ベルのハプニングがあった朝の四時。今日も今日とてトレーニングのために市壁の上へと訪れ、体を酷使する。限界まで鍛える、というものではなく、一個一個の動きを意識して、一つ一つの挙動に集中するという鍛え方は、俺達の体に凄まじい負荷をかけてくる。さすがザルド式ドリームプラン。ドリームプランってなんだ?
「がぁっは……終わりィ!」
「こっちも……! と、なれば……」
「「組手……!!」」
手に取るのは木製の武器。ベルは短剣、短刀の二刀流、俺は少し短くした
「オラァッ!!」
「何の!!」
やはりと言うべきか、ベルは凄く速い。凄まじい速度でのラッシュはマジで怖いので、全力でカウンターを決めていくのがセオリーだが……それを凌駕することがあるので、差し込める時は絶対に攻撃を差し込む。
ベルのギアが上がれば、俺もギアが上がる。お互い鍔迫り合いをするような戦闘スタイルではないので、近付いては離れ、離れては近付いてを繰り返す。ベルは綻びが出るまで殴り続け、俺は綻びが出るまで凌ぐ。遠距離戦をメインにしている俺ではあるが、アルフィアさんとザルドさんのトレーニングで遠距離をやれるほど驕っていない。が、やはり俺は遠距離戦の方が得意なんだよなぁ。
しばらくお互い全力での打ち合いを行っていると、オラリオに朝日が差し込む時間となっていた。……引き分けか。
「よし、汗流して飯食おう飯! 朝飯買わねぇと!」
「うん! 昨日作った分だけじゃちょっと足りないかもだし」
このオラリオには日替わり弁当という魅力的な弁当を売っている店があるのだ。今日のおかずは何が入っているのか……山菜でもいいぞ……懐かしい気持ちになれるからな。
「そういえばヴィジル、次はどんな銃を作るの?」
「ん? そうだなぁ……二つ案があるんだよ」
市壁から降りて、賑わい始めている市場を歩く。気さくなおじさんやおばちゃん達からリンゴを渡されながら、弁当が売られているはずの店に向かう。そんな中でベルに問われたことに、俺は答えていく。
一つ目、一発一発の威力が高い代わりに、一発一発装填する狙撃銃。虚飾の王よりも圧倒的な射程を有した銃として誕生させたいと考えている存在だ。
「それで、もう一つが近距離戦想定銃だな」
「γみたいな?」
「こう……弾丸を拡散させて吹っ飛ばす感じのな……」
「なるほど?」
相手を仰け反らせる、またはミンチより酷いハチの巣にすることに特化した銃。ミノタウロスの肉体をブチ抜く────とまではいかないが、確実に損傷させるような銃だ。
「うーん……ヴィジルが前線に出ることになったら、もうパーティーが崩壊しているってことになっちゃうような……」
「ベルかリリルカが持つって想定ではどうよ?」
「フレンドリーファイア? が怖いかなぁ……リリはクロスボウも使うから慣れてるだろうけど」
「そうか……まぁ、今の段階だと狙撃銃がいいか」
「うん。ヴィジルが後ろから撃ってくれてるだけで、僕達結構動きやすいし」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえの」
ベルは嘘を言うのが苦手だからな、事実を言ってくれているのだろう。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
「朝食食べたらダンジョンに行くとして……ん?」
「……?」
ベルも感じ取ったのか、同時に立ち止まり、背後を見る。嫌な感じがした。殺気とか、そういうものではないのだが……舐め回すような、物を値踏みするような……そんな視線が俺達に向けられていた様な気がする。俺達の知り合いにそんなことをするようなやつは────いないわけではないが、あの二人はもっとこう……熱を感じる視線を向けてくるはず。……ああ、思い出したら鳥肌が……あと、もう一人は普通に話しかけてくる。唐突な変態認定は止めやがれ。
見回しても不審な影はないし、奇異の目が向けられるだけ。納得いかないが、仕方がない……そう思った矢先。
「あの……」
「「……!?」」
後ろからの声に反応して警戒した俺達の視界に映ったのは、灰色の髪の女性だった。……一般人……? いや、それにしてはどこか……それはそうと、この人が着ている制服は確か……
「アリーゼさん達の懇意にしているって話の……」
「あ、そういえば……前にあんな服の話をしてたような……?」
「あれ? もしかしてリュー達が言ってた二人って、あなた方のことですか?」
む、リューさんの知り合いとなれば確定でいいだろう。アリーゼ、リュー。俺達がオラリオに訪れた時、色々とお世話になったファミリア、【アストレア・ファミリア】の一員。ファミリアに誘われたが、あのファミリア、女所帯らしくて俺もベルもノータイムで遠慮させてもらった。我らがお師匠様たる
「一応、知り合いっすね」
「そうでしたか! 【アストレア・ファミリア】の皆さんが話していたので気になってたんです!」
「何を言ってたのか聞いてもいいですか……?」
「弟みたいな子と妹みたいな子がいるって言ってましたよ?」
妹……ああ、リリルカね。ということはリリルカについても色々聞いてるのか?
「お二人はこれからダンジョンに?」
「いや、先に朝食を食べようと思って……」
「日替わり弁当を買おうと思ってるんですよ。ほら、あそこの」
「ああ、あそこのお弁当、美味しいですよね。あれ? でも今日は定休日だったような?」
「「えっ」」
何てことだ……定休日、そういうのもあるのか。
「どうするかなぁ……」
「うーん……市場はまだあまり開いてないし……」
腹が減ったままでダンジョンに潜ってもなぁ……どうしたものか。
そんな風に頭を悩ませていると、灰色の髪の女性は、小さく笑みを浮かべて働いている場所であろう店に入っていき、ほどなくして小さなバスケットを抱えても戻って来た。バスケットの中にはチーズとパンが入っている。
「これ、よかったら持っていってください」
「ええ!? そんな、悪いですよ!」
「そうそう! しかもこれ、あんたの朝飯じゃ……」
俺達がそう言って拒もうとすると、彼女は少しだけ照れたようにはにかんだ。いい人……なのか? それはそれとしてどこか人間味が薄いと感じてしまうのは、俺の感性がおかしいからなのか? それとも……いや、ここで考えても何かが変わるわけじゃないし、ここまで勘繰るのは良くないだろう。善意は善意だ。
「受け取ってください。お腹を空かせている人をこのまま見過ごすのは、ちょっと良心が痛みますから」
「うーん……中々ずるい言い方を言ってくるなぁ」
「ヴィジルの言う通りずるい言い方ですよ……」
「うふふ」
うーむ、ここで受け取らない選択肢を潰してきやがった。しかし、この人の朝食を貰っていくのは人としてどうなんだろうと思ってしまうところがある。
そんな迷いを感じ取ったのか、女性は少し考えるように目を瞑り、目を開けたと思えば意地悪な笑みを浮かべてこちらを見た。距離、近くない?
「冒険者さん、ギブアンドテイクというやつですよ。私はここでご飯をあげることで朝ご飯を食べられませんが……」
「「食べられませんが……?」」
「代わりに、お客さんを二人獲得できて、お給料が良くなります」
…………………………なぁる、ほど。
「ずるいなぁ」
「強かだなぁ、あんた」
「ふふっ、さぁ貰っていってください。今日のお給料は高くなること間違いなしなんですから」
ギブアンドテイクの関係だ。俺達は朝食にありつけて、お姉さんは給料を多く手にすることができる。流石と言うべきか、何と言うべきか……強かな女性だなぁ、この人。
「ところで何で俺達が冒険者だと?」
「防具もですけど……これ、落としてましたから」
「「……魔石?」」
なぜ魔石が……? 俺達はいつもリリルカに魔石回収をお願いしているので、魔石を持っていることがないのだが……でも一般人が魔石を持っているわけがないし……うーん……? 他の冒険者が落とした魔石を、俺達が落としたものだと勘違いしたのだろうか?
「……まぁ、いいか。とりあえず朝飯、ありがとうございます」
「本当に助かりました! えと……」
「ああ、ごめんなさい! 私、シル・フローヴァと言います。お二人は?」
「僕はベル・クラネルで────」
「俺がヴィジル・ガロンゾです」
「クロッゾ?」
「ガロンゾです」
オラリオに来てから、たまーに間違えられるが、俺はガロンゾだ。クロッゾって誰だ? 御伽噺にそんな登場人物がいたような、いなかったような……?
「ごめんなさい。……んん、それではベルさん、ヴィジルさん、今夜お待ちしていますね!」
────────────────────────────────────────────────────
昔、ディアーナお祖母ちゃんに聞いた話によると、ダンジョンというのは遥か昔から存在していたものらしい。モンスターが現れる大穴に人々が街を作っているが、遥か昔は神様も下界に来ておらず、人類は恩恵無しでモンスターと戦っていたそうだ。化け物かよ、遥か昔の英雄達。
「グギャアッ!!」
「ギギギッ!!」
「おっと! 今日は数が多いなぁ!?」
アレギスとか、一千童子とか、アルゴノゥトとか、凄く強かったんだろうか……いや、そんなこと考えている場合じゃねぇ! 多すぎやしないか!?
「ベル様、ヴィジル様! 早めに離脱することも考えましょう!」
「「分かった!」」
ダンジョンというのは、生きているらしい。だから、俺達みたいな侵入者に対して防衛のためにモンスターを放つらしいが……それにしたって今日はモンスターの数が多い。ゴブリン、オークとコボルト、キラーアントにetc……経験値が手に入るのは凄くいいことなのだろうが、ここまで多いと呪われているんじゃないかと勘繰ってしまう自分がいる。呪い……そんな状態異常を与えてくるモンスターなんかも今後現れたりするのだろうか? こう……今まで倒されてきたモンスターの怨念を集合させて作ったモンスター的なものが……そうなってくると、このダンジョン、凄く巨大な神様だったりして────いや、それは無いか?
「討ち漏らしは任せな」
「おお、早業!」
「早撃ち、また早くなりましたね!」
ズドドドンッ!! と俺の手に収まっていた虚飾の王から一気に吐き出された銃弾がゴブリンやコボルトの脳天を貫き、魔石に変える。うむ、いい感じ。ただ、この早撃ちをやると手首を痛めやすいため、連続撃ちはまだできないな……
「ダンジョン攻略においての注意事項!」
「まぁ、いいかの積み重ねは!」
「油断を招いて死に至る!」
「こまめに補給を行って!」
「「「いつでも離脱できるように準備をしておくこと!」」」
よぉし、全員エイナさんともう一人、俺の担当アドバイザーの言葉を理解しているな! というわけで続いてアルフィアさんとザルドさんから教えられた言葉を復唱しようか!
「ダンジョンで死なない方法! 敗北は死に至る可能性があるが!」
「勝てば死なない! 生き残る! 勝って生き残る!」
「死ななきゃ負けない! 生きて帰れば勝ち組確定!!」
「「「普通に暴論!!」」」
いやはやこんな話をしながらもモンスターを倒せている辺り、俺達もちょっとずつ成長できているんだなぁと実感できる。おっと、リロードしている間に横からゴブリン。顔面にハイキックを喰らうがいい。────よし、頭粉砕!!
「お、ドロップアイテムラッキー」
「幸先がいいのか悪いのか考えどころですね!」
「まぁ、幸運ってことで!」
リリルカのお蔭で結構稼げているが、それでもドロップアイテムは俺達の収入を上げる貴重なアイテムだ。特に今日は【ヘスティア・ファミリア】全員での食事会なわけだし。リリルカとヘスティア様がどれだけ食べるかは分からないが、いつもより余裕を持った財布の中身にしておきたい。節制は大事だが、今日ぐらいは贅沢してもいいんじゃないかと思えるくらいの量は稼いでおきたいのだ。
「どれくらい稼げたかな!」
「多分数万ヴァリスは行ったでしょうね! 今のところ回収忘れもありませんし!」
「うーん、もうちょい稼ぎたいけど、一旦戻るかぁ?」
何だか嫌な予感もしなくもないし、この階層に留まる理由もない。そのうちインファント・ドラゴンとか出てきそうだし……あのアルマジロがやってきてもすぐ対応できるとは考えにくい。安全策を取って進もう。これ以上エイナさんや俺のアドバイザーのソフィさんの頭痛の種を増やす必要性もないだろう。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「「「…………」」」
そんなことを言った矢先。オークの奥で凄まじい咆哮を上げながら誕生した大きなモンスターが見えた。うーん、どっからどう見てもあれは
「一旦戻ろう! あいつ倒してから!」
「っしゃあやってやらぁ!! てめぇの魔石寄こせやぁ!!」
「あれくらい倒せないでアルフィア様とザルド様を超えるなんて夢のまた夢です!!」
気炎万丈。お前ごときにやられているようでは、いつまで経っても英雄や王様になどなれねぇっての。そもそもあのモンスターはミノタウロスよりは弱い上層のモンスター。やれないわけがない。というかアルフィアさんとザルドさんから渡されている課題の中にあのモンスターの素材があるのだ。絶対に倒してドロップアイテムを手に入れてやる!! 冒険者は冒険してはいけない、とは言われているが、この程度、冒険にもならねぇわ!!!