仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第十話 殺人鬼は勝つ

Side =ジャック=

 

これから行われるのは殺し合いだと言うのに、第十九層主街区《デ・ポエラ》は賑わいを見せていた。

それを遠目で見てるのだが、この先のことについていろいろ考えていた。

言わずもがな、この戦いにおいてユースティティアのことを『殺す』ことは確定している。

考えているのは、その度合いだ。

大衆に対して恐怖を刷り込むのは中々に骨が折れる作業だ。

人の価値観と言うモノは千差万別。

それを一つに纏めるのではなく一つ一つ対処していくには、どうすればいいか。

(やっぱ、そいつら全員と目を合わせなけきゃ駄目か)

五感の中で、人が最も頼るのが触覚。

残念ながらオレら程に発達してる奴じゃなきゃそこに働きかけるのは無理だ。

なら、その次の聴覚、視覚に思う存分植え付ければいい。

声に関しては何ら問題は無い。

視覚だが、戦いの中に一度全体を見渡せば出来るはずだ。

人の視線がどこに向いているのかなんてものは簡単に理解できるのだから。

その状況を生み出すのも、思いの外滞りなく進むのではないか。

ユースティティアの目的は間違いなくオレを殺して《英雄》となり、引いては攻略組のトップに立つこと。

確かに、オレみたいな《殺人鬼》と渡り合えるのは《英雄》だと言えるだろう。

だが、それが『正義』であることは認めない。

 

――《正義》とは、つまり大衆心理のことだ。

 

オレから言わせてみれば、数の暴力こそ『正義』と言ったところだ。

『人を殺してはいけない』。

そんなことは生まれた時から解っているなんて言う奴もいる。

けれど、それを決めたのが一体誰なのかお前らは知っているのか?

『命は尊いモノ』なんて言葉を信じた人間が多くなっただけ。

それがいつしか『正義』となったのだ。

人は、他の者から逸脱することを拒む。

そして、偽りの『正義』という認識が常識と化しただけ。

オレの見て来た『正義』の定義の中に、面白いモノがあった。

 

――《正義》とは、熱く心に秘めるもの。決して振りかざすものではない。

 

半分辺りで半分ハズレと言ったところだが、初めてこの文を見たときには、オレと似たような感覚を持った奴がいたのかと思うほどだった。

今、攻略組の総意はオレの下にある。

《殺人鬼》を妥協すると言う奴ら。

今日、その思考を大衆に植え付ける。

ほら、これでオレの方が《正義》になるじゃねぇか。

短剣を片手に、オレは今まで座っていた屋根から飛び降り、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。

狂気的な笑いを一つ。

これだけで世界は掌握できるのだと、オレは歩き出す。

その事に、気付くのは一体いつになることやら。

 

==========

 

人を掻き分け、奴は丁寧口調で話しながらも心の中の《英雄》への渇望が声色に僅かながらに表れている。

勝利か敗北かは関係ない、結局殺されればそれまでだ。

だから、オレは『殺す』ことしかもう思考には残されていない。

デュエルの承諾をして、二人の間にカウントダウンが表示される。

やがて、鳴り止まないはずの歓声が止んだ。

オレはまだ、《殺意》の片鱗も見せていないのだが。

と、言うことはその主は間違いなくユースティティアだ。

これほどの殺気でも、誰か一人が怖気づけばそれは感染するように広がって往く。

逆に奴のやったことはオレにとって嬉しいことだった。

これほどの殺気で黙り込む奴らなら、オレの特大の《殺気》を浴びたらどうなっちまうのか。

人の多さはそれを更に昇華させるはずだ。

つい、その興味がオレの口を動かした。

「さーてと……」

その声は、聞こえても意識に入らないような無機質な声で。

 

「殺すか」

 

戦いの火ぶたが切られ、瞬間。

オレは俊敏値一杯に駆けだした。

今のところ、オレは本当の身体能力は使っていない。

あくまでもシステム上の動きをしているだけなので、奴がオレの情報を集めているのだとすれば、この程度の攻撃は読んでくるだろう。

茶色髪の青年はオレの動きが解っているようにタイミング良く銀色の剣を突き出した。

左手に握っていた短剣を右手に移し替えながらその攻撃を左に避ける。

これで剣の影に隠れて右手に剣が握られたことに気付かなければ、空っぽの左手に動揺し、一瞬で勝負がつくのだが。

流石に、そんなもので沈む程甘くは無い。

突きだした短剣も、予測したように防いだのでリーチの差があるオレは一旦バックステップで身を引いた。

「オレの動きはしっかりと予習済みってことか。やっぱ《索敵》は持っておくべきだな」

そう、オレは未だにそのスキルを取得をしてはいなかった。

別にモンスターだろうと人間だろうと触覚と聴覚と嗅覚で見えなくても疑似的な索敵は出来る。

今までも射程圏内に入ったヤツは問答無用で殺しかかったが、偵察に関しては全く対策をしていなかった。

それにより、オレの攻撃パターンもいくつかは読まれているのだろう。

短剣を一回転させて五感を研ぎ澄ませる。

次に地面を蹴ったのはユースティティア。

視線をその身体全体の筋肉に集中。

(やっぱ、人間の筋肉の方が数倍解りやすいな)

胴体に向けられた直剣は全くのフェイク。

オレの胴体に当たる十数センチ前で膝を曲げて軌道を斜め下に、オレの足を狙って斬りかかる。

それを再び飛び退くが、勢いを利用して片足で回転。

オレに向かって再度伸ばされた剣を空中で弾く。

徐々に、大衆の歓声が蘇ってきた。

そうだ、これが殺し合いだ。

「なるほど、装備だけじゃなくて技術も殺す気も十分ってことか」

ここで、少しその『正義』感を刺激してやることにした。

「じゃあ、何でテメェはオレと戦うことを選んだ?」

人は、人に全てを理解されることを本能的に拒む生き物だ。

そうして、人には個性があり、価値を見出してゆく。

だから、それが明らかな挑発行為であることが解ったとしても、奴は膨れ上がる怒気を抑え切ることが出来なかった。

その結果が、剣技《ホリゾンタル・アーク》。

生憎と、その軌道は何度も目にしてるんでな。

横に薙ぐその刀身に純白の短剣を滑り込ませ、自分の身体から逸らす。

現実なら血走っていあろう程に目を見開いているユースティティアに、オレも剣技、《ラップサム》を発動させる。

そのリーチ差から、短剣が当たる前に逃げられ、刃は僅かにその装備を掠めた。

「あそこまで簡単に弾かれると思ってなかったか?」

一度戦闘が止まったところでオレは言い放つ。

「やっぱり奥底は甘ちゃん野郎か」

「なんだと……」

怒りで抜け落ちる殺意なんて所詮その程度のモノ。

「僕が今やっていることは今まで貴様によって殺められた人の仇討ちだ!甘さなどない!!」

ほーら、そりゃもう完全にオレを『殺す』って目じゃねぇんだよ。

怒号に任せた奴の攻撃だが、業とオレの身体を掠めさせた。

そして、奴の魂に解り易く希望が生まれる。

本当に、呆れそうだ。

まあ、仕方のないことではあるのだろうか。

 

「人間相手に、負ける気はしねぇな」

 

そう、オレは余りにも直線的に、裏があるように見せかけた突撃を開始した。

オレのことをよく調べて来たっていうのなら、こっからオレが何をするかのパターンはいくつか用意されているはずだ。

だが、怒りに浸食された頭でその解を瞬時に割り出すのは到底不可能。

故に、繰り出されるのは一番の安全策だ。

左肩に向かって振り下ろされた片手剣がオレの身体に当たる前に左足で地面を蹴り、ユースティティアの左側に出る。

もちろん、剣技の発動していない片手剣はオレの身体を追う。

だから、着地する直前に右足で方向転換させる。

本来なら、この速度での切り替えしなど『普通』の奴には出来ない芸当だ。

 

――つまり、オレならそれが出来る。

 

「そんな事は、読めてるんだよ!ジャック!!」

そう言うユースティティアは、彼の右側に出たオレの身体を斬りたいが一心で両手を交差させ、剣をオレの方に向けようとした。

だが、先程も言った通り、左右の急な切り替えしはオレや、重心移動にかなり長けていなければ不可能だ。

武器の重量もそれに重なってユースティティアの体勢が崩れる。

それに伴って、奴の顔が歪み始めた。

オレはそれを見下しながら、タート・テセラスから獲った真っ白な短剣《ワイトダガー》を振り下ろした。

《シーティ・ビーティア》。

直撃すれば、一撃でその部位を切断してしまう恐ろしい剣技だ。

加えて、オレが今握っているワイトダガーは元から部位欠損能力が非常に高い。

よってオレは腕を深く、奴の身体の奥へ。

左手に握られた短剣を右から奴の崩れ落ちる身体に振り下ろす。

まずは腿から先、足の一番細い膝の部分を切断。

斬られたことによって空中でさらに回転する中、次に右肘の部分を高く打ち上げた。

「あっ……ああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁあああぁああ!!!!!」

無いはずの痛みに、やけに現実味のある悲鳴を上げる。

当然、観客達の視線は高く上がった右腕に注がれており、その中からも悲鳴が上がった。

 

「まあ、重心をあれだけ傾けた上に少ない時間で体全体を動かしまくり、無駄に長い片手剣の重量が加わったらバランスなんて簡単に崩れるな」

 

「だから言っただろ?『人間相手に、負ける気はしねぇな』ってよ」

 

だが、二つの傷口を器用に抑えて蹲る青年に、オレは再度『希望』を与えてやるのだ。

「そんじゃ、この戦いはこれで終わりってことか」

ほら、これでまずテメェの生存が決まる。

「……なんだと?」

「別に『リザイン』無しなんて口約束を守る必要なんかねぇだろ」

「貴様ふざけているのか!!」

確かにそんな約束はしてたが、オレがテメェを『殺す』ことに変わりは無いし、何よりそんな事を守る意味すら無いな。

「オレに負かされた屈辱を徹底的に知るんだな。それともオレに殺されることが本望か?」

「クソッ……」

そうだ、誰しも『死』を天秤掛けられれば、まず生存を選ぶ。

その上で、本当に生存を選ぶのかは、その者の感情次第だが……。

 

――コレだけお膳立てしてやったんだ。飛びこんでくれなきゃ困るぜ?

 

奴に向かって真っ直ぐ背中を向け、如何にも興味が無いように背伸びをする。

それを見た奴の中では、《殺意》では決してない怒りと、希望が身体を動かすのだ。

それに、この世界は仮想世界。

多少の無理は何とかなってしまうのかもしれないな。

例えば、片足だけでオレに向かって跳躍し、剣を振り下ろそうとしたこの男とか。

「誰が降参なんてするかよ!!死――」

 

「それを待ってたんだよ」

 

右手に隠し持っていたピックを放ち、剣を落とさせる。

残ったのはオレに向かって飛んでくる肉の塊だ。

 

――要らねぇ部分は削がねぇとな。

 

空中で残った左腕と右足を切断して、随分と軽くなった奴の頭を片手で掴んだ。

それでも三十キロ近くはあるのかもしれないが、オレの元々の筋力から考えても十分持ち上げられる。

「あの時見逃すって言えば、必ずテメェが飛び込んでくると思ってたぜ」

これで、『殺す』為の舞台はすべて整った。

周りの観客の心が手に取るように解った。

感覚ではオレのことを恐怖している。

それだけでは駄目だ、その奥までオレに対して怯えさせなくては。

そうして、猟奇的にオレは肉塊が怒りに歪んだ目で睨みつける様を、観客全員に見せるように回った。

最初は目を逸らそうとした奴から。

それが向けられれば、現実とは違う血の代わりにブロックの流れる世界での薄れた『死』への感覚が、好奇心を生み出して否が応にもオレの方へと視線を向けさせる。

そうして、観衆は目にする。

自分達が臆したその全てを嗤い、殺戮を繰り返す《殺人鬼》の眼を。

移りゆく視線は必然的にユースティティアへと向けられる。

だから視線が向く瞬間、オレが奴の位置へと立てばいい。

その場を一回転。

ずっと目を瞑っている奴にはこれから恐怖を与える。

ユースティティアを掴んでいる手を高く上げ、左手の短剣を一回転させる。

「さーてと、この顔が死ぬときは一体どんな顔に変わるのかねぇ!」

白く鋭い歯を剥き出しにすれば、その『異常』さは奴らの中からはこの光景が焼き付いて離れない。

 

「ここに興味本位でいる奴らも見ておくんだなぁ!!この世界の『死』ってヤツを!」

 

耳を塞いで怯える奴にも、聞こえる様な大声で叫ぶ。

 

「人間が本当に『死』を目の当たりにしたときに見せる顔を!」

 

どんな奴だろうと、『死』の間際にはその本性を現す。

 

「オレの邪魔をした奴がどうなるのか!」

 

ここで、高らかにオレは宣言する。

 

「殺すってことがどういう行為かをなぁ!!」

 

それが出来るのが、並大抵でない人物であることも。

 

「――死ね」

 

何もかも、不必要な『希望』は全て打ち砕く。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

声一杯に叫ぶキリトの声を無視して、オレは首を切り離した。

『殺す』ことを決めた奴が、高がその程度の言葉で止まるとでも思ったか?

(甘ぇんだよ)

集中をかき乱され、殺しに集中も出来ないヤツが殺人なんて出来るわけがない。

本当に殺したければ、『殺す』までそれ以外の感情は捨てるんだよ。

 

――それこそが、純粋な《殺意》であり、絶対的な力になる。

 

手から離した生首の最後の表情を見たキリトの顔つきが変わる。

植えた種から芽が出始める。

 

 

――《正義》は勝つ。

 

 

==========




はい、どーも竜尾です。
探索編を見ている方には一話で二度おいしいこの回で御座います。
ごめんねユースティティアくん。

大事なイベントなんだよこれは(棒)

正義とかを題材にして書くとやっぱり楽しいです。

【次回予告】

「今度は『SAOの《殺人鬼》ジャック=ガンドーラ』。話題に欠けないねこの人は」

「でも、邪魔をされたのはわたしも同じだからね」

「あー、『死』にそう……」

「私のギルドに来ないか?」

次回をお楽しみに!それでは。
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