Side =シンディア=
「《黒ずくめ》も動き出さないし、わたしもだんだんと飽きてきちゃったなぁ……」
第四十層主街区《アングリクス》。
暇を持て余したわたしはいつものカフェ、《アウルム》のテーブル席に座りながら日差しで暖まった木の板に顔を横向きに付けていた。
そうしていると、入口に扉に付けられたベルがカランコロンと客が来たことを告げる。
光の入ってくる窓と逆側を向いていたわたしは、その人物が視界に入ってきたところできちんと座り直した。
「今回はあーちゃんから先に来るとは……お主やるなっ!」
「何を言ってるのよシンディア。あと、あーちゃんは止めてって言ったはずよ」
おかしなテンションのまま話しかけたわたしに颯爽とつっこみを入れ、向かいの席に座ったのはアスナだった。
「ごめんごめん、つい……ね?」
「もう……しょうがないんだから……」
溜息を一つ、店員を呼んでわたしの分のコーヒーもアスナは注文した。
「いいの?」と聞くと「タダでいい訳無いでしょ、ちゃんと払って貰いますからね」と返された。
わたしが誰も来ないと水しか飲まないことを見越しての一言に、本当にこの子もわたしに慣れちゃったなと内心溜息を零した。
結果的に、わたしが第三十層で行った行為は実を結んだ。
アスナが攻略会議中にジャックが視界に入った時の反応を見ていたが、そこに恐怖は感じられなかった。
それよりも、ジャックが戦っている姿に恐怖を覚えるようになったのだ。
変わっていないようで、これが実はかなり変わっていたりする。
戦闘時に彼女がジャックに出会うのは十中八九ボス攻略の時だけ。
それ以外の時間でジャックを恐れない様になると言うことは、実質七、八割の恐怖を取り除いたことになる。
だが、その所為でわたしも楽しみが無くなってしまった。
(うーん、残ってるのは《黒ずくめ》位なんだけどね。でもわたしはそっち方面じゃジャックみたいに上手くいけるか解らないし……)
一応第四十層に上がってきたので四つ目となる《LGL》獲得クエストを受けるのだが、まだこの層クラスじゃわたしは楽しめない。
――好奇心を刺激するのが得意な分、わたしはそれ以上の興味を欲してしまうのだ。
「アルゴ、遅いね」
そんな事を顔に出す訳もないので取り敢えずアスナに話題を振った。
「そうね、あっ。アルゴからメッセージだ」
噂をすればなんとやら、コーヒーを飲み干し耳を傾けた。
「アルゴ、今日は急に仕事が入ったから来れないって」
「ま、しょうがないか。最近忙しいらしいしね」
再度コーヒーをグイッと飲み込むと、まだ半分程コーヒーを残しているアスナの前にわたしの分の代金だけ置いて立ち上がった。
「じゃあ、わたしはクエストに向かうから」
「うん、気を付けてね。また攻略で」
軽く微笑みと共に挨拶をしてカフェから出た。
随分と粗末な会話かもしれないが、元よりわたし達の会話はこんな感じだ。
攻略会議でも必ず一回は会話をする付き合いだけど、わたしはアスナのことを十分に理解しているし、彼女もそれでいいと思っているので可もなく不可もなく仲の良さだけは保っていた。
わたしが街に出ると纏った三つの装備がそれぞれ輝いて周りの人間の視線を集める。
首から下の部分は全て黄金なのだから仕方のない気もするが……。
「じゃあ、行きますかな」
つまらないけど、それが日常なんだよね。
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さてさて、今回のクエスト内容はどうでしょうか?
森を抜けてあの木造の家の前に立ち、そんな事を考えながら扉をノックしようとした。
すると、わたしの手の動きに合わせて扉が奥へと動いた。
木の軋む音にわたしは扉のロックが掛っていないことを悟り扉を思い蹴り開けた。
すぐに目に入ってきたのは唯でさえ真っ白な肌を青白く染めながら床に伏せるサラさんの姿だった。
「あ……貴女……ですか……」
と言うことはこれが今回のクエスト内容って訳ね。
近くに駆け寄って身体を起こして上体を安定させると、僅かに顔色を良くしたサラさんが口を開いた。
「今朝方、外で薬草を摘みに行っていたのですが……そこでモンスターと出くわしてしまって……」
「毒を持ったモンスターですか」
「はい……全身が真っ黒で大きさはバラバラでした……命からがらここまで逃げてきましたが、徐々に毒がまわってきて……今ではこんな……」
その言葉の後に、テーブルの上に青い光が生まれた。
「それも、ご先祖様は予測していたみたいです。そこの紙にモンスター達の記述があります」
サラさんを座椅子に腰かけさせて紙を手に取った。
書かれている文を一瞬で読み切ってサラさんの方を向く。
「モンスター達を全て討伐出来れば、きっとこの毒を治せると思います。お願いします、私を助けてください」
四度目の懇願をする彼女の髪はいつもの様に腰辺りまで下ろされているかと思えば、今回はポニーテールの様に一つにまとめられている。
それをしているのが、黄金の髪留め。
つまり、あれが四つ目の《LGL》だ。
目の前に発生したウィンドウの了承ボタンを押して、クエスト開始の合図が成された。
「はい、解りました。行ってきます」
わたしは誰が見ても解りやすい程の欲丸出しの笑みをサラさんに向けて家から外へと出た。
この世界のクエストというのは、総じて人助けに直結する。
――人助けと言うのは自己満足の為だけにやるモノだ。
今までのクエストのときだってそうだった。
わたしは必ず依頼者に向けて「わたしは報酬が欲しいだけ」と言った何らかのメッセージを残す。
だって、人間の行動原理の中心にあるのは何時だって自分の利益だ。
もし自分は百パーセント相手の為に尽くしているなんて奴がいたら、ぜひわたしは問いてみたい。
「貴方は誰でも助けてくれるんだよね?」
見て見ぬふりをしたことがあるくせに《英雄》を語るな。
貫くなら最後までそれを完全に貫き続けるしかない。
そうして、その人間が辿る末路は決まって一つ。
――自分自身が、全ての敵に為る事。
こんなことを言うと、まるでジャックが《英雄》だと言っているように見えてしまうかもしれないが、そんな事を考えたことは無い。
現に殺人をしてる時点で《英雄》なんてモノに慣れる訳無いし……。
何よりも、そう。
――100%なんて信じてないからね、わたしは。
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【色彩を欲した者達を害は許さない。】
【害を身体に宿してしまえば、永久の世界へ。】
【道を壊すには黒き戦車を葬るしかない。】
【嫉妬し、憤怒し、暴食を貫こうとした奴を倒さねば、害を取り除く聖水は手に入らない。】
【輪廻を見よ。】
ヒントの難易度上がりすぎじゃない?
今までと違ってサラさんも敵の数については明言していない。
解ったことは敵が複数出現することくらいだろう。
一応解けない問題ではなかったので転移門へと歩を進めているが、つくづく狭い門だと考えていた。
「うーん、これは茅場のシナリオに乗っかっちゃったかな?」
でも、結局それを奪い取るのがわたしたちなんだけどね。
わたしが転移した先は、第十層主街区だ。
輪廻。
最後の一文に添えられたこれだけがこのクエストクリアへの手掛かりとなる。
今回のクエストは、言わば総集編だ。
最後の一文で解った。
言い換えれば、「もう一周しろ」と言うことだ。
しかも、おまけと言わんばかりに視界の端っこでタイマーが時間を徐々に減少している。
一週間という期限付きに加えて《絶対単独攻略型》のクエスト。
あぁ、ちょっとだけ面白くなってきた。
わくわくを募らせながら視線を無視し、街の外へ。
敵はこの広大な森のどこかにいるはずだ。
足にも地面にも負荷をかけないように最速でその場を飛び出した。
三回目クエストでの虱潰しに失敗した時のことを教訓に、一番端っこのエリアから探索を開始した。
最前線は第四十層であるが故に第十層の人口は極端に少なく、このエリアにも人の気配は見られなかった。
と、言う訳で本気で行けるってことだ。
回転するように外側から内側へと探索を開始して五時間。
月がちょうど真上に上がってきた頃、闇に紛れてわたしの視線から逃げようとしたその物体を捉えていた。
足を付き、一気にその方向へと跳躍する。
奴の前に着地を決めると、動きを止めた奴の姿が徐々に姿を現した。
透き通るような……と言うか本当に透明な体だった。
それは硝子の造形物と言っても過言ではない姿をしていた。
「成る程、蠍か」
足も身体も手も尻尾も全てが透き通っている蠍がそこには佇んでいた。
唯一色が付いているとしたら、尻尾の先端部分を彩る毒々しい紫と、身体の中央部にある発光する赤い物体、恐らく心臓だろう。
《ア・ステラ》
硝子細工の上に浮かんだ文字とHPゲージを見て、わたしは真っ先に駆け出した。
もう、戦闘にかける時間は必要ない。
モンスターとして登場してくるくらいだから、そりゃステラが普通の蠍と同じサイズなんてことは無い。
全長が大体二メートル五十センチと言ったところだろう。
そこから見え難い鋏の長さを計算し、視界の中に仮想の鋏を作り出して筋肉の動きから攻撃位置を予測。
初撃は真正面から、鋏をツーステップで躱し隙を与えないままに鋏覚のある部分に向かって《インフィルミ・ターテ》を発動する。
しかし、一枚岩でいかないのがこのクエストだ。
ステラの紅い心臓が鼓動を打つと、共振するように地面が波打った。
一瞬タイミングをずらされ、その巨体では考えられない様な速さでステラはまた夜闇の中へと姿を消した。
心臓の光も消えてるし、恐らくはそう言った類の攻撃があるのだろう。
わたしの予想通り、ステラの足音が消えた。
これは間違いなく刃さんの仕業だ。
でなければ、こんな技がわたしに通用する訳がない。
「その挑戦、乗るよ」
本当にステラの位置が解らなくなったところでわたしは棒立ちになってその時が来るのを待った。
意識など集中する必要はない。
寧ろこういうときは自由な感覚でやらないとね。
刹那、視界の先で紅い光が生まれた。
間違いない、奴だ。
わたしは槍を両手で握り、すぐに行動を開始した。
――後ろを振り向いたのだ。
眼前には跳びかかるステラの巨体。
わたしに向かって真っ直ぐ毒針を突き出している。
一目見たときから解っていた。
ステラの姿が全て硝子で出来ているのに、心臓の一点だけは光っているのか。
そして、それが対《異常》者様に作られているのなら尚更だ。
奴の体は映写機の代わりとなっていたのだ。
それで紅い心臓をわたしの前に映し出していたのだ。
もう一度《インフィルミ・ターテ》を発動させた。
だが、ステラはまだ策を用意していた。
映写機の様に紅い光を動かせるのなら、それをわたしの顔に向け、目を潰すことも可能なのだ。
瞳孔が無理矢理開こうとしているのが解る。
わたしは怯まず槍を突き出した。
例え目がやられても、一度見てしまえば位置の計算くらいは簡単に出来る。
槍がステラに突き刺さり、《弱点倍加》が発生した音が耳に入った。
空中で蠍は大きく飛び跳ねた。
まだ視界が保護色で鮮明にならない。
その間に、蠍は地面に落ちるまで空へと毒液を噴射していた。
毒液は拳程の塊になって降り注ぐ。
まだ視界は戻ってはこなかった。
それなのに、視界の端っこでは目に斜線の引かれたマークが点滅している。
「状態異常か」
耳と触覚で掴んだ蠍の毒液噴射位置と角度は解っていたので、追加で毒の腐食性のある刺激臭を察知し回避に成功。
まだ視界は開かない。
もしかすると、かなりまともに奴の攻撃を受けてしまったのかもしれない。
でも、逃げる気なんてさらさらない。
奴も《弱点倍加》と言うリスクを負っている。
逃げたいのはわたしと言うよりは寧ろ奴の方だ。
硬直を破る様に八本の足の内一本を動かした瞬間、わたしは制限している力、今出せる全力で跳び出した。
足を付いた瞬間に駆けだしたのは、カーディナルが算出した行動とわたしの行動を合わせることによって弾きだした選択肢を増やして僅かなラグを起こさせるため。
《スビータ》など使わなくても十分に懐に潜りこめた。
最初に《コニュンジェーレ》を打ちこみ、《脱力》が追加発生。
続けざまに《トラビス》の三連撃。
上から撃ちこんだ為、まだわたしの連劇は進む。
確かステラのHPは一本しかなかったけど、耐えきれるのかな?
それも、視界が元に戻らなけば解らない。
兎に角今は攻撃を加えること――
《コントゥリーティオ》で蠍を打ち上げた。
「それだけ、だね!」
止めとなったのは《ヤーク・ラティオン》。
鋏覚を貫通し、あの紅い心臓部まで刃が達した音が響いた。
これでHPは全損したはずだ。
視界も徐々に鮮明になり、わたしはステラの落下地点へと走り出した。
ステラの巨体はすぐさま地面に叩きつけられ、鈍い音が辺りに響く。
そういえば、まだあの破砕音が聞こえないのは何故だ。
あの攻撃を受けて、蠍が生還していると言うのか?
そんな筈はない。
しかし、聴覚と触覚はわたしの前で横たわるステラの姿を捉えていた。
目のマークが激しく点滅している。
もうじきだ。
そして、視界が元に戻ったと同時にステラの姿を再び目に収めた。
そこにあったのは身体からわたしの槍を引き抜いたステラの姿。
HPゲージは残り一ドットで止まっていた。
わたしはすぐに体術スキルで蹴りを付けようとしたのだが、それよりも先にステラは地面の中へと姿を消した。
途端に目の前に現れる戦闘勝利表示。
解毒剤が手に入ってないと言うことは、まだこいつとの戦闘があることを示しているに違いない。
「ゲームならではってヤツだね。わたしやジャックにはあんまり理解できないけど」
槍を拾って宿に向かって歩き出した。
時刻も夜になったし、今日はここまでで良いだろう。
「このクエスト、まるで刃さんと戦ってるみたい」
あの人のやることだ。
わたしたちだからこそ楽しめる要素がまだまだ残っている、と強い期待を抱いていた。
楽しいモノを取っておくなんて感覚は味わった事のない体験なのだ。
これこそ、人助けと言うモノだろう。
残り日数、六日。
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はい、どーも竜尾です!
お久しぶりです。
四回目となる《LGL》獲得クエストですね。
しかし、今回はちょっと違った趣向で書いてみました。
飽きは誰にだって来るモノですから。
次回は結構書きたかったシーンが登場します。
お楽しみに!
【次回予告】
「《黒ずくめ》に、期待するしかないのかな……」
――今は、曝し首だ。
「いや、一目。見たかっただけです」
「ありゃ、捕食者の顔だね」
次回をお楽しみに!それでは。
※リクエストはまだまだ受付中。