No Side
「こんにちは、ガンドーラ」
街中を歩いていた二人を呼び止めたのは、先程の攻略会議でも一番目立っていたシンディアだった。
自分が呼ばれた訳でもないのにキリトはふと、足を止める。
彼には何か嫌な予感がしていた。
次いで、ジャックも立ち止まり、振り返って彼女の方を向く。
「何か用か?」
「あなたには伝えておくことがあったから、《
「あ、ああ」
呼び慣れない自分の仇名で頼みごとをされ、たじろぎながらも返事をした。
「始めましてになるわねガンドーラ」
実は、この瞬間からもう彼らの本当の会話が秘密裏に行われていた。
ジャックは、それまでは自分のことをもしもシンディアが恨んでなどいないかと言う不安を、たったその一言で打ち消してしまったのだ。
だからこそ、シンディアの眼差しは僅かに鋭く、何かの感情を込めたようになっていたのだ。
彼らにとっては一挙一動が全ての合図であり、言葉には必ず裏を作る。
――二人だけだからこそ解る許しであり、彼らはそれを『
キリトに気付かれないようにとシンディアはゆっくりと感情を押し殺して行く。
彼はまだジャックの引き起こした惨劇をフラッシュバックさせているのかその事に気が付かない。
追い打ちと言わんばかりにシンディアは続けた。
「ガンドーラ、わたしは許さないから」
シンディアも、ジャックが植え込んだ種がどうなるのか興味があるのだ。
それを見抜いた上でのその言葉。
「あぁ、戦うってんなら今でも良いぜぇ?」
ジャックも笑顔で返した。
玲は白の事を良く知り、また同時に白も玲のことを良く知っている。
だからこそ、互いの『異常』を知っているからこそ、それを互いに中和するのだ。
そうして飛び出てくるのは『普通』が見る『異常』の『普通』。
つまり、その時の個人個人で強く思っているその者の個性が、周りには見えてきてしまうのだ。
特に、一番近距離でそれを見ているキリトにとっては、先入観だけで何もかもを決めつけてしまうだろう。
「残念ながら今のわたしじゃまだ力不足なのはよくわかってるわ。いつかの話よ」
「なら、オレと戦うまでにせいぜい死なないことだな」
そうやってジャックたちの深層へと辿り着くことは決して出来ない。
「無駄死になんてしないから」
いつも通りのシンディアだったとジャックは安堵する。
シンディアも、同じことだった。
距離が離れ、見えなくなった瞬間に二人はもう一度笑みを浮かべる。
――互いは違う違うと豪語するのだが、こういったところは二人とも酷似していた。
それでこそズレてしまった者なのだから。
Side =ジャック=
シンディアと別々に歩き出し、湧きあげてくる高揚感を隣にキリトがいる事で必死に抑えた。
この名にしておいてよかったと心から思えた。
確かに彼女は『ガンドーラ』と呼んでいたのだ。
恐らく、キリトのことを《黒ずくめ》と呼んだのもわざとだろう。
オレは《殺人鬼》としか呼ばれないため、ガンドーラなどと呼ぶのは彼女だけだから何らかの関係性を疑われるかもしれなかった。
けれど、こういった渾名や名前で呼ばないことでオレに対する意志疎通も図ることに成功したのだ。
もし《殺人鬼》と呼ばれた上に、怒りを胸の内に隠されていたら、いくらオレでも看破出来ずに不意打ちを食らって死んでいるかもしれなかった。
――そこが、オレとシンディアの決定的な差だ。
現実世界でもいろいろと違っているところもある。
まず、『普通』の偽り方からの経験の差と言うモノだろう。
オレは日常を出来る限り寡黙に過ごしていた。
あらゆる方法を使って無意識的に人から視線を避けさせ、記憶にも残らない程に目立つことなく日々を過ごしていたのだ。
ただ、白と出会ってからはそれが僅かに変わったが、それはあまり関係ない。
兎に角、オレは基本的に感情を避け続けていたのだ。
白は違う。
彼女はオレとは反対に、それこそ『普通』を一番貫いていたのではないか。
つまり、それほどまでに自分の感情を押し殺していたのだ。
その経験値はオレでも測り知れず、だからこそ感情の起伏や理解不能な事象に対するパニックも大きい。
けれど、その分感情を隠そうと思ったらオレですら見抜けないことだってあるのだ。
加えて身体能力等も『普通』とは違ったレベルで備わっているので、本当に闇討ちなんてされたらパニックに陥った上に白相手ではオレは瞬殺だろう。
それほどまでに、本能が白に対しての警鐘を鳴らしていたのだ。
もし、拒絶されていたらオレはこの手で白を殺していたかもしれない。
そう割り切れてしまうかもしれない程に、オレは現実に戻りたかったのかもせれない。
それも、結果としてシンディアが『ガンドーラ』と呼んだ時点で杞憂に終わった訳だが……。
それからは特に互いに干渉をする訳ではなく淡々と攻略は進んだ。
いや、それは違うか。
一つは目を合わせた瞬間の表情の変化による簡単な意志の疎通。
もう一つは戦闘中でも出来るブーツ等を地面に叩き付けるモールス信号。
後者の方はやり過ぎると感付かれる可能性があったのでほどほどにはしたが、《LGL》によって強化され、戦いの中でタンク役に抜擢されたシンディアとソロパーティーのオレらは戦闘中に顔を合わせることもしばしばあったので何ら問題は無かった。
ついでに言うと、キリトの芽の方に動きが見えた。
あと一つ程の衝撃で花が咲くはずだ。
こちらの方もようやくと言ったところだろう。
第三十層まで上がってきた。
この頃になるとシンディアは地位、というか攻略組における自分の立ち位置を確立させ、タンク役兼アタッカーとして十分な信頼を置かれている。
聞けば、アルゴとも交流があるらしく、たびたび二人でいる姿が目撃されている。
そういえば、情報を今まで一回も仕入れたことが無いので無頓着だったが、やはりシンディアはオレ以上に不安な芽は確認しておく主義なのだ。
摘まないのは一種の執行猶予のようなモノ。
未だ、シンディアがプレイヤーに対して手を上げたと言う噂は無いがその時は容赦はしないだろう。
そんなことを考えながらシンディアとの会話を終え、彼女はその金色の装備を揃えるために我先に歩き出した。
オレも、キリトを残して去る。
一気にダンジョンまで入ったところでまずは《鎖》を取り出した。
まだタナトスのように両手両足には付けられないが二本だけでもちょうどいい。
同じように二本の短剣を取り出すと、ナイフを一回転、五感を研ぎ澄ませて周りに誰も居ないことを確認する。
「《濃霧》」
呟いた瞬間、音声認識によってスキルが発動。
プシュッと炭酸飲料水の瓶でも開けたかのような音と共に靴から白い霧が棚引いた。
第二十五層攻略後に突如スキル欄に【《濃霧》取得】と表れたスキルだった。
その概要も書かれてはいたのだが、如何せん獲得の原因は解っていない。
他の奴らも知りもしないスキルだったのは感覚的に解ったので、一応シンディアだけには伝えておいた。
アルゴと関わっているらしいが、早々に話すことは無いだろう。
情報屋といるあいつの方がこういうことを解決する手掛かりを得られるはずだ。
「まあ、霧を発生させるなんてのも、悪くねぇがな」
鎖に短剣を取り付けて霧を引きながら走る。
心の中に、誰かからの声を感じ取った。
『よぉ、久しいな。ジャック=ガンドーラ』
――今は、その言葉が心地よく感じてしまう程に。
Side =シンディア=
ジャックと離れた後、すぐにアルゴの待つカフェで合流したのだが、言葉通りジャックと接触したと早速情報を手に入れていたアルゴはご立腹だった。
軽い愚痴を聞きながら相槌を打ってコーヒーカップに口を付ける。
心配と怒りが六対四くらいの比率で話すアルゴに、わたしはただゆっくりと言う。
「ありがとうね」
彼女に対する恩返しに最も適した回答がこれだった。
このときばかりは、現実世界で腕を磨いてきて良かったと本当に思った。
感情を押し殺すと言うことはつまり、その人によって最適な感情を選ぶと言うこと。
短時間でその人間の細部にまで理解することが強要されるのだ。
そのため、長い間行動を共にしたわたしには、アルゴの心の動きはよく理解している。
特に、情報屋と言う自分の利益だけを得る立場にありながらおっせかいな面は彼女の美徳と言えるだろう。
(おかげでわたしも助けられたしね。……いつか、ジャックも)
わたしの言葉にアルゴが思考停止している間にコーヒーをさっと飲みこんでアルゴの分も入れたコルを置いて歩き出す。
自分の欲しかったモノを手に入れた時こそ、人間は迷いを生じてしまう。
ちょっと効き目があり過ぎたようで、踵を返した時に小さく「シンちゃん……」と彼女はわたしの名を呼んだ。
「今度は、第三十層の《LGL》獲得クエストだから。よろしくね」
冗談交じりに言えば、フードの奥の顔を綻ばせ、わたしはその場を去った。
『今度』、ということは死ぬつもりなど毛頭ないという意味だ。
当然のことではあるが、口に出しておくことに意義はある。
そうやって、言葉と表情という表面を駆使して生きて来たのだから。
――伊達に《異常》を自負している訳ではない。
翌日からわたしの攻略組としての日々が始まった。
まずは攻略組全体のミーティングから顔合わせもして、男共をあしらいつつ戦闘訓練。
新参者なのでどういったポジションに着くのかは解らないが、まあ何とかやってみよう。
数日後、過半数以上のプレイヤーの中に不安の残った第二十六層ボス攻略戦。
主に前線を張ったのは新参者のパーティーだ。
当然、わたしもその部隊の中にいる。
嘗てのボス攻略経験者も居たが、やはりと言うか、動き出すのはジャックだった。
やることに抜かりがないのは現実の玲と変わらない。
攻略組に入ったことで、ジャックから狙われなくなったと安堵する者もいる。
それに攻略組の中でもジャックの戦闘能力は《異常》が故の力もあって尋常じゃないし、攻略意志は強いので比較的自分の危険は減るのだ。
(ま、それこそが狙いなんだろうね)
同時に、攻略組でいる事はジャックの力を一番知ってしまうと言うこと。
それを知った上で本能的に自分との格付けをしてしまえば二度と、ジャックに立ち向かうことは出来ない。
ここは、この世界でも群を抜いたモノが集まる集団。
そこさえ掌握してしまえば、もうジャックにとって恐れるモノの大部分は削れたと言うことだ。
多勢に無勢こそ、わたしたち《異常》が最も恐れるモノだ。
数で何でもかんでも中和して、大量の足で踏みつぶしながら少数の者を駆逐する。
幼少期にそれを気付いてしまったのだ。
いじめをする奴の定義だの、先頭に立つ者の定義だのと言うモノに。
わたしもジャックに続くように地を蹴った。
先端に黒い金属を付けた槍、《オブシディアン》をジャックの攻撃タイミングに合わせて突き出した。
「《インフィルミ・ターテ》!!」
ボスの巨体を片手で突き出した槍で吹き飛ばしながら叫ぶ。
気持ちがとても清々しい。
「《弱点倍加》入りました、行きましょう!」
ジャックが裏で攻略組を支配するのなら、わたしは表をいただこうかな。
わたしの声に全体が反応をする。
好奇心をもっと上げるんだ、わたしなら出来ないわけがない。
ボスの攻撃を真正面から受け止める。
《LGL》のアシストもあるが、爪先に込められた指の握力で地面に留まって【WEAK POINT】を突き刺す。
挙動に合わせて金色の装備が波を打つように揺れる。
心地いい程の金属による輪唱だった。
二時間後には戦闘が終了し、初のボス戦と第二十五層以来の緊張感が抜けてバタバタと倒れ込むプレイヤーたちの中に新参者の中で唯一立っていたのはわたしだけ。
それを見た攻略組の誰かが言った。
「《黄金》様……万歳」
No Side
光の決して届かない路地裏を凄まじい速度で駆け抜ける影があった。
大きな音一つ響くこと無く、その者の鍛錬の成果は思う存分発揮されていた。
その者の手に握られた一枚の紙。
それを手に入れた途端、収納も忘れてその者は一目散に駆け出したのだ。
まさかこれほど早くに、それが見つかるとは思っていなかったのだ。
理想を叶えようとした者が、目の前にそれを見付けた時にはやはり興奮するだろうか。
当然だ。
現実だったら正常を保っていようとも心拍数が上昇し、目も徐々に潤んで来る。
流石に電脳世界であってもその者にこういった事が起こることは無かったが、打ち震えていたのは確かだった。
「まさか路地裏を抜けた先に店を構えてるなんてな……」
関心半分呆れも半分。
兎に角、とその者は扉に手を掛けた。
「これで、三人目」
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はい、どーも竜尾です。
シンディアさんとジャック君の初メイン回!
実際ジャック君の方が主人公なんですがグロリアさんとかグーラさんとかがいると皆主人公に見えてきます。あら不思議。
「《黄金》様……万歳」
これ、個人的に凄く気に言ったセリフです。
思い付きだったのに…。
最後のあれ、No Sideと言っていた割に結構誰視点だか分り易くなってしまいました。
視点は基本的に上記の四人なのでこうして書くしかないっすね。
【次回予告】
「テメェか、《黄金》」
――止めだな。
「で、なんで私はここにいるのかしら」
「喜んで」
次回をお楽しみに!それでは。