仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第三十二話 黄食人種

Side =シンディア=

 

第四十層の森林エリア最西端。

クエスト限定の洞窟エリアの中にわたしはいた。

殻を突き刺し、肉を断つ。

槍に当てられた硝子の様な体が、空中で不自然に停止した。

肩の力を下ろし、槍が地面とぶつかり音を響かせたところで青白く染まった奴の身体が無数の硝子片となって四散した。

響くファンファーレ。視界に広がるクエスト仮達成の文字と化け物を退治した報酬の表示。

仮達成なのは、まだ視界隅にあるカウントダウンが止まっていないからだ。

最初の討伐となった《ア・ステラ》との戦いから五日が経った。

次に向かった第二十層の洞窟にいたのは常に天井に張り付く蠍型の敵。

これの討伐は半日で終わったので次の第三十層に向かったのだが、これが中々辛かった。

その日も含めると発見には三日かかったことになる。

兎に角小型だった。

例えるなら指の上にちょうど乗せられるほどのサイズをした蠍だ。

おまけに毒性がさらに強くなっていたモノだから戦闘にも無駄に時間を食ってしまった。

でも、結局はあっさりと終わってしまったので退屈する結果となったしまったのだが。

最後は第四十層の洞窟エリア。

行って帰って最後を飾る。

碑文通りの輪廻を見た訳だが、あの文章の意味はこれだけではなかったらしい。

洞窟を進み、行き止まりが見えた所で反響定位を行った。

そして、探知出来た動く物体は第三十層で倒したあの蠍と酷似したモノ。

アルボルの松明で辺りを照らし、反応があった場所に松明を向けると、その光を反射する宝石の様な反射光が眼に入った。

硝子の身体。

反転された奴の名称が目の前で改稿された。

《A Seratna》。

天井に張り付いているのを見て、確信する。

輪廻を見ていたのはわたしだけではない。

だから、あの時ステラのHPが残ったのだ。

他の二匹も同じ理由だ。

三体の長所だけを結集し、作り上げた個体がこのセラトナと言うことだ。

 

――でも、まだ足りない。

 

現実世界から乖離しているはずなのに、わたしはさらに現実に近づいているような感じがして堪らない。

そりゃ現実に帰ることを目指しているのだから、こんな気持ちになるのは自然の摂理なのかもしれない。

違う、元からわたしは現実世界から乖離などしていなかった。

目の前の光景を全て現実だとして、見たことのない夢を見ていただけだ。

何日か玲以外の同族、もしくはわたしの興味を惹く者が現れるかも知れないなどと言う夢を。

夢を言うモノは、叶うと思って抱くモノではないはずなのに。

虚ろな面持ちのままわたしは槍を振るった。

こんなことをしていても危なげなくセラトナを倒してしまう辺りは、わたしの力が通用する現実であることを世界が示していた。

 

「《黒ずくめ》に、期待するしかないのかな……」

 

これまでの人生の中で、誰かに期待することは一度だってなかった。

やりたい事の殆どは自分で出来たし、玲には期待と言うよりも理解の方が先に追いつくから以ての外だ。

期待は押し付け、そう思っていたのに。

悩める思考を振り払い、入手した薬をサラさんに届ける為に走った。

扉を乱雑に開き、ベッドに寝かせていたサラさんに薬を手渡すとクエストクリアの表示がされた。

サラさんは薬を飲むと途端に顔色が回復し、自力で上体を起こしてわたしの方を向く。

「では、これを貴方に差し上げます」

深紅の髪を束ねていた髪留めを外すと、わたしの肩に手を置いて少し微笑みを浮かべた。

その意図を理解したわたしは彼女に背を向け、ボディ部分の装備をピアスの形に戻した。

散乱したわたしの髪の毛を手で掬い、もう片方の手の上にある髪留めをわたしの髪に翳すと、途端に髪の毛が伸びたのだ。

初めて見た光景にギョッとしたわたしを余所にサラさんは紙の先の部分に髪留めを付け、「立ってみて」と背中を二度叩いた。

言われた通りに立ち、振り返るとまとめられた白銀の髪の毛がしなやかに波を打った。

しかし、その髪の毛も装備によって鎧の中へと消えて往く。

アイテム欄を開き、【黄金の髪留め】をタップして使用のボタンを押す。

すると、背中と腕の重量感がふっと消えた。

 

《ルクスリア・ゴールド・ルナ・シールドランス》。

 

元の槍よりも随分と軽いはずなのに、その全ては黄金によって作られている。

「良くお似合いです」

サラさんの言葉に、わたしは頬笑みを返すと小屋を後にした。

力は着々とついて行く。

けど、物足りなさは相変わらずだ。

それが同時に強さの証でもあるのかもしれないが、その辺の価値観はわたしと玲ではかなり異なっている。

「……どうしようかな」

第三十層に戻ってきて、小さくそう呟いた。

この町に身体が溶け込んで往く。

残るは、首から上。

 

――今は、曝し首だ。

 

==========

 

翌日、朝一でアルゴにクエストの情報を回して街に繰り出した。

それにしたって《LGL》は軽い。

私服を着るとファンの連中やその他わたしに好意を受ける者が五月蝿いので常にLGLを装着して出かけるのだが、動き難いなんてことは無いし、装備のお陰でこの階層では見つからないように動くことだってできる。

更に言うとこの《ゴールド》の街は本当に人口が少ないのだ。

わたしが暮らしているからという理由で住みこんだ者も少なくは無かったが、やはりこの無駄に煌びやかな景観に気分を害した者が続出したようだ。

よって、この第三十層が一番過疎化している階層ということも調べが付いている。

挨拶をしてくるNPC達に手を振りながら、わたしはいつもの喫茶店に歩を進めた。

扉を開くとカランコロンとベルが鳴り、マスターがこちらに頬笑みを向ける。

いつもと変わらない光景に、一つ異物があるのを肌で感じた。

いや、玲以外が『異常』に見えてしまうわたしにとってそれは寧ろ形を成した物と言える。

 

――人のカタチをしていた。

 

その者はいつもわたしが座っていたテーブル席でコーヒーをすすっていた。

態々その近くに座る訳にもいかないので入口近くのテーブル席に座ると、注文を取りに来たマスターにコーヒーを頼んで窓の外に視線を向けた。

すると、コースターとカップが接触する音がやけに響いた。

わたしのモノではないその音に気など掛けなかったが、それらを持ち上げて席を立ち、その物体はこちらに接近してきた。

ここで、ちらっとその方を見たわたしは初めてその異物を五感で認識することが出来た。

玲でも、他の奴らとも違う雰囲気が脳を埋め尽くす。

玲以外の人間をしかと目に捉えたのはわたしが目を醒ました時以来だ。

今は退屈しているんだ、折角来たなら話をしようよ。

それを声には出さなかったが、彼はそれを理解したかのようにわたしの前の椅子に腰をかけた。

わたしの前に座ったのは喫茶店であるにも関わらず真っ赤なマスクとこげ茶色の帽子を付けた少年だった。

首にはゴーグルがぶら下げられ、こういった煌びやかな街の雰囲気にそぐわないスラム街から出て来た様な格好をしていた。

少なくともわたしの様に防具らしいモノを身につけてはいなかった。

水色のシャツの上に汚れた緑のタンクトップを着ている姿の彼をわたしは認識した。

ちらっと覗いた髪の毛はこれでもかと言うほど黄緑に染まっており、間違いなくメーキャップアイテムで髪を染めたのだろう、とわたしは一瞬のうちに彼を把握して視線を移した。

「何か用ですか?」

先に声をかけたのはわたしだった。

彼の身長が自分より小さいことから年齢は察することが出来るが、自分のところにやって来るほど肝の据わっている人物なら態度を変えることもないだろう。

少年は椅子に深く腰掛け、帽子のつばが彼の眼を覆い隠した。

「いや、一目。見たかっただけです」

格好の割には随分と丁寧な口調で話すモノだ。

その声色にはわたしに対する憧れ、緊張が大部分を占めていたのだが――

 

――僅かな恐怖が隠れていた。

 

こういうところを見ると、極限値を追求するわたし達とは違う『普通』の人間であると確信できる。

だが、恐怖が意図的に隠されていたのだ。

つまり、目の前の少年はわたしに恐怖を抱く程の要因があるのだ。

それもわたしに悟られないように最大限の注意を払ってまで。

アルゴにわたしの人気について一度愚痴気味に話を聞かされたことがある。

それによれば、わたしはジャックに喧嘩を売りながら強くなり続ける為に戦い続ける勇敢なプレイヤーと言うなんとも単純で簡素なヒロインという扱いを受けている見たく、こんな少年の恐怖の対象になる要因は無いと思うのだが。

思い当たる節があるとすれば、たった一つ。

三つ目のLGLを入手する際に行ったあのPKだけだ。

けれど、どうにも解せない。

あの時に周りにプレイヤーは一人も存在していなかったはずだ。

どう声を掛けようかと思考を巡らせた私に、少年は再び口を開いた。

「ここは行きつけなんですか?」

彼はそういうと、上を向いてマスクを顎にかけるとコーヒーを口の中に流し込んだ。

なんともマナーの悪い客だとは思うが、それほどまでにその口をわたしに見られたくないのか……。

もしくは、口裂け女の如く興味を持たせるためか。

どちらにしても彼はNPCではない。

何の目的があるのかは解らないが、自分が畏怖する存在に話しかけてきてくれたのなら応対しよう。

「そうだね。この階層には人も来ないし、一人でこうやって静かにしてるのも好きなんだ」

軽く微笑んだつもりなのだが、さてさてどんな反応を示してくれるのかと少年に視線を向ける。

しかし、少年は何の意も返さず、再びコーヒーを口に含んだ。

 

――まさか。

 

先に感情を動かされたのはわたしだった。

微動だにしない反応によって造られた砦の奥深くに感情の欠片が落ちているのをわたしは見つけることが出来た。

ここまで感情を隠していると言うことは、わたしが気付いていることにこの少年も気づいていると言うことだ。

状況が違えば玲でさえもその感情を見破れないんじゃないだろうか。

こんな『普通』の人間がいるなんて思ってもみなかった。

刃さんの場合は玲と言う存在が近くにいたからこそ気付けた、と言うか……そう。

『普通』と『異常』を区別をしたのはあの人だ。

なのに、この少年は《異常》の存在を認知しているかのような反応をしている。

好奇心が刺激される。

「ところで、どうして君はここに?」

話してみたくなった。

「俺は食べることが大好きなんですよ」

「その割にはマナーの悪い食べ方だね」

「よく言われます」

「じゃあこの階層の飲食店も回ってるの?」

「はい、そうですね」

「ここ以外にいい店はあった?」

「えっと……」

そう言って少年はウィンドウを開く。

会話はそれからも続いた。

主にわたしが質問をし、彼が答えると言うだけだった。

その中に見える彼の一挙一動。

彼は最後までその砦を崩そうとはしなかった。

大した精神力の持ち主だ。

その牙城は会話を重ねるごとに強さを増して行った。

《異常》に対して対応をしているのだ、この少年は。

気が付くと、晴天の中にある紅い点がちょうど天辺に姿を現していた。

楽しい事があると時間と言うモノはあっという間に過ぎると言うが、これほどとは……。

「もうお昼の時間ですし、俺は別の階層へと行きますね」

「うん、楽しかったよ」

正直な感想を返すと、少年は会計を済ませて店のドアノブに手を駆けた。

わたしは背を向けていたので振り返ることは無く、わたしも昼食にしようとコーヒーに口を付けていた。

しかし、少年が最後に向けた視線に、その姿を捉えていなくてもどんな顔をしていたのかはっきりと解ってしまった。

金属音と共にドアが閉まる音が聞こえ、残されたわたしはカップを置き、誰にも見られない様に嗤った。

 

「ありゃ、捕食者の顔だね」

 

だから彼はわたしに対して頑なに口を見せなかった。

それに、してやられたと言うのもある。

恐怖の感情が籠っていたと考えていたが、あれはフェイクだ。

その感情のさらに最深部に殺意が潜んでいたことを、それで知ることが出来た。

(一度考え直さなくてはならないな……これは)

退屈していた世界がこうも覆されるとは思ってもみなかった。

自分の身体に意識的にかけていた枷を少しだけ緩めた。

きっと、あの子はわたし達とは意志を共に出来ない者だ。

「《異常》を喰らおうなんて、『普通』にしては随分と《異常》じゃない?」

わたしの言葉に答えを告げられる者はいない。

玲ですら彼の存在に気付いているかどうか解らない。

 

「……面白くなってきた」

 

もうじきこの世界で一年と言う時を過ごそうとしていると言うのに、ようやくわたしはこの世界の住人となったのだ。

世界に慣れるのに速いも遅いも存在しない。

要は、それが出来たか出来ないかだ。

彼とは、現実で会って話をして見たくなった。

余談ではあるが、話している時に彼はちゃんとわたしを女性として意識している節も見られた。

やはりそこは『普通』ならではの部分だし、年相応の反応が見れて大人を相手にするよりかは少しだけ面白かった、

そんなわたしと現実で顔を合わせた時、彼はどんな反応を示してくれるのか、楽しみでしょうがない。

わたしの本来の髪の色と同じ灰色の瞳をしている君の本当のその牙城を崩すのが楽しみだ。

取り敢えず、今日のことはアルゴにも黙って置こう。

そう思い、席を立ったのだが……

「あっ……そういえば……」

 

「名前、聞いてなかった……」

 

==========




はい、どーも竜尾です。
LGLはさくっとカットです。
だって書きたかったのは次のシーンでしたから。

分かったかと思いますがシンディアと話をしていたのはグーラ君です。
一人称がいつもの『自分』ではなく『俺』になってたから分かりにくかったかもですね。

なんやかんやでジャックとシンディアに認められたグーラ君。
徐々にオリキャラ達も繋がってきました。

【次回予告】

「なら、一緒に行こう」

「神様なんて糞喰らえ。あたしが込めた思いがこの旗印には詰まってるんだよー」

「自分がしたいと思った事をするところだ」

「《悪食》。そう呼ばれているプレイヤーの特定を頼みたい」

次回をお楽しみに!それでは。


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