仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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お待たせしました。


第三十話 The Hero

Side =?=

 

時を遡ろう。

物語には常に始まりの前日譚がある。

私の物語りの開始があの日だとすれば、所詮あの出来事は気にするに値しない出来事だ。

 

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

そう、なまじ死刑宣告を我々は受けたのだ。

抜け駆けを考える者、感情を暴走させる者、そんな奴らを纏めようとして優越感に浸ろうとする者。

私にはその光景がはっきりと映っていた。

人間の汚い部分がその時から解る様になったんだ。

私は結局立ち尽くすだけだった。

私に何が出来るとも思わなかったし、こうして居た方がいいと本能がそう告げていた。

他にも私と同じような事をしている人が四、五人はいるし、彼らと目的は違うが少なくともまだまともな人間には見えるだろう。

取り敢えず、周りに人が少なくなったことを確認すると私は動き出した。

見た目的にも冴えるモノなど無い私に誰も気にかける者は居ない。

適当にそこいらをうろつきながらNPCと思しき者達と会話を重ね、比較的安価な宿に辿り着いた。

一番安い所は既に元ベータテスター達に占拠されていることから三番目に安い場所を選んだのだが、私の選択は見事正解を引き当てた。

私が真っ先に宿を取りに行った理由はまあ、拠点になるという点もあるがそれよりも明確な理由があった。

借りた部屋のドアをさっと開け、ベッドに飛び込んだ。

 

――そう、寝ることだ。

 

その思考が私の中で最優先事項と決定づけられたのだ。

と言う訳で見る見るうちに意識が削れて往く。

あっという間に意識を手放す程、私は危機感が足りていなかったのだろうか。

ただ寝る為だけに行動していたはずなのに、ここにきて私の思考はグチャグチャになっていた。

 

==========

 

仮想世界で、夢と言うモノは見るのだろうか。

答えは、否。

茅場晶彦と言えど夢の解析は出来ていなかったらしい。

ならば、私が見ていた光景は一体何なのだろう。

私だけの世界で視界の先に表れたのは紛れもない愛する二人の家族の姿。

二人とも手を繋ぎ、一人はこちらに向かって頬笑み、もう一人は心配そうに私を見つめていた。

私は酷く驚愕した。

二人と私との間に大きな大きな亀裂があったのだ。

もう、その手が届くことは無いのか。

 

――そんなこと無い!

 

そう簡単に生涯を共にすると誓った相手と離れ離れになることに納得できる訳がない。

 

――必ず、生きて帰るから待っててくれ。

 

声が枯れてもいい。

前屈みになりながら必死の思いで叫び声を上げた。

こんな声を出したのは学生だったとき以来だ。

少し不格好な声だったが、二人には届いたのだろうか。

願いを込め視線を前に向ける。

その眼に映っていた二人の姿は――

 

――目を醒ました。

 

けれど、窓の外から見える景色は何も変わっていなかった。

夕焼け空が広がり外を覗けば閑散とした街並みが広がっていた。

(まさか、私は寝て居なかったのか?)

そう思いウィンドウを開いたのだが、そこに刻まれていた日付は二つほど数を増やしていたことで驚愕よりも納得のほうが強くなった。

だから寝始めた時間よりも少しだけ時計の針は戻っているし、もう一日くらい続くと思われた喧噪もなくなっている。

「取り敢えず、広場に行ってみるか」

私は約束をした。

それを逸早く成し遂げる為には何としても後に発足される最前線での攻略集団に名を連ねなければならない。

ゲーマーでもない普通のサラリーマンの私が今更何が出来ようかと本心ではそう思っていた。

しかし、ここは現実ではない。

何の刺激の無いある意味幸福である意味不幸な人生を送ってきた私でも、その一握りの集団に入ることが出来るはずだ。

そう思い、転移門のある広場へと向かった。

案の定まだ残ったプレイヤーたちが何人か居るようで、プレイヤーの募集に遅れた複数のパーティーが残されていた。

(確かパーティーの条件は六人だから、五人のところに入ればいいか)

そのまま適当に声をかけて私は無事に年の近い者たちの集まったパーティーに入ることが出来た。

幸い誰も知り合いがいる訳でもない所謂寄せ集めのパーティーだったので常に当たり障りのない受け答えをしていた私はそのパーティ内で孤立することは無く六人で仲良く着実に強くなっていった。

そんな私達だったが、やはり障害と言うモノは幾度となく立ち塞がった。

最初はかの《殺人鬼》の存在。

攻略組トッププレイヤーにして表だったPKを行った唯一の人物だ。

彼の存在を知ったのはちょうど第九層を攻略している時だった。

当然私達の間でもそれは問題となった。

このまま《殺人鬼》の居る攻略組へと足を運び入れるのかどうか。

情報によれば《殺人鬼》の標的は攻略組以外の全プレイヤー。

攻略組に入るにしろ入らないにしろ死の危険性は十分にある。

それが一晩かけて審議され、結局一人がパーティーから離脱することになった。

なんとも呆気ない別れだったのだが、こういった微妙な立ち位置、現実世界と乖離されているからこその人との繋がりの価値観の変化がそうさせていた。

この一人の離脱が私達のパーティーに影響を与え、ずるずるとレべリングを続け攻略組に加入出来たのは第十五層のことだった。

だが、その時にも一つ問題が発生した。

パーティーメンバーの一人が裏カジノなるモノに身を投じ、すっかりとその沼地に浸かってしまった事だ。

もはや何を言おうと無駄だった。

必死に挙げたレベルも金も、全てを溶かすだけの機械になってしまったのだ。

何があったのか聞こうとしても彼は固く口を閉じ、結局攻略組には四人で加入することになってしまった。

それでも手厚く迎え入れてくれた彼らには感謝の言葉しかなかった。

そうして、私達は《殺人鬼》の姿を目にすることになった。

この世のものとは思えない姿をしていたと、当時の私は思っていた。

鮮やかで尖った金髪。

その色に引けを取らない位輝く金色の瞳。

雰囲気も殺伐としており、実年齢はどれくらいだろうと考えてしまうほど彼の姿は面妖だった。

内心、本当にこんな人間が存在しているのかと思ってしまう程に。

そんな事を考えつつも、時間が経てば慣れてしまった。

案外フレンドリーに話しかけてくれるし、多趣味なのか何にでも話があった。

徐々に私達のパーティーにも変化が訪れた。

実力を買われた仲間達が次々とギルドに引き込まれ、遂には私ともう一人だけになってしまった。

パーティーに対しての拘りは無かったし、ギルドに引き込まれた仲間からも声はかかったが、何故かギルドに所属する気にはなれなかった。

本能が、そう告げていたのだ。

そうこうしているうちに、私と最後までパーティーを組んでいたプレイヤーが攻略の最中に戦死した。

他のパーティーと行動している時に死亡したと知らせを聞いた。

悲しくはなったし、取り立てて涙を流すことは無かった。

せめてもの弔いに花を一つ買い、《生命の碑》のある場所に向かった。

彼の名前を探している時、ふと気になった私はパーティーから離れて行った二人の名前を探すことにした。

記憶を頼りに名前の羅列に指を当てて往く。

少し時間はかかったが三人の名前を見付けることが出来た。

 

――その名前の全てに横線が掛っているのは意外だったが。

 

――一人目は【モンスターの攻撃による体力全損】。これが件の彼だ。

 

――二人目は【高所落下】。これはギャンブルに溺れた彼だ。

 

――三人目は【短剣による刺殺】。これは途中で離脱した彼で、死因を見るからに《殺人鬼》による犯行だろう。

 

これで私は一人になってしまった。

さて、どうしたモノか。

ソロプレイヤーの仲間入りをしたものの、私には何かとその辺の理解が足りていない。

取り敢えず、と思考を全部放棄して就寝した。

不謹慎に思うかもしれないが、これはこの世界において私の癖となっていた。

別に寝ることが好きな訳ではない。

ただ、こうすることによって自分を落ち着かせることが出来るし、何よりもあの二人と出会った場所なのだ。

そう言うところに縋りたくなるのはもはや性なのだ。

ほら、願いが叶うかのようにあの日の地面が視界に広がった。

少し歩を進めて崖の淵に立つ。

しかし、向かい側の淵には二人の姿は無かった。

代わりにと言わんばかりに置かれていたのは赤い布に包まれた物体だった。

二人が置いて行ったものだろうか。

包みを開けると、先ず目に見えたのは銅。

一応手にとっては見るが、それを見て行く度にこれがただの金属で無いことに気付いた。

「これは、装備か?」

だが、その重量は総計すればとんでもないほど重く、私に装備できる代物ではなかった。

ならば何故ここにこんな物が置いてあるのか。

それにこの装備を見る限り全てを装備したその姿は映画などで見る《剣闘士(グラディエイター)》の格好ではないか。

私には到底似合うモノではない。

そう思った瞬間、私の意思を汲み取ったかのように装備が青白い光に包まれた。

私は驚いて飛び退いたのだが、無防備になったその身体に光は飛びこんできた。

腹部に質量感にある衝撃。

初めて睡眠以外の方法で意識を刈り取られてのであった。

 

==========

 

そこからだ、私の私としての日々が始まったのは。

結局、あれは夢に過ぎなかったようでアイテムや装備の欄を見てもあの装備は入って居なかった。

けれど、私にとっては途轍もない変化が訪れたのだ。

第十八層ボス攻略会議。

私は単身その場に現れ、前にパーティーを組んでいた者の下で会議を聞こうと思っていたのだが、私の姿を見た彼が言った。

 

「新参者ですか。宜しくお願いしますね」

 

当然、その言葉を疑う他なかった。

ここまで戦ってきた私のことを、こうも簡単に忘れられたことが信じられなくて声も出なかった。

もう一人の方も同じだった。

私のことを忘れていて私はこの世界で再び孤立してしまったのだ。

原因は、間違いなくあの夢にある。

そのボス攻略以来、私は宿に引き籠り只管就寝に耽った。

おかげで噂に聞く第十九層の《殺人鬼》の殺人ショーを見ずに済んだが、何度寝てもあの夢を見ることは無かった。

加えて睡眠が私の裏の部分を強く引き出したのか、怠慢な部分が表に出るようになってしまった。

おまけに私が最前線で狩りをしていることを記憶が混同し、何を思ったのか私のことを《狂戦士》と呼んだのだ。

それを、嘗ては仲の良かった情報屋から聞いた。

数日後その情報屋は自分の情報ごと全てを忘れていたが……。

 

「《狂戦士》……か……」

 

私からしてみれば狂っているのはこの世界の方だ。

一体、私が何をしたと言うのだ。

ただ家族にもう一度会いたいと願っていただけだ。

その結果がこれなのか?

最前線でモンスターを狩っている時、そんな事を考えていた。

小出しにしていた怒りが、凄まじい速度で溜まって往く。

そんな私の前に表れたのはこの最前線では一番危険なモンスター。

ライオンの頭に山羊の身体と尻尾の蛇。

所謂伝説上の生物、キマイラだ。

さまざまな状態異常を発生させるこのモンスターとソロで出会うのは絶対禁物なのだが、今の私にそれを考える余裕は無かった。

キマイラが私に向かって飛びかかる。

私はただ冷静に、突如目の前に表れたウィンドウ全てに了承のボタンを押した。

刹那、身体は光に包まれる。

視界が白くなる中、僅かに見えたキマイラの身体の方向へと得物を持っているはずの右手を振り下ろした。

景色が鮮明になった時、目の前には真っ二つに裂けたキマイラの身体。

しかし、見下ろしている位置が違ったのだ。

急いでアイテム欄から《手鏡》を取り出し自分の顔を見た。

そこに映っていたのはとても私とは言えない勇ましい男の姿。

鏡で正面から自分の顔を見ているつもりなのに映っている顔は兜の影で殆どが黒に染まり、辛うじて鋭い眼光が見える程度だ。

視線を落として往くとまず、目に入ったのはこれまた屈強な胸板。

何故露出している等のツッコミよりもその変貌ぶりに一番驚いた。

適当に見積もっても体長は二メートルを超え、パラメータに変化はないが内に相応な力を持っていた。

武器はサーベル、防具に盾。

サーベルを一振りすれば空気の切れる音が辺りに響いた。

さて……。

 

「どうやったら戻れるんだろう?」

 

はて、と疑問が浮かんだが、力を抜くと身体は元の状態に戻っていた。

冷静な思考になるとすぐさまスキル欄を開いた。

見たことのないスキル名はそれを待ち構えたかのように最上段に配置されていた。

 

――《英雄》。

 

それはまさしく変身した私の姿。

この世界は、私にヒーローに為れと言っているのだろうか。

だから、私に関わったすべての人間から私の記憶を消させたのか。

兎にも角にも一度手に入れたスキルならば詳細が解るはずだ。

予想通り《英雄》の文字をタップすると文字の羅列が一瞬にして広がった。

要約すると、こういうことだ。

 

【このスキルは習得と同時に発動し、使用者には解除不能となる【永久発動型】である。】

 

【スキル発動中は使用者に対するあらゆる記述(生命の碑を除く)、記録、記憶がシステム最高権限により破棄される。】

 

【使用者の感情の昂ぶり、発動コード【英雄】にて【英雄】へと使用者の姿を移行。】

 

そして英雄の同士を裁定する条件がこれだ。

 

 

【使用者と対戦及びギルド登録をした者に限り記憶の抹消対処から除外される。】

 

 

しかし、ギルド登録まで行くにはそれ相応の信頼を気付かなければならないし対戦にも一つ規約があった。

 

【使用者との対戦が行われる場合その形式は全て《完全決着モード》で行い、使用者に《降参》は認められない。】

 

思わずぞっとしてしまった。

これは孤独を作り出すためだけに作られたスキルにしか見ることができ無かった。

その日は結局自室に引きこもり、昼夜問わず三日間就寝した。

あの夢を見ることのない、無の世界を只管に逃げ回っていたのだ。

もう私に仲間と呼べる存在は居ない。

けれど一刻も早く二人の元に戻りたいという気持ちは早まるばかり。

そんな私は悪魔的な考えを生み出してしまった。

 

「《殺人鬼》なら、私のことを覚えていてくれるかもしれない」

 

スキルの能力上、日を重ねるごとに私は強くなって往く。

それならば、いつか《殺人鬼》さえも倒す力を手に出来るのではないだろうか。

今はまだ力不足だ。

ならばその時が来るまで、孤独の戦いを続けよう。

私は私の《正義》を振り翳すしかない。

攻略をすることはもう出来そうにない、これからは中層の方で戦いを重ねる毎日だ。

恐らく、《殺人鬼》にだって仲間の一人や二人くらい入るはずだ。

安易な正義だが、貫けば十分な強さになる。

そうして《殺人鬼》に《英雄》の存在を知らしめるんだ。

そして彼を私が導けば、攻略はさらに進む。

拙い正義だった。

でも、縋るしかなかったのだ。

 

――今日も自己暗示の様に「英雄」と呟きながら戦いに挑む。

 

――私は、誰かに覚えられたかったのだ。

 

==========




はい、どーも竜尾です!

この方にもメイン視点が舞い降りてきました。
たったの一話で締めくくらせましたが、どうでしたでしょうか。
何故彼が《英雄》となったのか、ちょっとした連想なんです。
僕が考えた最強ヒーローって言う体ですが…。

こんなキャラが出た以上、ジャックやシンディアとの対戦はあるのかと思いますよね?
…ご期待下さい。

ちなみに、《英雄》の基盤となったのがなんだかわかる人はいますかね?
僕は彼の事が英雄と名乗る者たちの中で最も英雄らしい力を持っていると思ったのでオリキャラの彼にもその十字架を背負ってもらいました。



次回は、要望通り此処までの設定を載せた『究明中間記録』です。

どうぞお楽しみに。



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