「どこ行きやがったぁあああああああ!!?」
「お義母さん! どこっ!?」
朝、友人の母親と叔父がいなくなってしまった。動物に襲われた? そんなことで死ぬような人じゃあないだろう、あの人達。凄まじい拳骨を放ってくるあの灰色の髪に黒いドレスを纏っていた人も、巌のような肉体を持っている料理が上手い人も、どこにもいない。俺が夢を語ると、大きな声で笑った後に応援してくれたあの二人がどこにもいない。
知っていそうなのは……我が友人ベルの祖父。何故かベルの御母堂の魔法を喰らっても生きていた不思議生物の彼ならば、どこにいるのか知っているかもしれない。というわけでベルを連れて、畑仕事をしていた祖父に突撃だ。
「お爺さぁああああああああああああん!! あの二人どこ行きやがったか教えやがれくださぁあああい!!」
「教えられぬと言ったらどうする?」
「あんたをファラリスの牝牛に放り込む」
「牝牛!?」
さぁ、さっさと答えやがれこの野郎。
そんな思いを込めて大きな体のお爺さんに問いかけると、彼は真面目そうな顔を見せて口を開いた。
「知ってどうする」
「連れ帰る」
「帰ってきてほしい! 僕が、僕達が連れて帰る!」
ベルがそう望んだ。友人がそう望んだのだ。真っ先に夢を応援してくれた友人が望んだのならば、全力でそれを遂行する。
「拒絶されたら?」
「ふん縛ってでも連れ帰る」
「それでも……それでも僕は、お義母さんと叔父さんと一緒にいたい!」
「んでもって──────―」
「「あの黒い神様を去勢する」」
「おおう、漆黒の意志……」
あの黒い神様、気に入らなかったんだよなぁ……絶対にあれが原因だろ、あの二人がいなくなったのは。あの神様が元凶じゃなかったとしても、とりあえず去勢する。ハンマーを持て、ベル。やつの絶叫が俺達にとっての
「で、教えてくれるよな、お爺さんよぉ……?」
「お主、年々ガラが悪くなっておらんか? ガラの悪い王など────いや、結構いるな?」
「んなことはいいのでさっさと教えてくれよ」
マジでファラリスの牝牛に放り込むぞ。放り込むファラリスの牝牛? 俺の祖母を名乗るディアーナお祖母ちゃんが用意してくれるらしいぞ。良かったな、お爺さん。
「…………オラリオじゃ。アルフィアとザルドは、オラリオにいる」
「っしゃあ行くぞベル! 40秒で支度しな!」
「う、うん!」
「本気で行くつもりか!? 行っても無駄かもしれんぞ!?」
「無駄ァ? お爺さんよぉ……無駄だからって何もしない英雄と王様がどこにいるんだ?」
少なくとも俺が知ってる英雄と王様の中に、無駄だからと言って誰かを見捨てるやつはいないね。友達のために身命を投げ打って飛び出すやつしか知らないぜ。俺の夢は王様になることだ。あの二人は、ベルの家族……つまり俺が王様になった時、その国で余生を過ごす国民よ。国民が勝手にいなくなったら困るだろうが。
「ってなわけで行ってくるわ! まぁ、一週間あれば着くだろ」
「ここからオラリオまで一週間以上はかかるぞ」
「ということは、あの二人がオラリオに到着する前にふん縛ることも可能……!!」
「ダメじゃこいつ、人の話を聞いておらん」
そうこうしているうちにベルの準備が整った。ならば行くしかあるまい、あの二人をふん縛って連れ戻し、あの黒い神様を去勢するための小旅行へ!!
「俺が王様になった時にこの話をどっかに記録しとこ。ベルの英雄譚の一ページ目は黒い神様の祝福だな」
(エレボスよ、お主、この子達に殺されるかもしれんのう……社会的にも)
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「なーんてこともあったなぁ、ベルよ」
「今言うことかなぁ、ヴィジルゥ!!?」
「走ってくださいヴィジル様ぁああああああ!!?」
はっはぁっ! 冗談言ってないとやってらんねぇええ!
つい昨日のように思い出せる俺達の始まりを思い出しながら、俺は友人と、友人に懸想しているサポーターの友人と共にダンジョンを駆けずり回る。ダンジョン。おお、ダンジョン。そこに何を求めるのだダンジョン。
曰く、出会い。綺麗な人、可愛い人、カッコいい人、男性も女性も多種多様。ハーレムなんかも目指せるらしい。興味ないけど。
曰く、お金。経済的に潤うと色々やれることが増える。こちとら毎日貯金だよ。
曰く、力。強いとは、自由だ。力があれば、ある程度の自由を獲得できる。
曰く、誉。
ダンジョンには、オラリオには、その全てが存在しているそうだ。ところで誉って何だよ。誉で何が買えるんだ? 買えるものが無いのなら浜で死んでおけ。
「ところで何でミノタウロスが上層にいるんだろうな?」
「知らないけどイレギュラーでしょ!?」
「だろうなー。で、ふと思ったんだけどさ」
「「何!?」」
「みっともなく逃げてるって知られたらぶっ殺されないか、俺達?」
「「……確かに!!」」
グルリと反転、武器を構えてミノタウロスを見上げる。自分が死なないとでも思っているのか、余裕綽々といった表情を浮かべているモンスターに向けて、ベルは短剣を、リリルカはハルバードを、俺は────最近完成した銃という武器を構える。銃。俺しか持っていない俺オリジナルの武器。主神の友神及びお祖母ちゃん曰く、控えめに言って変態と言わしめた、魔力と血液を使って鉄の弾を打ち出す武器だ。弾を装填できる数は六発。六発撃ち切ったら、弾と魔力と血液を再装填しなくてはならない。火炎石を使うことも考えたが、上手くいかなかった。
「んじゃあ、好きに暴れろお前ら! 俺が死ぬ気で合わせる!」
「いつも通りだね!」
「その補助をリリが行います! ベル様、暴れちゃってください!」
「うん! 行くよ、二人共!!」
ベルが仕掛けるのと同時にミノタウロスが動くが、その出鼻を俺が挫く。ガオンッ、と独特な砲声が響き、魔力を帯びた血液が撃鉄を起こし、弾丸を放つ。放たれた弾丸はミノタウロスが振り上げていた腕にぶつかり、貫通はしないものの、大きく仰け反らせた。
「ぜぇえええああああああッッ!!」
「ブモォッ!?」
「せいやあああああッ!!」
「残弾合計十発! 撃ち過ぎたなぁ、これは!」
ほら、オークとかキラーアントって結構あれなんだよ。結構硬いんだよ。普通に近付いて殴った方が早くないかとか言うんじゃねぇ。結構頑丈に作ってるから、弾切れになったら殴れるんだ。俺の武器はちゃんと武器として機能してるんだよ。
……にしても相変わらず凄いなあの二人のインファイト戦。ベルはともかく、リリルカはサポーターのはずなんだけどな……大型武器をスキルで持ち上げて振り回す姿はまさに
「おっと、それはいただけねぇや」
「ブモッ!?」
「ナイス怯み!」
「貫通しねぇなぁ! 貫通力に注力した銃でも作るかねぇ?」
反動とかヤバそうだけど、この先で現れるであろうモンスターを相手にするのなら、もっと威力の高い武器が欲しくなってくる。ステイタスを上げて技術で殴れ? うるせぇやい。俺は、ヴィジル・ガロンゾはこの武器で高みに行くんだよぉ! まぁ、サブ武器くらいは持った方がいいよなぁ、とは思ってます、はい。だからそんな目で見ないでくださいお師匠様。あと能天気に笑っている赤髪のお姉様気取りは後程シバく。
「決め手が無いなら!」
「作って倒す!」
「それが出来なきゃただの骨ぇ!!」
「「「今でも正気とは思えないね!!」」」
マジでスパルタだったな、あの修行。…………懐かしくて泣けてくるぜ、本当にさ。約束もあるんだし、こんなところで死ぬわけにはいかない。あとここで死んだらあのストーカーが何をするか分かったものじゃないから死ねない。誰かストーカーへの対処法を教えてくれ。
「ぐがががががっががががが……!!」
「ああ、ヴィジルがいつもの発作を起こしてる……!」
「安易にストーカーへのパーフェクトコミュニケーションを決めるからああなるのです」
あれがパーフェクトコミュニケーション……? あれが? 格下が真正面から殺すつもりで戦いを挑んで、全部を使って何とか敗北ギリギリの引き分けに至ったあれがパーフェクトコミュニケーション……? 確かにあの後から色々とあいつらと絡むようになったけど……俺、何か言ったか……? 約束が何とか言ってたけど……くそ、できない約束と覚えていない約束はしない主義なんだけどなぁ……!
「…………ふぅ、考えるよりもミノタウロス狩りじゃあ!!」
「あ、考えるの止めた」
「まぁ、その方が賢明かと」
「死にやがれ牛野郎ぉおおお!!」
その顔面に向けて残弾全てを撃ち込んでくれるわぁ!! ゼロ距離で撃つ銃とかも欲しくなってきたな……そう思った矢先────ミノタウロスが真っ二つになって血飛沫が俺を襲った。
「ぐおおおおおおおお!!?」
「ヴィジルゥウウウウ!!?」
「ヴィジル様ぁああああ!!?」
「目がぁ! 目がぁああ!!?」
血が目に入ると痛くて仕方がないと分かった。今度からゴーグルみたいなものを用意しておくべきだな。
「……大丈夫、ですか?」
「ぐぬおおおおお……!! これを見て大丈夫だと思うのならあなたの洞察力は猿以下だ……! あ、いや、でもお師匠様達の訓練に比べたらそこまで痛がるもんでもねぇや」
「ダメだ、ヴィジルの頭がやられた!! ごめんなさい! お礼はまた今度させてください!」
「すぐにミアハ様のところへ運びますよ!! すみません! リリ達はもう行きます!」
「あ……」
何か声をかけられた気がするが、そんなことを気にする暇はなく、俺はベルとリリルカに担がれて地上へと移動を開始する。せめて血を洗い流させておくれよ。
「ところでベル、アイズさん、変わってなかったな」
「う、うん! そうだけど今はヴィジルの治療が先かな!?」
「そうですね! 今はヴィジル様の頭が問題ですね!」
「酷くねぇかその言い方」
ちなみにベルはアイズさん────【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインに一目惚れしている。英雄が女の子に一目惚れするって、何か本当に物語みたいだな。
「そういえばベル、御母堂と叔父御は今どこにいるんだっけ?」
「えーと、確か……」
「黒い砂漠、ですね。ヴィジル様が壁に埋まってる最中に話してました」
「ああ、その時ね……マジか」
「お土産も持ってくるってよ?」
「わぁい、凄く楽しみだなぁ!」
思わず白目になっちゃいそう!