めていたものを見つけたかのような……そんな視線の先にいるのは……ヘスティア様?
「ねぇヘスティア様、あんなモンスターのお友達がいるの?」
「いないよ!?」
そうだろうよ。
「んまぁ、とりあえず……」
「うん」
「ですね」
「「「あのモンスターを倒す!!」」」
ガチリッ、と歯車が噛み合うような感覚と共に武器を構える。大手を振って使うなと言われているが、人に命には代えられねぇだろう。
「ふふ、久しぶりに見るわね、三人の戦い! ドキドキするわ! 結果は見えているけれど!」
「そうね、とってもドキドキするわ! 結果は見えているけれど!」
お前らは手伝わねぇのかよ。……まぁ、見たところ初見のモンスターは存在しない。強いて言うなら、シルバーバックとの交戦経験が少々少ない程度だ。ミノタウロスみたいに硬いわけじゃないし、勝てる相手だ。
「んじゃ、俺はハード・アーマードやるわ」
「じゃあリリはフロッグ・シューターを」
「僕がシルバーバックだね」
誰が何か合図をするでもなく、俺達はほぼ同時にスタートダッシュを決める。
ハード・アーマード。昔見た動物の図鑑に載っていたアルマジロとトカゲを混ぜ合わせたようなモンスター。俺やベルと同じくらいの体躯を持ち、丈夫そうで鋭い爪を持っている。
そのモンスターの厄介な点は、キラーアント以上に硬い甲殻を持っていること。ドワーフの攻撃すら弾いてしまうその硬さは、Lv.1の冒険者が一対一の白兵戦で勝利するのが難しいと言われている程だ。さらに、その甲殻を武器にした高速回転がとてつもない攻撃力を持っている。普段なら避ければいいが、この大通りでそんなことをすれば一般市民に被害が及ぶ。ならばどうするか……答えは単純明快。
「丸まる前に倒す!!」
丸くなろうとしたハード・アーマードの顔面に銃口を向け、一発。甲殻に阻まれて貫通することはなかったが、その衝撃で仰け反ったアルマジロに急接近して飛びかかった俺は、金属で作られたガントレットを口に突っ込み、上顎を掴み、下顎を足で抑える。
「グッ、オオオッ!!」
「抵抗なんざさせねぇよ」
開き切った口に銃を突っ込み、五発の弾丸を一気に発射する。
ズガガガガガンッ!! と連続した銃声がハード・アーマードの口の中で響き、内部で弾丸が暴れ回り、その何発かがハード・アーマードの心臓────魔石を貫いたのか、断末魔を上げて灰となった。
「……チッ、流石に無理矢理過ぎたか」
金属性のガントレットを装着している左腕は牙が貫通したのか、血で染まっている。痛みはそこまで無いので、恐らく軽く刺さった程度だったのだろうが……ミアハ様から貰ったポーションを今使うことになるとは。
「俺は終わったがそっちは────っと、そっちも終わってるか」
「うん。まぁ、ナイフはボロボロになっちゃったけど」
「リリのハルバードも少し曲がってしまいました。クロスボウも、少々破損が」
全員装備のメンテナンスはしっかりしていたはずだが、やはり破損、摩耗が激しい。そろそろ装備を更新する時期が来たのかもな。【ソーマ・ファミリア】との喧嘩に向けてもう少し質のいい装備が欲しいところだ。
「で、逃げたモンスターってこれだけだと思うか?」
「いえ、絶対にまだいます」
「うん、まだいるはずだよ」
「だよな」
逃げ出したモンスターがこれだけなら、チリチリと肌を焦がすような感覚も消えているはずだ。ということは、まだモンスターがどこかにいるということ。この騒動を起こしたのが何者なのかは知らないが、せっかくの家族サービスの時間を潰した罪は大きい。
「ディナ、ヴェナ。ヘスティア様を守ってくれ。俺達はちょっとモンスター探してくる」
「私達が動きましょうか?」
「その方が早いわよ?」
それはそうだろうが……いや、そうか。その声音とか、表情から何となく分かるぞ……試していやがるな? お前らという戦力に甘えるのか、それとも自分達で何かを解決するのかを。
「あのモンスター共、ヘスティア様を狙ってた。なら、護衛は実力者にお願いしたい。それに────」
「「それに?」」
「俺はふんぞり返って成果を期待する王様にはなりたくないんでね」
そもそも団長と参謀が働く気満々なんだ。副団長の俺が働かないわけにはいかないだろう。あとは、そうだなぁ……
「俺は家族を失うってのが、嫌だ。耐えられない」
しかもお祖母ちゃん達は都市外で活動しているせいで会う機会が少ない。あの人達は死んでも死なないだろうが、もしも死んでしまったら俺は耐えられない。
ディアーナお祖母ちゃんが話してくれた、俺の両親の最期────俺が生まれてすぐに、凄く強いモンスターを命と引き換えに打ち倒したという話。小さい頃だったから、何で俺を一人にしたんだと思ったこともある。お祖母ちゃん達に何で引き留めてくれなかったんだと泣きついたこともあった。
本当の親がいない俺にとって、ヘスティア様も、ベルも、リリルカも、アルフィアさんも、ザルドさんも、ベルのお爺さんとお婆さんも、お祖母ちゃんも、お姉様達も……んでもって、一応ディナとヴェナも。失いたくない家族だ。だから、家族がいなくならない、誰もが笑っている国を作りたいと思った。
「だから、
ニッ、と笑みを浮かべて俺が頼むと、ディース姉妹はいつもの笑みとは違う、穏やかで暖かな笑みを浮かべて俺に頭を下げた。
「いってらっしゃい、王様。ヘスティア様は任せて?」
「私もヴェナも約束は守るわ。お話もまだできてないし、ね?」
「ああ、約束だ。今日の夜は朝まで談話だな」
ベルとリリルカとヘスティア様も巻き込んで次の朝まで語り明かそうじゃないか。話題? ……まぁ、英雄譚とかでいいんじゃねぇかな。
「んじゃ、行くか、ベル、リリルカ!」
「うん。皆を安心させて、お祭りを再開するためにも!」
「私達の団欒を妨げたことを後悔させてあげましょう!」
「ちょっと待つんだ三人共!」
いざ行こう、というタイミングでヘスティア様から待ったがかかる。何だと思って振り向くと、ヘスティア様は背負っていた背嚢を降ろし、三つの箱を露わにした。
「これを持っていくんだ!」
本当はディナ君とヴェナ君にも用意したかったんだけどなぁ、とヘスティア様がぼやきながら三つの箱を開ける。
箱の中に入っていたのは、三つの武器だった。
一つは漆黒のナイフ。
一つは漆黒の分厚い大鉈。
一つは漆黒のロングソード。
どれも漆黒に染まり切っており、複雑な刻印が刻まれている。
「こ、これは……?」
「ナイフはベル君! 大鉈はサポーター君! ロングソードはヴィジル君だ!」
そうじゃない、そうなんだけどそうじゃないですヘスティア様。
「これらは君達のためにボクの神友が用意した、君達だけの武器だ。ただ、サポーター君はまだボクの眷族じゃないから性能を十全には引き出せない。けど、役に立つはずだよ」
人が逃げ惑い、どこかへと消えた大通りで、ヘスティア様から渡されたそれらを受け取ると、刻印が仄かに紫紺の輝きを帯びる。
「さぁ、行っておいで三人共。ちゃんと無傷で帰ってくるんだよ!」
「「「……ありがとうございます!!」」」
受け取った武器を装備して、走り出す。本当に俺達は主神に恵まれた。この武器にどれだけの費用がかかったのかなんて、考えなくても分かる。それくらい凄い武器。ヘスティア様の思いが込められている武器に、感謝の念が絶えない。
悲鳴が聞こえる方向へ、逃げてくる人達とは逆の方向へ。戦闘音が聞えてくる方向に走っていく。誰が戦っているのかは分からないが、助太刀に入って文句を言われる筋合いはない。足を引っ張ったりすれば文句を言われてしまうだろうが。
そして、戦闘が行われている場所に辿り着いた俺達の視界には、巨大化した食虫植物のような見た目のモンスターが映っていた。何だあいつ、と一瞬だけ動きが止まってしまったが、それも束の間。誰かが血を流していながらも立ち上がろうとしているのを見て、俺達は飛び出した。あれが何者なのかとか、考えるのは後にしろ。
「露払いはお任せください! お二人は本体を!!」
「あれ堅そうだけど行けるかなぁ?」
「やるんだよ」
「うん、それはそうなんだけどね!」
リリルカが大鉈を振るう度に、迫り来る触手が千切れ飛んでいく。マジかよその大鉈、とんでもない威力してやがるな。捌き切れない触手が俺達に迫り来るが、その程度はなぁ……
「アルフィアさんの鞭の方が早い!」
「お義母さんはどうして鞭も使えるんだろうね!」
ベルのナイフと俺のロングソードが紫紺の軌跡を描きながら触手を切り落として進んでいく。大部分はリリルカが千切り飛ばしているから、マジで楽な作業だ。
後ろから何やら困惑と驚愕の視線が向けられているが、さっきまで戦っていた人達の誰かの視線だろう。見てないで戦えと言いたいところだが、美味しい所を持っていかせてくれるのなら、ありがたく貰っていく。
「いい加減祭りを楽しませろ!! クレープとジャガ丸くんしか食ってねぇんだよこっちはよぉ!!」
「確かに今日はそれしか食べてないね! お腹減ってきたかも!」
「これ倒したらパフェなるものを売ってるお店に行きましょう! 【デメテル・ファミリア】が運営してるお店です!」
「「採用!!」」
ここに来る途中でリロードしてきた銃を構え、弱点がありそうな箇所に一発。弾かれた────ということは、ミノタウロスかそれ以上のモンスターの可能性があるが…………関係ないな。
「リリルカァ!!」
「リリ!!」
「ええ、行ってください、お二人────共ぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
リリルカが大鉈の腹を使って俺達をぶっ飛ばす。さすがリリルカ、俺達ではまだできないザルドさん流ぶっ飛ばしを簡単にやってのけるとは。今の俺達は人間砲弾だ────!!
「一発目ェ!!」
速度に身を任せた勢いある斬撃が花のモンスターを襲う。まぁ、この程度では決め手にならないことは分かっている。こいつ、結構硬い!!
「二発、目!!」
だが、俺だけが攻撃しているわけではないのだ。ベルがいる。大鉈を担いで走り回っているリリルカがいる。このモンスターにとって、俺達は本来なら歯牙にもかけないような存在だろう。だが、その前提が覆る。この場所は建物が多く、そして色んな場所に紐をかけることができる場所がある。となれば、うちの参謀が仕掛けないわけがない。
ほら、リリルカが懐からワイヤーを取り出して色んなところに張り巡らせていく。こうなってしまえば、俺達のターンだ。
「■■■■────────!!!??」
右、左、上、下。ワイヤーを利用して縦横無尽に暴れ回る。切り裂き、撃ち抜き、引き千切り、切り裂く。何度も繰り返し続ける。触手が時折抵抗せんと襲いかかるが、曲芸師のように跳ね回る俺達の攻撃によって千切れ飛んでいく。
こいつの体がどれだけ硬かろうと、その強度には必ず限度があるはずだ。俺達の攻撃が通用しないのなら、何回も、何十回、何百回と攻撃を続ければ亀裂が生じる。攻撃を繰り返すこと数十秒。縦横無尽に動き回っている俺達をさりげなくコントロールしてくれるリリルカのサポートもあって、その時はすぐに訪れた。
「────────────────ッッッ!!!!??」
「これでぇえええええ!!」
何度も何度も繰り返し続け、フィニッシュと言わんばかりにカッ飛んできたリリルカが大鉈を花の姿のモンスターの顔面を捉えた。ぞぶっ、と大鉈がモンスターの体を大きく切り裂き、その奥に見たこともない色をした魔石が見えた。まぁ、だから何だという話だが。
「「終わりだッ!!」」
俺とベルのナイフとロングソードと銃が、剥き出しになった魔石を貫く。
ピシッ……と罅が入り、魔石が砕け散ると、花の姿をしたモンスターも灰となって消えた。うん。そうだな、感想としては────
「こいつよりミノタウロスの方が強いわ」
「正直拍子抜けでしたねぇ」
「まぁ、負傷してたし、弱体化してたんじゃないかな、あのモンスター」
ベルの言う通り、あのモンスターは最初に戦っていた人達の攻撃で消耗していた。だから俺達でも簡単に倒せたのだろうが、うん、何とも拍子抜けしてしまう終わりだった。あの日戦ったミノタウロスとかの方が強かったように感じるのは、俺の感覚が狂っているからなのだろうか。
「っし、あとはちょっと巡回してから戻るか」
「うん。他にも逃げたモンスターがいるかもだし……って、あれ? あの真っ赤な狼煙は……」
「【アストレア・ファミリア】のものですね。彼女らが動いているなら問題ないかと」
アリーゼさん率いる【アストレア・ファミリア】が事態の収拾に動いた。ならば、俺達がこれ以上動いても、あまり芳しくはないだろう。
「戻ろっか」
「だな」
「ですね」
クレープとジャガ丸くんしか食べてないんだよ。リリルカが話していたパフェなるものが販売されている店に行って腹を満たさねぇと気が済まない。……が。店に入った後、ディナとヴェナがどこに座るかを予想、分析、何となくの当たりを付けると────
「ががががががががっががっがが……」
「発作出てるよヴィジル!?」
「あれこれ考えて現実を直視したのでしょうね、お労しやヴィジル様」
真正面なら問題ない。だが、あいつらがそんな場所に座るとは思えねぇ……! 両脇を挟まれたら俺の精神が削れて死ぬ……!!
「俺の隣はベルとリリルカで埋めることにするわ」
「頑張ってね、ヴィジル」
「席はリリ、ベル様、ヘスティア様で、その向かいがディナ様、ヴィジル様、ヴェナ様でよろしいですね」
「俺を一人にするなぁああああ!!」
「向かいに座ってるよ!?」
「諦めてくださいヴィジル様。見初められた者の義務です。ほら、王様の仕事ですよ」
くっ……! あの二人に挟まれるという精神的ダメージを知っているだろうに、その仕打ちか……!!