仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第二十四話 黄金と二本刀

Side =シンディア=

 

第三の《LGL》獲得に向けて、わたしは森を駆けた。

木製の住居には、時間の流れを表しているのか地面から植物の茎が壁を彩るように巻き付いていた。

慣れた手つきでノッカーを打つ。

「はーい。あら、三回目になりますね」

「どもです」

びしっと、右手を頭の所まで持ってきて軽い敬礼のポーズを見せると、サラさんは少し微笑んだあとに顔色に影を見せた。

「実は……また……」

クエスト表示にすかさず承諾して、彼女の方を向く。

「最近、この森に二体の獣人が入り込んだと聞いたのです。当然縄張り争いが起きました。このままではここも何れ壊されてしまうかもしれません」

三回目にして、ようやく討伐オンリーのクエストと言うことだ。

すると、サラさんは三度家の中から古ぼけた紙を取りだした。

「慌ててここから脱出しないと、と物置を整理していたところこんな紙が出て来たのです」

さて、今回はどんなヒントが書いてあるのやら。

「それでは、お気を付けて行って来て下さい」

そう言うサラさんは髪を掻き揚げたのだが、その耳には黄金のピアスが付いていた。

つまり、それが今回の報酬である《LGL》と言うこと。

わたしは笑顔で「わかりました」と告げると、紙を読むために安全エリアへと歩き出した。

時刻はまだ午前なのだが、こういった事は欠かすと何が起こるか判らない。

ジャックは『死』を運ぶ者だから死ぬことは無いなんて言う奴らもいるらしいが、わたしも彼も自身が絶対死なない保証なんてしたことがない。

もしかすると今、この瞬間にも現実世界のわたしが急死してしまう可能性だって否定できないのだ。

あくまでもわたし達が目指すのは99%の先。

 

――99.9%以上を如何にして叩き出すか、それだけだ。

 

このエリアは本当に第二十層や第十層と変わっていない。

ちょっとだけ木が伸びていたり、安全エリアでいつも座っている切り株に苔が付き始めていたりと言う変化がある程度だ。

そんな訳で、切り株に腰を下ろして紙を開いた。

 

【何れ、其の欲に惹かれた(つわもの)共が、母なる大地へと姿を見せるだろう。】

 

【だが、謁見に値する力を持つ者は、磨き続けた者也。】

 

【醜き者共が姿一つ見せることは許されない。】

 

【それでも願わくは、魂を抜き取った者にこそ恵みを与えよう】

 

【人ならざる力を得ても、強欲とは愚かな者也】

 

「ありゃ?敵のことが書かれてないけど」

本当に、今回のクエストは今までの二つとは状況が違うみたいだ。

ってことは、今までの二つのクエストはこのときの為の選別だったのかもしれないかな。

(あれもわたしみたいな《異常》染みた力がなきゃ突破は難しそうだし)

「そろそろ、噂通りの『クリアまで最低でも一週間はかかる難関クエスト』っぽくなってきたかな」

槍を取り出し、歩き出す。

広大に広がる一階層の中で、この森が占める割合は実に四分の一。

ここでたった二匹の怪物を探さなければならない。

「あーあ、刃さんの所為でわたしの力も無効化されてるし、このクエスト受けなきゃ良かったかな……」

わたしのモチベーションは確実に下がっていた。

現実世界で、一週間という単位で物事をしたことが無かったからだ。

まあ、新鮮な体験と言うことは嬉しいことかもしれないけどね。

そんな訳で、わたしは槍を上に向かって適当に放り投げた。

こんな森を狙う様に探すのは不可能。

となれば頼るのはただ一つ。

槍は、横向きのまま地面に衝突し、数秒の内にその振動を止めた。

その矢先の刺す方へと、わたしは歩き出した。

 

「使うのは、《異常》な女の勘ってヤツだね」

 

==========

 

【って、言った割にもう五日だゾ?】

【正直言ってここまで手古摺るとは思わなかったよ、やっぱり先駆者って偉大だね】

アルゴにそうメッセージを飛ばして、わたしは夜の森の月明かりの下切り株に座って頬杖を突いていた。

五日、と言うか四日ほどで三分の二の地域は歩きまわったはずだった。

で、いい加減に時間を食う訳にもいかずに本気の一部を垣間見せ残る地域を今日中に回ったはずだった。

「解ってたけど、どっちともかなりの速さで移動してるみたい」

と言うのも、局所局所にモンスター達が大量に配置されていたのが三日目の時点で解っていた。

下手にモンスターを引きつけて、もし他のプレイヤーに出会ってしまったらわたしの《異常》がばれてしまうので、全てその場で撃退していたのだ。

これが止められず、結果的に奴らを取り逃すことになった。

奴らは集団が倒されるのを知り得る手段を持っている。

それを利用して常にわたしから距離を取っていたに違いない。

けど、いよいよわたしも時間が無くなってきた。

あと数日のうちに次の階層のボス攻略会議が行われる。

《LGL》が欲しいのもそうだが、そちらの方もわたしにとってはパスできないことだった。

「うーん。でも結局手がかりもないしなー」

槍を両手に持ち、大きく伸びをする。

瞬間、第二十層でのある出来事を思い出した。

と同時に口からため息が漏れる。

「まさかと思うけど……」

自分でも、呆れてしまうほど滑稽な思い付きだった。

だが、このクエストであるからこその利点。

《LGL》の位置を確認がてら動かした。

 

――刹那、暗闇包まれていた樹海の中に一筋の光が生まれた。

 

と、周りの奴らには見えているのだろうか。

わたしが干渉できないのならば、わたしに干渉させるようにしてやればいい。

「刃さんにもここまでは見せたことは無かったからなー、目立ちたくないからやりたくなかったけど、《LGL》も取れば否応なしに目立っちゃうし……」

愚痴を混ぜながら周りを見渡す。

人間と言うモノは相手にした者の顔や形から勝手に人格を構成してしまう。

それを装飾するのが口調なのだ。

極論すれば、第一印象は本当に大切なのだ。

その印象を『普通』のやつは当たり前だと認識してしまう。

そして、それが自分なんだと思いこみ、染まる。

暗い奴は暗く、明るい奴は明るく、そうやって人間のカテゴリから更にグループ分けが行われる。

 

――それが、『普通』であり。彼らは無意識にそうなってしまったのだ。

 

ならば、わたしは?

幼いころから自分の感情を殺して来たわたしならどうか?

人を近付けるのはわたしの得意分野。

それであって、ジャックの様に人を遠ざけることも出来る。

ザッ、と足音の先には可愛らしい瞳をした丸々とした毛を身に纏う現実のモノより少し大きな羊のモンスターの姿が。

「お前じゃないよ、違う」

 

――わたしは、そのグループ分けの中を自由に移動する者だ。

 

君は、ここから先には来れないよ。

すると羊は何事もなかったように振り返って森の奥へと消えて行った。

これでいい、わたしの声も姿も、お前の境界線に踏み入れることは無いのだから。

これは、人を引き付ける《異常》を持ったわたしの真骨頂。

直後、触覚と聴覚に反応が合った。

この階層では感じたことのない風の切り方と、足音。

その方角は、先程羊が去って行った方向だ。

まさかとは思ったが、羊が逃げたのは本来の仕様――

「だとすれば……ね」

今まで出てきた敵は全て倒していたから気付かなかったんだ。

記憶を呼び戻せば、あの羊の姿はちょこちょこ見かけていた。

恐らく、あの適度な可愛さに油断し、見逃したプレイヤーを攻撃する用途で存在する、言わば反撃的(カウンター)モンスター。

わたしも先程までの雰囲気を収めて、嬉々とした表情を浮かべる。

「やっと、会えた」

白い煙を吐きながら闘気を纏っていた。

あの丸々とした体はどこに行ってしまったのだろうかと言う程に全身の灰色の毛が逆立ち、もこもこ感は一切感じられない。

節骨逞しい体つきを誇張するように毛が張り付いているのだ。

わたしを見下ろすその体長は二メートルと言ったところ。

黄色の猫にも似た目を血走らせ、羊、いや羊男は咆哮した。

それに合わせて頭に生える角が禍々しく形作られた。

「羊じゃないでしょ、それ」

 

《アン・オーヴェム》

 

本来の名前に不定冠詞が追加され、こいつの価値が特別なモノに変わった。

「まずは一匹目、五日もかかっちゃった」

今度は、こういったイベントには気を付けて行かないと。

わたしも、ジャックもそうだけどこの世界の摂理には無頓着なビギナーなのだ。

「まだ、一年も学んでないんだよな……」

異色を放ち続けるオーヴェムは両腰の毛の中に左手を突っ込むと剣の柄の部分だけを取り出した。

本来なら何かされる前に攻撃したいところだが、HPバーも出ていないため無駄だろう。

(現実だったらそんな隙は与えないのになあ……)

シャキン、と鋭い効果音と共に羊男の右手人差し指の爪が真っ直ぐに伸びた。

その根元を、草食の羊とはとても思えない鋭い歯で折った。

それを力任せに剣の柄に捻じ込んで一本の剣を作り出す。

爪の色は真っ黒、柄は錆びているのでなんとも年代物風な武器が出来たなと拙い思考を掃き捨てる。

それを羊男は両手で持ち、半歩下がって構えをとる。

ようやく二本のHPゲージが出現した。

構えからして、武器のカテゴリは《曲刀》と言うことになる。

駆け出したのはわたしだった。

《オブシディアン》は握る部分も先端の金属も同じ黒いインゴットで作られたわたし特注の槍だ。

その槍が、纏った光は黄金。

《LGL》の影響であろうか手始めに、《コントゥリーティオ》で腹部を思い切り薙ぎ払った。

空中でタメを作ったので隙もなく攻撃が出来た。

風を切りながら、黒と黄金のコントラストが夜闇の中で一層際立っている。

衝撃で吹き飛ばされながらも、オーヴェムは足を地面につけて重心を落としながらこちらを見ていた。

わたしが着地した瞬間にこちらに向かってくる。

鮮やかな赤い光を帯びた斬撃をわたしは盾で弾いた。

だが、オーヴェムは一呼吸置くように刀を戻すと先程より段違いの速度で三回の連続突き攻撃をしてきた。

《カタナ》スキルの《息抜(そくばつ)》だ。

一度目の攻撃は敵の体勢を崩し、続く三連撃の為の布石。

モンスターならこういう用途の攻撃なのだが、わたしたちの場合は牽制の意も成すことが出来る。

その緩急を見破れなければ、間違いなく三回の攻撃は防げないだろう。

それらをわたしは全て槍で軌道をずらして身体の位置を動かして刃先すらも掠らずに羊男の懐に入る。

(まずは初撃を大事に……っと)

体毛の生え具合から槍を軌道修正、筋肉の動きから弱点と思われる部位の位置を算出。

《スビータ》までとはいかないが黄金の光を纏った槍は中々の速さでその腹部を突いた。

反動で、わたしとオーヴェムの間に距離が出来る。

オーヴェムは次の攻撃に備えたが、その片膝が地面を付いた。

《槍》スキル《コニュンジェーレ》。

一撃は速いとも重いとも範囲が広いとも言えないが、敵に当たれば必ず《脱力》の状態異常を発生させる。

ただ、その効力も七秒しかないのだがわたしにとっては十分な間だ。

踏み込んで、頭の下がる羊男の額に槍を突き刺して上に弾く。

その力を利用して身体を一回転。

《弱点倍加》を付加する《インフィルミ・ターテ》で額に縦に刻まれた傷を横に薙いだ。

綺麗な十字架の傷を作ってオーヴェムの身体が真横に浮いた。

地面を転がり、《脱力》が切れた瞬間に地面に手を付けて体勢を立て直す。

身体についた泥を払い落し、もどかしさに身体を震わせわたしの方に向かってくる。

二メートル級の大男の疾走は、小さな地響きを起こしていた。

まだ剣技の兆候は見られない。

わたしは盾を奴の正面に持つのを止めた。

そのまま羊男が剣を振り下ろす。

瞬間に、赤い光が纏った。

それを見たわたしは半歩引き、右手を身体の前に。

金属の接触音が響くが、まだその光は途切れない。

オーヴェムは再びわたしに切りかかる。

慎重に腕の動きを見ながら、わたしは連撃を受け続けた。

これは《カタナ》スキルでもかなり上位に入る、攻略組でも習得しているのは一人しか知らない上位剣技《空殻(からから)》。

このように、一定時間剣に赤い光を纏わせる技だがその間自分は好きに身体を動かすことが出来る。

与えるダメージも使用者の攻撃方法によって決まり、通常の攻撃のハズなのに絶大な威力を発揮することもある。

さらに、厄介なのはもう一つ。

オーヴェムが攻撃の手を止め、飛び退く。

当然わたしもそれを追うが槍先が届くよりも先に羊男が後退した。

わたしは視線を自分のHPに移す。

緑色のゲージは五パーセント程削れていた。

《貫通》の特殊能力付き、《LGL》を持っていたとしてもこの削れ具合には、本当にわたしやジャック以外にクリアできるのかゲームバランスを疑った。

槍を一回転させ、地面を蹴った。

ならば、剣技を出させる暇は与えない。

地の力だけで押し切れば十分だ。

初撃だけ《スビータ》で突撃。

懐に入れれば上々だったが、バックステップで距離を開けられたので、すぐにその後を追う。

だが、これも先程と同じで、奴は更に飛び退いて《空殻》を使うだけの間合いを作るつもりだった。

だから、わたしはその前に別の剣技の体制を取っていた。

現実世界での槍というと、戦いに使う以外で最もポピュラーなモノは?

 

逃走(投槍)ってね」

 

《槍》スキル《ヤーク・ラティオン》のモーションに従って槍が羊男目掛けて飛んでゆく。

当然、地面に落ちれば耐久値がごっそり持っていかれるがそのリスクを追うからこその破壊力を持っていることは確かだ。

だが、オーヴェムはそのモーションに入っていたのを見ていたのか刀を【WEAK POINT】表示のある額に構えた。

わたしの狙いをそこだと予測したのだろう。

「わたしが外す訳ないでしょ、弱点には特に」

寧ろ狙い通り、槍はオーヴェムの右手を貫いた。

そのまま槍と羊男は失速して地面に身体を擦り付けた。

わたしはさっと近付くと、オーヴェムは得物を握っていなかった。

 

「ほら、一直線コース」

 

止めの《グラヴィス》が、なけなしの防御として覆ったオーヴェムの左腕を貫き、額も貫いて地面に突き刺さった。

この攻撃だけで二本あったHPバーは二本とも消滅した。

「防御力の方は大したことないんだね」

槍を引き抜いて、経験値やアイテムの獲得表示ウィンドウを閉じる。

刹那。

周りに複数の足音を感じた。

恐らくは、今出現したモンスター。

(まさか、もう一種類のヤツはオーヴェムを倒したから出て来たのか?)

そう思い、自分に最も近い足音を立てる奴の方を見た。

すると姿を現したのは、先程の羊男の進化前とも言える丸っこい羊だった。

足音が同じだったってことは、こいつを含めて九体……。

 

「あっ……」

 

わたしの声を皮切りに、一斉にその場から九体の羊が距離を取った。

オーヴェムの出現条件はあの羊を見逃したから。

と、言うことは第一発見から一定距離を取った場合に奴らに姿を変えると言うことで……。

冷や汗一つ掻かないし、誰もいないけど雰囲気づくりに一言。

 

 

「こりゃ、マズイかな……?」

 

 

==========




はい、どーも竜尾です。
今回で三つ目の《LGL》獲得クエストとなりました。
なんか、シンディアさんの方がジャックよりも主人公感が出てきたような…。

そんな今回の戦闘シーン。
ちょっと言葉遊びにいそしんでました。
我ながら《空殻(からから)》は良い表現ではないかと思いました。

徐々にシンディアさんも直接的ではないにしろダメージを受けるようになってきましたね。

【次回予告】

「めでたし、めでたしっと」

「穿つ!」

「チッ、《黄金》は運にも好かれてやがんのか」

(《ネクエ・アースタ》、どんな技でしょうね)

次回をお楽しみに!それでは。


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