仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第二十六話 殺人鬼は語る

Side =ジャック=

 

キリトの反応が消えた。

最初は生存意識が根こそぎとられたかのようだった。

意識を集中すると、奴の中に埋め込んだ蕾が養分を蓄えるかのように眠っているのだ。

それは奴に変化があったと言う証拠だ。

久しく攻略組に姿を現したと思えば何食わぬ顔を装ってソロパーティーに戻ってきた。

他の奴らは今まで何があったのか知りたそうだったが、誰もキリトとそこまでの仲になっていなかったので話しかけることは無かった。

対してオレは上手い具合にキリトを避け続けた。

蕾が眠ったのは間違いなくオレの与えた影響だ。

接触して適当なタイミングで開きでもしたら困るのだ。

 

――大きな餌で釣るのは大物であるのが自然の摂理。

 

反対にこちらを気に欠けるキリトには目も暮れず、シンディアへと信号を飛ばした。

あいつもキリトには関わらせない。

《異常》とはそれほどまでに『普通』との関わりは配慮がいる。

特に、《異常(オレら)》側はな。

シンディアも、キリト様子には最初から気付いていたのでキリトを無視してタンク隊へと戻って行った。

それにその時のシンディアの上半身に纏っている黄金色はさらに輝きを増していた。

三つ目の《LGL》獲得を終えた彼女。

腕、足、身体。

黄金の鎧がそこには立っていたのだ。

装備の数に比例するように髪の毛が伸びている。

元々鎖骨辺りまであった髪は胸辺りまで伸びていた。

おまけに白銀に輝くもんだから外野の声が五月蝿い。

そう言う訳で、キリトは大して他の奴らにその『異常』を感づかれることなく攻略に復帰した。

ただ、オレから言わせてみればそんなモノは粗いモノ同然だった。

オレ達は自分を殺しているからこそ、二つの境界の間にいるからだ。

それに気付けたのはこちら側の奴だけ。

それでも、伊達に攻略組元皆勤賞ではなく順調に攻略は進んだ。

オレもそれを日常として生活を続けていた。

《投剣》と《短剣》を《完全習得》し、エクストラスキル《投短剣》を発現させたり《濃霧》の熟練度を上げてフィールド上でも使用可能になったり……。

まさか、『日常』をこの世界で享受するとは思いたくなかった。

これでは現実世界と何ら変わりない。

 

――《殺人鬼》が『日常』であってはならないのだ。

 

だが解っていても止められないのは感情を押し殺すことがシンディア程に得意でないオレでは無駄だった。

シンディアも、そんなオレを見るのは慣れているので何も言わずに黙々と日々を過ごして往く。

そうしてキリトが戻ってきてからちょうど八体目のボスを倒した頃だった。

第四十四層主街区《イン・フィンディブルム》。

この場所で奴はオレが来るのを待っていたのだ。

オレがその形状から切れ味から、名前から、骨の髄まで愛し、育て上げた愛刀。

 

――《A Ripper Hopper》が、同じ名を冠する者を待っていた。

 

==========

 

第四十層主街区《アングリクス》。

四つ目の《LGL》を取りに行ったシンディアの後ろ姿を見ながらオレは広場の噴水近くのベンチにどかっと座り、視線を上に。

転移門広場からすぐ近くにある時計塔を眺めていた。

年代物の雰囲気を醸し出す時計の長針短針が延べ七十回ほど動いたところで、他の奴らが続々とこの地に足を踏み入れた。

その誰も彼もがオレの姿を見て目を見開いていた。

一様に、オレがこんなことをしていることに驚いているのだろう。

狂気に染まり止めど無く殺人を繰り返す男が、ベンチを一つ占拠して時計塔を見つめていれば……な。

こんなのは、所詮オレの日常の一つに過ぎない。

良く考えてみれば誰だってそうだ。

オレたちみたいなのは日常を破壊してこそ価値を決められる。

大衆が見るのはその者の功績とも言える偉業だけなのだ。

偉人と呼ばれようが犯罪者と呼ばれようが、結局のところ日常まで突き詰められることは無い。

そりゃ出生や生い立ち、当時の生活環境なんかは大まかに取り上げられることもあるが、一日一日、一秒一秒をオレ達は費やしているのだ。

だからこそ常に変わり続けるのが必要で、それをこなすのが《異常》なのだが……。

オレにとっての変化は現実世界で切り取りや抑圧を食らい、シンディアとの関わりの中で生み出すことしかなかった。

だが、今はそれも出来ないしシンディアも変わらず日常を過ごしている。

彼女がいくら輝こうが、いくら強くなろうがそれは現実世界で彼女が行っていることと同義で、彼女は常に変化を目指すことが日常なのだ。

彼女が変化しない以上オレも変わることは無い。

残るキリトはまだ、その時ではない。

寧ろ、その時の為の準備ももう出来ていた。

 

――結論を言うと、暇なのだ。

 

なら殺しにもいけばいいとは思うがそうはいかない。

過度の殺人による影響は、集団を抑え込む手段には使えない。

現在の奴らの中で習慣化したオレの殺人は、日常の一部として半ば受け入れられている。

疑問に思っても周りが気にしていないんじゃ声を出すことなんてしない。

例え、攻略組の九割以上の人間が同じことを思っていても。

オレが恐れるのは攻略組全員に反旗を翻されること、その時は問答無用で全員を殺すしかない。

だが、それはオレの日常を更に狭めるモノになる。

シンディアはオレについてきてくれるだろう。

それは、限りなく現実世界と同じ二人だけの世界。

この世界で現実世界のような光景を作りたくなかったからこそオレはこの世界に来た。

なのに今は、何も出来ず仕舞いということ。

周りの視線を無視しながらゆっくりと目を閉じようとした時、オレの目に目立つ紅白の鎧を着たプレイヤーが姿を見せた。

その者は、真っ直ぐオレの方に向かってくる。

攻略会議で一回だけ見せた異様な光景に観衆のざわめきが強くなった。

(あぁ、そうだな。二人以外にもまだこいつが居やがったか)

 

「随分と暇そうだね、ジャック君」

 

現在、攻略組に存在する二つの巨大な勢力を持ったギルドの一つ《血盟騎士団》団長。

その存在にして、随分と前にオレによって正体を看破されたことにも気付かずのうのうと暮らしている野郎が……。

「最近どーも暇でな、ヒースクリフ」

大盾と長剣を背中にマントまであしらえやがって暑苦しいことこの上ない。

加えてその格好は目立つ。

そういやこいつも『神』のくせして何もしねぇな、力を隠してるだけだ。

オレらの様に力を制限して本気を出すんじゃなくて力を引き出すやり方を取っている。

それじゃあいつかボロが出ると思うのだが果たして、どのタイミングでそれを明かすのか。

下手を打てば、その力をオレに振り翳さなかったことの責任を問い詰められ、それでも力を抑えるならそんなモノは必要がないと一蹴される。

ついでに言えばオレもそう言う力を一つ持ってるからなぁ……。

まあ、今のオレにそう言った事を考える必要などない。

この時間だって適当に費やしている無駄な時間で、そろそろ攻略にも向かおうと思っていた。

凭れる体制を元に戻し、首を左右に振った。

「そうだジャック君。今時間はあるか?」

「あぁ?」

この展開も思考の中で予期していたことだが、また勧誘だろうか。

「少し話そうじゃないか」

「勧誘じゃなきゃ構わねぇぜ」

「はは、手厳しいな」

ヒースクリフは立ったままオレを見下ろし、オレは顔を横に向けこちらを凝視する観衆を見ていた。

 

「君は、どうして《殺人鬼》ながら攻略組に所属し、剰え最前線で戦い続けるのかな」

 

あぁ、そうだ。

攻略組の連中の殆どはそう言う思考すら起こさせないようにしていたんだった。

そんな当たり前の思考すら思い浮かばない程に、オレの《殺人鬼》としての存在が、オレの中でも定着してしまっていたのだ。

「君の行っている行為は私からしてみれば常に手榴弾を敵に投げ込んでいるようなモノだ。絶大な威力を持つ分、跳ね返されれば君も一溜まりではないはずだ」

いいぜぇ、それを気付かせてくれた礼だ。

呑気にしてるテメェには少しずつヒントを与えてやろう。

「そりゃ、今までオレのしてきたことが偶然で出来てるとでも言いてぇのか?」

「逆に聞く様で申し訳ないが、君がこの状況を意図して引き起こしたとでも言うのか?」

 

「……さぁな」

 

ヒースクリフの眉が、僅かに動いた。

「ま、オレであろうとテメェであろうと人の心を十全に理解することなんてできねぇからな。どう読み取るかもテメェ次第だ」

ただし、オレらはその十全の極限値を追求しているがな。

「……私は、君のような強き者が常に危なげなく戦い、死んでしまうことを恐れているんだ。君達はこんなところで死んでいい人材じゃない。もっと高みを目指すべきじゃないのか?」

なるほど、こいつだからこそ出来る《殺人鬼》への語りかけだ。

あの頃からこいつの目的は全くぶれてねぇ。

結果的にアスナのヤツはその理念に引き込まれたみてぇだな。

でも、オレに怯える様じゃ所詮その程度か。

「集団ってのは個人を強くはしない。オレ達は元より一人なんだぜ」

「だから孤独は人を強くする……と言うことか」

「大体、テメェの言い分じゃオレが死んで困るのはテメェだろ」

いや、ついでに言えばオレが死ぬとシンディアがどうなるか解らないから二次被害は避けられねぇだろうけどな。

「そうか、語弊を生んでしまったようだな。それはすまない、謝ろう」

「それに集団ってのは環境に慣れちまうと何かと相手との関係を確立させる。テメェは団長で一番強えみてぇだから問題はねぇと思うが、下の奴らはそうはいかねぇ」

 

「最終的に、物事に勝利するのは数の多い方って決まりがあるんだよ。いくら例外が存在しようがこれは覆らない」

 

気分が良かった。

饒舌に舌が回る。

何よりも、それを聞いている『神』様がまだ、《異常(オレ)》に気付いていないことに嗤った。

「攻略組じゃ、テメェは指揮を執らねぇらしいがリーダーがそこんとこを仕切んなくてどうすんだ?」

ヒースクリフは黙ってオレの方を向いていた。

ようやく可能性を疑い始めたと言うことだ。

「これからテメェのギルドがどうなってくのか、見物だぜ」

「……」

ヒースクリフは一度口を開こうとして、何も言わずに口を閉じ迷いの中もう一度口を開いた。

「まだ答えてもらっていなかったが、どうして君は《殺人鬼》なんだ」

そういえば、それが最初の一言だったっけか。

嘘も本当も言えないこの状況で、さてさて何を言おうか……。

 

「つまりは、死にたくねぇってことの延長上だな」

 

「と、言うと?」

「幸か不幸か、今この世界においてオレに盾を突く奴はほぼいない。話しかけてくるのはテメェか《黄金》位のもんだ。そう言う立場になるんだよ《殺人鬼》ってのは。こうすりゃオレを殺そうと考えるヤツはほとんどいなくなる」

現実だってそうだ、誰だって理解できないモノには怖がって近付こうともしない。

オレ達も理解不能なモノには遭遇したくない気持ちはある。

「攻略組なんて枠組みは常にこの世界のヒエラルキーの頂点に立っている。そう言うのは一時の失敗が下位の奴らを引き寄せる要因になる。案外、オレじゃなくてもテメェら全員の命があぶねぇのかもな」

だから、オレは嘗て言ったんだ。

攻略組は、《英雄》の集いではないと。

「もしも攻略組にオレ以外の不祥事が起きて見ろ。オレは《殺人鬼》だからって理由で簡単には攻撃もされねぇし糾弾される気もねぇ。だが他の奴らはどうだ?適当な正義感を気取って、そう言った時には何も出来ずに終わるのは目に見えてるぜ?」

「君は、その可能性を常に想定していたのか……」

「人を殺すのは何時だって人だ。例え化け物に殺されようが、ありゃ間接的に人に殺されたのと同義だからな」

 

「正義感を振り回すくらいだったら、悪徳を得る方が数倍はマシな結果が得られんだよ」

 

ふっと一息、狂気を顔に張り付けオレは始めてヒースクリフと顔を合わせた。

 

「テメェも、そうは思わねぇか?《ヒースクリフ》」

 

「……っ!!」

確信を得たように、奴の顔が強張った。

だが、やはりもう遅い。

オレらを止めるんだったら、初期段階から仕留めておくべきだったな。

それか、あのパニックに陥った時か。

危機感が足りねぇんだよ、『神』なんて大層な存在だからこその慢心だ。

恐らくは、オレが手にした力はこいつのシナリオの一部として組み込まれたモノなのだろう。

その重要な役目を担う人間に、オレとシンディアの様な存在がいることを予測できなかったのが最後。

あくまでも、シナリオの中を動くのはオレ達だ。

(何も出来なくなったテメェは、ゆっくりとその時が来るのを待ってる事だな)

「じゃあ、オレはもう行くぜ」

立ち上がり、停止しているヒースクリフとのすれ違いざまに殺気と共にメッセージを送る。

 

『シンディアに手ぇ出したら……『殺す』ぞ』

 

ほぼ零距離での殺意に、ヒースクリフは動じなかった。

いや、動じることも出来なかった。

オレがそう仕向けたからだ。

 

――『神』っつても所詮は『普通』によって造り出せれたモノ、と言うことだ。

 

==========

 




はい、どーも竜尾です。
久しぶりに日常回を書けたと思います。
そもそもジャックの出番がこの辺になると少なくなって来ましたからですね。
結構無理矢理感もあるかもしれません。

今回でジャックは様々な事を語りました。
彼の言うことには僕の思いが込められているんですよね。

この作品を書いて往く内に、僕もいろいろな事を考えていますし、それを皆様にも共感?していただけたら幸いです。

【次回予告】

(((ちょろい)))

「あたしは、攻略組偵察隊だよー」

「ここは嘘吐きばっかだね」

――私は、その砂利が恐怖に見えて仕方がなかった。

次回をお楽しみに!それでは。


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