Side =ジャック=
「それで、偵察を送ったのだが犠牲者が四人でた」
第二十五層攻略会議は、偵察隊からの報告に騒然としていた。
予想通りと言ったところだ。
この鋼鉄の城には二十五層ごとに強力なボスが待ち構えている。
それはどうしようもなく高い壁であり、要約すればオレ達に対しての変化を求めているのだ。
けれど、果たして、ここにいる奴らにそんな奴はいるのか?
自分達の中にいる異物ですら剥がせずに、何が変えられようか。
当然、それならオレが殺るしかねぇけどな。
そん時は、こいつらはただの的だ。
元々そういう意味も込めて攻略組は狙ってねぇしな。
会議は主にオレを気にしないように進められる。
オレも異論は唱えねぇし、話を聞いていない訳ではないから作戦の支障になるような行動は起こさない。
どうやら今回の戦いは主に軍の奴らが率いる見てぇだが、今回もオレはキリト達とのソロオンリーのパーティーになるだろうな。
そう思っていると、軍の中から一つの強い視線を感じた。
顔は動かさずに視線だけを前に向ける。
その主は、軍の中でも壁役の先頭を務め、現在の攻略組において最強の防御力を誇るプレイヤー《スコータム》。
彼はオレに気付いたのか否か、すぐに視線を戻した。
奴とはオレがまだ《殺人鬼》になる前に少しだけ話す程度だった。
性格も戦闘外は寡黙な男で防御に力を入れたのも自分が攻撃に対して積極的に動けないことを自覚していたからだろう。
そんな奴が、オレを見た。
胸の内に植え付けた恐怖を超えたのか?
いや、あの様子はオレの考えていたこととは少し違っていた。
答え探しを止め、ボスの情報へと意識を移した。
――案外、世界はさらに面白い方向に傾くのかもしれない。
キリトの開花を待っていたオレにとっては何とも嬉しい報告だった。
誰にも悟られぬように釣り上がる口元を押さえる。
この世界に恐れるモノがないからこその歓喜だった。
オレは取りだしたピックを一回転させると、またいつもの無表情で会議場を見つめていた。
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化け物の四つの腕が同時に赤く光った。
《無刀》と言う特殊スキルを駆使し、強靭な腕で攻撃を仕掛けるのは、黒い身体を赤く発光させる双頭の四本腕ボス。
名を《タナトス》。
奴の放つ《砕》と呼ばれる重攻撃をスコータムの巨大な盾が受け止め、金属音が部屋中に鳴り響く。
今のところは悪くない。
先の攻撃でHPバーの一本が無くなり、後ろにある顔の目が開いたことによって死角が消えたが。
そこで、アタックとタンク隊を五つに分け、タイミング良く突撃すれば、どこか一つの隊が四本の腕を潜り抜け、タナトスの下まで行くことが出来る。
それをサポートする役目を担ったのが、スコータムと言う訳だ。
だが、絶対的安心と言うのは心の中に慢心を芽生えさせる。
そんなものは一撃でオレ達を葬ることが出来るタナトスの前では出してはいけないものだった。
その思考を放棄させたのは、オレだけどな。
タナトスは、逆を突いていたと思い走り出したプレイヤーの方に攻撃を集中させた。
「待て、キバオウ!アイツを戻させろ!!」
偶に、オレはこうやって誰かがピンチに陥った時に叫び声を上げる。
『こいつにも人間らしい一面がある』反射的に叫んだ声は、そう思わせるためのフェイクだ。
――生憎と、オレには《殺人鬼》以外は有り得ねぇよ。
人じゃねぇ、『鬼』だ。
プレイヤーを掴んだ腕を上に向け、人の身体が宙に浮く。
直後、両手を組んで放たれた《槌》によって男の身体はものの数秒で人間ではなくなった。
遺言も残せず、さぞ悲しかっただろう。
――ほら、『死』ってのはそう言うモノなんだよ。
「何ぼおっとしてんだ。さっさと現実を受け入れろよ」
だから、何でテメェらはそれしきのことで止まるんだよ。
どうせソイツのことをいつまでも覚えてる訳じゃねぇ。
なら、何時忘れたって結果は同じだ。
「お前えええええぇぇぇぇぇええぇええええええ!!!」
そう言ってオレの胸倉を掴む奴もそうだ。
テメェらオレに屈した癖に何やってやがる。
そんな奴らが、たった一人のヤツがいなくなっただけで騒ぎたてるんじゃねぇよ。
何時死ぬかわからねぇ世界に居やがるんだろうがオレ達は。
「お前みたいな殺人鬼には人の命なんてさぞかし軽いものだろうな!!」
全く、今テメェも殺してやってもかまわねぇが、それじゃあオレの目的は達成できねぇ。
怒りも、呆れも、全て《殺意》に……。
一応このまま胸倉を掴まれてんのも煩わしい。
「こんなことしてていいのかよ、ほら、ヤツが来るぜ?」
そう言ってやると、かなり近くにタナトスの姿があった。
もちろん、それも問題ねぇけどな。
――だってよ、オレには強力な
振り下ろされた左腕を弾いたのはスコータムだった。
「悔しいが、ジャックの言っていることは正しい!全員、気を引き締めろ!!」
その勇士に感銘を受けたのなら、まさに滑稽だろう。
こいつの目の奥にあった感情はそんな騎士道のような清らかな心ではない。
寧ろ、オレに対する忠誠心だ。
「そう言うことだ、な!」
まさか、軍のタンクを統率する者が《殺人鬼》に心惹かれたなんて夢にも思わなかっただろう。
実際、オレも予想だにしてなかったし、こういうやつもいる事を知ることが出来た。
声援を受ける盾の背中を見ながら、オレは今度こそ口元を大きく歪めた。
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タナトスのHPの三本目が残り半分に差し掛かった時、それは起こった。
集中力を切らした軍の一隊に《無刀》スキル《礫》が突き刺さる。
スコータムの防御によって直撃は免れたものの二人が死亡した。
結局、誰も自身に変革を生み出すことが出来なかったのだ。
「キリト、オレが隙を作るから突っ込め」
そう告げると、姿勢を低く、爪先で軽く地面コツリと鳴らした。
スコータムの奴もその声が届いていたのか、僅かに腕の位置を調整していた。
タナトスと崩れたまま立て直せない軍のC隊の間で、スコータムは盾を構えた。
瞬間、オレは走り出し、キリトも後に続いた。
《砕》を盾で真正面から受けると、四本の腕は自身の後方へと勢いよく、スコータムの盾は上へと向かった。
「そのまま盾上げとけぇぇぇぇええええええ!!!」
オレの声に、片膝を付き、キッチリと肘で抑えられた土台に負荷をかけないように更に跳び上がった。
「よぉ、随分と見下ろしてくれたじゃねぇかぁ!!」
空中で放った《クイン・トプリカタム》は初撃をもう一つの顔に、残りも全てが奴の身体を切り裂いた。
次いで、キリトの《ホリゾンタル・アーク》が腹部を切り裂き、総攻撃が始まる。
タナトスが反撃を開始する頃には残りのHPはゲージ一本も残っていなかった。
奴の《破》によって撤退を余儀なくされたが、そろそろだろうか。
――その腕に付けられた鎖が取れるのは。
オレ達に背を向けるために鎖の付いた地面を動かした時に気付いた。
バーが消費される度に暴れ回っていたが、鎖を固定する金属の強度が確実に減ってきているのだ。
見なくても、音だけで解った。
案の定、引き摺るような鈍い音と共に鎖の先端が姿を現した。
短剣のような武器が取り付けられ、その鎖の伸縮性はある程度熟知している。
オレ以外の奴らが言葉を失う中、不敵に笑ったタナトスに、オレも同じように笑みを浮かべていた。
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しばらくの間、様子見と飛び交う指示が戦いの中を縦横無尽に駆け回った。
鎖の長さの限界値も解らなければ威力も未知数だ。
もし奴の腕一本一本と同じならば一撃で葬られかね無い。
疲労に押しつぶされた壁役のプレイヤーが短剣の攻撃を受け切れずに吹き飛ばされた。
一人残ったスコータムがタナトスと対峙する。
両手で盾を構える様は正に砦だ。
だが、対する巨人はその手に鎖を持っていた。
腕から繰り出された衝撃は何とか防ぎきった。
それを見た巨人は突き出された腕を揺らし、四本の鎖が砦の裏へと飛んで往く。
鎖の先に付けられたかぎ爪が砦の中枢に深々と突き刺さった。
「「「スコータムさん!!」」」
焦る声を上げる砦の中の群衆達。
確信を得たように、巨人は右腕を二本とも戻して紅い光を纏わせた。
踏み込み、右腕を砦に向かって発射した。
かぎ爪によって裏側を破壊された砦の外壁が見るも無残に吹き飛んだ。
続くように、左手の一本が砦の日々に向かって止めの一撃を入れた。
「スコータム!!!!!」
――《勇者》は叫んだ。
けれど、砦から見えていたのは奴の赤黒く発光する腕。
四本の腕を砦の穴に突っ込むと、力一杯に砦を破壊したのだ。
「頼んだぞ、ジャック=ガンドーラ」
砦は、最後に自分が一番憧れていた者へと言葉を残した。
例え、それが《殺人鬼》であったとしても、砦には解っていた。
誰も動き出さない今、巨人を殺せるのはこの人間しかいないと。
砦を裏で動かしていた《殺人鬼》は考えた。
(砦を破壊したのは好都合だった)
彼がオレに対して下った細かい事情は解らないが、オレに深く関わろうとする奴は今のうちに消しておかなければならない。
白が攻略組に上がってきた時に、何か必ずオレに対してのアクションを起こすはずだ。
それで、余計な事を考えた連中が白に手を出さないとも限らない。
そう、思考に耽っていたオレを呼び出したのは《姫》様だった。
《勇者》様も引き連れてとんでもパーティーの出来上がり。
「あいつを、私たちで倒そう」
「これ以上目の前で人が死ぬのは……見てられないの。お願い、力を貸して」
そう言うのは自己満足って言うんだが、今はそれを追求することもねぇか。
「OKだ、オレもちょうどいい方法を思い付いたところだ」
「本当なのジャック君!?」
「お前無策に突っ込むつもりだったのか」
この《姫》様は今までオレの行動をただの直線的な行動だとでも思っていたのだろうか。
《勇者》の顔つきが変わった。
「よし、俺も行くよ」
やっぱ、テメェはそうだよな。
こっからもまだ利用させてもらうんだからよ、脱落は許さねぇぜ?
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十数分後、オレ達の目の前に浮かぶ『Congratulation!』の文字とファンファーレ。
巨人は、オレがこの手で殺した。
鎖を誘導して絡ませる。
俊敏値の高いオレ達三人だからこそ出来た作戦だった。
そうして緊張感の解けたプレイヤーたちは思い思いの行動をとった。
悲しみの声を上げるのは、今回の戦いで亡くなった奴の仲間だろうか。
特に、その色が濃く見えたのは軍の連中だった。
スコータムのお陰で、オレの存在がこの世界の人間にどう影響しているのかを更に把握することが出来た。
(感謝してやるよ、スコータム)
それに、キリトに植え込んだ種に著しい成長を見る事が出来た。
もうじき、芽から花が咲く。
その花の色は白か黒か、『異常』者のオレでもそれは解らない。
ただ、邪魔になるならば『殺す』だけだ。
「んじゃ、オレはさっさと上に上がってるぜ」
そう言い残して次の階層へと足を運ぶのだが、クラインの言葉に全員の視線がオレに集中し、足を止めざるを得なかった。
「そういやおめえよ、LAボーナスは何だったんだ?」
「確かに、あれだけ強いボスなら相当のレアアイテムが出てるんじゃないのか?」
次いでエギルも声を上げたことにより、無視はできなくなった。
ウィンドウを開いて武器欄を開くと、そこにはカテゴリ《補助武器》と言う今までに見たことのない《鎖》と言うモノだった。
これを容易く公開してしまうのは面白味に欠けると言うモノだろう。
それに、見たとたんに思いついた。
これはオレの《投短剣》に使えると言うことだ。
しかし、嘘はつかないと明言したので言葉は選ばなければならない。
なら、オレが扱う鎖なのだから、オレと同じでいろ。
「あー、悪いがこれについてはノーコメントだ」
「生憎嘘は吐かねぇって言ったんでな、どうしても知りたきゃオレを倒すんだな」
そう言うと、殆どのプレイヤーたちが顔を逸らした。
所詮はこれだ。
世界の法とは最終的に力に集約される。
それを後押しするのは人の感情だ。
オレと言う存在に恐怖の感情が刃向おうとさえする気力を削ぐのだ。
それなら、もうオレに立ち向かえるものはいないのだろうか?
(いや、それはない……ハズなのだが)
やはり『異常』に『普通』は理解できない。
思考を全部破棄して歩き出した。
最近やけに思考が乱れているような気がする。
どうにか落ち着かないとな……。
――刹那。
――懐かしき雰囲気を感じ取った。
オレの頭が弾き出した未来予想だったのか、兎に角、その時のオレには理解不能な事象だったんだ。
けれど、彼女が確実に近付いていることだけは解った。
ここまで来るのにどれだけの時間がかかっただろうか。
彼女が、すぐそこまで来ている。
「待ってたぜ、シンディア!!」
オレ以外、誰も居ないはずの草原で、《殺人鬼》は歓喜の声を上げたのだ。
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はい、どーも竜尾です。
此処でやっと《タナトス》戦ですね。
スコータムさんの真意について、捜索編で気付けましたか?
ジャックさんもだいぶイラついてきています。
そんな訳でシンディアさんの影が見えてきましたね。
ようやく二人が出会います。
【次回予告】
「『第二十五層攻略、犠牲者多数。最後を決めたのはまさかの《殺人鬼》!!』。やっと突破されたね」
――え?玲に出来てわたしに出来ないことってそうそうないよ?
「参った、意外性だけなら、あの《殺人鬼》にも劣らないな」
(追いついたよ、玲)