仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第十七話 虚を敵に飾る

Side =?=

 

――初めてその姿を目に収めた時、『死』を錯覚してしまうほど私の心は大きく揺れ動いていた。

 

第二十六層主街区《ピキャトム》。

ようやくレベル三十八になったわたしは遂にこの位置まで上り詰めたのだ。

毎日同じセリフを吐いては戦い続けた。

偽った自分がいつの間にかこれほどまでに強くなっていたことに気付くことは無かった。

ただただ戦いの中に身を投じて来たのは、内面だけ私であって外装は私ではない私だったからだ。

あとは第一層から思うがままに戦い続けていただけ。

適当にダンジョンをうろついては目についたモンスターを狩り尽くした。

それが一種の噂にすらならなかったのは、私の流した誤情報が大きい。

別に、誰か特定の人間と連んでいる訳ではない。

 

――少し、ちょっとだけふらっと、人の集まるところでそういう話題を言うだけでいいのだ。

 

既にこの世界の女性人口が極端に少ないことは周知の事実だ。

それ故に、女性プレイヤーには現実と同じような像を思い描くプレイヤーは多数存在する。

(例えば、女子は噂やゴシップに精通しているとかね)

想像をしてほしい、昼食をとっている途中で偶然目に入った幼い女子の口から何やら呟き声が聞こえれば耳も傾けたくもなるだろう。

それを上手く誘導するのは私の実力だ。

内容の大部分は今日の夜に一人でどこどこに行こうと言う簡単なモノ。

小さく話していたこと、周りに本当に誰も居ないことを暗示させれば、疑心暗鬼になる心は邪念による後押しでその辺りの狩場を仕切っていた男共は操ることが出来る。

幸い、女性プレイヤーに出くわす機会がなかったので、女性に効くかはまだ試したことは無い。

そうして、一人で大きな狩場を先取りしてやったことが何回もあった。

嬉しい事に、一人の少女に踊らされたとも話すことの出来なかった彼らはその事を隠蔽してくれた。

姿を変えて、数回これを続けるうちに攻略組と同等のレべリングが出来ていたのだ。

誰とも関わりを持つこともなく、これで私は孤独に打ち勝ったと言えたのだろうか。

「そんなわけがあるか」

朝、目が覚めていつものセリフを呟いたあとに枕に向かって拳を打ち下ろす。

私はあくまでも内に固めたあの方への渇望と、それを可能にしてきた嘘で生きて来たのだから。

今更そんな綺麗事を言えるような人間ではない。

私らしくない考えをしたと、思考からそれを抜き出して今日も外装を強化する。

そうして、新たな地、現在の最上層へと立ったのだ。

実は、今日ここに来たのは他でもない。

遂に、あの方の姿を拝見することが出来るのだ。

第二十六層攻略会議。

情報屋を使用したことがない私にとっては街の会話などが主な情報源なので、《はじまりの街》で鍛えられた話し声の識別能力がなければ今みたいな生活は不可能だっただろう。

 

――もちろん、それを成し遂げるようになったのも全てあの方の為だ。

 

いえ、あの方だなんてもういいません、《ジャック様》の為です。

転移門辺りからざわめきが聞こえた。

そしてその時が、来たのだ。

頬に熱が籠るのを感じ、胸元を押さえる。

外装が、少しずつ剥がれて往くのが、感覚ではあるが手に取る様に解った。

内面にある気持ちが膨らんで、内側から今にも飛び出そうとしている。

人々の声は、パタリと止んで、足音だけが耳の中へと入ってくる。

「もうすぐだ……」

小さな声で、数十メートル先から今か今かとその姿を見るのを心待ちにしていた。

そして、そのブーツが微かに見えた。

瞬間。

 

――後ろに一歩下がった私は路地裏から出て来た何者かとぶつかった。

 

反射的にそちらの方を向くと、その人物と目が合った。

私よりも頭一つ大きな男性だった。

黒い髪に黒い目で黒いジャケットに身を包んだ姿は、現実の街で見かける大学生のような顔立ちも相まって警戒心を強く抱くことは無かった。

互いに無言で見つめあっているうちに、私達の位置からジャック様が見えなくなってしまった。

まだ、その姿を足先しか目に焼き付けていない。

折角会う覚悟が付いたのに、と急いでその影を追ったのだが、後ろから聞こえた声に足を止めざるを得なかった。

 

「その短剣、まさか、《ジル》か?」

 

「何故その名を!?」と言う言葉が喉から出そうになるのを必死に抑える。

先程も言ったが、私はここに上がってくるまで非常にハイペースでの狩りを実行していた。

そして、それを促すかのように表れる短剣持ちの女性プレイヤーと言う点から、二人目の《殺人鬼》になり得るのではないかと裏の裏で密かに囁かれている名が《ジル》だ。

私としてはジャック様と同等に扱われることなど論外だと思っていたが、内面ではかなり気に入ってしまったので、その名前で呼ばれたことに驚きと感激を抱いていたのだ。

恐らく、今の反応で彼も確信を得ただろう。

だが、態々自分でそれを明かす訳にもいかない。

《ジル》は外見が定まらないからこそ半ば虚無に近い存在とされているからだ。

(諦めてたまるか)

「《ジル》って、私の名前は《イナニス=グロリア》ですよ」

「ならば、何故止まったりしたのか、理由を教えてもらおうか」

「そりゃ、もしかして自分に向けられた言葉かもしれないし、周りにも人は少ないんですから反応くらいしますよ」

そう、彼の方を向くのだが、改めて感じる。

(普段の私なら、絶対に私より大きな人とこんな話が出来るわけがなかったのに)

臆することなど無かった。

考えても見るとそうだ。

 

――常に嘘で生きている私に、虚勢を張るなんてことは造作もなくなっていたのだ。

 

経験値を溜めて七カ月。

内面だけは変えずに、外面をころころと変えていたからこその変化だったのだ。

彼は、息を吐いて、真っ直ぐわたしの方を向いた。

「そう言われちゃ筋も通ってるよな。こんなことを言うのもなんだが安心して欲しい。俺は君のことをどうこうしようとはおもっていないからな」

そうは言っても、と言う視線を送り続けていると、もう一度大きな溜息を付いて、男はウィンドウをこちらに向けて可視化させた。

 

「俺は情報屋《オーカス》。普段取り扱われないような裏の情報を集めて回ってんだ」

 

ウィンドウに表示されているのは、私の《ジル》としての行動を彼なりにまとめた文章だった。

「容姿については非常に不特定だったが、俺が今まで集めた情報を公開すれば、君に疑いの目がかかってもしょうがないよな」

内容は彼なりの取捨選択がされており、確かに、これでは私のことがばれるのも時間の問題と言う程のモノ。

私が《ジル》であることを認めた訳ではないが、騙された奴らは報復の為ならそんなものお構いなしだろう。

厄介であると同時に、私を駒にするつもりなのかと再び警戒の視線を向ける。

まさか、こうも上手い具合に手玉に取られるとは思っていなかったが、隙を付けば私が女性であることを利用して黒鉄宮に送ることだって可能なのだ。

「だから、俺は君の敵になろうとは言っていない。寧ろ、やっと仲間を見付けたんだ」

「仲……間……?」

オーカスと名乗る男に手招きされ、路地裏付近で立つ。

 

「つまりだ、俺もあの人に惹かれたんだよ」

 

その言葉と、彼の目の中で光っていたモノに、過去の自分を見た。

「《ジル》を調べるうちに解ったんだ。君も、あの人に憧れを持っているからこそ短剣を握って戦っているのではないかと」

まさしく、オーカスの言う通りだった。

だからだったのかもしれない。

彼の言うことを信じてしまったからこそ、私はその内面から手を伸ばしてしまったのだ。

久しぶりに、偽りのない自分を感じる。

「解った、信用するしあなたのことも認める。私は《イナニス=グロリア》。言うところの《ジル》よ」

「志を共にする者として宜しく。改めて、《オーカス》だ。」

そこに握手は無い。

私たちはあくまでもジャック様への感情によって突き動かされただけだ。

言わば利害の一致と言うだけのことであって、仲良くなるだけではない。

「でだ、さっきも言った通り、俺はあの人の力になりたいからこうして情報屋で表沙汰にならない情報を大量に入手している」

「他にも仲間がいるってこと?」

「そうだったらいいんだがな、あの人に対して明確な尊敬の意思がなければ接触を試みるのも裏方の情報屋としては禁忌だ」

「ってことは、情報が入ってくるほどのプレイヤー且つジャック様に従う者を探しているのね」

「そういうことだ」

オーカスは、ウィンドウを動かして、再び私の前に差し出す。

「他に候補があるとすれば、君と少し似ているが、この《狂戦士》だ」

「《狂戦士》?」

ウィンドウを見ても、その情報量は少なかった。

私のことがあれほど書かれていたことから、そこそこ腕は立つと買っていたのだが、この《狂戦士》という人物はそれほどすごいのだろうか。

「私に似ているって、どういうこと?」

「適当な狩場に突如現れては一体を狩り尽くして瞬時に去っていくプレイヤーと言うことだ。少し前までは《ジル》と同一人物ではないかと思われていたんだ」

「なるほどね……でもどうしてそれを区別することが出来たの?」

「奴が男だと言うことが解ったからだ。だから、君の情報についてもある程度分ける事が出来た」

壁に寄り掛かって、そんな人物は一度も見たことがないなと記憶を遡る。

「神出鬼没を絵に描いたような奴でな、時間帯も昼夜問わないから姿の判別も出来なかったんだが、昼時に偶然見かけたと思われる後ろ姿から、男性であると断定されたんだ」

「こんなに情報が少なければ、探しようもないね」

「それで、以後俺が調べて来た奴らを集めて、あの人の為のギルドを発足しようと考えていたんだ」

次に提示された物件情報を見て、今まで考えもしなかった仲間と言う存在が、いよいよ本格化してきた。

「場所は第二十層市街区《セペモ》の一角にある建物だ。狭いように見えて中々物件面積は大きく、中には《闘技場》システムが搭載されている」

「つまり、中で模擬戦も出来るってことだね」

「ただ情報でサポートするだけじゃあの人が満足なんてする訳がない。君はそう言うタイプだろう」

大きく頷き、短剣を見る。

最初に握ってい短剣は、戦闘の中で消滅してしまったが、あの頃私と共に闘ってきたあの短剣の感触は、まだ忘れたことがない。

そんなことをしみじみと考えていると、再びオーカスはウィンドウを操作した。

「一応、俺がこの物件を差し押さえてあるから、他の奴らに取られることは無いけどね」

(まあ借用書まで用意して何と言うことでしょう)

彼の気持ちは本物だ、私でなくても解ると思うが、そう強く思える程に彼の心も真っ直ぐだったのだ。

「それで、もし《ジル》が仲間になったらぜひ聞いてみたい事があったんだ」

「……何?」

「君、《体術》スキルは取ってる?」

「そりゃ、短剣と併合して使いやすいからね」

その時のクエストが、ふと脳裏に蘇った。

(確か、あの時はジャック様の思いで打ち込んだ結果一撃で割れたんだっけ)

我ながら、思いの力の大きさに驚かされた第二層だった。

「じゃあ、これを使いこなせるはずだ」

実体化し差し出されたのは、何かを取り付ける金具のついた棒だった。

「《補助武器》《垂直棒》だ。この金具に短剣を取り付けて握ってみろ」

言われた通りに短剣をはめ込んで握ろうとするのだが、この形状の武器には見覚えがあった。

 

「こいつを付けて握ることにより、《エクストラスキル》《旋棍》が使用可能になる」

 

つまり、これはトンファーを使用可能にする道具と言うことだ。

「もう一つあるから、そいつも付けとくと言い。《旋棍》は短剣よりもリーチが短いかもしれないが、その分威力と速さが大きく上昇する」

「うん、気に入った。ありがとう」

「まあ、仲間記念だと思っておいて貰って構わん。また連絡を取ろう。全ては、あの人の為に」

次の瞬間、ウィンドウが出現し、オーカスからのフレンド申請に同意すると、彼は微かに微笑んで暗闇の中へと走り出した。

 

「また会おう」

 

すぐに索敵から消えてしまったのをを見ると、やはり情報屋として相当の《隠蔽》スキルの熟練度を持っているのだろう。

それにしても……。

「仲間か……」

初めての感覚だった。

もはや、今の私にはジャック様以外の存在は有り得ないと思っていたのにも関わらずだ。

虚構の装甲をすり抜けて、その気持ちを内面にしまい込んだ。

 

――これも、とても大切な、大切な心なんだ。

 

外面と内面はくっきりと分かれ、そこには純粋な嘘だけが露出する。

まるで、人間の腐った部分だけを取り出そうとして失敗したような、奇妙な私。

気を取り直して旋棍の練習をしようと第二十層へと降り立った。

その、オーカスが買ったという物件も軽く目にしておきたかったのもあるしね。

ダンジョンへと飛びだすと、すぐさまモンスターと出くわした。

「じゃあ、早速だけどやるね」

真正面から飛び出して、敵もそれに合わせて攻撃を繰り出す。

刹那。

私の目の前に、一つの小さなウィンドウが飛び出しだ。

思わず、私の視線はその表示に吸い込まれ、囲われた言葉を発する。

 

 

 

「……《解除》」

 

 

 

呟いた瞬間、勢いの増していた敵の攻撃の速度が極端に弱まった。

当然、何が起きたのか判らなかったが、後ろに回り込んで敵の弱点を連続して攻撃して、すぐさまモンスターを消滅させた。

「何が、起きたんだろう」

このときの私は、その正体をこの旋棍の仕業だと思っていたのだ。

けれど、それを動かしたのも、それを口にしたのも、そう。

 

――全ては、偽りの私の手によって行われていたのだ。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
グロリアちゃん回です。
ようやく名前を出せて大変嬉しいです。
オーカス君も、捜索編では名前だけの存在で出番を貰えましたね。
いろいろな伏線を立てつつ、まさかのラストシーン。

つまり、そういうことなんですよ。

【次回予告】

「そろそろ、こいつとの約束を果たすとするか」

「当たれば、刈る!!」

(これを見ても、まだ逃げ出せと言えるのかよ……神様!)

――俺は向こう百年は味わいたくない味だがな。

次回をお楽しみに!それでは。
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