仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第二十九話 悪食羅刹

Side =グーラ=

 

「インテンディアが……死んだ?」

朝、適当にウィンドウを開いていたのだが、ギルドメンバーの欄にある彼の名前の表示が白から灰色に変わっていた。

確かに自分には彼が人を殺せるかどうかを疑う節もあった。

でも、だからってそのまま帰らぬ人になってしまうなんて考えられる訳がない。

嘘だと言いたかった。

急いで寝室のある三階から階段を駆け下り、いつもの場所に座っているはずの頭の元に行けば何か分かるはずだ。

階段をジャンプで跳び越え、凄まじい音を立てながら階段を下りると思った通り頭の姿があった。

「頭!インテンディアが……」

そこには自分と同じことを聞きに来たのであろうザザとジョニーの姿があった。

「グーラ、お前も解ってるだろ」

頭から告げられた一言に、どうしようもない現実を突きつけられたことを再認識した。

「そう……か……」

「全くインテンディアの野郎殺しに失敗しやがってよ、折角ヘッドが許可をくれたのになんてザマだなあ!」

「所詮、その程度、だっだと言うことか」

彼の死を嘆くでも無く、彼らは好き勝手にインテンディアを罵った。

自分はそれを見ているのも気分が悪くなり、自室へと足を向けた。

扉を開け、ベッドの淵に座りウィンドウを開く。

兎に角、今はこの憤る感情をどうにかしなければ。

ザザもジョニーも気づいていないのか?

「インテンディアの馬鹿のことを罵ってる場合じゃないだろ……」

 

「今は誰が奴を殺したのかを突き止めるのが先決だろうが!」

 

死んだ奴のことなんか考えている暇は無い。

もしインテンディア、いや馬鹿野郎が《殺人鬼》と接触したのなら最悪だ。

奴は必ずここを突きとめる。

情報を集めるうちに、奴がどれだけ『異常』なのかは身に染みて解った。

自分と同等かそれ以上の恐怖を植え込む方法を奴は知っている。

下手を打てば、自分達は全滅だ。

ウィンドウを開いたのは他でもない、馬鹿の戦闘状況を知るためだ。

実はと言うと、自分と馬鹿は共通のストレージを作っていたのだ。

それもかなり初期の段階からであり、今回それに助けられることになるとは思いもしなかった。

そのきっかけは非常に単純なモノで、インテンディアが自分のマスクを気に入ったことだった。

自分は顔を隠すために何種類かのマスクを持っているのだが、彼はそれをファッションとして気に入ったようで使ってもいいマスクは共通のストレージに入れていたのだ。

あの日、インテンディアが出かける前に彼は殺人の状況を記録結晶で音声だけでも取っておくと言っていた。

それを、自分が共通のアイテムストレージに入れるように言っておいたのだ。

記録結晶と言うのは記録開始と同時にアイテムストレージに移動する。

そして、インテンディアが死んだ瞬間に自動的に記録が終了するようになっているのだ。

つまりこの記録結晶には奴の死に際から何から、全てが残っている訳だ。

敵の強さを知れるのも確かだが、本当に《殺人鬼》なら必ずその声が入っているはずだ。

もし敵が寡黙な奴だろうとインテンディアが外見くらいの情報は残してくれるだろう。

そう思い、周りに誰も居ないのを確認して記録結晶を再生した。

 

==========

 

その音声だけの殺戮劇は、幕を下ろした。

十分にも満たない記録を聞き、それをすぐに廃棄した。

まるで暗闇の中で悪魔の声を延々と聞かせられているような感覚だった。

正直、途中から始まり出した身体の震えが止まらなかった。

恐怖から来るモノもあったがそれが三割、他は……。

(まあいい、取り敢えず状況を纏めよう)

ウィンドウを開いてメモ機能を使う。

発現したキーボードのキーを慣れた手つきで叩いて往く。

この作業も、随分と慣れてしまったモノだ。

 

――インテンディアを殺したのは《黄金》だ。

 

インテンディアの先制攻撃に対し、何らかの偶然で攻撃を防いだ……様に見せかけた。

それが、自分には意図も簡単に解ってしまったのだ。

襲われたから敵を油断させるために態と恐怖心を装ったとでも言うのか?

しかもそれを自分に殺意を向ける人間に対して行ったと言うことだ。

そこから始まったのは接待でも見ているような一方的な展開。

《黄金》は恐怖と驚きで身体を上手く動かせていないような立ち回りを見せた。

インテンディアはそんな《黄金》の様子に着々と図に乗り始めていた。

攻撃が徐々に単調になっているのが解る。

奴の本来の調子ならこんな戦い方はしない。

何かに魅せられたのか、そんな感じだった。

戦況は徐々に《黄金》に対して傾きかけたのはその辺りからだ。

《黄金》の口数の方がインテンディアよりも圧倒的に多くなっている。

インテンディアも、本能的に自分の危機に気付き始めているはずだ。

それでも彼は攻撃を続けた。

だが、そんな彼にも絶好の好機が訪れた。

偶然ヒットした薙刀が、《黄金》の盾を掻っ攫ったのだ。

一気に攻撃の手を早めるインテンディア。

けれど、それを聞いていた自分には戦慄しか感じなかった。

 

――撒き餌だ。

 

空気が変わった。

インテンディアの身体が突如浮いたのだ。

風を切る音が音声として残っていた。

次に聞こえたのは肉を貫く音とインテンディアの絶叫。

そこで音声は終わっていた。

何が起こったのか、余りに一瞬過ぎる出来事に思考は追いついていなかった。

でも、自分はその悪魔の一言を聞き逃しはしなかった。

 

『《ネクエ・アースタ》』

 

恐らく、落下してくるインテンディアに対して行ったのだろう。

《黄金》の武器から察するに《槍》スキルの技の一種。

それを放つ時の声色が、とてもこれから人を殺す人間の声とは思えなかった。

無でもなく狂でもなく、殺す時も彼女は人を魅了していた。

こんなの、『普通』の人間できる所業じゃない。

 

――『異常』だ、《殺人鬼》を見たときにも感じた《異常》な雰囲気だ。

 

多分、いや間違いなく自分達では《殺人鬼》にも《黄金》にも太刀打ちは出来ない。

それを解ったのはいいのだが、さて……。

問題は、それを頭に伝えるかどうかだ。

頭はどうか解らないがザザとジョニーはインテンディアが死んだことに対して何も詮索する気はないみたいだし仇打ちを取ろうなどとは考えられない。

それにこういった情報収集は主に自分の役目だから白羽の矢が立つとしたら自分だろう。

解らないと言うことは簡単だ。

自分が迷っているのはその選択肢が間違っていないかだ。

正直に《黄金》が殺ったと言えばあの三人は間違いなく《黄金》に興味を持つ。

例えそれが死への片道切符だとしてもだ。

自分とは殺しの価値観が違うのだ。

どちらかと言えば刺激を求める彼らは必ず《黄金》に接触しようとするだろう。

そして起こるのは間違いなく《黄金》による頭たちの惨殺だ。

彼女の力はもはや別次元だ。

同じ地面に立っているはずなのに、自分達は彼女に触れることも出来ない様な力を感じた。

別に自分としては自分の目的は達成できたし、頭たちがいなくなろうが他のメンバーは事実上ナンバー2の自分が引っ張っていけばいい。

けど、それは自分からしても面倒だ。

自分は食事が一番好きなのに、何が好きで態々殺人集団を率いらなければならないのか。

かといって、自分や頭以外の人間にこの集団を統率することなんて出来る訳がない。

と、いうわけで出た結論は一つ。

 

――頭にこのことは言わずに、出来るだけ《異常》者共との接触を避けることだ。

 

そう決め、立ち上がった。

しかし、そこで自分の頭の中には一つの疑問が浮かんでいた。

それと同時に、強烈な食への衝動が自分を襲った。

 

「《異常》な奴らって、どんな味がするんだろ?」

 

残り七割を占めた自分の気持ち。

無邪気に舌なめずりをして扉を開けた。

 

Side =ジャック=

 

始めてそいつと出会ったのは、三週間程前のことだった。

深夜、攻略を終えたオレは人通りの少なくなった街中をぶらつき適当な飲食店へと足を運んだ。

こんな時間帯にも関わらず、街を歩く人間の視線は当然の様にオレに向かっていた。

別に飯を食いに店に入っただけだが、テメェらはオレが常日頃から生き血でも飲んで生活してるとでも思ってやがるのか。

まあいい、扉を開くと中に居た全てのプレイヤーの視線がオレの方を向き、中には驚愕の余り食器を落とした者まで居た。

それを拾いに行くNPCを一瞥して、案内に出て来たNPCの指示に従って席に着く。

椅子にどかっと音を立てて座ると周りのプレイヤーたちは挙って自分の食事に意識を集中し始めた。

うざったい視線も居なくなったところで、オレは一つの卓に視線を寄せた。

そこは本来団体客、つまりはパーティーやギルドの連中が座るためにある大人数用のテーブル。

大皿に乗せられた料理が次々とその卓に運ばれて往く。

だが、卓の前にある椅子に座っているのは一人の少年だった。

まさか場所取りか何かと思うのが定石だが、少年の雰囲気はその全ての料理全てを自分の物とでも言っている様な貪食の気配。

少年は目を瞑り、その時を今か今かと待っているようだった。

その外見からも少年の姿はオレとは別の意味で人の目を惹いていた。

まずはオレとは違う金髪。

灯りに照らされて頭頂部が白く輝き、あれがメーキャップアイテムの髪染めで作られたモノではないことを表している。

こんな行動をとっている辺りNPCではないとすれば、外国人かと思うかもしれないがオレはそうは感じなかった。

あれはオレと同じ血の混じり合った果ての姿だ。

口元をマスクで覆い、少年は腕を組みながら静かに佇んでいる。

その場所に、オレのところに料理が運ばれ来るのと同じタイミングで最後の皿が運ばれてきた。

「これが最後になります。では、ごゆっくりと……」

そう言葉を残しウェイターが去った後、少年は両耳にかけられたマスクを外した。

刹那、少年の前に並べられていた三つの皿の上から料理が消えた。

野次馬共が驚愕に顔を染める中、彼は黙々と料理に手を付けていた。

驚かなかった連中が何人かいるってことは、こいつのここの常連か何かだろう。

それにしても、中々の手際だったと言える。

その圧巻ともいえる光景が全て見えていた。

マスクを外した瞬間に最小限の動きで両手を三つ並べられた皿の両端、二つ淵を掴み中央部の淵の下に皿を滑り込ませると無駄のない動きで下から三つを同時に弾き、僅かに浮かび上がった料理一つ一つを空中で口に含んだのだ。

 

――なんともテーブルマナーに喧嘩を打った少年だろう。

 

ただ、オレの目から見ればそれは決して間違っていない行為だと言えた。

なぜなら彼の前に並べられた料理の量は見積もると約十一人分。

それを卓に全て並べられるまで待ってから耐久値が減るまでに食べ終わるのにはこれほどまでに型破りなやり方で無いと駄目なのだ。

その光景を料理を口に運ぶついでに見ていたのだが、一心不乱に食事に向かう姿と先程オレに向けた視線から解った。

こいつは《異常》者とはかけ離れた存在だ。

しかし、『普通』とするには余りに拙い。

 

――《異常》と書いて《普通》と読む。そんな奴だ。

 

『死』すら感じない一つのことに対する群を抜いた精神力。

それに近い存在は現実世界でも何人か存在しているかもしれないが、こいつはその中でも頭一つ抜きんでてやがる。

キリト以外にも、この世界でオレの興味を惹く奴がまだ存在していたことにオレは確かな幸福を感じていた。

その後は黙々と料理と向き合い、ちょうどオレが食べ終わった瞬間に向こうの少年も料理を食べ終わったところだった。

この世界だからこそ見られる光景がまた一つ見ることが出来た。

(じゃあ、こいつにも何か植え込んでおくか)

彼にオレのことを唯の恐怖の対象だと思わせるにはもったいない。

ついでに言うとこう言ったヤツがオレの邪魔になった時にはすぐに存在を感知することもできるようになる。

少年が立ち上がろうと筋肉に力を入れるタイミングを予測してオレの方から先に席を立つ。

再び店中の視線がオレの方を見た。

当然、少年の方もオレの方を向くはずだ。

その、オレを見たときの一瞬の反応の隙に付け込んでやるか。

思い通りオレは少年と目を合わせた。

(精々、テメェもオレを楽しませることだな)

 

――だが、少年はオレの姿を見ても何一つ変わることなく店の出口へと歩いて行った。

 

オレは後ろ姿に確かな動揺を覚えながらも何事もなかったように少年の数十歩後ろを歩いて出口から外に出た。

少年は、街の外の風景をいつも通りだと言う様に一瞥し、歩いていた。

息遣いも筋肉の硬直も顔の緊張も何一つ無かった。

そんなことが出来るのは、完全なオレ達との同類だけ。

でも、それをオレ達が見逃すはずがない。

シンディアでさえも気付いてない可能性は限りなく零に近いからだ。

加えて、同類を見付けるのならばシンディアよりもオレの方が長けていると自負できる。

だとすれば、考えられる可能性は……。

 

「あいつ、《異常(オレ達)》の存在に気付いてやがるな?」

 

そう考えると結論を出すのは容易だった。

あいつは最初にオレの姿を見据えていたと言うことだ。

だからこそあの時は二度目の視線を向けたということで大した反応を得られなかったのだ。

「やっぱ、九千七百八十五人も居りゃ二、三は居てもおかしくねぇってことか、《異常(普通)》ってのは」

少年から視線を外して反対側に歩き始めた。

ま、オレに認識された時点でまた会うことになる。

 

――そん時は楽しみにしてるぜ?少年。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
インテンディア、すまん。
相変わらず捜索編ですら名前の出ていないキャラはこんな扱いですよ。
まあ、所属先を間違えたということもありますしね。

けど、そのおかげでグーラ君はジャックとシンディアの性質に完全に気付いてしまいましたね。

実際にグーラ君はジャックと会っていてわけですし…。
ジャックさんが嬉しそうで何よりです。

【次回予告】

仮想世界で、夢と言うモノは見るのだろうか。

――その名前の全てに横線が掛っているのは意外だったが。

「新参者ですか。宜しくお願いしますね」

――《英雄》。

次回をお楽しみに!それでは。


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