Side =グロリア=
目を覚ました。
その状態から半回転、両腕をベッドに付いて反発力を利用。
身体を回転させながら足から落下して両足で着地を決めた。
これが、最近の私の日常だ。
《体術》スキルの特訓にもならないが、気が付いたら始めてしまい、今では日課だ。
利点としては、一瞬で目が覚める。
欠点は、失敗した時に一種の大惨事となる。
すぐに着替えて宿屋の外にある新聞入れから一部を取って自室に戻る。
実を言うと、この新聞にはジャック様の情報がコーナー化されており、常にその軌跡を辿ったジャック様の最新情報が載っているのだ。
これに三回ほど目を通したら準備完了。
時刻は午前九時を回ったところで、街の外へと単身で跳び出した。
非常に練度の上がった《索敵》スキルを使って視覚でも周りを見渡しながら進んで往く。
やがて、前方に三体の敵モンスターを発見。
体長一メートル八十センチのゴリラの風貌をして小さな鉄の兜を乗せた奴らは、一斉にわたしの方を見た。
名を《グランクエイプ》と言い、歯を剥き出しに、白い息を吐きながら興奮状態になったことを示していた。
私の手に握られているのは、もう旋棍にするための《垂直棒》ではない。
垂直棒と、短剣を組み合わせて作り上げられた正真正銘の旋棍。
《マイラ・カーリ》。
刀身が群青色に染まり、持ち手の部分に付けられた皮が、私の手の大きさにちょうど良く収まっている。
「さっすが、としか言いようがないよ……ホントにね!!」
グランクエイプ達の中から一匹がこちらに向かってきた。
身体をこちらに対して左斜めに向け、本命の攻撃を仕掛けるのは隠した方の右腕と言ったところ。
グランクエイプが左腕を自身の前に構えた。
(防御の準備は出来ていると言うことか……)
「じゃあ……」
棒立ちでそれを見る私もきちんとグランクエイプを双眸に収める。
瞬間。
私は身体を捩じりながら体勢を低く、足に全体重と重心を寄せた。
足の力を全力で稼働させて低い姿勢を保ったまま駆け出した。
――そして、たった数歩で、私の体はグランクエイプの懐に。
グランクエイプが間抜けな表情でこちらを見る。
捻った身体の反発力を利用した一撃がグランクエイプの顎を打ち抜いた。
そのまま腕はグランクエイプの身体を持ち上げ、残った手で身体をブチ抜いてグランクエイプは青白い硝子片へと姿を変えた。
《旋棍》スキル高速突進技《紫電閃》。
威力、速度共に尋常じゃない速さを生み出す一つの大技だ。
ただ、後隙が大きいのでグランクエイプが他二匹から離れてくれていて良かった。
残った奴らも興奮状態のまま私の方に向かってくる。
ドラミングをされ、仲間を呼び出されなかったのは幸いだ。
二匹の中で私により近い方は私から見て左側のグランクエイプ。
今度はわたしもその方に向かって走り出した。
間合いを取って、腕を振り上げる。
一歩でその間を急激に詰めてこれまた奇襲の様な一撃。
水色の光を引きながら、右腕のマイラ・カーリを振り下ろし、刀身がグランクエイプの腕に突き刺さった。
それは先程と同じように囮にした左腕で、二匹のグランクエイプがニヤりと笑う。
だが、何の狙いもなくこの技は打たない。
突き刺した力を利用して側転の様に身体を動かしてグランクエイプの上を腕から肩にかけて回った。
その間にマイラ・カーリを引き抜いて着地する前に、左腕でグランクエイプの首の後ろを掻き切った。
グランクエイプがもがく中、背後に着地した私は再び剣技を発動させてその背をバツ字に切り裂いた。
すぐに無数の硝子片へと姿を変えたゴリラを通り抜け、両腕についた赤いポリゴン片を落とすように振るうと、後ろで破裂音が響き、残り一体。
今のは《三日月》と言う剣技の後に基本突進技の《掛月》と言うコンボ技だ。
《旋棍》は非常に多彩で破壊力のある攻撃が存在する。
感触を確かめていると、残った一匹が私に向かって光を迸らせた拳を振り下ろした。
防具の薄い私がこの攻撃を食らっただけでもHPの半分程は持っていかれるのだが……。
「《解除》」
その一言で、拳の勢いは急速に弱まり、グランクエイプの拳は私の身体をど突いた。
軽く浮いた身体、空中で左手でど突いた腕を掴むと右腕でまずはその腕を貫いた。
身体をグランクエイプ側に引き寄せ着地、重攻撃技《弓月》を放った。
腕引きながら踏み込み、全体重が足に乗った瞬間に矢を放つように腕を思い切り突き出した。
マイラ・カーリはグランクエイプの腹部に直撃。
その巨体を吹き飛ばし、グランクエイプは気にぶつかってその身体を停止させた。
出て来た経験値とアイテムの獲得表示をさっと消して、私はダンジョンの奥へと進んで行った。
こんな戦闘はもう簡単でしかならない。
ジャック様に近づくには、もっと強く、強くならなければ。
――もっと『虚』に染まれ。
――『虚』に浸った分だけその装甲は厚く、硬くなる。
――だが、それ故に内面から抜け出すのは困難になる。
――それでも、私はその沼地に足を踏み入れなければならない。
――恐怖なんて感情は、もう無くなった。
だって……。
「もう臓器以外は私じゃないでしょ?」
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レべリングを終え、私が戻ってきたのは第二十層主街区《セペモ》の一角。
《ギルドメンバーのみ解錠可》とされたドアを開けると、室内には金属同士のぶつかり合う音がけたたましく響いていた。
「扉越しでも聞こえるのってどういうことなのよ」
ふと、先の戦闘で熟練度が五百を超えたこのスキルを試してみたくなった。
そっと扉に手を掛け、静かに開けると耳に入ってくる音量は強くなるのを堪えて大声で叫んだ。
「《解除》!!」
と、私の声がリズムを刻んでいた金属音の間に入ってそう言うと、途端に金属音は止んだ。
満足した私はその場を去ろうとしたのだが、奥にある突きあたりから柱をガシッと掴む音が聞こえたので仕方がなく振りかえった。
「おいグロリア……我の仕事の邪魔をするとはどういうことだ」
出て来たのは、鍛冶用のハンマーを握った一人の男性プレイヤーだった。
一人称で解ると思うが、この男はオーカスではない。
奴なら今も同族探しに路地裏を駆けているだろう。
それに、彼の体格は雰囲気相応の普通な体型をしているのだが、目の前の男はそうではない。
顎にはびっしりと髭を生やして顔つきもごつごつとし、目つきは悪く、前髪も目にかかる程に伸び切ったこげ茶色をしている。
「これで二十代とか、私以上の嘘付きなんじゃないの……」
「何か言ったか?」
「いや」と軽く返して再び自分の部屋に戻ろうとするのだが、依然として厳しい視線が私に突き刺さっていた。
「それにしてもさっきのは何だ、我に対する悪戯ならば制裁を加えなければならないだろう」
そして、そんな嘘みたいな格好をする彼の最大の特徴は……。
「そんなんじゃないよ。ただスキルを確認してて《解除》って言っちゃっただけだから、悪意なんて以ての外だよ」
「そうか、それにしてもフィールドでも使えるようになるとは、なんとも不可思議なスキルだ」
「そうだね」
即答、ちょろい。
納得した途端に彼はまた自分の工場へと戻って行った。
そして、あの金属音の合唱隊がまたリズムを奏でるのだろう。
(今度も夜まで鳴ってたら黒鉄宮に送りつけるからな……)
そういう点は、迷惑にしても流石鍛冶屋と言ったところだろう。
過去に、夜中の騒音でわたしはもう黒鉄宮送りにしようと思っていたが、それよりも先に憤慨したオーカスが彼に対して実力行使を終えた所だった。
案外、オーカスもそう言ったところがあるんだなと知った。
ここまで言えば、今の私達の状況も理解できただろう。
――彼、《
ロムを引きこんだのは言わずもがなオーカスであるのだが、そのスカウト状況を聞いた時には、私も呆れかえってしまった。
オーカスが掴んだ情報と言うのはたった一つ。
今も、ロムの工場に大切に保管してあるモノ。
――《ジャック・ナイフ》と名付けられた彼の最初のプレイヤーメイドの武器だ。
その情報を手に入れた瞬間に、走り出して真っ先に聞いたらしい。
「ジャック=ガンドーラの手助けをしたくは無いか」、と。
いくらなんでも軽率すぎると思っていた。
けれど、ロムがこうしてここにいると言うことは……まあ、そう言うことだ。
もしかすると、オーカスには私達の様な同族を見破る観察眼を持っているのかもしれない。
ロムは、別段名の知れた鍛冶屋と言う訳でもなかった。
寧ろ、中層でインゴットを取っては自分の趣味趣向に合わせて武器を作るだけの男だったのだ。
その集中力の高さは、先程も説明した通り三大欲求を飛び越す程に高い。
が故に、現在彼の《鍛冶》スキル熟練度は九百二。
私のマイラ・カーリも当然彼のプレイヤーメイドの一品だ。
非常に性能が高く、強化も八回済ませてあるので、それだけでも最上層付近において単独で狩りをすることが出来る。
現在は私達の為に防具を作っているらしい。
偶にその工場を覗いたのだが、私たち以外のモノが見たら卒倒するかもしれない光景が広がっていた。
そもそも鍛冶はかなり簡略化されており、鍛冶屋と言っても必要なモノは剣を打つ《台》、インゴットを入れて型を作る《炉》、磨いて耐久値を元に戻す《研磨》の三種類だけ。
それらはロムの座る椅子に対して三方向に並べられ、その上には薄明かりのランプが吊るされているだけ。
特にこれといった所がないのかもしれない。
だが、彼は常にその小さなスペースに籠って淡々と椅子を回しながら一つの作業に没頭している。
本来なら面先の広いこの建物の一室は一人の人間が使用するには十分なはずだ。
――なのに、そのスペースは高く積み上げられた全く同じ形の武器や防具たちによって埋め尽くされていた。
私は、ロムのことを高く評価している。
それはマイラ・カーリの性能一つを見ても確かにそうだが、私がジャック様に執着するのと同じモノが、これだ。
ずっと同じものばかりを作り続け、その中から一つだけを選び抜く。
数千回以上同じ工程を繰り返した末に、彼が納得した逸品が《第千七百九十代目ジャック・ナイフ》だ。
もし、一回一回の工程にきっちりと集中していなければ、積み重なる武器の山に彼の精神は崩壊していただろう。
彼の精神は、私から太鼓判を押せるほどに『普通』のモノだった。
ジャック・ナイフも性能は第十層クラスのモンスターが限界レベルだが、その刀身と言い、柄のフォルムと言い、私とオーカスは初めてそれを見たときに心を惹かれていた。
ジャック様程ではないが、人を魅了することのできる武器を作る。
「まさに、職人。我が目指すのはそこだ」
ロムは、惚ける私達にそう言って、この場所で生活を開始した。
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ガチャリとドアの開く音を、玄関近くの部屋にあるソファーに寝転がっていた私はそちらのほうに顔だけを向けていた。
「もう戻ってきてたんだな」
「夜は攻略組の連中が得に動き出す時間だからね、《ジル》の噂が無くなったとはいえ、むやみに行動すると目を付けられかねないし」
「とは言っても、トンファーを握ってるあたりは戦い足りなさそうだ」
「私みたいなSAOの年少者は決められた時間に学校に通っているから、基本的に日常を崩すような行動は起こさないの」
だから、それを変えようとするときには苦労を強いられる。
それを納得したのか、オーカスはロムの工場に向かった。
再びやることのなくなった私は、両手に握ったマイラ・カーリの刃先をじっと見つめていた。
真実を言おうが、嘘を言おうが、何も考えることが無ければ過不足なく誰の心でもない。
つまり、こうしてぼおっとしている私は、虚だけの外面や、本音を溜めこんだ内面ではないと言うことだ。
――私は、この時間が堪らなく好きだったんだ。
やがて瞼が落ちて往き、私を夢の世界へ誘……
「起きろ、グロリア」
……わなかった。
眠気を吹き飛ばすように両腕を逆手にソファの端を掴むと、両足でソファーを蹴り、手を離さずに縦に一回転して着地した。
その途中に足が何かに当たった気がするが、気のせいだ。
「貴様……我に何をする……」
ロムが額を抑えていたが、無視して話がありそうなオーカスの方を向く。
どうせロムは私の嘘にはちょろっちょろだからどうでもいい。
「今のところアプローチを掛けようと思ってるのはいないんだけど、同族の目星の付いている人なら二人見つかった」
それを解っているオーカスもロムのことをスルーして話し始めた。
「ようやくギルドっぽくなってきたということだな」
ほら、ちょろい。
「それだけどさ、まだこのギルドの名前って決まってないよね」
私がそう言うと、オーカスは少し考えた後に、大きく頷いた。
「それなら大丈夫だ、目星の付いた奴の一人にそっち方面に強い奴がいる」
「ふーん」
(そうやって、有名人を集めて来て大変な事にならなきゃいいんだけど)
だが、今までオーカスがしくじることは見たことが無かった。
やはり、ジャック様の意志に従うモノ。
あの方に失敗が何一つないように、私達もそうして努めなくてはならないのか。
――その刹那、私の脳裏に強い衝撃が走った。
「あれ?」
「どうした、グロリア。何か疑問でもあったか」
ロムはそう言うが、オーカスは何も違和感を感じていないのだろうか。
「ねえオーカス。その二人の中に、狂……《狂戦士》っていう二つ名持ちのヤツっていなかった?」
「いや……両方とも名の知れた者同士だが、そんな二つ名は……」
オーカスも、何かに心当たりがある様に呟く。
いつも通りの日常を過ごしていたからこそ、この変化に気付けたのに、一体どういうことだ。
全く思いだせない、嘘ではない。
――やがて、その影は、私達二人の記憶から、完全に消滅した。
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はい、どーも竜尾です。
お久しぶりですね。書き溜めも十分に進むことが出来ました。
今回の《旋棍》の紹介でメイン四人の武器紹介は終わりましたね。
僕が作り出した剣技なのに、なかなかに覚えるのが大変です…。
やっぱり一回出した以上また使おうと前の話を見ることもあるんですが、なかなかみつからなかったりとかも…。
三人目、ロム君の登場です。
彼が老け顔なのは考えれば皆さんも分かると思います。
《鍛冶》スキルとか分からないんでかなり適当に作ってしまいました。やっちゃいました。
【次回予告】
「あんたの腕一本だ」
「なになに、《狂戦士》?」
「なあリーダー、いい加減飽きて来たんだけど」
「次の夜は、どこの賭博場に行こうか……な……」
次回をお楽しみに!それでは。
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