仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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第三話 殺人鬼は眠る

Side =玲=

 

正直、ここまで上手く行き過ぎると罪悪感が湧くというか、呆れというか。

《kirito》。

そう名乗った少年の後ろを駆け、武器の使い方のレクチャーを受けながら思う。

まあ、解っていたことなのだが。

人間とは本当的に孤独を嫌うモノだ。

それが不安を紛らわしたり、仲間と切磋琢磨することで自分を高めることが出来る。

オレのように初心者とは思えない強さを秘めたプレイヤーを見れば、その分だけコイツも強くなっていくのだろう。

短剣を握りながら現実世界を思い返していた。

 

――それは、一つの『覚悟』。

 

ボクの目指す医者の中には人の身体を斬る役割を担った者がいる。

一年ほど前、ボクが病院で子供たちと遊び終わった後に急患で交通事故に遭った男性を目にした。

ボクは父さんにお願いして、特別に硝子越しにその手術の様子を見ていた。

火傷や打撲跡。

痛々しく膨れ上がった傷口を見ても、ボクは何も思うことは無かった。

ただ、それでも男性は意識を麻酔によって狩り取られている。

その姿はまさに『死体』と何ら変わりはない。

そんなモノの体に刃を突き立てる。

こういう時に、人は『殺す』覚悟を持つことがあるのだろうか。

満身創痍の男性の姿をまだ『生き』ている、と豪語する者もいる。

ボクはそうは思わない。

 

――何もしなれば人は死ぬ。

 

つまり、本当に人が『殺す』という行為をするのは、命を断つときのみ。

キリトが剣で青イノシシを打ちあげた。

イノシシの急所は頭の中に入っている。

父さんがモンスターの体の構造を診ているのだとすれば、その姿は完全に再現される。

身体を動かすと、短剣から水色の光が生まれた。

それを、流れるように獣の身体に当てる。

これを動かせば、この動物は死に至る。

まるで、人を『殺す』ために手術台に立っているようだ。

一度、刃を持つこの手を引けば……。

オレ(ボク)は……。

 

――迷わずその手を引いた。

 

短剣に紅色のポリゴン片が付着する。

その光景を見ていた彼の目には驚愕の色。

そうだ、ここから始まる。

オレは現実に戻らなければならない。

なにがあっても、だ。

短剣を軽く振って、腰に収める。

「こんなもんでいいか?結構難しいな……」

 

――オレは完全にこの世界の住人となった。

 

Side =白=

 

玲が消えたあと、わたしは喧噪の続く広場を一度大きく見渡した。

真っ先に動き出した恐らく元ベータテスターであろう人々のほとんどは、もうこの場にはいない。

出遅れた中でまともに動きだしたのは現実でネットゲーム情報サイトの管理者であるという一人の男性プレイヤー。

カリスマ性も少しは見受けられたし、ああいう人には弱者が群がるのが定石だろう。

所詮、孤独に打ち勝たねば人は強くなることが出来ないことをわたしは知っている。

玲は万全を期すためにあの男の子に付いて行ったけど、彼がその道を踏み外すことは無い。

(大体、半分くらいかな)

 

――死人のように動くことを止めたプレイヤーは。

 

見ただけですぐに解る。

彼らの目にはもう何も映っていない。

適当な希望に縋って、適当な理由で絶望するだけ。

不快感と好奇心に思わず鳥肌が立ちそうだった。

そんなとき、視界にさっきジャックが追いかけて行ったはずの二人組の片割れの赤髪の男性が戻ってきた。

彼はきょろきょろと顔を動かしながら、何かを探しているようだった。

一万人近くがパニックに陥る中、彼のように仲間を探す人間は一割にも満たない。

やがて、二人の男性が彼の下に集合した。

互いに肩を組んで喜び合うと、まだ仲間がいるのか三人で仲間を探し始めた。

きっと、その仲間も彼らを探しているはずだ。

わたしも、いつまでもこんな場所にいてはいられない。

それにこの世界において女性プレイヤーは圧倒的に少数。

 

――都合の悪いコトにわたしのズレは人の好奇心を刺激する。

 

(まずは、顔を覆い隠せるフードを手に入れておかないとね)

未だ騒ぎの収まらない広場を後にし、わたしは近くの店へと駆け込んだ。

使用武器である槍以外すべての初期装備の武器を売り払ってサイズ大きめのフーデッドケープを購入する。

防御力は対してないが気にすることは無い。

取りあえず、玲と違ってわたしは先を急ぐ訳ではないわたしは、周囲を警戒しながら街の外へと出た。

(風が、気持ちいいな)

身体を吹き抜ける風に、夕日が差し込んで草原は紅に染まる。

わたしは先端に八面体の金属の取り付けられた木製の槍を片手に持って、ぼんやりと景色を眺めていた。

ふと、長く伸びた草むらに一つの影を視認する。

人ではない、敵だ。

わたしはその影に向けて一歩ずつ歩み始めた。

槍は片手に、フードを外して歩み寄る。

わたしに気付いた様で、その影から敵は姿を現した。

夕日を受けてオレンジ色に映っているが、影の部分を見るからに黄色の鹿だ。

その頭は依然としてわたしを敵と認識していないようで、動くことは無い。

この敵達が『普通』の人間用に作られているのだとすれば……。

 

――わたしのズレによる『異常』は彼らに夢を見させる。

 

鹿の中で好奇心が膨れ上がるのが手に取る様に解る。

まるで幼子を見ているような感覚に陥った鹿はわたしの方へと歩き出した。

ソード・スキルのやり方は頭の中に入っている。

静かにモーションの体勢に入る。

標的は依然として自らの危機に気付いていない。

《槍》スキル基本突き技《ピエルス》は、灰色の光を纏い、真っ直ぐと、鹿の心臓部に深々と突き刺さった。

現実では致命傷レベルの傷を負っても、鹿は歩き続けた。

更に自分の身体に槍を差しこんでゆく。

わたしは槍を握った左手を体内でぐるりと回転、現実であれば心臓を抉り取るような軌道を描いて槍を引き抜いた。

直後響いた破裂音。

 

――わたしは相変わらずわたしのままだった。

 

==========

 

その後、三時間ほどでわたし自身のチュートリアルを終わらせ、夜はNPCと会話をしながら宿を探した。

やはりヒントをくれる人も居たので、上手くお風呂付の安い宿を入手することが出来た。

さっそくお風呂で身体を洗い流し、髪を乾かすと備え付けのベッドに飛び込んだ。

クッション性を利用して半回転。

仰向けになった顔を枕にうずめて、足をばたつかせて少しこの世界の理不尽さに鬱憤をぶつけた。

数秒の暴動はすぐに収まり、わたしは立ち上がって姿見の前に立って装備を全て取り出した。

槍はフーデッドケープの外側に、それ以外は全て茶色の布に隠されている。

その姿に、わたしは強烈な違和感を覚えた。

 

――わたしは、独りだ。

 

無機質な布に囲われた小さな世界にわたしはただ存在するだけに過ぎない。

わたしのズレが、孤独感と絡み合い、回り始めた。

寒気がし始めた。

室内では決して感じないハズなのに、現実のわたしの脳がそう認識してしまっているのか足も震えだした。

(止めなきゃ、だって、こんなことで……)

解っているだけで、身体は言うことを聞かない。

急に襲いかかった負の感情にわたしの身体は瞬く間に蝕まれた。

助けは来ないのに、浮かんでくるのは玲のこと。

彼は、今どこで何をしているのか。

わたしと似て非なる彼のズレならこんな状況に陥ることは無い。

今も、戦い続けているはずだ。

徐々に力が蘇ってくる。

(わたしは、必ず玲に追いつくって……だかr――)

 

――だが、突如わたしの身体から全ての力が抜け落ちた。

 

「嘘……で……しょ……」

崩れ落ちる自分の身体を目の前に鎮座する鏡が、わたしの姿を顕著に映していた。

身体が地面に着いた音が耳に入った。

痛みは感じない。

わたしの瞼はゆっくりと下がり、『異常』なわたしは弱々しく意識を失った。

 

Side =玲=

 

水色の光は二重線を引き、植物型モンスター《リトルネペント》の茎の部分を切断した。

《リトルネペント》の《花つき》を狩るというクエストはこれで終わるだろう。

そう思っていたのだが、オレは突然不思議な感覚に襲われた。

(まさか……白?)

同時に、絶対に攻撃してはならない《実つき》を牽制するために向かった《コペル》というプレイヤーを見た。

その後ろ姿に、オレ達に対する明確な殺意を感じ取った。

しかし、そんなことは気にするに値しない。

問題は白の身に何かあったということだ。

瞬間、オレは『普通』の人間でも解る程の『異常』で純粋な《殺意》を身に纏った。

今すぐにでも白が生きているのか知りたい。

それはキリトといる以上できはしない話だが、オレにはこの世界を抜け出すより大切な目的があった。

 

――一つは、白を無事に現実世界へ還すこと。

 

――そして、もう一つは……。

 

気が付くと、複数の《リトルネペント》に周りを囲まれ、コペルは恐らく《隠蔽》スキルを使って逃走した。

それなら奴にオレが制裁を加える必要はない。

「なあ、キリト。視覚以外で敵を察知するモンスターに対して、《隠蔽》は有効か?」

確認がてらそう言うとキリトが口にしたのは是。

オレはキリトの隣で短剣を引き抜いて、《リトルネペント》をじっと見据えた。

「……ジャック」

「ん?」

「死ぬなよ……」

愚問だ、と言わんばかりに小さく相槌を打った。

二百近くに渡る戦闘で《リトルネペント》の筋肉構造は全て理解出来た。

視覚と聴覚と触覚で何の攻撃がどの程度の威力を発揮するかはオレにとってもはや言うまでもない。

キリトと二手に分かれ、十数体の化け物と向き合った。

(悪いが、こっからは蹂躙させてもらうぜぇ?)

溢れんばかりの殺意が、一瞬《リトルネペント》の動きを止めたかに思える。

相手に自分の存在を恐怖であると思わせるには、自身が恐怖の対象となるだけではだめだ。

そういった独裁染みたモノは多勢に無勢、数の暴力によって倒される。

数の多さと、その人間の持つ恐怖を上手く中和している所為だ。

なら、オレが取る行動は一つ。

 

――目の前の一つだけに恐怖を徹底的に植え込む。

 

刷り込むように恐怖は身体を侵食する。

孤独やそう言った感情は本能を刺激し思考と矛盾を起こす。

そこに化け物も人間も相違は無い。

《リトルネペント》の場合はもっと簡単だ。

一つだけに恐怖を与え、命を狩り取れば次の標的がもう準備をしているのだから。

ただ、遠くからも《リトルネペント》は腐食液を飛ばしてくる。

それをモーションの起こる前から筋肉の微妙な動きを読み取って身体を動かす。

動きの決まった筋肉はそう簡単に別の動きをすることは出来ない。

キリトにはまるで何もない場所にネペントが攻撃をしているように思えるだろう。

そして、その隙は大きな攻撃のチャンスを生む。

《短剣》の基本突進技《スティムルス》を弱点部分に叩きこみ、しばらくすると周りに敵はいなくなった。

だが、先程から自分にピタリと合った白の違和感を感じない。

『異常』な自分でもそのことに焦りを感じていた。

けれど、その思考は一瞬のうちに吐き捨てる。

余計な事を考えていては確証を得た《殺意》への認識を誤ることになる。

そうして、オレは最後のネペントを殺害した。

 

==========

 

クエストを完了して、キリトをクエストを発生させたおかみさんの家に残して外へと出た。

現実の季節はもうじき冬で、時刻も深夜だというのに寒さは大して感じていない。

家の玄関を出た先の壁に凭れ、全く感じなくなった白の反応を探っていた。

周りの物は違和感だらけで、彼女を探すなんてことは容易だと思っていた。

だが、一向に彼女は見つからない。

意識が無かろうが彼女の存在は一つだけのハズなのに。

見つからないわけがないのだ。

(ならば……何故だ……)

感覚でしか探すことの出来ないことに少し腹立たしくなった。

それならば最初から彼女と行動を共にしていればとは考えない。

白もオレと同じことを考えていたのだ。

彼女と波長の合うオレはその疑問に対する好奇心は全く生まれない。

やはり、この場を離れようと思わないし、メッセージを飛ばそうとも考えなかった。

 

――そこにいることが当たり前なのだから。

 

オレの中で定められた固定概念が疑問だけを生み出していた。

そうしてると、キリトが家から出て来た。

仕方がないと割り切って、キリトに話しかける。

「終わったか?」

「ああ、終わったよ」

そう、言葉を交わして今日の宿を探した。

個室を借りて、中へと入り、今日のことを思い返した。

(そう言えば、父さんは今頃、どうしてるかな)

普通の父親のように、ボクを見て悲しんでくれるのだろうか。

らしくない妄想だと被りを振った。

さて、余計な事は考えずに今日は寝ようと瞳を閉じた。

 

――刹那、倦怠感がオレの身体を襲った。

 

これは自然な睡眠によるモノではない。

身体を動かそうにも、指一つ動くことは無く、オレの意識は闇の中へと落ちて行った。

 

==========




はい、どーも竜尾です。
順調に三話目まで来ました。
シンディアさんピーンチ。
ついでにジャックもピーンチ。
作品の中で出る心理的なあれこれは全部僕の感覚で書いてますので適当なところや矛盾があるかもしれません。
それに、二人の視点を交互に書くのって、凄く疲れます。

次回をお楽しみに!それでは。
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