仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第十四話 黄金と地竜

Side =シンディア=

 

――一度状況を確認しよう。

 

目の前にいるのは敵を示すカーソルとHP付きの半人半獣のケンタウロスを彷彿とさせるモンスター《ケントゥリアス》。

それが、まさか武器も構えずに近づいて且つわたしに向かって話しかけて来た!?

その内容だって『お名前を、お聞かせ願えないでしょうか』だ。

「いやーびっくりした。現実では『異常』だったから色恋沙汰なんてなかったからね」

「あの……どうかしました?」

思わず口に出していた言葉にも反応するのはレアモンスター故か。

今のところ奴はわたしの槍が出せる一番いい場所に立っている。

逃げようものなら一瞬の内に本当の意味で半人半獣にすることだってできるのだ。

確かに、このまま殺してしまっても構わないと思うが、同類ならば見て置く価値があった。

 

――刹那、凄まじくも懐かしい《殺気》がわたし達を襲った。

 

一陣の風がその場の草木を揺らし、不気味に蠢きだす。

間違いない、玲だ。

距離の遠いはずなのにすぐそばに彼がいるような錯覚をするのは、久し振りに触覚で存在を感じ取ることが出来たからだろうか。

しみじみと玲のいる天井を見つめ、ケントゥリアスの方を向いたのだが。

これまた予想外。

怯えた様子を全く見せずに毅然とした姿で彼は立っていた。

けど、違和感を感じる。

「ねえ、さっきのは……」

「い、一体なんだったんでしょうね」

その言葉は僅かに裏返った声で、やはり恐怖を駆り立てられていることが見て取れる。

 

(あっ、そういうことか)

 

こういう時に、自分が女性でよかったのだと思うのだろう。

同時に、興味は急速に冷めてしまった。

つまり、これが《LGL》の本質と言うことだろう。

このケントゥリアスはわたしに好意を抱いているのだ。

その所為で感情プログラムは高ぶりを見せ、恐怖の感情をも引き出してしまったのだ。

取り敢えず、わたしは槍を片手にケントゥリアスへと歩を進めた。

軽くその身体に触れてやると、まるで神様を見るような眼でわたしを見てくる。

(生憎とその神様は死神様なんだなぁ……)

わたしに触れられているのを見ると、ケントゥリアスは飛び退いてわなわなとその部分を見ていた。

掴みは上々、ケントゥリアスが反応したと言うことは何かあるはずだ。

「あ、ありがとうございます。それで、実はこれを……」

そう、差し出されたのは件の《ケントゥリアスの布》だ。

ウィンドウが出現し、受け取るかどうかの表示が出るのだが、その対象を見て、改めて両腕の装備に視線を注いだ。

 

――その数、十個。

 

ただでさえエンカウント率の低い《ケントゥリアス》から取れるこの布はそのまま装備も可能で、強化すればさらに強くなる素材として重宝されているのだが、まさかそれを一気に十個も手に入れられるなんてね。

うーん、玲を見ていたから余り気付くことは無かったけど、やっぱり男って単純だね。

それを渡すと、振り返ったケントゥリアスはもの悲しげにこちらを見た。

『普通』なら、その爽やかで愛らしい姿に心を打たれるかもしれない。

けれど、そこはやっぱりわたしだから。

「あの」

そう、走りだそうとするケントゥリアスを呼びとめた。

だが、彼が振り返る先には彼女の姿は無い。

身長が高いが故に人間と同じように目が付いているのなら死角の範囲は拡大する。

無防備にも身体だけを捻ってわたしの正面に立つケントゥリアスは格好の的だった。

「発動までに若干タメが大きくてね。この《コントゥリーティオ》は」

強い光と共に放った水平方向への斬撃は、ケントゥリアスの人と獣を分かつ部分を綺麗に分断した。

彼はこちらを見ることなく空中で硝子片となって消滅した。

ウィンドウに経験値とコルの獲得表示と共にアイテムの取得情報。

 

「これで、十一個目」

 

これこそ、《Luxuria・Gold・Luna》の真骨頂である。

 

==========

 

準備を整えて一泊。

クエスト開始から三日で洞窟へと向かうのだ。

前回のクエストは二日で終わってしまったので今回は十分楽しめた。

だが、まだ謎は残っている。

兎に角、行ってみるしかないかと洞窟へと足を踏み入れた。

中に灯りを灯せる場所は無く、片手に松明、片手に槍と非常にバランスが悪いのだが、そこは握力と体重移動で何とかなる。

松明にも耐久値は存在するので、足音を頼りに反響定位の要領で周りを確認しつつ先を急いだ。

すると、洞窟の奥地にぽつりと一つだけ灯りの点いた燭台が立っているのが解った。

ここから先は、未知の領域。

一度ここで引き返して情報を伝え、再度挑戦して亡くなったのが最後のプレイヤーだ。

松明をストレージの中に戻した。

火は消えてしまうが、この燭台で灯を点ければ、無事に出口まで戻れるだろう。

瞬間、足元を大量の影が蠢いた。

「まずは【毒蛇】のお出まし」

壁の下に開けられた小さな穴から次々と蛇が湧きだす。

燭台を倒さないように、広範囲槍技《トランクリア》で真っ先にわたしの下に向かってきた蛇は吹き飛ばした。

《LGL》のついていない腕以外の部分はケントゥリアスからふんだくった布を半分使って覆っているのでスキル《抗体》が発動している分気が楽になる。

(まあ、それでもこんな雑魚の攻撃は掠りもしないけどね)

近づけば《トランクリア》で吹き飛ばし、飛びかかって来ようものなら予備動作の瞬間は音で解るので確実に避けて身体を真っ二つにする。

そんな戦闘が、数十分ほど続いた。

確かに集中力の使う戦いだったが、大して消耗はしてない。

周りを見ても小さな蛇軍団の姿は無かった。

だから、まだ終わりでないことも理解できる。

槍を地面に振り下ろし、金属音で反響定位を開始する。

疑似索敵は、すぐに敵の反応を示した。

 

「でっかいのが来るね」

 

大きな音と共に、蛇達のいた穴の一つを破壊しながら、一匹の蛇が姿を現した。

言葉通り穴から顔を出した大蛇の身体は穴の先へと続いているにもかかわらず、とぐろを巻いていてもその全長は計り知れない長さだ。

黒い鱗は影の色と酷似し、灯りに反射していなければ十分な明細効果を発揮していただろう。

名を《ア・カプト・アングイス》。

名前の先に不定冠詞が付いていると言うことは、ざっといえば階層に一体は存在する所謂中ボスクラスの敵と言うことに為る。

普段なら一つや二つのパーティーで攻略するのだが、これを一人で突破しなければならない。

(しかも、まだなにかありそうだし……)

姿勢を落とすと、先程まで自分の頭があった場所にカプトの牙があった。

牙を見る限り毒の類はなさそうだが、被弾しないことに越したことは無い。

見ただけでも、剥き出しとも言える筋肉の動き方は解るし、技がこれだけなら苦戦を強いられることは無いだろう。

「多少、速さはあるようだけど……ねっ!!」

真正面から突っ込んできたカプトに対してタイミング良くコントゥリーティオで応戦。

見事顎を打ち上げ、すかさず踏み込んで腕をいっぱいに伸ばして無防備になった胴体に黒光りする槍の先端を打ちこんだ。

大蛇がもがく中、槍の打ちこまれた部分は赤く光り、【WEAK POINT】と表示が付加されている。

《槍》スキル《インフィルミ・ターテ》。

敵の弱点部位に打ち込むことによって《弱点倍加》を付加。

効果終了までの一定時間はこの部分へのダメージが攻撃を与える度に増加する。

もちろん、カプトもそれを警戒しているが、攻撃の手を止めればわたしは自由に攻撃をすることが出来る。

 

――だからこそ、わたしは跳んだ。

 

「さーて、これは読んでたのかな?カーディナル!」

そして、モンスター達を操る者に向かって叫ぶ。

こっからは全開だ。

跳躍して接近してくる間にも、カプトはただただわたしの方を向くだけだった。

跳ぶ際に掛けていた回転の力が働き、空中でわたしの身体は向きを変える。

その状態で、まずは天井に足を付ける。

槍を身体の近くに寄せた。

次の瞬間。

 

――わたしの身体は大蛇の後ろにあった。

 

足元で小さく風が渦を巻く。

蛇がこちらを向くよりも早く、わたしの槍が赤い部分を攻撃した。

カプトの身体が大きく揺れ、それに伴ってHPバーが大きく減少した。

反撃を使用にも、単調な攻撃ほど躱し易いモノは無いだろう。

まだまだインフィルミ・ターテの効果は続く。

既に四度の攻撃を加え、もう一撃で倒せるだろう。

流石にこの距離での戦いで相手の攻撃を完璧に躱し切れず、HPは一割とちょっと削れている。

噛み付く攻撃を繰り返すカプトを跳び越え、一気に落下。

だが、胴体が動くと、あの小さな蛇たちが出てきた穴。

そこから、音を立ててカプトの尻尾が突き出した。

「うん、知ってた」

何事もなくそれを弾いて胴体に着地、スキル発動の体勢に入る。

《槍》スキル重突技《グラヴィス》は、その身体を貫いて地面と接触し、快音を響かせた。

「だから、反響定位で解ってるんだって、その洞窟の構造もさ」

あんまり、『異常』者を侮らないで欲しいよ、玲ほどではないけどね。

奇声を上げて大蛇が、巨体を地面に叩き付けた。

徐々に、その身体が溶け出すように消えて往く。

それを見て、ボスと言うのはこうやって消えていくものなのかと表示された獲得経験値とコルとアイテムを一瞥してすぐさま後ろを振り向いた。

その先には戦闘中も倒されることのなかった燭台と、行き止まりになった壁だけだ。

しかし、その壁から突如黒い液体が零れ出した。

流れ出した液体は岩石を巻き込みながらわたしの前で形を成す。

ここで、再びあの碑文の答え合わせをしよう。

何故わたしの前に蛇が現れたのかは想像通り先程の溶けだしたカプトの所為だ。

 

【傲慢になってはならない、魂を持たざる地竜侮ること勿れ】

 

永遠の生命力を象徴する蛇だからこそと言うことだ。

地に消え、復活するその姿を地竜と呼称したのだろう。

なら、どうすればよかったのか。

その答えは未だに倒されていない燭台にある。

もし燭台が倒され、灯りが無くなっていたのなら、松明を片手に持つことになり戦い辛くなったことこの上ないだろう。

つまり、良く知る伝説上の蛇の化け物と同じ、この蛇は、火に対して極端に弱いのだろう。

だから、復活したその身体は今、岩によって覆われている。

おまけに《ア・ヴィーペラ》と名前まで変わっての再登場だ。

もちろん、コイツと戦いたかったからわたしはこの選択肢を選んだのだ。

いくら抑えつけたって人間にはその欲望を解き放たなければならないときが来る。

こんな世界にいるのだからこそ、現実世界で窮屈していた『異常』者は戦うことを望むのだ。

 

――それを、傲慢だとは言わせない。

 

ヴィーペラが攻撃を開始した。

その方法は相変わらず突っ込んでくるだけの技だが、先程と違って反撃をしようにも岩によって弾かれてしまう。

一応【Immortal Object】の表示が出ていないので攻撃を繰り返せば、身体から剥がれ落ちるか砕けるかするだろう。

付け加えるならば、全長が短くなったことによって尻尾による攻撃も頻度を増し、一種の波状攻撃を繰り出していた。

岩がくっついている所為で攻撃を予測した時よりも少し動かなければならないのでわたしの反撃のペースも落ち始めていた。

それも弾かれれば隙が出来て直撃はしないけど掠りはする。

剣技を打とうにも、わたしの行動にパターンが出て来たのかタイミング良く攻撃を加えられ、防御をするしかなくなってしまう。

見るからに絶対絶命だろう。

 

――じゃあ、本気で行こうか。

 

誰が自分で引き起こした状況に飲み込まれて死に至ると言うのか。

そんなの、『普通』でも『異常』でもない。

唯の馬鹿だ。

蛇の攻撃を膝を直角に曲げて回避する。

上体なんて鍛えれば誰だって支えられる。

(あっ、言っておくけど身体に筋肉が浮き上がるようなハードな鍛え方をしている訳じゃないからね)

そういうところは玲や刃さんがサポートしてくれたから問題なし。

右手を付けば三点発射台の完成。

左手短く握った槍を顔付近の岩の間に差し込むと、片腕で全体重を支えて足を槍に絡めヴィーペラの頭を地面に叩き落とした。

その衝撃で二、三個の岩石が硝子片へと姿を変える。

大蛇はすぐさま身体を起こすと尻尾をわたしの方に伸ばしてきた。

槍先を向け、流れるように身体を反転させながらその尻尾を地面へと埋めた。

「玲風に言えば、これが《流》ってやつになるのかな?」

ヴィーペラに背を向けたまま、わたしはバックステップの要領で地面を蹴った。

 

――そう、あくまでもバックステップの要領でだ。

 

加わった力を全て爪先と回転力に変えた。

わたしがいたのはとぐろを巻いたヴィーペラの身体の上。

振り向いた蛇の顔にインフィルミ・ターテを放った。

「十分な隙間だよ」

クリーンヒット。

衝撃と共に足場が揺れ、わたしはヴィーペラの顔へと飛び移った。

眼前には【WEAK POINT】の表示が光っている。

両足と右手で身体を固定し、左手で短く持った槍でその部分を只管に突き刺した。

既に《弱点倍加》の説明はしたのだが、もう一度だけ言おう。

 

――効果終了までの一定時間はこの部分へのダメージが攻撃を与える度に増加する。

 

つまり、身体を固定し弱点に刺し放題のこの体勢ならば……?

結果は、想像ついただろう。

いくらわたしの身体を地面に叩きつけようと、緩急を付けた動きで振りほどこうとしてもわたしは足を緩めず、手を離そうとしなかった。

その間攻撃の手を緩めることなく、攻撃の回数は一分ほどで三十を超えていた。

そして、痺れを切らしたヴィーペラはわたしを引きずりながら出口に向かって走り始めた。

しかしその行動は、攻撃としてはカウントされずにわたしのHPは今やっと半分を切ったところだった。

やがて出口の光を槍が反射したのを感じた。

(こりゃ帰ったらすぐ風呂に入るか)

そんな事を考えながら槍を刺し続けた。

刺しては抜く、刺しては抜く。

全身に、浮遊感が襲った。

ついに、地竜は灯りのある世界へと飛びだしたのだ。

 

 

――もうあの黒い鱗の無い、青白い硝子細工と為って。

 

 

走っているうちに身体を覆っていた岩石のほとんどは取れていたみたいだ。

空中で《アルボルの松明》を取り出すと、接着するように硝子細工と共に槍で貫いた。

すると、その硝子はあっという間に消滅し、わたしは松明をキャッチすると上手く着地を決めた。

派手なファンファーレと共にクエスト仮達成の表示が出る。

すぐにその表示を消すと、わたしはサラさんの下へと歩き出した。

その身体には泥や砂が付着し、わたしはとても充実しきった顔をしていただろう。

 

「サラさんのところでお風呂って借りれるかなぁ?」

 

==========




はい、どーも竜尾です。
年始早々本当に申し訳ありませんでした。
引き続き、《LGL》獲得クエストその2後編です。
相変わらず一週間以内に攻略してしまったシンディアさん。
今回はちゃんと構成が出来ていたはずです、はい。

【次回予告】

――案外、世界はさらに面白い方向に傾くのかもしれない。

――生憎と、オレには《殺人鬼》以外は有り得ねぇよ。

――《勇者》は叫んだ。

「待ってたぜ、シンディア!!」

次回をお楽しみに!それでは。
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