Side =ジャック=
地形が傾き、ちょうど夕日が正面から差し込むここ、第十層《コーム・サンクテュル》でオレはその夕日の方を見ていた。
現実世界と違って眼鏡をしていないので、その光を直視しようとオレの瞼は開いたままでいた。
(予想通り、期待通り掌握した。攻略組の中枢は完全にオレが押さえた!!)
完璧なまでにオレの組み立てたシナリオに奴らはアドリブで乗っかっている。
そうしてPKがバレ、今回のボス攻略で本当の実力を明かす。
ボスが何だろうとオレの心は変わりない。
――邪魔をする奴は『殺す』。それだけだ。
そして、それを知って尚、オレのことを追いかけてくる奴がいる。
《殺人鬼》になる前のオレをよく知る数少ない人物の一人。
無表情に、彼の方を向いた。
「よう、キリトか」
「ジャック……」
キリトには今のオレの表情が、辛い顔をしているようにでも見えているのだろうか。
まだ、その心の中に《殺意》の一旦は毛ほども見えていない。
オレがやることは、その種に水をやることだ。
こんな『異常』な世界で《異常》な奴と対峙した奴が果たして『異常』になりうるだろうか?
(そうでなくても、コイツの心は必ず変わる。必ずな)
だから、オレは言った。
「悪かったな」
キリトは驚愕の余り「えっ」と小さく口を零した。
「お前に教えてもらった剣だが、オレにはどうも使いこなせないらしい」
だって、オレは『異常』で、『普通』とは違う。
(最初からわかってことだが、『普通』への渇望はオレの中には存在しない)
やはり、オレの戦い方はオレが決めることだ。
「キリト」
コイツには事前に伝えておこう。
オレが何をするのか、知ってて止められないお前はまだ水を与えられているに過ぎないと思わせるために。
オレはキリトの眼前に短剣を付き付けた。
「見せてやるよ、あいつらにも。オレの手のひらの上で転がされてただけということ。オレがお前らの甘さを全部利用してやるってことをよ」
数秒の沈黙を断ち切る様に、短剣を鞘にしまった。
吹いてきた風に、偽りの身体の持つ金色の髪の毛が揺れる。
もうすぐ、夜が来る。
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翌日、オレに対する不安が攻略組全体に募る中、攻略組を束ねる《アインクラッド開放軍》、《ドラゴンナイツ》双方のリーダーは戦闘に集中するよう強く釘を差した。
そう、彼らはあくまでもオレを糾弾することはしない。
攻略組でも少なからず信用された実力、今まで接したきた信頼感。
オレをどうこうするよりも、今は目の前の敵、というのは解る。
――だがなぁ。真の敵ってのは、大抵身内の中にいるってのを、こいつらは気付かねぇ。
(だから、好きにやらせてもらうぜ?オレは)
ボス部屋に、攻略組四十強の人間が一斉に中に入ると天井に付いている半球の硝子が辺りを照らし、ボスの姿が目に入ってきた。
名を《The Turt Tesseras》。
その西洋風の騎士を思わせる風貌のボスは、その長身と同レベルの長さを持つ斧を取って煉瓦によって造られた簡素な椅子から立ち上がった。
(あの中、なんかあるな……細剣か?)
ボスモンスターであってもこの世界の魔法的存在の《剣技》を使うことは知っていた。
故に、所見の敵でも攻撃予測は可能だ。
中にはそのボス限定のスキルを使う者もいるのだが……。
(所詮、二足歩行二本腕が鉄板なんだよなこういうのって)
その答えを問い詰めれば、解など簡単に出てくる。
このゲームを製作したのは人間だ。
SAOには、確かに四足歩行の動物だって存在する。
だが、それは筋肉の構造やデータから取った動きのみ。
人間と同じ姿形であれば、こういうモンスターの動きは自身の感覚でも作り出せる。
加えて、武器を使って戦うこの世界では、それを持つために進化した人間の生体は非常に便利なのだ。
そして、それを完全再現したのがオレの父さんなら、その完成度はオレも近くで何度も見て来た通りの物であることに違いない。
あの若さで都立総合病院の院長の座を勝ち取るほどの精巧な技術と知識を。
――本当に背中が遠いよ、父さんは。
感傷に浸っている場合ではない。
意識を切り替える。
こっからは考えることはただ一つだ。
オレの邪魔をする奴は……『殺す』。
肉体はその意志に従い動く。
『普通』の奴がオレと同じことをすれば、凄まじい集中力にそれ以外の思考も全て持ってかれるかもしれないが、やはりオレはそれとは違う。
思考と身体の『異常』に違いがあることは、こういうところで役に立つのだ。
戦闘から一時間、強固な装甲に身を固めるタート・テセラスのHPは、四本のHPバーの内一本が消滅しただけ。
明らかに手詰まりと言った様子だ。
そろそろ、啖呵を切ったオレの方に期待がかかり始めたことだろう。
白の『異常』に触れて知り、身に付けた好奇心を生み出す『異常』性をオレは奴らに見せていた。
数発攻撃を与え、腕の有効範囲と斧の攻撃範囲、力のかかっている部分の見極めは既に終わっている。
オレも、伊達に医者の道を目指している『異常』者ではない。
――人間の生態に関しては、髪の毛から爪先まで熟知しているつもりだ。
あれだけ巨大な斧を振り回すということは、その為の筋肉はもちろん発達していると見える。
この世界のモンスター全てに言えることだが、全くと言って無駄な筋肉が無い。
それは、動きだけは完璧にして、攻撃は速度や威力だけの調整でいい話だからだ。
後は体幹を支える筋肉が大部分を占めるのだとすれば、剣技というのはまさにもってこいの代物だ。
(けどな……)
オレは数本のピックを取り出し、効き腕ではない方の右手に数本握らせた。
視線を浴びる中、部屋の中心部で二つのパーティーと交戦している甲冑騎士へと歩みを進める。
関節部分やアキレス腱であろうと複数の鎖によって極細のピックであっても通すことは出来ない。
だが、人型であるが故に奴には首より上の部分が存在し、兜ははっきりと形作られていた。
タート・テセラスが両腕で斧を振り上げる。
(なるほど、ただ真っ直ぐ向かってくる奴には剣技なんて必要ねぇってのか)
SAOをコントロールしている《カーディナル》ですらオレの力量を侮ったってことだ。
――まぁ、そうなるために今まで隠して来たんだがな。
振り上げられる際に、筋肉の動きから誤差数ミリの軌道予測。
振り下ろされる前、僅かな筋肉の硬直に余波の影響を演算し、答えを叩きだした。
軽く左にステップ。
次いで右斜め上に跳躍する。
斧はオレの着地地点と甲冑騎士の直線上に突き刺さり、オレは奴の手を踏み台に、再度宙を舞った。
右手を振り、オレの姿を追って正面を向いていたその顔。
放たれたピックは、タート・テセラスの兜に開けられた六つの穴の内、二つを通った。
《シングルシュート》という《投剣》スキルの一つなのだが、空中に浮いている間の二連射は、それを持つものは何であろうと弱点となる眼に突き刺さったはずだ。
ピックの直径を見るに、タート・テセラスの兜に空いた穴はその大きさの約二倍。
通過の可能性があるということは、眼はやはり弱点とみて間違いない。
両膝を付いた鎧騎士の後方に着地。
無防備なった背中に《短剣》四連突き技《クア・ドルプレ》を放った。
誰がどう見ても直撃したその攻撃に、攻略組全員が驚愕し、希望を生んだ。
(そうだ、もっと渇望しろよ)
斧を強く握り締めたタート・テセラスを見て、大きく飛び退けば、次々と奮起させるように声を上げるプレイヤーが続出した。
(こっから戦いが始まるとか思ってんのかもしれねぇが。そりゃオレの力を認め、必要としたっていう証拠なのになぁ)
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士気が上がったこともあり、十分程度で削ったHPは全体の半分に達した。
そこで、奴の動きに変化が見られた。
殆ど片手で握っていた斧を、常に両手で短く持つようになったのだ。
これによって、威力のほとんどを保ちながら、攻撃の出が更に速くなる。
徐々に、攻撃の手が緩み始めた。
(それじゃあ、二回目、行ってくっか)
気配を薄めて、攻撃意識の高まった攻略組から少し距離を取っていたので、人の壁を抜けた瞬間にオレの存在感を一気に強めた。
再度視線はオレに吸い込まれ、先程のことからその期待値は十分。
そして、二度同じことが起きれば大半の人間はそのモノの価値を決める。
(さーて、どう殺してくれるか)
ここで、更に衝撃を与えてやる。
一本だけ握ったピックをペン回しの要領でくるりと手を這わせた。
タート・テセラスは一歩前に踏み出した。
同時に斧を横に構えたということは筋肉の形を見るまでもなく水平斬だ。
瞬時にしゃがむのだが、その視線は間近にある腕のみに向ける。
そして、それがただの単発技で無いことを悟り、足に力を込め始めた。
タート・テセラスは、横に薙いだ斧を縦に構えると、その刃が赤く発光する。
やはり、剣技を発動するときはそれに特化した筋肉が動き出している。
恐らく、通常よりも数倍は早く技を繰り出せるのだろう。
――だから、触れさせもしなければ、技なんてものは、ただ相手に動きを予測させるためだけの……道化を生み出すモノに過ぎない。
斧を縦に構えた瞬間からオレの行動は既に開始していた。
プログラムAIが剣技を発動させるという命令を出せば、オレはその動きを予測して絶対に当たらない位置へと素早く逃げればいい。
原理的には敵に攻撃させてからその隙を付く従来のゲームの中ボス的モンスターにありがちな倒し方だ。
ただ、それを相手の攻撃範囲内で常に行っているだけ。
ピックを正確に打ち込む都合上、奴の頭の上に行かなければならないのでステップで交わした後、爪先で歩く地面を蹴り、何もない所に振り下ろした腕から跳躍し、ピック兜の穴へと通した。
まさに、正確無比な投剣と言えるだろう。
もはや、奴らの中にオレを拒もうとする奴がいないことは明白だった。
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そして、ついに残ったHPバーは一本。
タート・テセラスも、最後の変身という奴だ。
その為に、《テラーエ》と言う《斧》スキル広範囲攻撃技を放った。
斧の端を掴んで、その長い腕と共にタート・テセラスの出せる最大範囲で行われた攻撃に、攻略組は何とかその刃を回避することに成功していた。
(愈々、最終ステージだな)
そのまま回転の勢いを利用して地面に円を描いた斧を振り上げ、風を切る音に続いて轟音と共に斧を地面に打ち下ろした。
唖然とする者、警戒する者。
兎に角、動き出さない攻略組全体の空気に、オレは一人動き出す。
通常、ヒーローや敵の変身シーンは黙ってみるのが定番だ。
ここにいる奴らの殆どが、それに本能の部分が順応してしまっている。
故に、オレは鎧の隙間から煙を噴出する甲冑騎士に、一本のピックを、高速の《投剣》スキル、《ローレム》を放った。
それが、奴らの中でオレがいかに『死』を恐れていないことを誇張させる。
恐れていない訳ではない。
――相手を『殺す』ことだけを考えて戦いを運び、行動しているだけだ。
オレの攻撃は、残念ながら今まで見たことのない速さで動き出したタート・テセラスによって阻まれる。
煙が晴れると共に、金属製の何かが落ちる鈍い音が耳に入った。
その反射音を頼りに、煙の中で変身した甲冑騎士の姿を思い描く。
オレは舌打ちを一つ打った。
それは攻略組全員の耳に入ったはずだ。
意外性抜群の強さに加えて、この獰猛さを奴らの中に刷り込んで往く。
ごつごつとした形状の鎧のほとんどが外れ、鎖主体となった鎧騎士は地面に刺さった斧を片手で握ると、内蔵されていた剣を引き抜いた。
(お出ましだ)
ここで、オレは三度全員の前に立った。
「だから言ったろ?ここで真っ先に出てこそ本領発揮ってもんだ。その目ん玉で眼に焼きつけとけよ」
あくまでも、この戦いはあらゆる事柄においてオレだけに優位のまま終わらせる。
驕りではなく、邪魔者を確実に『殺す』為の算段だ。
そうして、オレはタート・テセラスの元へと歩き出した。
今まで散々やられたのがAIの感情プログラムに働いたのか、奴は初めて声を出したが、オレの脳幹にはもう何も届いていない。
元から誰の声も届いていなかったが、本当に『殺す』ことだけを考えた頭は冴えわたっている。
オレの後ろにいる攻略組の連中は間違いなくオレに期待している。
本当は忌むべき《殺人鬼》に。
(ホント、『希望』となる人物が《殺人鬼》ってだけで人殺せんじゃねぇのか?)
たかが一回の殺害だからと思っている奴もいる。
逆にそれを許すまいとする者もいる。
目の前でタート・テセラスの細剣が光を生み出しながら青白い光は糸を引く。
《細剣》スキル《プロ・エリウム》だ。
足も十分に踏み込み、確実にオレの命を刈り取るための技に違いない。
だが……。
「やっぱ、甘ぇなぁ!!!」
攻略組の奴らが欲しいのは所詮自分の命だけ。
そんな奴らに、オレが殺されるわけがない
突き出された細剣に短剣の刀身を滑るように入れ込み、突き出される流れに逆らわず、オレの顔に向けられた剣先だけを逸らした。
そうして、奴の身体はオレの目の前に来る。
体勢も下がって右手でその兜を掴むにはちょうどいい位置。
《セレリテイト》を発動して零距離の短剣の突きは、兜の形が変わって短剣の入れ込めるようになった穴へと刀身を深く沈めた。
呻きながら後退するタート・テセラスを、オレが逃がす訳が無い。
細剣にすれば攻撃が掠るとでも思ったか?
――だから言っただろ、『
なけなしの反撃も、オレの頬すら掠めない。
地面へと受け流して即座に《クイン・トプリカタム》を放った。
防がれることもなく、武器への牽制も忘れず、一度バックステップで距離をとると再度走り出した。
その兜の中に見えたんだ。
――この世界がオレに対して『恐怖』しているということに。
ならば、オレも宣言してやろう。
すれ違いざまに兜の中を切り裂いて着地する。
狂気染みた笑みを浮かべ、攻略組の方を振り返り、オレは言う。
「The end」
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はい、どーも竜尾です。
タート・テセラス戦にまた丸ごと一話を使ってしまった…。
うーん…。上手く要約してやっておかないと捜索編の意味もないですしね。
やはり。バトルになると僕の独自理論が何度も炸裂します。
それも調べたものやうろ覚え知識なので正しいかは分かりません。
次回予告は出来ないと思うので発表しますが、ついにあの方が登場します。
次回をお楽しみに!それでは。
そう言えば、もう投稿を開始して四カ月も経つんですね。