見直しきっついっす。
==========
結婚報告も終わって数日、俺達は長く忘れていた平穏に浸っていた。
遊びの一環としてアスナとともに近くの森へと出かけに行く。
その理由というのも、近くの村でこの辺りに幽霊が出ると言う噂を聞いたからだ。
アスナはそれを聞いて顔を引き攣らせる。
第六十五層、六層はホラー系エリアとして名高く、アスナの姿を全く見なかったのでこういうのは苦手だと思っていたが、当たりの様だ。
談笑しながら歩き続けること数十分、噂の地点に近づいてきた。
小さい女の子、長い、黒い髪に、白い服。
幽霊の特徴を雰囲気を出しながら話すと、アスナは必死に悲鳴をこらえながらそれを聞いていた。
そんなとき、視界の傍らに白いモノがちらりと見えた。
少女が立っている。
噂に寸分違わぬ白いワンピースを纏った幼い少女が無言で佇んでいた。
「う、嘘だろおい……」
アスナと視線を合わせ、無言でどうしようかと表情に出す。
が、ふらり、と少女の体が揺れた。
どさりと言うかすかな音が耳に聞こえたとき、俺は即座に走り始めた。
アスナが慌てて呼び止めたが、俺は振り向きもせずに少女の体を起こす。
その体が透けている訳ではなく、ただ気絶しているだけだった。
「こんな小さな子が、SAOの中に……」
怒りを抑える様に歯を食いしばる。
アスナも、きゅっと唇を噛んでいた。
取り敢えず放ってはおけないということで家まで連れて帰ることにした。
それにしても少女にカーソルが表示されないはどういうことだ。
(プレイヤーでもNPCでもないというのか……)
俺達の家に運び入れられたということはNPCではない。
彼らはこういったプライベート空間への侵入はシステムにより禁止されている。
ベットに横にならせるとその幼さはいっそう際立った。
八歳か、十歳……。
俺達が見て来たプレイヤーの中では間違いなく最年少だ。
再び目覚めることを待ったが、少女は全く動くことは無かった。
期待を込めながら、その日俺達は眠りに就いた。
==========
アスナの声で起きた俺は無理矢理意識を覚醒させると、彼女の腕の中で少女が起床アラームに合わせてメロディーを口ずさんでいるのを見た。
その腕を軽く揺すってアスナは少女に呼び掛ける。
「あ……う……」
唇の動きが止まり、長い睫毛がかすかに震え、ゆっくりと持ち上がった。
「良かった、目が覚めたのね。自分がどうなったか、解る?」
数秒の間口をつぐみ、小さく首を振った。
アスナは優しい声で少女に語りかける。
名前と、どこかに父親か母親はいないかと。
少女は自分の名前を《ユイ》と言った。
が、それ以外は何も分からないと首を振る。
どうやら記憶がいくらか欠如している。
それほど、精神ダメージを負っているということだった。
こんな幼い少女にはとても残酷すぎる現実を目の当たりにして、アスナは今にも泣きだしそうだった。
それに気付いたのか、ユイはアスナの名前を呼ぶ。
続けて俺の名前も呼ぼうとしたが、舌が回らず「きいと」と呼ばれて思わず微笑んだ。
俺は「好きな呼び方でいいよ」とユイの頭にポンと手を置くとユイは俺を見上げ。
「……パパ」
ついでアスナを見上げて、言う。
「あうなは……ママ」
本当の親と間違えているのか、親を求めているのかは解らなかったが、アスナはこみ上げてくるモノを抑えつけ、微笑みと共に頷いていた。
ユイと共に朝食を取り、アスナは重い口を開く。
「どうしていいのか判らない」という言葉に、今はここで面倒が見れるから記憶が戻るまで彼女を預かって置こうと提案する。
今は、出来ることをしようということだ。
そうしてホットミルクを呑む少女の姿を見ていたが、不意にログハウスの扉が開く。
「ここに来るのは初めてだな、元気してるか?」
こんなことになるなら、《フレンド解錠可》にしておくのでは無かった。
俺とアスナが固まるのと同時にユイがホットミルクの入っていたカップを置くと扉を開けたジャックの下に歩き始めた。
アスナは慌てふためき、俺も依然として様子を見ていた。
「あ?」
ジャックが視線を落としてユイの姿を見る。
すぐさま俺達の方に顔を向けるとユイも振り返る。
「パパ、ママ。このヒトは?」
覚えたての言葉で、最大級の爆弾を満面の笑みと共に投下した。
あ、やばい、と思った時にはもう遅くジャックがものすごくイイ顔をしていた。
「あの、ジャック……」
説明する俺の声など耳に持たず、今まで見たこと無い百点満点の引き攣った顔で言った。
「いや~まさか誘拐まで手を出すとは……しかも『パパ』とか呼ばせるなんて。こりゃ《殺人鬼》のオレも一本取られたぜ」
途中で苦笑いするもんだからコイツはウザいのである。
==========
「なるほどな、森で一人倒れてたわけか」
一から十まで説明すると、ジャックは椅子から立ち上がりアスナとユイの方に向かって歩き出した。
ユイの前まで来るとしゃがみこみ、右手を前に差し出す。
何をするのかと思った次の瞬間。
手首でスナップをきかせると、指には小さな花束が。
それをユイに向かって放り投げる。
ジャックの意外すぎる一面を見た俺は口を大きく開き、アスナもジャックと花束を二度見した。
「なんかあるな。名前以外には何もわかんねぇのか」
「……どうして、ここまで心配してくれるんだ」
ジャックが協力しようとしているのは嬉しいが、やっぱりどうしても気になるのでそう聞いてみる。
「第七十五層の攻略が滞ってんだ、近ぇうちにテメェらにも招集がかかる」
今まで攻略から離れていた俺達はその言葉に僅かに反応する。
「次のボスが強敵なのは今までからも推測は出来る、加えて前回は結晶が使えなかったことを想定すると相当苦労するぞ」
「だから、こいつに現を抜かせて戦闘に集中できねぇようじゃオレの邪魔になるだけだ」
一つも、攻略に対する意思のブレないジャックに、俺達はその強さを感じ取った。
ユイはジャックに貰った花束をくるくるとまわし、時折笑顔を浮かべている。
「ありがとう……お兄ちゃん」
だが、ユイの言葉には噴き出さずにはいれらなかった。
「お兄ちゃんだってさ……どうするジャック……」
「キリトが親父とか死んでもいやだな」
ジャックが答えると、もう一度椅子に座った。
「ユイ、ウィンドウ開けるか?」
彼の言う通り、ウィンドウを開けば何か分かるはずだ。
俺が何を言っているのかユイは解らないと首を傾げたのでアスナが右手を振るように言う。
しかし、いくら右手を振ってもウィンドウは現れないらしい。
そこで向きになったユイは左手を振るった。
「でた!」
直後、嬉しそうな声を上げてユイが笑った。
俺はユイの手を取ると、勘でウィンドウの可視化を行う。
やがて、俺達の視界にメニューウィンドウが浮かぶ。
それを見た俺達は驚愕する。
ジャックも椅子から立ち上がってウィンドウを覗きこんだ。
そこには《Yui-MHCP001》という奇怪なネームだけが存在し、HPもEXPも存在していなかった。
「バグ……か?ジャックの容姿が現実と違うような感じとかで」
「オレについてはともかく。もともとこの配置で作られた感じがするがな」
「これ以上考えてもしょうがない、よね……」
アスナの一言でユイのウィンドウを閉じた俺達は第一層に下りることにした。
情報によれば子供たちを集めているプレイヤーがいるらしい。
ジャックは数秒考え事をしていたが、俺達が第一層に行くことを告げると彼も後で向かうと言った。
ユイを見てから彼には何か思うことがあるのだろう。
もしかして、ジャックが現実にここまで固執する理由は――。
==========
《はじまりの街》に到着し、ユイに見覚えは無いかと聞きながら街中を回っていた。
今、この場所一帯は全て《軍》の監察下に入り、第二十五層の大損害から街の治安維持に手を入れていると聞く。
その反面《軍》のプレイヤーが徴税行為を働いてると言う噂もあり、二千人の人がいるはずの街の雰囲気は上層とは比べ物にならないほど悪かった。
そんな中、教会に着いた俺達はそこで子供を預かっているという《サーシャ》というプレイヤーにユイについて話を聞いた。
しかしこれといった情報は得られずどうしようかとアスナと顔を見合わせたその時。
血相を変えた数人の子供たちが雪崩れ込んできた。
話によると、他の子供たちが《軍》のやつらに捕まったとのこと。
すぐに俺達は子供達がいる空き地に向かった。
だが、そこではすでにあるプレイヤーによる蹂躙が行われていた。
少し前からやけに甲高い金属音が響くと思っていたのだが、現場は想像以上だった。
一人のプレイヤーが建物の壁を飛び回り、その両手足首につけられた鎖と短剣による波状攻撃が止むことなく三人の《軍》と思しきプレイヤーは全く動けずにいた。
黒い残像に金色の線と輝く銀。
ジャックには空も壁も地も変わりないのだ。
《鎖》の《固定》、《伸縮》という特性を生かして攻撃する姿は彼がいかに強いかを証明している。
こんなことを出来るプレイヤーは彼以外にはいない。
《圏内》であるが故に《軍》の連中の体力は減らないが、逃げようとすれば鎖が飛び、永遠と鎖と短剣による攻撃のノックバックを受け続ける。
《圏外》だろうと《圏内》だろうとジャックは相手を殺す術を知っている。
そして、彼は嗤うのだ。
俺達に気付いたのかジャックは鎖を建物の間で固定させると短剣スキル《コンティネンティア》で素早く三人を打ち上げると数メートル浮いた彼らの体は張り巡らされた鎖に自身の鎧が引っかかり、身動きが取れなくなった。
「ど、どうしてあなたがここに……」
真っ先に震えた声を上げたのはサーシャさんだった。
本来なら子供達の下に向かいたいのだが、ジャックを跨いだ先にいるので彼女は動き出せずにいた。
《殺人鬼》と呼ばれるその力を目の当たりにしたんだ、仕方がないだろう。
それでも子供たちを助けようと言う彼女の姿は、とても強く思えた。
「お前の隣にいるヤツが背負ってる餓鬼についてだ」
ジャックがそう言うとサーシャさんは俺達の方を見る。
アスナの腕の中でユイが声を上げた。
「あっ、お兄ちゃん」
「「「お兄ちゃん!?」」」
「とはいっても勝手に呼んでるだけでお前の隣の奴らなんか『パパとママ』なんて呼ばれてるがな」
ユイの発言に子供達まで叫んだが、ジャックがそう言うとサーシャさんの視線が再び俺達の方を向き、非常に恥ずかしくなった。
「兎に角、子供達は返してもらいます」
「元々どうこうするつもりはねぇがな」
その言葉にサーシャさんはジャックを通り抜け、涙を流しながら子供たちに抱きついた。
未だにもがく《軍》の奴らを尻目に俺はジャックの下まで行く。
「じゃあなんでこいつらを?」
「どうやらオレの顔を知らない馬鹿野郎だ。徴税とか言うから攻撃をくれてやった」
リーダー格の男に近づくとジャックは口元を釣り上げた。
「ヒイィィィィ!」と手足をバタバタとさせるが鎖はさらに絡みつく。
「ほどほどにしろよ……」
「ユイちゃんに見せるモノじゃないしね」
俺とアスナが言うとジャックも《軍》の連中の反応に満足したのか《固定》を解除して鎖をしまった。
地面に尻餅を突いた男達は口をパクパクさせながら武器も拾わずに走り出した。
姿が見えなくなり、サーシャさん達もこちらに向かって歩いてきた。
「……子供たちを助けてもらったことには感謝します」
「結果的だがな」
「それでもです」
サーシャさんが言うと、一人の子供がジャックの前に出る。
「えっと、その……兄ちゃんすげえカッコ良かった!そりゃ怖い人だってことは解るけど、助けてくれてありがとう!」
一瞬の静寂の後でジャックは口を開いた。
「あぁ」
短い一つの言葉。
何故か、その中に少し照れているような。
そんな気持ちが込められているように思えた。
サーシャさんの足にしがみ付いている子供たちもジャックを見ているが、恐怖半分興味半分と言った視線を向けている。
きっと彼らにはジャックの姿がどこか別次元のヒーローに見えているのだ。
案外現実での彼もこんな感じなのだろうとアスナと顔を見合わせ微笑んだ。
――その時だった。
「みんなの……みんなの、こころが」
急に、ユイがそう言い何もない場所に右手を伸ばした。
「みんなのこころ……が……」
「ユイ!どうしたんだユイ!」
「……あたし……あたし……」
呼びかけてもユイは見向きもしない。
「ずっと、ひとりで、くらいとこにいた……」
異変を感じ取ったジャックやサーシャさん達が寄ってくる。
「うあ……あ……あああ!!!」
ザ、ザッという、ノイズ染みた音が耳に響いた。
「ママ……怖い……ママ……!!」
数秒後、快現象は収まり、硬直したユイの体から力が抜けた。
「なんだよ……今の……」
俺の虚ろな呟きが、静寂に満ちた空き地に低く流れた。
==========
謎の発作を起こしたユイは、幸い数分で目覚めた。
だが、すぐに長距離を移動させたり転移ゲートを使わせたりする気にはならなかったのでサーシャさんの誘いもあり、教会の空き部屋を一晩借りることにした。
やはりジャックが来ることには少しの抵抗があったみたいだが、子供達の強い要望により彼も来ざるを得なくなった。
流石に泊るなんてことは無かったが、少しずつ子供たちに好かれているようにも見えた。
(《殺人鬼》の弱点は子供か)
そんな事を考えて翌日。
ユイの調子も良く、俺達はひとまず安心した。
そして、昨日の事件のこともあり、今の《軍》の情勢を聞いた。
曰く、半年前から徴税と称した恐喝まがいの行為が行われていると。
その時、俺は玄関から誰かが来る気配を察知した。
ジャックかと思い、扉を開けるとそこに立っていたのは長身の女性プレイヤーだった。
銀髪のポニーテールを束ね、怜悧という言葉がよく似合う……つまり美人なのだが、彼女の装備に視線を落とすと身体を硬くした。
遠くで見ていたアスナももう気付いている。
彼女は《軍》のプレイヤーだ。
だが、俺の方までサーシャさんが歩いてきて「この方は大丈夫です」というとアスナと目配せをし、警戒を解いた。
女性の名は《ユリエール》と言う。
続けて俺達も自己紹介をした。
てっきり抗議でもされると思っていたのだが、そんな事は無く逆にお礼を言われてしまった。
加えて、俺達にお願いがあるとユリエールさんは言う。
話は《軍》のリーダー《シンカ―》の話から始まる。
彼の放任主義から《軍》は二極化され、《キバオウ》というプレイヤーが指揮している方が徴税を行っているというのだ。
さらに先日のコーバッツの部隊もキバオウ派に対する不満を抑えるものだったらしい。
案の定コーバッツの部隊は敗北。
追いつめられたキバオウはシンカーを罠にはめることにした。
「丸腰で話し合おう」と回廊結晶でダンジョンの最深部にシンカーを放逐したのだ。
三日経った今でもまだ生きているらしいが時間の問題だろう。
このままでは《軍》はキバオウの言いなりになってしまう。
だから、俺達にシンカーを救ってほしいそうだ。
アスナと目を見交わして、彼女は重い口を開いた。
裏付けもなしに、信用は出来ない、と。
ユリエールさんの不安も解らなくもない、そんな時。
今まで沈黙いていたユイが、言った。
「だいじょうぶだよ、ママ。その人、うそついてないよ」
アスナは呆気にとられて、まじまじとユイを見た。
ユイはうまく言い表せないけどわかると断言するように言った。
俺は手を伸ばしユイの頭をくしゃくしゃと撫で、「行こう」と言うと、アスナもユイの髪に手を伸ばした。
「ごめんね、ユイちゃん。お友達探し、一日遅れちゃうけど許してね」
意味を理解したか解らないが、ユイは大きな笑みと共に頷いた。
それを見たユリエールさんは瞳に涙を溜めながら、深々と頭を下げた。
==========
ジャックさんの意外な一面が見れましたね。
でも書いててジャックがロリコンに思われるんじゃないかと内心ドキバクです。
マジでそんなんじゃないですよ。
ああ!なんでキリト視点にしたんだよ俺!!
ジャックの性別も分からないから否定しても説得力が全くねぇじゃねぇか!!
はい、暴れすぎましたすいません。
【次回予告】
「さーてと、お前らはどうするんだ。逃げるか?」
――思い通りにはさせない。
「お気遣いどーも」
「あげゃ」
次回をお楽しみに!それでは。