仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第二十八話 虚栄

Side =グロリア=

 

突然の状況にも冷静な思考を保っていられたのには、私が今まで積み上げて来た経験が物を言った。

浮かび上がったデュエル表示を流し眼で見つつ、目の前の豹変した男性に視線を向ける。

先の一撃は、間違いなく私を殺そうとしていた一撃だった。

だが、一体何故だ。

まさか、私達の存在が漏れだしたとでも言うのか?

そんな訳がないと自分に信じ込ませた。

オーカスはその点を徹底していた。

どうでもいい情報を小出しに、致命的な点だけは誰にも掴ませなかったからこそここまで何事もなく来られたようなモノ。

それに裏切り者がいるなどは考えたくもなかった。

兎に角、今はこの状況をどうするかだ。

生憎、私は転移結晶は一つも持っていない。

と言うのも、いざジャック様に出会った時に自分に逃げないようにと戒める為。

それが仇となった。

逆側から逃げようにも、あの速度ならばすぐに追いつかれて吹き飛ばされるのは目に見えている。

ならば、救援を待つか?

正直期待は出来ない。

いくら夜になる前に戻ってきているとは言っても、一日や二日程度じゃ危険な状態に陥っていることは考えられもしない。

しかも私が今いる場所は安全エリアでそんな場所に何の危険があると笑い飛ばされるのが関の山。

おまけにまだフレンド登録もギルド登録もしてない皆と連絡を取る手段もない。

「うわー、四面楚歌」

絶体絶命ともいえる状況にそう呟くしかなかった。

そもそもこんなプレイヤーがいるとは思いもしなかったのだ。

圧倒的なパワーとスピード。

その風貌は、どこかで見たことのある……。

所謂、《剣闘士(グラディエイター)》。

いや、赤いマントを纏う姿はお伽話なんかで誰もが聞いたことのある――

 

――《英雄》、《ヘラクレス》。

 

でも彼の武器はあんなサーベルじゃなくて棍棒だったはずだけど……。

なんて思考を余所に、本気でどうしようかと思考を巡らせた。

(下手に《解除》を見せる訳にもいかないし、それにあれがスキルなのかも解らないしな……)

二分にも満たない思考の末、出した答えは……。

ピッ、と軽快な音の後に承諾者の私を中心にデュエル用の不可侵エリアが設定された。

その範囲はこの安全エリアと幅一メートル全域。

ここに休みに来たプレイヤーには迷惑この上ない行為だが、相手と私の力量だと戦闘も長くはかからない。

カウントが切れる寸前、今も口一つ開かない彼に向けて言う。

 

「《解除》」

 

その瞬間、彼の腕が力なく垂れ下がった。

確信を得た。

(あれは間違いなく肉体強化の類。だから鎧の重さにも耐えきれずに姿勢が前に倒れているのも見えた!)

《解除》がこう言った時にも使用可能なのは、使用に難のあるこのスキルだからこその利点だった。

そうしている間にもデュエルが開始した。

(開始まで二秒……獲る!!)

早速《紫電閃》の体勢に入った。

紫電閃は足に力を込めるまでの時間が一番長く、時間にして三秒。

相手に突進するまでを一秒、攻撃までを一秒とすれば、《解除》の効力は途切れずに攻撃を決められるはずだ。

《解除》は瞬間的では無く、一時的にスキルの効力を打ち消す能力を持っている。

その持続時間は《解除》のスキル熟練度百につき一秒。

現在の熟練度が七百十三なので、ギリギリ間に合うと言ったところ。

「決め……切るっ!!」

この一撃に、敵がどう対応してくるのか。

 

――最初の《嘘》は、一瞬で看破された。

 

――だが、時間を経る内に格上にまで通用するようになり、気が付けばそれは日常生活の中に溶け込むほどに成長した。

 

――今では……そう……。

 

「《解除()》に《紫電閃(本音)》を混ぜることくらいかな!!!」

 

彼の懐に入り、腕に力を込めて往く。

腕を目一杯に伸ばし、私の拳の先にある逆手十六夜の刃が奴の胸元に吸い込まれた。

刃先が肉に刺さって行く感触が前腕から腕全体、やがて全身に伝わって行った。

 

――なのに……。

 

「《嘘》……でしょ?」

私の体は宙に浮いていた。

いや、浮かされていた。

目の前には突き刺さった逆手十六夜の付けられた部分と私の腕を両手でがっしり掴んでいる彼の姿。

もう力のない姿ではなく、兜の間から見る目には私に対する嘘のない敵意が見られた。

充血しているのかは判別できないが、瞳を真っ赤に染める彼の顔に僅かに気圧され対応が遅れてしまった。

彼は力が戻っていない状態で身体を浮かせたのだ。

そこに私の攻撃が直撃する。

その時には先程《解除》で無くしたスキルは戻ってきているので、その状態で私の腕を掴んだと言う訳だ。

装備の重量からも解る様に先に地面に足を付けたのは彼だ。

すぐさま旋棍を身体から引き抜くと私の腕を離さないまま私の身体が再び浮き上がった。

視界が凄まじい速度で変わって往く。

状況は簡単に把握できたが、私は久しく忘れていた戦慄を覚えた。

次々と降りかかる恐怖を嘘で塗りつぶした。

なのに、恐怖は止めどなく溢れだして往く。

それもそうだった。

何せ今私は彼によって終わることのない恐怖の空間へと連れこまれているのだから。

バタバタと私の顔の横で深紅のマントがはためく。

外側に飛び出しそうになる力を、彼の両腕が無理矢理抑えつけている所為でもう片方の腕も動かせずに、成されるがままと言ったところだ。

つまり、今彼が行っているのは……。

 

「ジャイアントスイングなんてありn……」

 

私の言葉は最後まで紡がれることは無かった。

一気に投げ飛ばされ、身体が水平方向に飛んで往く。

最初の衝撃は右腕と地面が接触した瞬間。

まるで水きりの石のように私の体は地面をバウンドし続けた。

十数回ほど地面を跳ね、最後はこのエリアに数多く原生している巨木に激突して身体に働いていた力が全て還元された。

現実とは違い、こうした視界のブレや三半規管への影響はすぐに元に戻るのでグチャグチャにされた感覚は既に元へと戻っていた。

目に映るHPゲージは残り三割に差し掛かると言うところだった。

一撃でこの威力。

得体の知れない強大過ぎる力に私の心はもう限界だった。

先のジャイアントスイングの時もそうだ。

身体は外側に強く引っ張られているのに、それを無に帰すような化け物染みた力。

私を振り回している時にも、僅かに見えていた表情もとても英雄とは呼べないような禍々しいモノだった。

恐怖をいくら嘘で覆い隠そうと、彼に恐怖したと言う事実は残る。

それが、また恐怖を生み出すという負の連鎖に私は陥っていた。

視界の先に彼の銅製の装備が映った。

全身をありもしない寒気が包んで往く。

どうすればいい、ここは戦闘範囲ギリギリの場所。

完全に追いつめられたのだ。

私は込み上がる恐怖を再び強い嘘で抑えつけようとした。

心の中で自己暗示を繰り返し、落ち着きを取り戻したところで彼の方を向く。

だが、私の行為を嘲笑うかのように今度は両腕がカタカタと震え始めた。

 

「ここまで……かな……」

 

結局、何故自分が狙われたのかも判らず仕舞いだった。

そもそも、何なのだあの力は。

この世界と言うモノを丸ごとひっくり返しかねないような莫大な力。

私にその力があれば、ジャック様の隣に立てていたのかもしれない。

 

――そう考えた私に、電流が走る。

 

待て、もしこいつがジャック様を狙ったらどうなる?

奴はとても人間台じゃ測れないような化け物。

ジャック様が負けるなんてある訳……。

 

「無いなんて、《嘘》でも言える訳無い!」

 

ジャック様に抱いた気持ちは本物だ。

私が、奴を『殺す』しかないんだ。

そういえば、まだ誰かを『殺す』ことなんてしたことは無かったっけ。

殺しも出来ない甘っちょろい奴が、ジャック様の隣に立つなんて夢物語だ。

いつまでも嘘に隠れてないで、ちょっとくらいは本音に生きて見てもいいだろう?

「……!?」

男が何かに気付いたのか、歩みを止め遠くから私のことを見据えていた。

何をそんなに気にかけることがあるだろうか。

両腕の金属の感触を再度確認した。

こいつと私で、あいつを殺すんだ。

紫電閃も使わずに走り出した。

徐々に加速し、このまま行けばちょうど男の手前あたりで最高速度に達するだろう。

男は微塵も動くこと無く、ただ武器を構えただけだった。

その姿はやっぱり私の中ではあの英雄と酷似し、よくよく考えてみればそんな存在はジャック様にとっても邪魔だろうと吐き捨てた。

初撃はサーベルを持つ右手側へのボディーブロー。

もはや剣技なんてモノを使う必要はない。

その一瞬を見極めることが、この怪物を殺すことに繋がるのだ。

 

――それに、まだ奥の手が一つ存在している。

 

放たれた拳の先に輝く刃の前には当然サーベルが待ち構えていた。

つまりは、私の旋棍に上手くサーベルを刺し込んで件の馬鹿力で何とかすると言ったところか。

させる訳がない。

こいつ、対人戦闘に関しては素人だ。

私は暇潰しにロムやオーカスと模擬戦を何度かしたことがあるから対人戦闘には十分に慣れている。

それを殺しに使うのは初めてだが、切り替えなんてモノは気持ち一つで簡単に出来る。

私が左腕を突き出した時、踏み込んだ足も左足。

なぜ態々こんなことをしたかなんて簡単だ。

本命は、右。

左腕をすぐさま引き寄せ、その速度も上乗せした右ストレート。

だが、それは男の半端ではない反応速度に対応され抜いたと思った盾に弾かれた。

それでいい。

私は身体を思い切り真左に倒して右腕を盾を構えた左腕に引っ掛けた。

男がやばいと思っただろうが、生憎とこちらの準備は出来ているのだ。

剣技を発動する。

右腕の旋棍の刃先から腕をたどって左腕の旋棍に光が伝わって往く。

それの光景一つ一つが、私には随分とスローモーションに見えていた。

 

――《裏紫電閃・半月》。

 

一丁前に紫電閃の名を冠しているが、本来旋棍の技には全て紫電閃の名が付いている。

《紫電閃・掛月》だったり、《紫電閃・三日月》だったり、この旋棍の剣技において紫電閃は基本技に過ぎないのだ。

だが、それらは紫電閃が通用してこそ真価を発揮する。

そうした相乗効果もあるし、紫電閃の命中力は非常に高いので私はいつもこちら側を中心に戦局を進めていた。

名前から解る様にこの技は裏技。

まずは左足を踏みこんで身体を時計回りに捻り、右腕が男の顔面を襲う。

男は攻撃を自身の破壊力と速度に全てを任せ、私の攻撃から逃れようとした。

そこで、男は気付いたはずだ。

攻撃の最中、奴に向かって小さく口を開いた私に……

 

「《解除》」

 

紡がれた言葉に、男の顔がはっとする。

刹那、全ての時が急速に動き出した。

右腕の逆手十六夜が男の額に直撃した。

兜を引き飛ばし、刃が額に綺麗な一文字を描いた。

その時に地面につけた右足を利用して左腕での斬撃をお見舞いする。

攻撃を受け無防備になった身体に、左下から右上へ深々と痛々しい傷を作り出した。

裏拳の様に右腕を動かし、その力を利用して左腕で正拳突きの様に攻撃を繰り出す。

一瞬で全てを行うため、攻撃範囲が百八十度展開可能が故に半月。

斬撃を受け、男が大きく後退した。

男も私が『二回目』の解除を使うことは意外だったらしい。

 

――そう、これが私の用意した最大の策だ。

 

《解除》が何度も使えたらそれはもうこの世界のバランスなど簡単にひっくり変えてしまう。

なので、当然このスキルには制約がある。

【フィールド上においての発動は一時間に一回。戦闘時は一度だけ発動可能。】

私が最初に《解除》を発動させたのは、戦闘が始まる前。

故に発動権が消費されること無く戦闘が開始されたと言うことだ。

男も二回目の《解除》を懸念していたみたいだが、最初の先頭から十分以上は経過し追いつめられた時に時間稼ぎをしなかったことから《解除》が一度しか使えないと高を括ったのだ。

その結果がこれだ。

まだ、七秒経っていない……。

男のHPは危険域を示す赤色に変わっている。

裏紫電閃を受けたことにより全ての紫電閃の相乗効果が発生する。

《紫電閃・弓月》を装備の重量によりノーガード状態となっている男に放った。

「終わりだね」

初めての殺害に緊張や途惑いは無かった。

寧ろ、『殺す』と決めたときの私は清々しい程に私だった。

頬が緩んだ。

 

「こんにちは、私」

 

凄まじい速さで右腕が男の顔面に向けて飛んだ。

例え七秒を過ぎようが、刃は確実に男の顔に突き刺さる。

そうなれば、奴の命は消える。

逆手十六夜が、無慈悲にもこちらに顔を向けた男に突き刺さった。

 

「……嘘…………」

 

間抜けな声を上げたのは私だった。

彼は、死んでなどいなかった。

弓月で放たれたはずの旋棍を刃ごと握り、刃先が左目を僅かに刺した時点で止まっていた。

タイミングに問題は無かったはずだ。

いくら奴の力が戻り、弓月を放つ逆手十六夜を握ろうが顔面への直撃コースは免れなかったはずだ。

私は焦燥感に駆られ奴のHPを見てしまった。

それがいけなかった。

事実に気付いた瞬間に視界がブレた。

背中に強い衝撃、仰向けに倒され首元に奴のサーベルが当てられた。

敗北だ。

そう思うと、身体から力が抜けた。

夢半ばで息絶えるのか、私は。

これが、嘘に塗れた人間の末路か……。

普通こういった状態に陥った時は走馬灯を見るのだとよく言われているが、私の眼にはそんなモノは一つも映りはしなかった。

それもそうだ。

大嘘吐きが一体どんな生前を見ると言うのだ。

私の目に映っていたのは、一つの事実。

ほんの数ドットだけ残った奴のHPバーだった。

けれど、死ぬ前に一つだけ疑問が残った。

 

「ねえ、聞いてもいい?」

 

「……なんだ」

 

初めて聞いたその声は、最初に彼の姿を見た時にイメージした三十代男性の声だった。

「どうして、私を狙ったの?」

これだ。

彼は私達のギルドのことを知っていたのだろうか。

もしそうならば、すぐにオーカス達とあの世で出会うことになるだろう。

そう言う私の頬を、何かが伝った。

それは私のモノだ。

「……君が、《ジル》であることを知っていたからだ」

彼はそれを見て会えて気付かないふりをした。

そして、彼の言葉を聞いてある程度納得がいった。

「誰に頼まれたの?」

「誰でもない、君がやっていることは何人もの人を騙す行為だ。私はそれを粛清しただけだ」

その馬鹿馬鹿しい程のセリフを聞いて、《本音》と《嘘》が止めどなく溢れた。

「そんな正義振り翳して、何になるって言うんですか……」

言葉遣いが変わる。

若干涙声になる私は、サーベルを突きつけられ顔も覆うことが出来なかった。

只管に唇をかむ私に彼は告げる。

 

「私がどうしようと、結局は忘れられるだけだ」

 

その言葉に私の記憶が鮮明に蘇った。

疑いもせずに、滲んだ視界の中で口を開いた。

「まさか……《狂戦士》……」

それに、私の存在を知っているとすればあの頃に名を馳せていた《狂戦士》位だ。

「もう……誰にも呼ばれないと思っていたのだがな……」

「でも、何で忘れられる確証があるの?」

「君も、私にこれを言われるまで《狂戦士》と言う存在を忘れていただろう?」

確かに彼のいう通りだ。

思い出しては忘れ、何度もそれを繰り返してここに辿り着いた。

そしてあの時オーカスに言われた言葉も思い出した。

「貴方、ジャック様に仕えて見る気は無い?」

彼の正義感は本物だ。

だからこそ解せない。

何故この人が私達の同士と為りえる人物だったのか。

オーカスが、どうやって彼のことを見極めたのか。

私の言葉に彼の動きが止まった。

「私はジャック様の役に立ちたいがために戦っている」

 

「こんな最悪の出会いだけど、ジャック様のことを考えれば私達は仲間になれる」

 

果たして、今の私は嘘と本当のどちら側に立っているのだろう。

気が付くとあの情けないモノは形を潜めていた。

真っ直ぐと彼を見つめ、回答を待った。

 

「ああ、面倒だな」

 

ぽつりと呟き、サーベルを振り上げた。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
久しぶりに六千文字書きました、いやー疲れました。
ジャイアントスイングは完全に僕の趣味ですね。僕、任天堂野郎ですから。

今回はいろいろなものを詰め込んだつもりです。
グロリアさんは特にいろいろ思うところがあったと思うのですが、皆さん覚えていますか?

彼女、まだ中学三年生ですよ!

【次回予告】

「今は誰が奴を殺したのかを突き止めるのが先決だろうが!」

――撒き餌だ。

――なんともテーブルマナーに喧嘩を打った少年だろう。

――《異常》と書いて《普通》と読む。そんな奴だ。

次回をお楽しみに!それでは。


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