仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第十一話 虚講の装甲

Side =シンディア=

 

「今度は『SAOの《殺人鬼》ジャック=ガンドーラ』。話題に欠けないねこの人は」

わたしが手に取った新聞の一面にはそのタイトルと共に妙にカメラ目線の玲の姿があった。

間違いなく狙って撮られてやったのだとは思うけど、いよいよ本格的に動き出したってことだね。

情報ではこの新聞以外にも発行されている新聞にはわたしが持つ新聞以外にもその他種類がある。

当然、その一面を飾るのは全てジャックの記事なのだが、編集者によって載せられる写真は多種多様。

中には相手のユースティティアというプレイヤーの手足を吹き飛ばした瞬間のシーンなどがあるのだが、戦闘中の玲は《殺人鬼》として存在するためにそのときは邪魔者を『殺す』ことしか考えてないから写真を見た瞬間に卒倒した、なんてこともあったらしい。

そんな感じでコーヒーを口に運ぶわたしの両腕には黄金色の防具が付いていた。

《LGL》シリーズ、最初の防具だ。

両腕をすっぽり覆う金色は、まだ一つしかないので発光具合は未熟だが、それでもレア防具を思わせる独特の雰囲気を持っている。

そんなわたしを見て新聞の発行者は溜息を吐いた。

両手で可愛らしく紅茶の入ったカップを口に付け、猫舌なのだろうかゆっくりと紅茶を飲んでいた。

「オイラとしてはシンちゃんが未だに手を拱いて攻略組に接触しないことの方が気になっているんだけどナ」

「そりゃわたしだって十分にレベルは上がったし《LGL》も無事に取れたから攻略組に掛け合いたいんだけどね……」

 

「タイミング良く話題のジー君が騒ぎを起こすから、攻略組のことを気遣って声も欠けてないんだよナ」

 

まあ、そりゃ勿論玲がタイミングよく行動したんじゃなくてわたしがそのタイミングを読んで行動してただけだけどね。

無駄にレベルが高いのに力を持て余すと何か別の目的があるんじゃないかとアルゴに感づかれちゃうから。

まだわたしは自由気ままにやって行きたいから、何れは攻略組にも入るつもりだけど、今はまだ玲の独壇場にすることに決めていた。

それに、第二十層が解放されれば、二つ目の《LGL》獲得クエストが解放されるはず。

わたしも女性プレイヤーと言うことで下手に攻略組に接触すれば大手ギルドから勧誘され、なんて面倒な事に為りかねない。

だからこそ、《LGL》の存在はわたしにとって打って付けの存在だった。

このクエスト最大の特徴。

 

――《絶対単独攻略型クエスト》

 

それがどんな異様であろうとも受けられるのは一人のプレイヤーだけという制約が《LGL》獲得クエストには掛けられていた。

それは下手をすればクリアまで数日かかるのに、クエスト受注中は誰ともパーティーを組むことが出来ないと言ったモノ。

このハイリスクなクエストに自分の命を掛ける程のプレイヤーなら攻略組に入ってもソロを貫くことが出来る。

そう考えていたわたしはわざと攻略組と接点を持たなかった。

アルゴにもその趣旨は話しておいたので、わたしの情報は大して出回っていないらしい。

ただ、わたしが攻略組に入ればどんな形でその情報が公開されるのか判らないが。

ま、仕方ないことだと割り切って、もう一度新聞に目を落とした。

脚色もほどほどに、玲の心を考えれば戦闘状況の予想はつく。

「シンちゃんも気を付けた方がいいゾ。ジー君は攻略組は狙わないと公言したみたいだケド、シンちゃんがいつ襲われるかも判らないシ……」

カフェのテーブルに顎を載せ、顔の隣のカップにはまだ湯気が立っている。

「うーん、それは解ってるけどね。とにもかくにも今は《LGL》だよ」

フーデッドケープのプレイヤーが二人、テーブルに突っ伏している光景はなかなかに目立つモノがあるのかもしれないが、わたしは自発的に気配を薄く出来るし、アルゴもその職業上《隠蔽》スキルが必要らしいので好奇の目で見られることは無い。

けれど、すぐにアルゴが起き上がって紅茶を一気に飲み干すと、熱いのを我慢しながらわたしに言った。

「そういえば、シンちゃんはどう思ってるんだヨ。《殺人鬼》について」

机に突っ伏したまま、わたしは答えた。

「何をするにもまだまだ力不足だからねー。接触はするにしても取り敢えず癇に障らないように動くかな」

「ジー君と会って話すのカ」

「そりゃそうだよ。流石にこの記事の人のように死にに行く訳じゃないよ」

次いで、言葉を発しようとしたアルゴの前に手を出して上体を起こした。

 

「でも、邪魔をされたのはわたしも同じだからね」

 

僅かに込めた偽りの殺気だけをその表情の奥に込めながら口を動かす。

もちろんアルゴはそんな事は知らずに本当にわたしが玲に対して嫌悪感を持っていることが解っただろう。

それ以上何かを追及されることは無く、わたしが一方的に話をして、その場はお開きとなった。

カフェから歩き出し、第十層へ移した宿へと足を向ける。

その最中、わたしは足を止めた。

心の中に突如として生まれた疑問に、わたしの思考が一瞬惹かれてしまったのだ。

 

――玲が《殺人鬼》になったのなら、わたしは何を目指せばいい?

 

何も目指さなくて良い。

そんな解は、とうに選択肢の中から消えていたのだ……。

 

Side =?=

 

また、今日も目を覚ましてしまった。

光の差し込む私だけの世界における時計の針は、厭味ったらしく年中無休で動き続けている。

窓の外から聞こえてくる金の亡者共の声を聞き流して意識を覚醒させる。

怒号にも近い声を朝っぱらから聞くのは非常に不快なのだが、なにせここは《はじまりの街》において最低賃金で寝泊まりが出来る場所なのだ。

それは設備も良いモノではなく、思春期真っ盛りだったゲーム開始当初の私は朝になると、酷く文句をたれていたことだ。

それも、涙を流したくないだけのなけなしの罵声だったとしても、最近になるまで止めることが出来なくなった。

その理由は、今も大切に保管している一つの新聞にある。

 

【SAO開始から初のPKプレイヤー《ジャック=ガンドーラ》】

 

でかでかと一面に飾られたその新聞を何度読みこんだことだろう。

一字一句完璧に暗記して、こればっかりは私の偽りのない気持ちだと言うことに初めて気が付いた。

だから、その日を境に私はあの怒号の中から脱出することが出来たのだ。

あの人が使っていると言う武器、短剣を握って門の外へと向かってモンスターを倒し、お金を稼いで生活をする。

憧れなんていう気持ちが、恐怖を打ち砕いたのだ。

それでも、毎日目が覚めた時に感じる強烈な自殺衝動は留まる事を知らなかった。

だって、こんなのは誰がどう見たって『異常』じゃないか。

まだ、私は中学二年生なのに。

当時、訳の解らなくなる思考を抑えつけ、私の脳を埋め尽くしたのは強烈な自殺への衝動。

実際にその瞬間も目の当たりにしたことがあった。

孤独に、大衆の中を何とか動きながら顔を出した次の瞬間。

この鋼鉄の城から地上へと向かって身を投げた数人のプレイヤーたちを目にしたのだ。

呆然とした私は人ごみに流され、《生命の碑》と言う全プレイヤーの名前が書かれた石碑に目を通すと、先程のプレイヤーの名前の場所には白い横線と、『高所落下』という死因とされるモノが小さく書かれているだけだった。

『希望』を打ち砕かれた私達の中に、冒険に向かうと足を踏み出せたのは何人いたのだろうか。

その時のことはもう記憶には無い。

何も解らず、ただ立ち尽くす私の姿は、まさに生きる屍。

それを知り、今も生きているからこそ自殺衝動と言うのは自制をするのに持って来いだった。

 

――私は、死ぬつもりなど毛頭なかった。

 

それも違うか。

私は自分の命を絶つのが怖いだけ。

自分に対して嘘に嘘を重ねる事でさらに自分の命を守っていたのだ。

そうして、今日もさっさとノルマを達成して早くここに戻ってくるんだ。

だが、その足はすぐに止められることになる。

今日の街は騒然とし、何故か中央広場に人が集まっているのが見えた。

あの場所を煙たがっていた人たちの姿もあり、これはただ事ではないと足の向きを変えてくるっとUターンすると人だかりへと駆け出した。

「号ー外ー!!号外だー!!」

段差に乗って目立つ男の声は広場中に響いていた。

数十人の観衆から聞こえて来た言葉に、私は目を輝かせた。

「またアイツだよ」「恐ろしい、攻略組は何をやっているんだ」「もしもこの階層に下りてきたら……ヒィィ……」

 

「《ジャック・ザ・リッパー》が、大観衆の前で人を殺しやがった!!」

 

確信と共に湧き上がる高揚感。

広場に立てられた新聞の入った箱から一部を奪う様に取り出して目を見開いてその記事を読みこんだ。

この瞬間も、私の意識は私だけの世界の中にある。

《正体不明》の体で紹介され、新聞の半分を占める写真には彼がちょうど対戦相手の腕を斬り飛ばすシーンだった。

その『異常』性に、私を構成する私の部分が再び変わって往く。

もはや、その姿は神々しいまでに目に映っていた。

 

――例え、それが嘘の姿であっても、私の彼に対する気持ちは本物だった。

 

それが憧れか、恋煩いなのかは幼い私には判断が出来なかった。

兎に角、彼に会って、話がしたい。

しばらくの間、私の心の中を埋め尽くしたのはその想いだけだった。

だからなのだろうか。

モンスター達のことをちっとも怖くないと感じる事が出来た。

攻撃をされる時も一度も目を逸らさずに、眼前まで武器が現れるまで私の意識は回避などと言うことを考えない程に。

彼なら、きっと無様な姿を誰にも見せず戦ったんだ。

彼ではない私は、絶対に敵を倒すまで戦うことは出来ないけれど、退く時は退く。

 

――『死』にさえしなければ、彼に近付くことが出来る。

 

階層を重ねるごとに、私には口癖のようにある言葉がよく口から出るようになっていた。

 

 

「あー、『死』にそう……」

 

 

現実とは違う不規則な生活の所為で急速に減った睡眠時間では毎朝の目覚めは辛いこともあった。

だからこそ、この世界で規則的に行った寝起きの罵声は半分自分に対する目標の確認のようになった。

「死にそう」なんて言っておきながら彼に会うためにも死にたくはないし、追いつくために私は戦うつもりだ。

虚構で重ねた装甲は、何時しか武器を覆っていた。

孤独でも全然怖くない。

今は虚ろで朧げだけど、私を生き残すためには十分な理由だ。

 

――折れる事無き、純粋な『希望』への道は、輝かしく前へと続く。

 

Side =ジャック=

 

《殺人鬼》となっても、オレの生活は大した変化はない。

元々PKプレイヤーとして少しは知られていたのが、その二つ名と共にアインクラッド中に拡がっただけ。

変わったのは、オレではなく周りの奴らだ。

《希望》を打ち砕かれ、現実で復讐を考えていた奴らも居たみたいだが、《正体不明》を突き付ければ疑心暗鬼の心が伝染するばかりだ。

結局はその程度。

自分を偽ろうとしたところで、強くなれるのは一握りの人間だけ。

その第一条件として、最初は孤独に打ち勝たなければならない。

人間と言うモノの本能を一つ覆すだけで見えてくる景色も、感覚も逆転する。

そうして対極の位置に立ったのがオレと白なのだから。

死にたくない、孤独になり切れない奴らは、やがて本当の『死』から目を逸らす。

受け入れるのだ。

 

――オレ(殺人鬼)を。

 

現在攻略しているのは第二十四層。

オレのことを気にかけるプレイヤーはもう攻略組には片手の指では余るほどだ。

そのうちの一人は、オレがずっと待ち続けた人物。

このゲームが始まる前に確認した《生命の碑》に、唯一名前が刻まれていなかった。

言わば、SAOの創造者にして『神』に一番近い男。

 

《ヒースクリフ》。

 

名前を見た瞬間に口元が大きく裂けそうになった。

嗤いそうになる喉を必死に抑えようと手も使う訳にもいかず筋肉を上手く使って声を出させなかった。

確定だ、間違えるわけがない。

この時点で自身の正体を看破されているなんて夢にも思わないだろう。

だが、これが現実だ。

《血盟騎士団》と言うギルドを率いて、その男はオレの前に姿を現した。

それはちょうど第十五層攻略会議でのことだった。

PKプレイヤーに話しかけるなんてどうしたモノかと誰もが固唾を呑んでその光景を見守っていた。

「やあ、ジャック君」

「……ヒースクリフだっけか」

やけに血盟騎士団の連中は慌てていた様だったが、気にせず奴は言った。

 

「私のギルドに来ないか?」

 

この一言に、周りにいた奴らは目を見開いて、目の前にいる大馬鹿野郎に目を見張った。

まさかPKプレイヤーを抑え切れると言うのかと言う疑問の声が視線に表れていた。

オレの沈黙を迷いと取ったのか、奴は続けた。

「別に私は君が何者であろうと気にはしない。私はただ君の力が欲しいだけだ」

「何の為だ?そりゃオレが力を貸すことに値すんのかよ」

こいつが奴だという確証がオレの中にある以上、今現在奴が白の障害に為り得るか。

探りを入れる一言に、小さな微笑みと共に奴は口を開いた。

 

「私が目指すのは、この世界で絶対の証。《最強》を目指すことだ」

 

瞬間、空気が変わったのはオレでなくても気付けていただろう。

嘘をついているとは思えない一言だった。

それ故に、この男がどうしてプレイヤーとして降り立ったのかも理解出来た。

そして、その欲望の度量も全部。

「生憎と、オレは元からソロでやっていく予定だったからな。どうしてもってんのなら……」

最後に、『神』が持つ絶対権限の範囲も知っておく必要がある。

(利用させて貰うぜぇ?)

「力を見せろよ」

その中に、コンマ数秒だけ全開の《殺意》を見せれば、奴の視線が僅かにぶれるのが見えた。

「そういうことなら、今日のところは遠慮しておくよ。また、日を改める事にするよ」

間違いなく、何か隠し玉がある。

それをこの世界の創造主だったが故に危機感を感じたのか、随分呆気なくヒースクリフは去って往く。

これで確定した。

 

――一人の《勇者》と一人の『神』が、顕現したのだ。

 

ならば、《殺人鬼》に相対するのは一体、誰だろうか。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
ついにメイン視点となるキャラクター四人が出揃いました。
だから第八話をグーラくん視点にしておけば…。
けど、四人の視点をバラバラにしてくと言うことは進行速度も四分の一に…。

これ、SAO編いつ終わるのかな。

まだまだ先は長いですね。

【次回予告】

――《英雄》だけだろう。

「いただきます」

――自分と似た才能の持ち主か。

「僕は、ただ面倒なだけなんですよ。何もかもが」

次回をお楽しみに!それでは。
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