Side =シンディア=
第二十層主街区《セペモ》。
後に、『対人戦闘最凶集団』が根城とする階層に、わたしはやっとのことでその大地を足で踏み締める事が出来た。
第二の《LGL》獲得クエストの開始である。
本来なら、この階層が解放されてから一週間ほどで乗り込もうと思っていたのだが、情報収集していたアルゴに固く禁止されていたのだ。
珍しく、情報をただでくれると言うから近くのカフェで話を聞くことにすると、先駆者たちの情報を色々話してくれた。
要約すれば、重要な事はただ一つ。
「今回のクエストで、数人の死者が出たんダ」
その数は、二人。
たった二人ぽっちだ。
そんな事を考えているとはいざ知らず、焦りながら口を開くアルゴの姿に少しの安堵を覚えた。
彼女はあくまでも『普通』の人間なのだから、散々見てきた人たちと同じだ。
だから、その知らせを受けてもわたしの心は一切揺らぎはしない。
(ついでに言うと、身内に《殺人鬼》なんて大層な存在も居るし)
一応迷うような素振りは見せた。
十数年の人生の半分を、わたし達は『普通』として生きて来た。
特技と言うよりは、生き様ともいえる演技はアルゴであろうと見抜けない。
聞きたい情報も十分に聞けたし、わたしは席を立つとアルゴも席を立ち、無言になった彼女を引き連れながら店を出た。
それから街の外に歩き続けるわたしだったが、これまた珍しくアルゴがわたしを引き止めるようにケープの端っこを掴んだ。
振り向くと、背丈の小さなアルゴをわたしが少し見下ろす形になり、その表情は見えないのだが、なんとも可愛らしい生き物だろう。
やはり、こういう仕草を見ると人は猫を思い浮かべるのだろうか。
それも、わたしを心配していることを上手く言うことが出来ないのだろう。
(うん、年上か年下かは分かんないしわたしにそっちの気は全くないけど、同性同士だからこそ解る可愛さってあると思うんだ)
下手に誤解されないように振り返ると、離した手が震えていた。
「……シンちゃんも……ジー君と同じなのカ?」
絞り出した声に、わたしはじっとその姿を見ていた。
「死ぬのが怖くないのカ」
「怖いよ」
わたしは即答した。
紛れもない本心だから、それをアルゴにも解ってもらうために。
「じゃあ!」
と、半分叫びそうになった言葉を抑えて目立つことを控えたのは、情報屋の性だからだろうか。
わたしや玲の価値観としては、『死ぬ』と言うことはその人間において全ての終局を示す言葉だ。
死に方に価値なんて無いし、誰の為に死んだとかは以ての外。
――『死ぬ』理由なんてモノは全て自己満足の終着点だ。
だからこそ、まだ満足すらしていないわたしたちは相手を『殺す』ことだけを考えて戦うのだ。
もちろん、わたしが目指す道を考えると、攻略中に人を守るなんてこともあるかもしれない。
けれど、それを『殺す』ためのプロセスとすれば、わたしのこの純粋な《殺意》は強力な装備と共に開花する。
「自分が死ぬ死なない以上に、わたしは攻略組に参加するって言う目標もあるしね」
「それも、ここで死んじまったら全部終わりなんだゾ。現に死んだ二人は攻略組ダ」
アルゴは、人一倍孤独を怖がっていたのだろう。
だからこそ情報屋と言う人と関わることの多い職業を選んだのだと思う。
けれど、玲のやったことが彼女にとっては大きなショックだったのだ。
『死』を恐れないからこそ『死』を扱うことが出来る。
その姿をわたしに当て嵌めているのだ、彼女は。
確かに、それを『異常』と見抜けたのなら大したものだったけど、そこまで辿り着けるのはいないだろうね。
「なら、それを乗り越えられない人が攻略組で生き残る訳ないでしょ」
出来るだけ穏やかにそう返した。
彼女には情報を幾つも教えてもらったことがあったし、わたしたちは恩を貰ったら絶対に返す主義だ。
ケープをはためかせながら門の外へと出た。
実は今回の依頼者も前回同様サラさんだ。
もしかすると、このクエストはずっと続いてくのだろう。
――全てが光輝く時が来るまで。
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第二十層も門の外は第十層と同じく森が広がっており、入口から全く同じルートを進むと、これまた全く同じの小屋が見えて来た。
ノックをすると、紅く長い髪を携えたサラさんが姿を現した。
「あら?この前はどうも」
やはり、前回のクエスト結果も引き継がれている。
「今日も、困ったことは無いかとお尋ねしました」
「それなら、またお願いしてもよろしいでしょうか」
手を口元に置きながら申し訳なさそうに斜め下を向いて若干顔を赤らめる仕草は男ならイチコロだろう、男なら。
「構いませんよ」
そのまま、出現したクエスト開始の承諾をする。
「実は、最近この近くの洞窟でとても大きな蛇が出現したと言う話を聞いたのです」
「蛇?」
「ええ、しかもその一匹一匹が毒を持っていると言うことで、これではいつ私が襲われるのかと思うと……」
なんとも古典的なお悩み相談に男だったらホイホイ話を聞いちゃうんだろうなー、と話を聞いていた。
しかもご丁寧な事に家の裏には洞窟の方を示す看板まで立っているのだ。
けれど、この《絶対単独攻略型クエスト》だからこその欠点を早速突いてきたとも言える残虐さもある。
ソロで戦うことにおける最大の注意点は死角からの攻撃でも数の差でも無い。
――システム干渉による抗いようの無い状態異常。
毒蛇と言うことは、間違いなく《麻痺》や《毒》なんかはもちろん《速度減少》や《猛毒》などのかなり凶悪なモノもあるらしい。
もちろん、その対策方法もある。
「それで、私の家の中からまたこんな文章が見つかったのですが」
そう言って取り出したのは前回と同じような古ぼけた一枚の紙。
アルゴ曰く、これには毒蛇攻略のヒントがあるらしい。
「今回の毒蛇の退治のお礼は、これを差し上げます」
手に握られていたのは、金色のミサンガだった。
前回もそうだったが、《LGL》と言うのは元は全て装飾品らしい。
どうしてこのような設定になったのかは解らないが、金色の指輪を付けた途端に眩い光と共にその姿を変形させ、次の瞬間腕は黄金によって覆われていた。
両腕の装備とそのミサンガを見比べ、紙を受け取るとその場から離れた。
今回のヒントの内容はこうだ。
【其の蛇、我が天の使いが指し示す試練也。】
【幾千幾万の毒牙を携え、上る姿は正に地竜。】
【何時か此の危機が訪れた時の為に此れに記そう。】
【毒を防ぐには半人半獣の馬の持つ毛皮より作られし布】
【蛇を見るは此の森を見守り続けた大樹より生れし松明】
【傲慢になってはならない、魂を持たざる地竜侮ること勿れ】
今回のクエスト、情報提供者は死亡したプレイヤーの仲間らしい。
《絶対単独攻略型クエスト》と言っても他人と関わりを切り捨てる訳ではないし、そのプレイヤーが仲間達に《LGL》について色々と話していたらしい。
その結果、男性は死亡。
このクエストの危険性を教えるために様々な情報屋に仲間達は情報を持って行ったと言うのだ。
「まーた採取と討伐かぁ……」
それにしたってこのクエストは時間がかかる。
確かに必要なモノについてもヒントが書いてある。
アルゴから仕入れた情報もあるけど、この大樹はランダムエンカウントだとか。
半人半獣の獣と言うのはこの階層にいる出現率の一番低い《ケントゥリアス》というその名の通り、あのケンタウロスのような格好をした槍を武器にするモンスターだ。
それも、この森に出現するのだが、第十層と同じように森林エリアが広がっているのなら、このエリアは階層全体の四分の一を占める広大な樹海だ。
「ホントに一週間かからないと無理かなこりゃ」
これで第二十層クラスと言うことは三十、四十はどうなっている事やら。
銀色の槍、《アルジェントム》を背中から引き抜いて周りを見渡した。
(さて、わたしや玲の持つ『異常』レーダーは大樹を引き当ててくれるかな?)
意識をちょっと視覚に持ってくればすぐに網膜から入ってくる情報が一転する。
色彩を構成する三原色を視界の中で分解し、わたしたちと同じモノだけはその中で鮮やかに映り続けるのだ。
他と違う樹があるとすれば、必ず反応するはずなのだが……。
だが、見える景色が変わることは無かった。
「あっ、そうだ。これ刃さんが監修してるんだっけ」
あの人なら、わたしたちが楽しめるようにと工夫をしているのだとは予想していたが、抜かりはないみたいで心が躍った。
当てずっぽうにやるのもいいけど、やるなら一発で当てたいかな。
そう思い、調整など出来るはずがない自身の勘を頼りに歩きだした。
理由はただ一つ。
――女の勘は良く当たるってね。
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大樹と出会ったのは、日を跨いで深夜の時間帯だった。
勘を頼りに進んでたけど、如何せんこの森の広さで大樹と言うだけの立派な樹に巡り合えず、一日が経って、やっとのことでピンときたこの樹に近づいた。
こう、周りを木々に囲まれそこに出来た大きなスペースに立っている訳ではなく、樹の生い茂る中を歩いていたら偶然見つけた一本だ。
距離が数センチになるまで全く気付くことが出来なかった。
「ここまで阻害されちゃうと、やっぱり刃さんが手を加えたのかな……厄介なクエストに手を出した感が否めない……」
医療関係なら玲以上のチート性能を持つ『普通』の親父さんに恐怖しつつ、《アルジェントム》をその樹に構えた。
《槍》スキル《コントゥリーティオ》を発動し、一撃の水平斬の下で樹を切断する。
斬撃の衝撃で僅かに浮き上がった大木はそのまま空中で無数の硝子片に代わって消滅し、わたしのアイテムストレージに《アルボルの松明》が入るのが確認された。
本来ならこの《アルボル》という樹を適当に倒して往くしかないのだが、この樹を斬り倒すと武器には大きな負荷がかかり、下手をすればものの数回で武器の耐久値のほとんどを持っていかれるらしい。
加えて、仮想世界ならではの成長速度と言うべきか、樹が無くなってから一週間ほどで元の大きさに再生してしまうのだと言う。
それをしなくても松明一つ見つけるだけで二日もかかってしまうとは、中々に大変なクエストだ。
加えてお次はケントゥリアスの捜索と来たのだ。
この一週間でどれだけ人に運を使わせろと言うのだろうか。
先駆者はアルボルの伐採中に偶然居合わせと言う。
当然、わたしもそれを狙って歩き続けていたのだが、運が悪い。
と、思っていたのだが、後ろに気配を感じて振り返る。
すると、五百メートルほど先だろうかと言う位置に、何かの影を見付けた。
暗所だろうと即座に順応する目で見ると、その姿は半人半獣。
探し求めていたケントゥリアスがそこには居た。
けれど、わたしが気付いたことを察知したのか、身を翻すと逃げてしまった。
流石にもう追いかける気力もなく、追いかけるのはまた明日だ。
――でも、ケントゥリアスって
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翌日、クエスト攻略は義務ではないし、誰かとパーティーを組むこともないお気楽思考なわたしは昼間でゆっくりと過ごして、再び森に向かった。
そして、歩を進めたのはもちろんあの場所。
昨日ケントゥリアスを見付けた所だ。
あのモンスターは明らかに『異常』なのだ。
ならば、もしかしたらわたしに会いに来てくれるのではないだろうか。
そんなことを思いつつも、常にアルジェントムを後ろ手に構えたまま、周りを見渡していた。
そこに、あろうことか武器を持たぬケントゥリアスが姿を現したのだ。
予想通り、攻撃的なのに攻撃してこない『異常』なコイツに警戒心を解かないふりをしてゆっくりと向かってくるケントゥリアスを見ていた。
これは刃さんがこの世界に手を加えたが故に建てた仮説だ。
――『異常』を楽しませる為のプログラムにカーディナルが作用し、『異常』な存在が作られてしまうこと。
有り得ない話ではない。
恐怖を振りまく者と好奇心を振りまく者。
この二人をよく知る者が手を加えたのなら、無意識化に『異常』が入り込んだって不思議な事は無い。
――正直言ってわたし達は本質に辿り着いただけであって全てを知っているだけではない。
だから、見出したかったのかもしれない。
ケントゥリアスがわたしの槍の射程圏内に入った。
より一層警戒心を強めても、ケントゥリアスは構わず歩く。
それが、ちょうど槍が最大に行かされるという距離感でケントゥリアスは足を止めた。
「あ……あのっ……えっと……すいません。お名前を、お聞かせ願えないでしょうか」
これには、いくらわたしであろうとこれに関しては衝撃を受けざるを得なかった。
――現実のお父さん、お母さん。
――わたし、人生初のナンパを体験しました。
――相手の方は、半人半獣のケントゥリアスさんです。
Side =玲=
何か、白に男の影を感じた。
「取り敢えず……ありったけの《殺気》を送っとくかぁ!!!」
ただ、久々にブチギレそうになった事だけは確かだった。
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申し訳程度のギャグ要素。
はい、どーも竜尾です。
《LGL》獲得クエスト第二回目です。
今回はちゃんと組み立てたつもりなので大丈夫だと思います。
しかもこの小説に圧倒的に足りないギャグに挑戦しました。
最後もサイドを「玲」と表記したのも勿論仕様です。
【次回予告】
――その数、十個。
「さーて、これは読んでたのかな?カーディナル!」
――それを、傲慢だとは言わせない。
「サラさんのところでお風呂って借りれるかなぁ?」
次回をお楽しみに!それでは。